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第163話 エリーゼ、マスキュラ―の異変に気付く
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昼下がりの陽光が差し込む王城の談話室。エリーゼは剣の手入れをしながら、時折窓の外に目をやっていた。
「よっと……おい、エリーゼ」
扉が開き、聞き慣れた声が入ってくる。黒髪を後ろで束ね、どこか居心地悪そうな顔のマスキュラ―だった。
「どうしたの、マスキュラ―? 妙に落ち着きがないけど」
「いや……ちょっと、聞きたいことがある」
彼は部屋に入り、椅子に腰を下ろすと、妙に真剣な顔でこちらを見た。エリーゼは剣の手を止め、そのまま彼の目を見つめ返す。
「なになに、改まって?」
「……その、平民と貴族の結婚って、あり得るもんなのか?」
ぽつりと落とされた問いに、エリーゼは思わずまばたきをした。
「……なんの話よ、いきなり」
「いいから答えてくれ」
「うーん、そうね……男爵とか準男爵あたりの低位貴族なら、平民と結婚する例はあるわよ。もちろん、恋愛結婚ってよりは、相応の功績をあげたとか、商会の娘で莫大な資産を持ってるとか……事情がある場合が多いけど」
マスキュラ―は、何かを期待するようにこちらを見ていたが、エリーゼが続けると、その目がじわじわと下がっていった。
「伯爵以上になると、家の存続や政略の意味もあるから、なかなかないわね。基本的には貴族同士で結婚するし、仮に平民と結婚するにしても、平民の側が貴族籍に入るってより、逆に貴族籍を捨てて平民になることが多いわ」
「……じゃあ、駆け落ちとか、そういうのは?」
「あるにはあるわよ。でもね、駆け落ちってのは、もう……人生を捨てるくらいの覚悟がいる。財産も地位も、名前さえも捨てて、それでも一緒になりたいって気持ちがあるなら、止めはしないけど」
エリーゼが苦笑混じりにそう言うと、マスキュラ―は露骨に肩を落とした。
「……そうか。やっぱ、そうなんだな……」
「なに? 本気で誰かに惚れたわけ?」
「いや、別に……」
彼は顔を背けたまま立ち上がり、手で軽く合図をして部屋を出ようとした。
エリーゼはその背を見送りながら、ふと声をかけた。
「そういえば、シャルル元殿下とはどうなったの?」
マスキュラ―の足が止まる。振り返らぬまま、彼は「知らねぇ」と短く答えた。
「オレが知りたいのは、エリーゼがどうするか、だ」
「……そうね。予定より少しずれるみたいね。向こうの使者と連絡が取れなくて。なんか、スケジュールが変わったらしいのよ」
エリーゼは窓の外を見た。風が雲を運び、木の葉がさらさらと揺れている。
「それよりも、もしかしたら……先におじいさまが来るかもしれないわ」
「じいさま?」
「ええ。母の父——わたしの祖父よ。今は亡き母の、ね。フリューゲル王国の剣聖と呼ばれていた方。名前はカール=キリト」
言葉に、マスキュラ―は驚いたように目を見開いた。
「……その名前、聞いたことある。伝説級の剣士じゃねぇか。確か……現王の父で、王配だったって」
「そう。だから王家では、“剣聖陛下”なんて呼ばれてたわ。今でも王国の剣術指南役をしてるらしいけど、年齢のせいであまり前線には出ていないみたい」
エリーゼは、どこか懐かしげに目を細めた。
「でもね、一度も会ったことがないのよね。だから、わたしに対してどんな対応をするのかまったく予想がつかないわ」
マスキュラ―は黙って聞いていた。貴族と平民は世界が違うのか。
「……そっか。やっぱり、遠いんだな。オレとあいつは」
「……え?」
エリーゼが問い返すと、マスキュラ―は
「なんでもねぇ」
とごまかして、そのまま出て行った。
扉の向こうに消えていく背に、エリーゼは首をかしげたまま、もう一度剣を手に取る。
——なんだか最近、マスキュラ―の様子がおかしい。
前よりもよく目が合うし、口数も増えた。どこか、不自然な優しささえ見える時がある。
「……恋でもしたのかしら、マスキュラ―も幸せになって欲しいわ」
