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第23話 いよいよマケドニア聖教国に到着
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旅を始めて三日目。
濃い緑に包まれた森の奥を抜けるにつれ、視界は徐々に開け始め、差し込む光が強くなってきた。木々の合間から覗く空は青く高く、湿気を含んだ森の匂いは、少しずつ風に薄められていく。
「……もうすぐ、森を抜けるわね」
エリーゼは木の根に足を取られぬよう慎重に歩きながら、肩越しに声をかけた。
「うん、やっと陽の光に映えるボクの姿を、誰かに見せられる日が来たね」
後ろから返ってきたのは、やけに明るい声と、風に揺れる金髪のきらめきだった。
ナルシストの旅仲間、アリスター。
旅をしているのか、見られるために歩いているのか分からない彼の言動には、もう少し慣れてきたつもりだったが、それでもときどき、頭が痛くなるようなことを言ってくれる。
そんな彼と歩き続けてきた道は、やがて傾斜を下り、木立の間から大きな川の流れが見えてきた。
澄んだ水が音を立てて流れるその川は、地図で確認していた国境に沿った自然の障壁――マケドニア聖教国との境界にある《神泣の川》だった。
(もうすぐ……本当に、向こう側ね)
エリーゼが川辺に降り立ち、清流の流れに目を細めていたそのときだった。
川の中央あたりに、人影があった。
「えっ……?」
一瞬、目を疑った。
川の中に、男が立っていたのだ。
しかも――服を着たまま。
白い神官服のような装束に身を包み、腰まで水に浸かりながら、男は静かに歩みを進めていた。足元を確かめるように、一歩ずつ、一歩ずつ。
「……え、泳ぐ準備なの? 服のままで?」
首をかしげるエリーゼに、隣から鋭い声が飛んできた。
「違う。あれは――入水自〇だ!」
「はぁ!?」
アリスターは突然、真剣な顔つきになり、風に髪を翻して前に出る。
「見たまえ、あの絶望に濡れた背中……あの目は、自らの醜さに絶望した者のものだ」
「いや、待って、どうしてそんな結論に……」
「きっと、鏡に映った自分の姿に耐えられなかったんだ。ボクのように美しく生まれていれば、そんな悩みは無縁なのに……なんて哀れで残酷な世界だ!」
「いやいやいや、どんな理屈よそれ!」
エリーゼはツッコミを入れつつも、男の様子を見直す。
確かに、川の真ん中に向かって歩いていくその足取りは、どこかふらついていて、目線も定まっていない。
そして――
「やばい、本当に危ないかも!」
男が両腕を広げた瞬間、エリーゼは思わず川に駆け込んでいた。
「ちょ、待ってエリーゼ君! ボクの服が濡れる! ……が、しかし!」
続く水音。遅れてアリスターも川へ飛び込んでくる。
二人は急流に足を取られそうになりながらも、何とか男にたどり着いた。
「ちょっと、あなた! ここで何してるの!? 早く岸に戻らないと――!」
エリーゼが声をかけると、男ははっとしたようにこちらを見た。
年の頃は二十代前半な痩せ型で、青い髪に銀縁の眼鏡が鼻先にかかっている。濡れた神官服に身を包んでいたが、目は虚ろで、どこか諦めの色が浮かんでいた。
「……放っておいてくれ。拙者は……拙者は聖都に戻れない……」
「何言ってるのよ! 戻れないなら、別の道を探せばいいじゃない!」
「人生に別の道など……」
ぶつぶつと呟く男の肩を、アリスターがぐっと掴んだ。
「君、自分が醜いと思っているんだろう?」
「……は?」
「分かるよ、その気持ち。鏡を見るのがつらくて、水面を覗けば溺れたくなる。でもね、それは勘違いだ」
エリーゼが「あんたは何を言ってるんだ」とツッコミを入れそうになる前に、アリスターはぐいと胸を張った。
