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第29話 ペネロペ皇女と聖女エマと侍女メアリーの女子会
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女子会といえば、恋。お茶会
フエルテを追いかけてロドリゲスが店を出た後、
皆、どこか落ち着かなかったので、早めに店を閉めることになった。
閉店後。
エマが自室へ戻ると、間もなく控えめなノックが響いた。
「お姉さま、いらしてもよろしいですか?」
「どうぞ」
扉が開き、銀髪の皇女が顔をのぞかせる。
その後ろに、きちんと背筋を伸ばした紫髪のメアリーが立っていた。
「あら、メアリーも?」
「護衛です」
「女子会ですわ!」
二人の声がぴたりと重なる。
エマは思わず噴き出した。
「……なるほど、女子会ね」
三人は丸テーブルを囲む。
メアリーが淹れたハーブティーの香りが、静かな部屋にやわらかく広がった。
外では初夏の風が窓を撫でている。
昼間の騒動が嘘のような穏やかさだった。
◇
最初に口火を切ったのは、やはりペネロペだった。
「ところでメアリーに訊きたいのですわ」
「はい、なんでしょうか」
「オサスナとは、いつから“そう”なのですの?」
ぶっ、とメアリーが盛大にむせた。
「な、なにをおっしゃっているのですか!」
「今日、はっきり言っておりましたわよ。“好きなのはメアリーだ”とですわ」
「それは剣聖様に誤解されたからで……!」
真っ赤になって弁明する姿に、エマがくすりと笑う。
「でも、あの慌て方は本気だったわよね?」
「エマ様まで……」
観念したように、メアリーは小さく息をついた。
「……ペネロペ様の護衛に就いてから、です」
「まあ! 素敵ですわ」
ペネロペが目を輝かせる。
「わたくしがきっかけなのですの?」
「はい」
メアリーは頬を染めながら続ける。
「ペネロペ様の護衛は、常に二人体制でした。わたしとオサスナで」
危険の多い皇女の立場。
常に周囲を警戒し、互いの背を預け合う日々。
「最初は、ただの同僚でした。口は悪いし、無鉄砲ですし」
「聞かれたら怒られますわ?」
「でも……」
少しだけ微笑む。
「どんなときも、必ずペネロペ様の前に立つ人です。わたしが動くより早く」
夜の見回り。
舞踏会での不審者。
馬車の急停止。
何度も、背中を見た。
「……あの背中を見るたびに、信頼が積み重なっていきました」
それは、いつしか恋心に変わっていた。
ペネロペは両手を合わせる。
「まあ……素敵ですわ」
「ペネロペ様を守るために並んで立っているうちに、自然とそうなっただけです」
「自然って一番強いのよ?」
エマが優しく言う。
メアリーは照れくさそうに視線を落とした。
「わたしたちは、ペネロペ様の護衛です。感情より任務が先です」
「でも今日は、はっきり言っておりましたわよ?」
「……あれは、つい」
三人はくすくすと笑った。
◇
ふと、ペネロペがエマを見つめる。
「では……お姉さまはどうなのですか?」
「え?」
「ロドリゲス様のことですわ」
エマの手が止まる。
黒髪の大柄な剣士。
寡黙で、頑固で、だが誰よりも誠実な男。
「……あの人には、やるべきことがあるの」
「やるべきこと?」
「ええ。過去と向き合うこと。まだ終わっていない何かがあるわ」
その声は静かだった。
「だから今は……それ以上は考えないようにしているの」
メアリーも真剣にうなずく。
「ロドリゲス様は、ペネロペ様のこともエマ様のことも、命を賭けて守るお方です」
「ええ」
エマは小さく笑う。
「だからこそ、今はそっとしておくの」
ペネロペは少し寂しそうに、けれど理解したようにうなずいた。
「お姉さまらしいですわ」
◇
そして、話題は自然とフエルテへ移る。
「……わたくしは、どう思っているのでしょうね」
ペネロペがぽつりと呟く。
「わからないのですわ」
銀の髪が肩に滑り落ちる。
「幼いころから、優しい方でしたわ。強くて、きれいで、真っ直ぐで……」
「うん」
「でも、今は」
指先をぎゅっと握る。
「婚姻とか、考えたくありませんの」
その声は、かすかに震えていた。
婚約破棄された日の記憶。
冷たい視線。
囁き声。
「まだ、胸の奥がひりひりしますの」
エマはそっと手を重ねる。
「無理に決めなくていいわ」
メアリーも続ける。
「ペネロペ様の心が最優先です。それを守るのが、わたしたちの役目ですから」
ペネロペは少し笑った。
「頼もしいですわ」
「当然です」
◇
「お姉さまは?」
ペネロペが尋ねる。
「もし、誰かに求婚されたら?」
エマは少し考え、肩をすくめる。
「今は、この店のことで頭がいっぱいよ」
赤レンガの建物。
パワーストーン。
訪れる人々の悩み。
「守りたいものが、たくさんあるの」
ペネロペはぱっと笑顔になる。
「わたくしも同じですわ」
「同じ?」
「ええ」
にこりと笑う。
「わたくしは、お姉さまのことで頭がいっぱいですの」
「……もう」
エマが苦笑する。
「甘えん坊ね」
「だって、真実の愛ですもの」
抱きつくペネロペ。
メアリーが微笑む。
そういえば、今日のペネロペ様の、ですわ口調が平常になられたような……
まさかフエルテ様の影響? そんなことを考えながら、決心を口にする。
「では、わたしはペネロペ様の護衛として、その真実の愛を守ります」
「まあ、頼もしいですわ」
「三人で真実の愛、ですわね」
「意味が分かりません」
笑い声が部屋に広がる。
外からの初夏の風を受けながら、ふとエマは思い出す。
明日、来客予定のディアスのことで、相談したいことがあったのに……
剣聖も、ロドリゲスも戻らない。
けれど。
守る者と、守られる者。
その絆の中で芽生えた恋も、まだ形にならない想いも。
今はただ、温かな時間の中にある。
答えは急がなくていい。
三人は湯気の立つカップを手に、
静かな夜を分かち合っていた。
◇
【おまけ】 オサスナとメアリーの恋
――なんでこうなる。
俺はただ、ペネロペ様の護衛として立っていただけだ。
なのに。
剣聖フエルテ様の突然の求婚。
店内凍結。
視線集中。
そして――
「……貴様か?」
あの殺気。
帝国最強の剣士に睨まれた瞬間、正直、死を覚悟した。
「お、俺じゃないっ!」
反射だった。
腹の底から声が出た。
「た、確かにペネロペ様は好きだが、それは護衛としてだ! 俺が好きなのはメアリーだ!」
――言っちまった。
あ。
と思ったときには、もう遅い。
店内の全視線が、今度は俺に突き刺さる。
隣で、紫髪がびくりと揺れた。
「ちょ、ちょっと! な、なぜ今ここでそんなことを言うのですか!」
真っ赤だ。
耳まで赤い。
俺の心臓も、同じくらい赤い気がする。
「だって誤解されたくないだろう!」
必死だった。
剣聖に斬られる誤解はごめんだ。
「そ、そうですけど……!」
メアリーは視線を泳がせる。
「俺の気持ちを聞いて欲しかったから……」
半分は本音だった。
いや、九割本音だ。
残り一割は保身だ。
「で、でも、時と場合を考えてくれないと……恥ずかしいわ」
小さな声。
怒っているというより、戸惑っている。
嫌悪は――ない。
それだけで、胸の奥が熱くなった。
◇
その後は怒濤だった。
フエルテ様が暴走気味に王国へ行くとか言い出し、
エマ様が止めるように、
ロドリゲス様に追いかけさせて、
店内は嵐のようだった。
だが俺は、ほとんど内容が頭に入っていない。
さっきの一言が、何度も何度も脳内再生されている。
俺が好きなのはメアリーだ。
……言った。
本当に言った。
勢いとはいえ、ずっと胸に抱えていた言葉だ。
護衛任務でペネロペ様に仕えるようになってから、
常に隣にいたのはメアリーだった。
皇女を守るため、互いに背中を預け、
夜の警備で並んで立ち、
何度も言い争い、
何度も助け合った。
気づけば、目で追っていた。
笑えば嬉しく、
落ち込めば腹が立ち、
無理をすれば心配になった。
……それが何かなんて、とうにわかっていた。
◇
夕方。
ひと段落した店の裏口。
俺は呼び止められた。
「オサスナ」
振り返ると、メアリーが立っていた。
夕陽が紫の髪を染めている。
「さっきの話……」
喉が乾く。
「……ああ」
「本気、なの?」
まっすぐな瞳。
逃げ場はない。
俺は、背筋を伸ばした。
「本気だ」
短く、はっきりと。
「護衛として尊敬してる。仲間として信頼してる。……でも、それだけじゃない」
心臓がうるさい。
「俺は、お前のことが好きだ」
今度は、勢いじゃない。
選んで、言った。
沈黙。
風が吹く。
数秒が、やけに長い。