冗談のつもりでつぶやいたが、胸の奥にわずかなしこりが残った。
それが何なのか、エリーゼ自身にもまだ、よくわかっていなかった。
「よっと……おい、エリーゼ」
扉が開き、聞き慣れた声が入ってくる。黒髪を後ろで束ね、どこか居心地悪そうな顔のマスキュラ―だった。
「どうしたの、マスキュラ―? 妙に落ち着きがないけど」
「いや……ちょっと、聞きたいことがある」
彼は部屋に入り、椅子に腰を下ろすと、妙に真剣な顔でこちらを見た。エリーゼは剣の手を止め、そのまま彼の目を見つめ返す。
「なになに、改まって?」
「……その、平民と貴族の結婚って、あり得るもんなのか?」
ぽつりと落とされた問いに、エリーゼは思わずまばたきをした。
「……なんの話よ、いきなり」
「いいから答えてくれ」
「うーん、そうね……男爵とか準男爵あたりの低位貴族なら、平民と結婚する例はあるわよ。もちろん、恋愛結婚ってよりは、相応の功績をあげたとか、商会の娘で莫大な資産を持ってるとか……事情がある場合が多いけど」
マスキュラ―は、何かを期待するようにこちらを見ていたが、エリーゼが続けると、その目がじわじわと下がっていった。
「伯爵以上になると、家の存続や政略の意味もあるから、なかなかないわね。基本的には貴族同士で結婚するし、仮に平民と結婚するにしても、平民の側が貴族籍に入るってより、逆に貴族籍を捨てて平民になることが多いわ」
「……じゃあ、駆け落ちとか、そういうのは?」
「あるにはあるわよ。でもね、駆け落ちってのは、もう……人生を捨てるくらいの覚悟がいる。財産も地位も、名前さえも捨てて、それでも一緒になりたいって気持ちがあるなら、止めはしないけど」
エリーゼが苦笑混じりにそう言うと、マスキュラ―は露骨に肩を落とした。
「……そうか。やっぱ、そうなんだな……」
「なに? 本気で誰かに惚れたわけ?」
「いや、別に……」
彼は顔を背けたまま立ち上がり、手で軽く合図をして部屋を出ようとした。
エリーゼはその背を見送りながら、ふと声をかけた。
「そういえば、シャルル元殿下とはどうなったの?」
マスキュラ―の足が止まる。振り返らぬまま、彼は「知らねぇ」と短く答えた。
「オレが知りたいのは、エリーゼがどうするか、だ」
「……そうね。予定より少しずれるみたいね。向こうの使者と連絡が取れなくて。なんか、スケジュールが変わったらしいのよ」
エリーゼは窓の外を見た。風が雲を運び、木の葉がさらさらと揺れている。
「それよりも、もしかしたら……先におじいさまが来るかもしれないわ」
「じいさま?」
「ええ。母の父——わたしの祖父よ。今は亡き母の、ね。フリューゲル王国の剣聖と呼ばれていた方。名前はカール=キリト」
言葉に、マスキュラ―は驚いたように目を見開いた。
「……その名前、聞いたことある。伝説級の剣士じゃねぇか。確か……現王の父で、王配だったって」
「そう。だから王家では、“剣聖陛下”なんて呼ばれてたわ。今でも王国の剣術指南役をしてるらしいけど、年齢のせいであまり前線には出ていないみたい」
エリーゼは、どこか懐かしげに目を細めた。
「でもね、一度も会ったことがないのよね。だから、わたしに対してどんな対応をするのかまったく予想がつかないわ」
マスキュラ―は黙って聞いていた。貴族と平民は世界が違うのか。
「……そっか。やっぱり、遠いんだな。オレとあいつは」
「……え?」
エリーゼが問い返すと、マスキュラ―は
「なんでもねぇ」
とごまかして、そのまま出て行った。
扉の向こうに消えていく背に、エリーゼは首をかしげたまま、もう一度剣を手に取る。
——なんだか最近、マスキュラ―の様子がおかしい。
前よりもよく目が合うし、口数も増えた。どこか、不自然な優しささえ見える時がある。
「……恋でもしたのかしら、マスキュラ―も幸せになって欲しいわ」
冗談のつもりでつぶやいたが、胸の奥にわずかなしこりが残った。
それが何なのか、エリーゼ自身にもまだ、よくわかっていなかった。
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