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第24話 ダリル=ベルトレインの断罪
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ダリル・ベルトレインは、かつてマケドニア聖教国の神殿に仕える神官だった。
神に仕え、祈りを捧げ、清貧と誠実をもって人々に導きを与えることを、その胸に誓った。
彼は優秀だった。若くして祭文の解釈に通じ、教義の講話にも長け、何よりその温厚な性格と沈着さから、聖女セレスティアの側近――いわば聖女付きの神官という重責を任されることになった。
聖女といっても、神の奇跡を体現するような荘厳な存在ではなかった。セレスティアはまだ十八の若さで、金糸のような長髪と、氷のような蒼い瞳を持つ、どこか儚げな少女だった。
だが、彼女は不思議な魅力を持っていた。
清らかでありながら人を惹きつける声。すれ違う者すべてが膝をつくような威厳。そして、なにより、神託を受ける「器」としての資質を、誰もが疑わなかった。
――あの日までは。
事件が起きたのは、春の終わり。神殿の周囲に咲く白百合が風に揺れ、儀式の準備が始まる頃だった。
その日、ダリルは偶然、立ち入りを禁じられていた聖女の私室の裏庭に足を踏み入れてしまった。
そこで彼が目撃したのは――
「……あれが、次の王族の婚約者の姿?」
「そうよ。表向きはね。でも中身は、わたしの妹。もうすぐテオドリック王国は、わたしたちのものになるわ」
柔らかい声。
それは紛れもなく、聖女セレスティアのものだった。
だが彼女の目の前にいるのは、角を生やし、ローブに身を包んだ、肌が青白く、瞳が真紅に光る男だった。
魔族だ――。
疑う余地もなかった。
震える指先で口を押さえ、ダリルは身を引こうとしたが、乾いた枝を踏んでしまった。
「……誰か、いた?」
鋭い視線が向けられ、ダリルは息を呑んだ。
だがそのときは、何とか姿を見られずに立ち去ることができた。
そして翌日、ダリルは意を決して、大司教ガルモンドにすべてを訴えた。
「……聖女殿が、魔族と……?」
「はい。拙者の見間違いではありません。あの魔族は、東のテオドリック王国の王族の婚約者令嬢に成りすまし、王国を乗っ取ろうとしていました。そして、聖女殿は……彼女らの協力者です!」
大司教は初め、驚いた表情を浮かべていた。
だが――
「……残念だ、ダリル」
その言葉とともに、ガルモンドは無慈悲な声で言い放った。
「貴公は、聖女殿に対して反逆を企てた。虚偽の告発は、大罪に値する」
「なっ……!? 何を……!」
「すべて、聖女殿より聞き及んでいる。貴公が最近、不審な行動を繰り返し、彼女に対して不敬な態度を取っていたこともな」
「それは違います! 拙者は真実を――!」
「黙れ」
その瞬間、ガルモンドの目が、わずかに紅く光った。
それを見たとき、ダリルはすべてを悟った。
(……この人も、魔族に操られている……!)
神殿の中枢が、すでに魔族の手に落ちているという事実に、血の気が引いた。
「ダリル・セリウス、お前には聖女殿に対する反逆の罪がある。よって、神殿より追放とし、いかなる職位も剥奪する。再び聖教の地に足を踏み入れることは許されぬ」
「それは……! 拙者は……!」
何を言っても、無意味だった。
そのまま、彼は神殿の衛兵に取り囲まれ、呆然としたまま、聖都を追われた。
長年仕えてきた神殿、信じていた聖女、そして、清らかであるはずの聖教国――
そのすべてが、音を立てて崩れ去った瞬間だった。
ダリルは、その後も聖都の外に留まり、何度か証拠を探そうとした。
だが、魔族は用意周到だった。
裏付けになる書類はすべて燃やされ、彼に味方してくれた神官も、次々に失踪あるいは不審死を遂げた。ダリルにも死の予感を感じる出来事があった。
あの国は、もう神の国ではない。
神を騙る、魔の巣窟だ――。
だからこそ、ダリルはあの日、川に入ったのだ。
心を砕かれ、使命も、居場所も、未来も失った彼に、もはや生きる意味はなかった。
だが、皮肉なことに――その命を、今や共に旅をする二人に救われてしまった。
ナルシストでおかしな男と、鋭い突っ込みを忘れない少女。
彼らが自分を川から引き上げたことが、果たして正解だったのか、それは分からない。
ただ――
