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第131話 クレメント宰相 ボクを誰だと思ってるんだ?
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月が雲に隠れ、王都テオドリックの城郭が夜の帳に包まれていた。
アリスターは黒のフードを深く被り、スプレーマムの仲間たちと共に、王城の裏門付近に潜んでいた。左手の懐には、王の石室で受け取った密書が収められている。それは、亡き先王が“中立派の宰相”として信頼した男――ユーグ・クレメント宰相に宛てた、直筆の命だった。
「……こっから先は、正面突破は無理だ」
マスキュラ―が地形を確認しつつ、低く呟いた。
「正門と裏門、共に監視がある。兵の巡回も規則正しい。だが、東塔の水路……あそこなら外壁の陰をつたって内部に入り込める」
「さすがですわね、マスキュラ―。この手の任務、慣れてらっしゃる?」
「まぁな。追放された時に、色々学んだからな……皮肉だけどよ」
アリスターは二人のやり取りにうなずき、視線を王城の影へと向けた。
「ボクが密書を届ける。みんなは外で待機していてくれ。何かあった時の逃走経路は確保しておいて」
「お、お待ちくだされ、アリスター殿! それはあまりに危険では……!」
「ダリル、これは王家の問題だ。けれど、仲間がここまで付き合ってくれたこと、感謝してる。……必ず戻るよ」
エリーゼが、無言でアリスターの手を握った。
「必ず、ね」
「もちろん。ボクを誰だと思ってるんだ?」
にやりと笑い、アリスターは一人、水路へと飛び込んだ。
◆
水音を吸収するような静けさの中、アリスターは王城の東塔裏にある古い排水口から内部へと潜入した。王子時代に幾度か利用した“抜け道”だったが、今や彼はその城の“異物”に過ぎなかった。
内部は見張りの兵がわずかに巡回する程度。かつての自身の部屋の近くを通り過ぎながら、記憶の中の地図を頼りに宰相執務室を目指す。
そして、重厚な扉の前に辿り着いた。
「……クレメント宰相、聞こえますか。ボクです、アリスター=テオドリック」
ノックもせず、ただ小さな声で呼びかけた。その名前に、誰かが気づかなければ、諦める覚悟もあった。
しかし。
扉の向こうから鍵が外される音がして、わずかに扉が開いた。
「……その声、本当にアリスター殿下か?」
見開かれた目に眼鏡をかけた老宰相の姿があった。髪は白く、顔には皺が刻まれていたが、その眼光は鋭く、確かにかつて王を補佐した名臣のそれだった。
「生きていたか……よくぞ戻られた。だがなぜ今になって……」
「話すより、まずこれを」
アリスターは密書を差し出した。宰相は慎重にそれを開き、熟読した。
数分後、彼は深く息を吐き、静かに椅子に腰かけた。
「この筆跡、確かに陛下のものだ。そしてこの内容……“真実の精霊と契約した王子に、協力せよ”……と、ある」
「ボクは、あの石室で契約を果たしました。精霊サヴィエルが、真実を暴く力を与えてくれた。……この力で、冤罪を晴らし、王国を歪みから正したい」
クレメントは目を伏せ、静かに呟く。
「殿下、今の王都は分裂寸前だ。“現王派”と“貴族連合”、そしてわずかな“中立派”……だが、我ら中立の声など、もはや風前の灯だ。貴族たちはお前の追放を機に王権を弱体化させ、自分たちの利益を拡大している」
「だからこそ、今こそ必要なんです。真実を、全ての人々に示す力が」
「……それが本当に“真実”ならばな。私は信じたい。お前の中に、まだ父君の誠実さと、祖父上の胆力があると」
宰相は立ち上がると、古びた鍵束を取り出した。
「この部屋の奥に、王家の血族にしか使えぬ“記録の間”がある。そこには、過去の法案、裁判記録、財政文書の写しがある……お前が無実である証も、もしかすれば見つかるかもしれん」
アリスターの目が驚きに見開かれる。
「それは……!」
「だが急げ。この話が漏れれば、我らは即座に粛清される。王城内にも“紅の仮面”と通じている密偵がいる。時間はないぞ」
アリスターは深く一礼した。
「感謝します、宰相。……ボクは、この国を、必ず変えてみせます」
「……我が生涯において、お前ほど“目を逸らさぬ者”を他に知らん。必ず、王たれ、アリスター=テオドリック殿下」
