148 / 179
第146話 暁はふたりのもの ふふっ、頼りになる旦那様
しおりを挟む
暁はふたりのもの
破壊された神殿跡には、静寂が戻っていた。戦火に包まれた空間も、今はただ、淡い陽光に洗われている。
エリーゼ=アルセリアは、瓦礫の上に腰を下ろして空を見上げていた。桃色の髪が朝日に染まり、まるで花のように揺れている。隣には金髪の男――アリスター。戦闘の名残でローブは焼け焦げていたが、その表情はどこまでも穏やかだった。
「……疲れた?」
アリスターが小さく尋ねる。
「んーん。肩は軽くなったけど、胸は……少し、まだ張ってる。多分、誰かの命を背負ってた分」
「君は“誰か”の分まで背負いすぎる癖がある。夫として、そこは注意しないとね」
「ふふっ、頼りになる旦那様」
エリーゼが微笑むと、アリスターは照れたように鼻を鳴らした。
「ま、ボクが選んだ女性だからね。当然だよ」
そんな他愛もないやり取りさえ、いまは尊く思える。あの封印の戦いを越えて、二人はまた並んで立っている――「夫婦」として。
やがて神殿の影から一人の男が現れた。長い黒髪に仮面をつけた、あの情報屋――ガーラン。いや、その正体を知る者からすれば、彼は「魔族の王子」ヴェルトでもある。
「……仲睦まじいな。幸せそうで何よりだ」
「ガーラン……いえ、いまは“ヴェルト”って呼んだほうがいいのかしら」
「どちらでも構わん。名は記号に過ぎない」
仮面の奥で、彼の視線が静かに揺れる。かつて敵として剣を交えた時には見せなかった、どこか柔らかい眼差し。
「封印、お疲れ様。お前たちの力がなければ、この世界はまたひとつ、闇に呑まれていた」
「ありがとう。でも、まだ“終わり”じゃないわ。ここは、始まりでしょ?」
エリーゼの瞳は揺らがない。戦いの終わりではなく、次の扉を開こうとする意志がそこにあった。
ヴェルトは小さく頷いた。
「――その通りだ。そして、君に“次の扉”を案内する者として、話したいと思う」
「……?」
アリスターが警戒気味にエリーゼの前に立つ。
「言っておくけど、ボクの妻をどこかに連れていこうなんて、ただでは済まさないからね?」
「安心しろ。今回は“誘拐”じゃない。正式な、招待だ」
仮面の下で、笑ったような声が響いた。
「半年後、魔王国アーリスで“武術大会”が開かれる。“真なる力”を持つ者だけが招待される、誇り高き戦の舞台だ」
「武術大会……? また何か、企んでるの?」
「いや、これは“和平”の一歩だ。魔族と人間、相互理解のための試みとして開催される。だが、表面だけの祭りでは終わらせたくない。だからこそ、本当に強く、信じられる者に参加してほしい」
そして彼は、まっすぐにエリーゼを見た。
「――君に、来てほしい。今の君なら、言葉以上の“誠意”を剣で示せるはずだ」
静かに風が吹いた。
アリスターは隣で腕を組み、ため息をついた。
「はあ……やれやれ。また面倒なことを持ち込んで。ま、でも君が望むなら、ボクは同行するよ。妻の旅には、夫が必要だろう?」
「アリスター……うん、ありがとう」
エリーゼは一度目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
「分かった。参加するわ。わたしの剣で、未来を繋げるなら」
「その言葉を聞けて、安心した」
ヴェルトは一礼し、再び仮面を直した。
「詳細は追って伝える。……それまでに、傷を癒しておけ。君たちには、まだまだ果たすべき役割が残っているのだから」
そう言い残し、彼は再び影の中へと消えていった。
静けさが戻る。
「……また騒がしくなりそうね」
エリーゼが呟く。
「ボクとしては、もっと静かな新婚生活を希望してたんだけどね……ま、君が“行く”と言うなら、ボクも“共に行く”さ」
「ありがと、アリスター。ほんとに、頼りにしてるよ」
エリーゼは夫の腕に自分の腕を絡めた。その温もりに、アリスターの頬が少しだけ紅潮する。
「じゃあ、その頼られたボクの役目は――」
「?」
「君のこと、これからもずっと、世界が終わるまで守るってことだよ」
エリーゼは笑って、アリスターの手を握り返す。
「世界が終わるまで、よろしくね。旦那様」
戦いの傷痕はまだ癒えていない。けれど、朝日が照らすこの世界のどこかに、新たな物語が待っている。
そして、ふたりはまた、並んでその未来へと歩き出した。
破壊された神殿跡には、静寂が戻っていた。戦火に包まれた空間も、今はただ、淡い陽光に洗われている。
