婚約者を姉に奪われ、婚約破棄されたエリーゼは、王子殿下に国外追放されて捨てられた先は、なんと魔獣がいる森。そこから大逆転するしかない?怒りの

山田 バルス

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第43話 岩宿ダンジョン1階層は、草原エリア

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【岩宿ダンジョン・第一階層 草原】

 ラグナスの街から北東へと向かう一本道を進むこと、半日。
 見渡す限りの岩肌に囲まれた荒涼とした台地の中、ぽっかりと穿たれた巨大な縦穴が彼らの目的地だった。

 ――【岩宿ダンジョン】。
 長きにわたり無人だったこの場所に、最近になって人の気配が戻り始めたという。探索者の増加、魔物の活性化、そして先日消息を絶ったC級パーティ《銀の牙》。

「……ここが入り口かぁ。思ってたより、ずっと広いね」
 エリーゼ=アルセリアは銀のブーツで岩場を踏み、目の前に広がるダンジョンの口を見つめた。
 岩場の裂け目から吹き上がる風は冷たく、生ぬるい湿り気を含んでいた。

「それに、空気が重たい……」
 神官のダリルが、額に浮かぶ汗をそっと拭う。
 青い髪が風にそよぎ、眼鏡の奥の目が揺れていた。
「緊張……してるでござる。いや、これは……魔力か? 何か、感じる……」

「おいおい、神官が怖がってたら誰が安心すんだよ!」
 マスキュラーが大声で笑い、エリーゼの肩をポンと叩いた。
「ま、でも気持ちは分かるぜ。見ろよ、この草原。ダンジョンの中なのに、草木が揺れてる。しかも風の向きがバラバラだ」

 ダンジョンの一階層とは思えないほどの広さだった。
 草原が広がり、低木が風にそよぎ、ところどころに岩が突き出ている。空はなく、天井からは仄かな光が差していたが、それがどうやって生じているのかは分からない。人工とも自然ともつかぬ、不可思議な世界。

「ボクの予想通りだ。これは典型的な“亜空間型”のダンジョン構造だね」
 金髪をかき上げながら、アリスターが満足げに頷いた。
「空間の内部が拡張され、外界とは別の時間や生態系が流れている。ふむふむ、やはり学術的にも興味深い」

「そういうのはあとにしよ、アリスター!」
 エリーゼが笑いながら小走りで先に出た。彼女の右腕は朝の光を浴びて金に輝き、左足には銀のオーラが淡く走る。
「まずは、《銀の牙》の手がかりを探さないと。依頼には、ここで最後に目撃されたってあったよね?」

「うむ、情報によれば一週間前。草原地帯の中央あたりで足止めされたらしいが……」

 草むらをかき分け、四人は慎重に歩を進めていく。

 最初に現れたのは、野ウサギのような小型モンスターだった。
 だが、普通のウサギと違うのは、全身が灰色の岩皮に覆われ、目が赤く光っていること。

「っしゃあ、任せろ! いっちょやってやるぜ!」
 マスキュラーが前に出て、大剣を両手で構える。
 突進してきたモンスターに正面からぶつかり、力任せに叩き伏せた。

 ――ゴガァ!

 岩ごと地面に叩きつけられ、灰ウサギは砕け散るように消えた。

「軽いな……これなら楽勝かもな!」
「油断は禁物だよ、マスキュラー」
 アリスターが指先で宙に魔法陣を描く。
 淡い光が彼の周囲に広がり、空間が揺らめいた。

 草原の先、数本の低木の陰に、何かが落ちていた。

「……見つけた」
 ダリルが近寄り、それを拾い上げる。
 ぼろぼろの皮袋。中には、乾いたパンの欠片と、割れた小瓶が入っていた。

「これは……銀の牙の装備。間違いないでござる」

「傷跡もある」
 エリーゼが小声で言った。近くの地面には、土が抉れたような跡。何かが暴れ、争ったような形跡が残っている。
 その先には、かすかに血のような赤黒い跡もあった。

「生きてる可能性はあるね」
 アリスターの瞳が鋭くなる。
「ボクたちがここに来たのは、ただの偶然じゃない。これは、試されてる」

「おうとも!」
 マスキュラーが拳を握る。
「誰かが助けを待ってるなら、オレたちが行くしかねぇ!」

「うん。そのために、わたし……じゃなかった、“私たち”は、ここに来たんだから」

 エリーゼの声に、仲間たちが頷く。

 光と影の入り混じる草原の中、再び風が吹き抜けた。
 彼らの前に広がる草の波の奥から、低く唸るような音が聞こえる。

 ――グルルル……

「っ、これは……!」
 茂みの奥から姿を現したのは、岩のような皮膚に覆われた四足獣だった。
 牛ほどの体格、三つの目を持つそのモンスターは、明らかにC級冒険者の護衛依頼向けの範疇を超えている。

「C級でも護衛……しながらでは……これは難しいハズ……なのに……」
 ダリルが震える声で言いながらも、魔法陣を描く準備を始める。

「くっ……仕方ない。まとめて吹き飛ばすよ!」
 アリスターが詠唱を始める。

「よし! 正面はボクに任せて、みんなは援護して!」
 エリーゼが金の右腕を構え、前に出た。

「へっ、これぞ冒険ってやつだなぁああああああッ!!」
 マスキュラーが雄叫びをあげ、追うように飛び出した。

 ――戦いが始まる。

 だが、彼らの顔に浮かぶのは恐怖ではなかった。
 むしろ、どこか晴れやかで、誇らしげだった。

 過去に裏切られ、冤罪により追放された者たち。
 だが、今――誰もが、誰かのために剣を振るっている。
 たとえこの冒険が、どんな危険に満ちていようとも。

「行くよ……みんな!」

 エリーゼの声が再び、草原に響いた。

 そして四人は、仲間のために、誰かのために、未来のために――剣を抜いた。
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