「だって、君の顔はそこまで醜くない。まあ、ボクの足元にも及ばないが、絶望するほどではないよ!」
「……」
男はぽかんと口を開けたまま、沈黙する。
(いや、なんで慰めてるのに地味に傷つけてるの……)
エリーゼは半ば呆れながらも、アリスターが男の腕を引き、ゆっくりと岸辺へ導くのを手伝った。
やがて三人はびしょ濡れのまま、川のほとりに座り込む。
「はぁ……無茶した……」
「ふふ、でもボクの髪は乾くとふんわりと戻るから安心してくれたまえ」
「そんなこと聞いてない!」
エリーゼが怒鳴ると、アリスターはケロッとした顔で笑っていた。
一方、神官風の男はようやく正気を取り戻し、小さく頭を下げた。
「……助けてくれて、ありがとう。拙者の名はダリル。マケドニア聖教国の神殿に仕えていた者です」
「だった……ってことは、追放されたの?」
「……はい。聖女が実は魔族だったと訴えた結果、逆に弾劾され……処刑される前に逃げてきたのです。拙者など生きる価値がありません」
重く沈んだ口調に、エリーゼは眉を寄せる。
マケドニア聖教国――その名の通り、信仰が全てを支配する国。特に聖女の権限は強く、神意に背いたとされれば、どんな者でも裁かれる。
「なるほど、聖女が魔族って、絶望するわけだ」
アリスターがうんうんと頷く。
「でもね、君を見たとき、ボクは思ったよ。水に入る君の姿は、まるでボクの影を映す鏡のようだった、と」
「……つまり、拙者はだめな人間だと?そういう意味でしょうか?」
「まったく違うよ。まー、分からなくていい。ただ一つ言えるのは――キミも、ボクに出会えた時点で幸運だということさ」
アリスターは神妙な顔で言い、すぐにいつもの自信たっぷりな笑みに戻った。
「……拙者はあなたに会えて幸運だったのですか?」
「美しいボクに助けられたのだから幸運以外の言葉はいらないよ」
エリーゼは思わずため息を漏らしながら、濡れた髪を絞った。
旅は続く。今度は神官を一人加えて。
騒がしく、濡れた始まりだった。けれど――確かに、大切な何かを救った気がしていた。
濃い緑に包まれた森の奥を抜けるにつれ、視界は徐々に開け始め、差し込む光が強くなってきた。木々の合間から覗く空は青く高く、湿気を含んだ森の匂いは、少しずつ風に薄められていく。
「……もうすぐ、森を抜けるわね」
エリーゼは木の根に足を取られぬよう慎重に歩きながら、肩越しに声をかけた。
「うん、やっと陽の光に映えるボクの姿を、誰かに見せられる日が来たね」
後ろから返ってきたのは、やけに明るい声と、風に揺れる金髪のきらめきだった。
ナルシストの旅仲間、アリスター。
旅をしているのか、見られるために歩いているのか分からない彼の言動には、もう少し慣れてきたつもりだったが、それでもときどき、頭が痛くなるようなことを言ってくれる。
そんな彼と歩き続けてきた道は、やがて傾斜を下り、木立の間から大きな川の流れが見えてきた。
澄んだ水が音を立てて流れるその川は、地図で確認していた国境に沿った自然の障壁――マケドニア聖教国との境界にある《神泣の川》だった。
(もうすぐ……本当に、向こう側ね)
エリーゼが川辺に降り立ち、清流の流れに目を細めていたそのときだった。
川の中央あたりに、人影があった。
「えっ……?」
一瞬、目を疑った。
川の中に、男が立っていたのだ。
しかも――服を着たまま。
白い神官服のような装束に身を包み、腰まで水に浸かりながら、男は静かに歩みを進めていた。足元を確かめるように、一歩ずつ、一歩ずつ。
「……え、泳ぐ準備なの? 服のままで?」
首をかしげるエリーゼに、隣から鋭い声が飛んできた。
「違う。あれは――入水自〇だ!」
「はぁ!?」
アリスターは突然、真剣な顔つきになり、風に髪を翻して前に出る。
「見たまえ、あの絶望に濡れた背中……あの目は、自らの醜さに絶望した者のものだ」
「いや、待って、どうしてそんな結論に……」