エリーゼ=アルセリアは、瓦礫の上に腰を下ろして空を見上げていた。桃色の髪が朝日に染まり、まるで花のように揺れている。隣には金髪の男――アリスター。戦闘の名残でローブは焼け焦げていたが、その表情はどこまでも穏やかだった。
「……疲れた?」
アリスターが小さく尋ねる。
「んーん。肩は軽くなったけど、胸は……少し、まだ張ってる。多分、誰かの命を背負ってた分」
「君は“誰か”の分まで背負いすぎる癖がある。夫として、そこは注意しないとね」
「ふふっ、頼りになる旦那様」
エリーゼが微笑むと、アリスターは照れたように鼻を鳴らした。
「ま、ボクが選んだ女性だからね。当然だよ」
そんな他愛もないやり取りさえ、いまは尊く思える。あの封印の戦いを越えて、二人はまた並んで立っている――「夫婦」として。
やがて神殿の影から一人の男が現れた。長い黒髪に仮面をつけた、あの情報屋――ガーラン。いや、その正体を知る者からすれば、彼は「魔族の王子」ヴェルトでもある。
「……仲睦まじいな。幸せそうで何よりだ」
「ガーラン……いえ、いまは“ヴェルト”って呼んだほうがいいのかしら」
「どちらでも構わん。名は記号に過ぎない」
仮面の奥で、彼の視線が静かに揺れる。かつて敵として剣を交えた時には見せなかった、どこか柔らかい眼差し。
「封印、お疲れ様。お前たちの力がなければ、この世界はまたひとつ、闇に呑まれていた」
「ありがとう。でも、まだ“終わり”じゃないわ。ここは、始まりでしょ?」
エリーゼの瞳は揺らがない。戦いの終わりではなく、次の扉を開こうとする意志がそこにあった。
ヴェルトは小さく頷いた。
「――その通りだ。そして、君に“次の扉”を案内する者として、話したいと思う」
「……?」
アリスターが警戒気味にエリーゼの前に立つ。
「言っておくけど、ボクの妻をどこかに連れていこうなんて、ただでは済まさないからね?」
「安心しろ。今回は“誘拐”じゃない。正式な、招待だ」
仮面の下で、笑ったような声が響いた。
「半年後、魔王国アーリスで“武術大会”が開かれる。“真なる力”を持つ者だけが招待される、誇り高き戦の舞台だ」
「武術大会……? また何か、企んでるの?」
「いや、これは“和平”の一歩だ。魔族と人間、相互理解のための試みとして開催される。だが、表面だけの祭りでは終わらせたくない。だからこそ、本当に強く、信じられる者に参加してほしい」
そして彼は、まっすぐにエリーゼを見た。
「――君に、来てほしい。今の君なら、言葉以上の“誠意”を剣で示せるはずだ」
静かに風が吹いた。
アリスターは隣で腕を組み、ため息をついた。
「はあ……やれやれ。また面倒なことを持ち込んで。ま、でも君が望むなら、ボクは同行するよ。妻の旅には、夫が必要だろう?」
「アリスター……うん、ありがとう」
エリーゼは一度目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
「分かった。参加するわ。わたしの剣で、未来を繋げるなら」
「その言葉を聞けて、安心した」
ヴェルトは一礼し、再び仮面を直した。
「詳細は追って伝える。……それまでに、傷を癒しておけ。君たちには、まだまだ果たすべき役割が残っているのだから」
そう言い残し、彼は再び影の中へと消えていった。
静けさが戻る。
「……また騒がしくなりそうね」
エリーゼが呟く。
「ボクとしては、もっと静かな新婚生活を希望してたんだけどね……ま、君が“行く”と言うなら、ボクも“共に行く”さ」
「ありがと、アリスター。ほんとに、頼りにしてるよ」
エリーゼは夫の腕に自分の腕を絡めた。その温もりに、アリスターの頬が少しだけ紅潮する。
「じゃあ、その頼られたボクの役目は――」
「?」
「君のこと、これからもずっと、世界が終わるまで守るってことだよ」
エリーゼは笑って、アリスターの手を握り返す。
「世界が終わるまで、よろしくね。旦那様」
戦いの傷痕はまだ癒えていない。けれど、朝日が照らすこの世界のどこかに、新たな物語が待っている。
そして、ふたりはまた、並んでその未来へと歩き出した。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄で追放されて、幸せな日々を過ごす。……え? 私が世界に一人しか居ない水の聖女? あ、今更泣きつかれても、知りませんけど?