メアリーは目を伏せ、それから小さく息を吐いた。
「……ずるいわ」
「何がだ」
「そんな真顔で言うなんて」
顔がまた赤くなっている。
でも――笑っている。
「わたしも、あなたのこと……気になっていたの」
世界が止まった。
「え」
「いつも無茶して、でも誰よりも真っ直ぐで。危なっかしくて、放っておけなくて」
視線が合う。
「わたしも、好き」
鼓動が跳ね上がる。
今まで戦場で何度も命のやり取りをしてきたが、
こんな震えは初めてだ。
「……本当か」
「嘘を言う理由がないでしょう」
ふっと微笑む。
その笑顔に、胸が満たされる。
「だから」
メアリーが一歩近づく。
「ちゃんと聞くわ。オサスナ」
真剣な目。
「わたしと、交際してくれますか?」
俺は一瞬、言葉を失った。
俺が言うつもりだったのに。
先を越された。
だが――
こんな幸せな先制なら、いくらでも受けて立つ。
「ああ」
強く頷く。
「こちらこそ、頼む」
メアリーが、そっと手を差し出す。
俺は、その手を握った。
細いが、芯のある手。
これからは、この手も守る。
護衛としてだけじゃない。
一人の男として。
「……なんだか実感が湧かないわ」
「俺もだ」
二人で、同時に笑った。
さっきまで剣聖だの王子だの騒いでいた店の裏で、
俺たちは静かに未来を始めた。
恋は突然だった。
だが、想いはずっと前からあった。
剣聖の暴走も、
公爵令息の求婚も、
全部吹き飛ぶほどの幸福が、今ここにある。
俺は空を見上げた。
初夏の夕暮れ。
胸の奥に、温かな火が灯っている。
――守るべき人が、また一人増えた。
今度は、命令でも義務でもない。
俺自身の、望みとして。
フエルテを追いかけてロドリゲスが店を出た後、
皆、どこか落ち着かなかったので、早めに店を閉めることになった。
閉店後。
エマが自室へ戻ると、間もなく控えめなノックが響いた。
「お姉さま、いらしてもよろしいですか?」
「どうぞ」
扉が開き、銀髪の皇女が顔をのぞかせる。
その後ろに、きちんと背筋を伸ばした紫髪のメアリーが立っていた。
「あら、メアリーも?」
「護衛です」
「女子会ですわ!」
二人の声がぴたりと重なる。
エマは思わず噴き出した。
「……なるほど、女子会ね」
三人は丸テーブルを囲む。
メアリーが淹れたハーブティーの香りが、静かな部屋にやわらかく広がった。
外では初夏の風が窓を撫でている。
昼間の騒動が嘘のような穏やかさだった。
◇
最初に口火を切ったのは、やはりペネロペだった。
「ところでメアリーに訊きたいのですわ」
「はい、なんでしょうか」
「オサスナとは、いつから“そう”なのですの?」
ぶっ、とメアリーが盛大にむせた。
「な、なにをおっしゃっているのですか!」
「今日、はっきり言っておりましたわよ。“好きなのはメアリーだ”とですわ」
「それは剣聖様に誤解されたからで……!」
真っ赤になって弁明する姿に、エマがくすりと笑う。
「でも、あの慌て方は本気だったわよね?」
「エマ様まで……」
観念したように、メアリーは小さく息をついた。
「……ペネロペ様の護衛に就いてから、です」
「まあ! 素敵ですわ」
ペネロペが目を輝かせる。
「わたくしがきっかけなのですの?」
「はい」
メアリーは頬を染めながら続ける。
「ペネロペ様の護衛は、常に二人体制でした。わたしとオサスナで」
危険の多い皇女の立場。
常に周囲を警戒し、互いの背を預け合う日々。
「最初は、ただの同僚でした。口は悪いし、無鉄砲ですし」
「聞かれたら怒られますわ?」
「でも……」
少しだけ微笑む。
「どんなときも、必ずペネロペ様の前に立つ人です。わたしが動くより早く」
夜の見回り。
舞踏会での不審者。
馬車の急停止。
何度も、背中を見た。
「……あの背中を見るたびに、信頼が積み重なっていきました」
それは、いつしか恋心に変わっていた。
ペネロペは両手を合わせる。
「まあ……素敵ですわ」
「ペネロペ様を守るために並んで立っているうちに、自然とそうなっただけです」
「自然って一番強いのよ?」
エマが優しく言う。
メアリーは照れくさそうに視線を落とした。
「わたしたちは、ペネロペ様の護衛です。感情より任務が先です」
「でも今日は、はっきり言っておりましたわよ?」
「……あれは、つい」
三人はくすくすと笑った。
◇
ふと、ペネロペがエマを見つめる。