「きっと、鏡に映った自分の姿に耐えられなかったんだ。ボクのように美しく生まれていれば、そんな悩みは無縁なのに……なんて哀れで残酷な世界だ!」
「いやいやいや、どんな理屈よそれ!」
エリーゼはツッコミを入れつつも、男の様子を見直す。
確かに、川の真ん中に向かって歩いていくその足取りは、どこかふらついていて、目線も定まっていない。
そして――
「やばい、本当に危ないかも!」
男が両腕を広げた瞬間、エリーゼは思わず川に駆け込んでいた。
「ちょ、待ってエリーゼ君! ボクの服が濡れる! ……が、しかし!」
続く水音。遅れてアリスターも川へ飛び込んでくる。
二人は急流に足を取られそうになりながらも、何とか男にたどり着いた。
「ちょっと、あなた! ここで何してるの!? 早く岸に戻らないと――!」
エリーゼが声をかけると、男ははっとしたようにこちらを見た。
年の頃は二十代前半な痩せ型で、青い髪に銀縁の眼鏡が鼻先にかかっている。濡れた神官服に身を包んでいたが、目は虚ろで、どこか諦めの色が浮かんでいた。
「……放っておいてくれ。拙者は……拙者は聖都に戻れない……」
「何言ってるのよ! 戻れないなら、別の道を探せばいいじゃない!」
「人生に別の道など……」
ぶつぶつと呟く男の肩を、アリスターがぐっと掴んだ。
「君、自分が醜いと思っているんだろう?」
「……は?」
「分かるよ、その気持ち。鏡を見るのがつらくて、水面を覗けば溺れたくなる。でもね、それは勘違いだ」
エリーゼが「あんたは何を言ってるんだ」とツッコミを入れそうになる前に、アリスターはぐいと胸を張った。
「だって、君の顔はそこまで醜くない。まあ、ボクの足元にも及ばないが、絶望するほどではないよ!」
「……」
男はぽかんと口を開けたまま、沈黙する。
(いや、なんで慰めてるのに地味に傷つけてるの……)
エリーゼは半ば呆れながらも、アリスターが男の腕を引き、ゆっくりと岸辺へ導くのを手伝った。
やがて三人はびしょ濡れのまま、川のほとりに座り込む。
「はぁ……無茶した……」
「ふふ、でもボクの髪は乾くとふんわりと戻るから安心してくれたまえ」
「そんなこと聞いてない!」
エリーゼが怒鳴ると、アリスターはケロッとした顔で笑っていた。
一方、神官風の男はようやく正気を取り戻し、小さく頭を下げた。
「……助けてくれて、ありがとう。拙者の名はダリル。マケドニア聖教国の神殿に仕えていた者です」
「だった……ってことは、追放されたの?」
「……はい。聖女が実は魔族だったと訴えた結果、逆に弾劾され……処刑される前に逃げてきたのです。拙者など生きる価値がありません」
重く沈んだ口調に、エリーゼは眉を寄せる。
マケドニア聖教国――その名の通り、信仰が全てを支配する国。特に聖女の権限は強く、神意に背いたとされれば、どんな者でも裁かれる。
「なるほど、聖女が魔族って、絶望するわけだ」
アリスターがうんうんと頷く。
「でもね、君を見たとき、ボクは思ったよ。水に入る君の姿は、まるでボクの影を映す鏡のようだった、と」
「……つまり、拙者はだめな人間だと?そういう意味でしょうか?」
「まったく違うよ。まー、分からなくていい。ただ一つ言えるのは――キミも、ボクに出会えた時点で幸運だということさ」
アリスターは神妙な顔で言い、すぐにいつもの自信たっぷりな笑みに戻った。
「……拙者はあなたに会えて幸運だったのですか?」
「美しいボクに助けられたのだから幸運以外の言葉はいらないよ」
エリーゼは思わずため息を漏らしながら、濡れた髪を絞った。
旅は続く。今度は神官を一人加えて。
騒がしく、濡れた始まりだった。けれど――確かに、大切な何かを救った気がしていた。
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