夜の王城で、二つの世代が再び手を結んだ。
静かなる密談は、やがて国の命運を左右する嵐の序章となっていくのだった。
アリスターは黒のフードを深く被り、スプレーマムの仲間たちと共に、王城の裏門付近に潜んでいた。左手の懐には、王の石室で受け取った密書が収められている。それは、亡き先王が“中立派の宰相”として信頼した男――ユーグ・クレメント宰相に宛てた、直筆の命だった。
「……こっから先は、正面突破は無理だ」
マスキュラ―が地形を確認しつつ、低く呟いた。
「正門と裏門、共に監視がある。兵の巡回も規則正しい。だが、東塔の水路……あそこなら外壁の陰をつたって内部に入り込める」
「さすがですわね、マスキュラ―。この手の任務、慣れてらっしゃる?」
「まぁな。追放された時に、色々学んだからな……皮肉だけどよ」
アリスターは二人のやり取りにうなずき、視線を王城の影へと向けた。
「ボクが密書を届ける。みんなは外で待機していてくれ。何かあった時の逃走経路は確保しておいて」
「お、お待ちくだされ、アリスター殿! それはあまりに危険では……!」
「ダリル、これは王家の問題だ。けれど、仲間がここまで付き合ってくれたこと、感謝してる。……必ず戻るよ」
エリーゼが、無言でアリスターの手を握った。
「必ず、ね」
「もちろん。ボクを誰だと思ってるんだ?」
にやりと笑い、アリスターは一人、水路へと飛び込んだ。
◆
水音を吸収するような静けさの中、アリスターは王城の東塔裏にある古い排水口から内部へと潜入した。王子時代に幾度か利用した“抜け道”だったが、今や彼はその城の“異物”に過ぎなかった。
内部は見張りの兵がわずかに巡回する程度。かつての自身の部屋の近くを通り過ぎながら、記憶の中の地図を頼りに宰相執務室を目指す。
そして、重厚な扉の前に辿り着いた。
「……クレメント宰相、聞こえますか。ボクです、アリスター=テオドリック」
ノックもせず、ただ小さな声で呼びかけた。その名前に、誰かが気づかなければ、諦める覚悟もあった。
しかし。
扉の向こうから鍵が外される音がして、わずかに扉が開いた。
「……その声、本当にアリスター殿下か?」
見開かれた目に眼鏡をかけた老宰相の姿があった。髪は白く、顔には皺が刻まれていたが、その眼光は鋭く、確かにかつて王を補佐した名臣のそれだった。
「生きていたか……よくぞ戻られた。だがなぜ今になって……」
「話すより、まずこれを」
アリスターは密書を差し出した。宰相は慎重にそれを開き、熟読した。
数分後、彼は深く息を吐き、静かに椅子に腰かけた。
「この筆跡、確かに陛下のものだ。そしてこの内容……“真実の精霊と契約した王子に、協力せよ”……と、ある」
「ボクは、あの石室で契約を果たしました。精霊サヴィエルが、真実を暴く力を与えてくれた。……この力で、冤罪を晴らし、王国を歪みから正したい」
クレメントは目を伏せ、静かに呟く。
「殿下、今の王都は分裂寸前だ。“現王派”と“貴族連合”、そしてわずかな“中立派”……だが、我ら中立の声など、もはや風前の灯だ。貴族たちはお前の追放を機に王権を弱体化させ、自分たちの利益を拡大している」
「だからこそ、今こそ必要なんです。真実を、全ての人々に示す力が」
「……それが本当に“真実”ならばな。私は信じたい。お前の中に、まだ父君の誠実さと、祖父上の胆力があると」
宰相は立ち上がると、古びた鍵束を取り出した。
「この部屋の奥に、王家の血族にしか使えぬ“記録の間”がある。そこには、過去の法案、裁判記録、財政文書の写しがある……お前が無実である証も、もしかすれば見つかるかもしれん」
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「それは……!」
「だが急げ。この話が漏れれば、我らは即座に粛清される。王城内にも“紅の仮面”と通じている密偵がいる。時間はないぞ」
アリスターは深く一礼した。
「感謝します、宰相。……ボクは、この国を、必ず変えてみせます」
「……我が生涯において、お前ほど“目を逸らさぬ者”を他に知らん。必ず、王たれ、アリスター=テオドリック殿下」
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