「では……お姉さまはどうなのですか?」
「え?」
「ロドリゲス様のことですわ」
エマの手が止まる。
黒髪の大柄な剣士。
寡黙で、頑固で、だが誰よりも誠実な男。
「……あの人には、やるべきことがあるの」
「やるべきこと?」
「ええ。過去と向き合うこと。まだ終わっていない何かがあるわ」
その声は静かだった。
「だから今は……それ以上は考えないようにしているの」
メアリーも真剣にうなずく。
「ロドリゲス様は、ペネロペ様のこともエマ様のことも、命を賭けて守るお方です」
「ええ」
エマは小さく笑う。
「だからこそ、今はそっとしておくの」
ペネロペは少し寂しそうに、けれど理解したようにうなずいた。
「お姉さまらしいですわ」
◇
そして、話題は自然とフエルテへ移る。
「……わたくしは、どう思っているのでしょうね」
ペネロペがぽつりと呟く。
「わからないのですわ」
銀の髪が肩に滑り落ちる。
「幼いころから、優しい方でしたわ。強くて、きれいで、真っ直ぐで……」
「うん」
「でも、今は」
指先をぎゅっと握る。
「婚姻とか、考えたくありませんの」
その声は、かすかに震えていた。
婚約破棄された日の記憶。
冷たい視線。
囁き声。
「まだ、胸の奥がひりひりしますの」
エマはそっと手を重ねる。
「無理に決めなくていいわ」
メアリーも続ける。
「ペネロペ様の心が最優先です。それを守るのが、わたしたちの役目ですから」
ペネロペは少し笑った。
「頼もしいですわ」
「当然です」
◇
「お姉さまは?」
ペネロペが尋ねる。
「もし、誰かに求婚されたら?」
エマは少し考え、肩をすくめる。
「今は、この店のことで頭がいっぱいよ」
赤レンガの建物。
パワーストーン。
訪れる人々の悩み。
「守りたいものが、たくさんあるの」
ペネロペはぱっと笑顔になる。
「わたくしも同じですわ」
「同じ?」
「ええ」
にこりと笑う。
「わたくしは、お姉さまのことで頭がいっぱいですの」
「……もう」
エマが苦笑する。
「甘えん坊ね」
「だって、真実の愛ですもの」
抱きつくペネロペ。
メアリーが微笑む。
そういえば、今日のペネロペ様の、ですわ口調が平常になられたような……
まさかフエルテ様の影響? そんなことを考えながら、決心を口にする。
「では、わたしはペネロペ様の護衛として、その真実の愛を守ります」
「まあ、頼もしいですわ」
「三人で真実の愛、ですわね」
「意味が分かりません」
笑い声が部屋に広がる。
外からの初夏の風を受けながら、ふとエマは思い出す。
明日、来客予定のディアスのことで、相談したいことがあったのに……
剣聖も、ロドリゲスも戻らない。
けれど。
守る者と、守られる者。
その絆の中で芽生えた恋も、まだ形にならない想いも。
今はただ、温かな時間の中にある。
答えは急がなくていい。
三人は湯気の立つカップを手に、
静かな夜を分かち合っていた。
◇
【おまけ】 オサスナとメアリーの恋
――なんでこうなる。
俺はただ、ペネロペ様の護衛として立っていただけだ。
なのに。
剣聖フエルテ様の突然の求婚。
店内凍結。
視線集中。
そして――
「……貴様か?」
あの殺気。
帝国最強の剣士に睨まれた瞬間、正直、死を覚悟した。
「お、俺じゃないっ!」
反射だった。
腹の底から声が出た。
「た、確かにペネロペ様は好きだが、それは護衛としてだ! 俺が好きなのはメアリーだ!」
――言っちまった。
あ。
と思ったときには、もう遅い。
店内の全視線が、今度は俺に突き刺さる。
隣で、紫髪がびくりと揺れた。
「ちょ、ちょっと! な、なぜ今ここでそんなことを言うのですか!」
真っ赤だ。
耳まで赤い。
俺の心臓も、同じくらい赤い気がする。
「だって誤解されたくないだろう!」
必死だった。
剣聖に斬られる誤解はごめんだ。
「そ、そうですけど……!」
メアリーは視線を泳がせる。
「俺の気持ちを聞いて欲しかったから……」
半分は本音だった。
いや、九割本音だ。
残り一割は保身だ。
「で、でも、時と場合を考えてくれないと……恥ずかしいわ」
小さな声。
怒っているというより、戸惑っている。
嫌悪は――ない。
それだけで、胸の奥が熱くなった。
◇
その後は怒濤だった。
フエルテ様が暴走気味に王国へ行くとか言い出し、
エマ様が止めるように、
ロドリゲス様に追いかけさせて、
店内は嵐のようだった。
だが俺は、ほとんど内容が頭に入っていない。
さっきの一言が、何度も何度も脳内再生されている。
俺が好きなのはメアリーだ。
……言った。
本当に言った。
勢いとはいえ、ずっと胸に抱えていた言葉だ。
護衛任務でペネロペ様に仕えるようになってから、
常に隣にいたのはメアリーだった。
皇女を守るため、互いに背中を預け、
夜の警備で並んで立ち、
何度も言い争い、
何度も助け合った。
気づけば、目で追っていた。
笑えば嬉しく、
落ち込めば腹が立ち、
無理をすれば心配になった。
……それが何かなんて、とうにわかっていた。
◇
夕方。
ひと段落した店の裏口。
俺は呼び止められた。
「オサスナ」
振り返ると、メアリーが立っていた。
夕陽が紫の髪を染めている。
「さっきの話……」
喉が乾く。
「……ああ」
「本気、なの?」
まっすぐな瞳。
逃げ場はない。
俺は、背筋を伸ばした。
「本気だ」
短く、はっきりと。
「護衛として尊敬してる。仲間として信頼してる。……でも、それだけじゃない」
心臓がうるさい。
「俺は、お前のことが好きだ」
今度は、勢いじゃない。
選んで、言った。
沈黙。
風が吹く。
数秒が、やけに長い。
メアリーは目を伏せ、それから小さく息を吐いた。
「……ずるいわ」
「何がだ」
「そんな真顔で言うなんて」
顔がまた赤くなっている。
でも――笑っている。
「わたしも、あなたのこと……気になっていたの」
世界が止まった。
「え」
「いつも無茶して、でも誰よりも真っ直ぐで。危なっかしくて、放っておけなくて」
視線が合う。
「わたしも、好き」
鼓動が跳ね上がる。
今まで戦場で何度も命のやり取りをしてきたが、
こんな震えは初めてだ。
「……本当か」
「嘘を言う理由がないでしょう」
ふっと微笑む。
その笑顔に、胸が満たされる。
「だから」
メアリーが一歩近づく。
「ちゃんと聞くわ。オサスナ」
真剣な目。
「わたしと、交際してくれますか?」
俺は一瞬、言葉を失った。
俺が言うつもりだったのに。
先を越された。
だが――
こんな幸せな先制なら、いくらでも受けて立つ。
「ああ」
強く頷く。
「こちらこそ、頼む」
メアリーが、そっと手を差し出す。
俺は、その手を握った。
細いが、芯のある手。
これからは、この手も守る。
護衛としてだけじゃない。
一人の男として。
「……なんだか実感が湧かないわ」
「俺もだ」
二人で、同時に笑った。
さっきまで剣聖だの王子だの騒いでいた店の裏で、
俺たちは静かに未来を始めた。
恋は突然だった。
だが、想いはずっと前からあった。
剣聖の暴走も、
公爵令息の求婚も、
全部吹き飛ぶほどの幸福が、今ここにある。
俺は空を見上げた。
初夏の夕暮れ。
胸の奥に、温かな火が灯っている。
――守るべき人が、また一人増えた。
今度は、命令でも義務でもない。
俺自身の、望みとして。
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∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
※小説家になろう様にも掲載させていただいています。
※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。
※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。
※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。
※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。
※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。
※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。
※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。
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