向原 行人
ファンタジー
第三王子が趣味で行っている冒険のパーティに所属するマッパー兼食事係の私、アニエスは突然パーティを追放されてしまった。
というのも、新しい食事係の少女をスカウトしたそうで、水魔法しか使えない私とは違い、複数の魔法が使えるのだとか。
私も、好きでもない王子から勝手に婚約者呼ばわりされていたし、追放されたのはありがたいかも。
だけど私が唯一使える水魔法が、実は「飲むと数時間の間、能力を倍増する」効果が得られる神水だったらしく、その効果を失った王子のパーティは、一気に転落していく。
戻ってきて欲しいって言われても、既にモフモフ妖狐や、新しい仲間たちと幸せな日々を過ごしてますから。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
離縁された妻ですが、旦那様は本当の力を知らなかったようですね?
椿蛍
ファンタジー
転生し、目覚めたら、旦那様から離縁されていた。
――そんなことってある?
私が転生したのは、落ちこぼれ魔道具師のサーラ。
彼女は結婚式当日、何者かの罠によって、氷の中に閉じ込められてしまった。
時を止めて眠ること十年。
彼女の魂は消滅し、肉体だけが残っていた。
「どうやって生活していくつもりかな?」
「ご心配なく。手に職を持ち、自立します」
「落ちこぼれの君が手に職? 無理だよ、無理! 現実を見つめたほうがいいよ?」
――後悔するのは、旦那様ですよ?
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
大自然を司る聖女、王宮を見捨て辺境で楽しく生きていく!
向原 行人
ファンタジー
旧題:聖女なのに婚約破棄した上に辺境へ追放? ショックで前世を思い出し、魔法で電化製品を再現出来るようになって快適なので、もう戻りません。
土の聖女と呼ばれる土魔法を極めた私、セシリアは婚約者である第二王子から婚約破棄を言い渡された上に、王宮を追放されて辺境の地へ飛ばされてしまった。
とりあえず、辺境の地でも何とか生きていくしかないと思った物の、着いた先は家どころか人すら居ない場所だった。
こんな所でどうすれば良いのと、ショックで頭が真っ白になった瞬間、突然前世の――日本の某家電量販店の販売員として働いていた記憶が蘇る。
土魔法で家や畑を作り、具現化魔法で家電製品を再現し……あれ? 王宮暮らしより遥かに快適なんですけど!
一方、王宮での私がしていた仕事を出来る者が居ないらしく、戻って来いと言われるけど、モフモフな動物さんたちと一緒に快適で幸せに暮らして居るので、お断りします。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!
婚約破棄され森に捨てられました。探さないで下さい。
拓海のり
ファンタジー
属性魔法が使えず、役に立たない『自然魔法』だとバカにされていたステラは、婚約者の王太子から婚約破棄された。そして身に覚えのない罪で断罪され、修道院に行く途中で襲われる。他サイトにも投稿しています。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる