婚約者を姉に奪われ、婚約破棄されたエリーゼは、王子殿下に国外追放されて捨てられた先は、なんと魔獣がいる森。そこから大逆転するしかない?怒りの

山田 バルス

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第148話 クレメント宰相から見た即位式

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王都テオドリック。静まり返った広間に、荘厳なパイプオルガンの音が響いていた。石造りの天井に、銀の燭台の光がきらめき、王位継承の場である「誓約の間」には、王国中枢の者たちが一同に会していた。

 私は、その列席者の最前に立ち、深く頭を垂れていた。齢七十を越えた老骨が、まさかこの日を見るとは……。

 アリスター=テオドリック――あの若き王子が、再びこの玉座に戻ってきたのだ。

 「アリスター殿下、ご着座を」

 大司教の声が厳かに響く。アリスターは純白の礼装に身を包み、額には王家の印たる金の飾帯を巻いていた。以前の彼は、華やかで奔放、どこか芝居じみた雰囲気さえあったが……今は違う。目に宿る光は、もはや少年のそれではなかった。

 あの夜、密書を携えて現れたあの姿を思い出す。

 ……私の名を呼ぶ声は、まるで亡霊のように静かだった。追放されたはずの王子が、あの石室で真実の精霊と契約を果たし、帰還を果たしたと知った時、私は背筋に戦慄を覚えながらも、なぜか心が震えた。

 ──この国に、まだ希望があるのかもしれない──と。

 「我、アリスター=テオドリックは、王位を継ぎ、この国と民の平穏を守ることを誓う」

 玉座の前、アリスターの宣誓の言葉が響く。まっすぐな声だった。迷いがなく、曇りもなく。精霊サヴィエルの力により暴かれた冤罪の証拠と、貴族連合の不正を暴く書状はすでに議会に提出され、多くの反発を受けながらも、中立派と民衆の支持を得て彼の即位は実現した。

 それは、王都の分裂を防ぐための最後の綱だった。

 「これより、戴冠の儀を執り行う」

 大司教が掲げたのは、先王が愛用していた王冠だった。長きにわたって空位であったそれを、私は両手で持ち、玉座に座る青年の頭上にそっと戴いた。

 冠が静かに彼の髪に触れた瞬間、広間は静まりかえり、ただ祈りの旋律だけが空間を満たした。

 ──ああ、グレイ陛下。ご覧ください。この日が来ました──

 思わず、胸の内で先王に語りかける。

 アリスターは、あの方が「ただの子ではない」とおっしゃっていた王子です。貴方の死の直後、どれだけ多くの者が彼を見捨て、貶め、追いやったか……。私でさえ、一時はその流れに抗いきれず、静観を選んでしまったことを悔いております。

 だが、あの夜、彼が密書と共に現れた時……私は再び「仕えるべき王」に出会ったのです。



 式が終わり、夜が更けた王宮の一室。私はアリスター陛下に呼び出され、玉座の間の奥、かつて国政を論じ合った秘密の応接間で二人きりとなった。

 「クレメント宰相。……改めて、礼を言います。あの時、あなたが私を信じてくれたから、今日という日がある」

 「陛下……私はあの夜、貴方の瞳に、王の資質を見ました。あれは、かつてアーサー陛下にもあった光です」

 私の言葉に、アリスターはわずかに頷き、窓の外を見た。かつての少年のように、どこか物憂げな横顔だった。

 「……正直に言えば、まだ迷いもある。民の不信、貴族の反発、“紅の仮面”の動きも収まっていない。でも……国を変えるには、これしかないんです」

 「だからこそ、我々が陛下をお支えせねばならぬのです」

 私は背筋を伸ばし、両手を胸の前で組んだ。

 「この老骨、宰相として貴方に仕え続けることを、ここに誓いましょう。王の御業を補佐し、王国を守るために」

 アリスターの目が、わずかに潤んだように見えた。若い王の顔に、わずかな安堵の色が浮かんでいた。

 「ありがとう、クレメント宰相。……あなたがいてくれて、よかった」

 「我が生涯に一片の悔いなしとは言いません。だが、陛下の即位は……この老いの最後にして、何よりの報いです」

 私は静かに、深く一礼した。若き王の未来を見つめるその瞬間、心から誓ったのだ。

 ──我が国は、まだ終わってはおらぬ──

 ──この王と共にある限り、必ずや希望は再び灯る──

 玉座の間に差し込む月明かりが、かつて王子だった彼の背に王冠の影を落としていた。

 それは、運命の荒波に揉まれながらも、己の意志で立ち上がった“真なる王”の証だった。

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