「この命、無駄にはしません。あの聖教国の真実を、世に知らしめるために……」
今のダリルには、それだけが残された祈りだった。
神に仕え、祈りを捧げ、清貧と誠実をもって人々に導きを与えることを、その胸に誓った。
彼は優秀だった。若くして祭文の解釈に通じ、教義の講話にも長け、何よりその温厚な性格と沈着さから、聖女セレスティアの側近――いわば聖女付きの神官という重責を任されることになった。
聖女といっても、神の奇跡を体現するような荘厳な存在ではなかった。セレスティアはまだ十八の若さで、金糸のような長髪と、氷のような蒼い瞳を持つ、どこか儚げな少女だった。
だが、彼女は不思議な魅力を持っていた。
清らかでありながら人を惹きつける声。すれ違う者すべてが膝をつくような威厳。そして、なにより、神託を受ける「器」としての資質を、誰もが疑わなかった。
――あの日までは。
事件が起きたのは、春の終わり。神殿の周囲に咲く白百合が風に揺れ、儀式の準備が始まる頃だった。
その日、ダリルは偶然、立ち入りを禁じられていた聖女の私室の裏庭に足を踏み入れてしまった。
そこで彼が目撃したのは――
「……あれが、次の王族の婚約者の姿?」
「そうよ。表向きはね。でも中身は、わたしの妹。もうすぐテオドリック王国は、わたしたちのものになるわ」
柔らかい声。
それは紛れもなく、聖女セレスティアのものだった。
だが彼女の目の前にいるのは、角を生やし、ローブに身を包んだ、肌が青白く、瞳が真紅に光る男だった。
魔族だ――。
疑う余地もなかった。
震える指先で口を押さえ、ダリルは身を引こうとしたが、乾いた枝を踏んでしまった。
「……誰か、いた?」
鋭い視線が向けられ、ダリルは息を呑んだ。
だがそのときは、何とか姿を見られずに立ち去ることができた。
そして翌日、ダリルは意を決して、大司教ガルモンドにすべてを訴えた。
「……聖女殿が、魔族と……?」
「はい。拙者の見間違いではありません。あの魔族は、東のテオドリック王国の王族の婚約者令嬢に成りすまし、王国を乗っ取ろうとしていました。そして、聖女殿は……彼女らの協力者です!」
大司教は初め、驚いた表情を浮かべていた。
だが――
「……残念だ、ダリル」
その言葉とともに、ガルモンドは無慈悲な声で言い放った。
「貴公は、聖女殿に対して反逆を企てた。虚偽の告発は、大罪に値する」
「なっ……!? 何を……!」
「すべて、聖女殿より聞き及んでいる。貴公が最近、不審な行動を繰り返し、彼女に対して不敬な態度を取っていたこともな」
「それは違います! 拙者は真実を――!」
「黙れ」
その瞬間、ガルモンドの目が、わずかに紅く光った。
それを見たとき、ダリルはすべてを悟った。
(……この人も、魔族に操られている……!)
神殿の中枢が、すでに魔族の手に落ちているという事実に、血の気が引いた。
「ダリル・セリウス、お前には聖女殿に対する反逆の罪がある。よって、神殿より追放とし、いかなる職位も剥奪する。再び聖教の地に足を踏み入れることは許されぬ」
「それは……! 拙者は……!」
何を言っても、無意味だった。
そのまま、彼は神殿の衛兵に取り囲まれ、呆然としたまま、聖都を追われた。
長年仕えてきた神殿、信じていた聖女、そして、清らかであるはずの聖教国――
そのすべてが、音を立てて崩れ去った瞬間だった。
ダリルは、その後も聖都の外に留まり、何度か証拠を探そうとした。
だが、魔族は用意周到だった。
裏付けになる書類はすべて燃やされ、彼に味方してくれた神官も、次々に失踪あるいは不審死を遂げた。ダリルにも死の予感を感じる出来事があった。
あの国は、もう神の国ではない。
神を騙る、魔の巣窟だ――。
だからこそ、ダリルはあの日、川に入ったのだ。
心を砕かれ、使命も、居場所も、未来も失った彼に、もはや生きる意味はなかった。
だが、皮肉なことに――その命を、今や共に旅をする二人に救われてしまった。
ナルシストでおかしな男と、鋭い突っ込みを忘れない少女。
彼らが自分を川から引き上げたことが、果たして正解だったのか、それは分からない。
ただ――
「この命、無駄にはしません。あの聖教国の真実を、世に知らしめるために……」
今のダリルには、それだけが残された祈りだった。
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