164 / 179
第162話 レオナ=エルドリッジ、飲みすぎてやってしまう……
しおりを挟む
夜の王都は、昼の喧騒を残しながらも、柔らかな灯りに包まれていた。露店がまばらに並び、路地から漏れる笑い声と酒の匂い。レオナ=エルドリッジはひとり、その中を歩いていた。
「……はぁ。結局、一人で来ちゃったな」
近衛団の制服ではなく、落ち着いた旅装。剣は腰にあるが、今夜は戦うつもりはない。目的はただひとつ——酔うためだ。
選んだのは、広場近くの酒場《金獅子亭》。騎士でも民でも関係なく飲める場所として、密かに人気の一軒だ。
扉を開けた瞬間、熱気と喧騒が迎えてきた。テーブルを囲む常連たち、木のカウンターに肘をついた吟遊詩人、騒がしく笑う冒険者。
「空いてるかい?」
レオナが腰を下ろしたのは、カウンターの隅。その隣には、黒髪で筋肉隆々の男——マスキュラ―がいた。
彼もまた、一人で飲んでいたらしい。豪快な見た目に反して、手元のグラスには澄んだ酒が控えめに注がれている。
「……おや、騎士サマか。ひとり飲みとは、めずらしいな」
「あなたこそ……確か、“スプレーマム”の剣士だったか。マスキュラ―、だったよな?」
「覚えられてたか。光栄だぜ」
軽口に、レオナは笑う。グラスを注文し、酒を口に運ぶ。
しばらくは、互いに無言のまま酒を飲んだ。だが、どちらからともなく話が弾み始める。
「……それでさ、来週には来るらしいぜ。“元”王子さまがよ」
「レオンハルト王国の元王子様、ね。ずいぶんと話題になってる」
「ま、噂じゃ“和平の証”とか言ってるが……あいつ、エリーゼに婚約破棄して追放までした奴だぞ、今更どの面下げてだな」
「ふふ、まさか。ないとは思うが……エリーゼ様が傷ついたらアリスター陛下が恐ろしいわ。レオンハルト王国程度ならすぐに滅ぼしに出兵しそうで。エリーゼ様の祖父のフリューゲル王国が動くって噂もあるわね」
杯が重なり、二人の口元に笑みが灯る。酔いも手伝って、緊張がほどけていく。
話題が尽きたわけでもないのに、不意にレオナがぽつりと漏らす。
「……エリーゼ様は、いいよな」
「ん?」
「……あんなに強くて、まっすぐで……それでいて、ちゃんと愛されて。アリスターと一緒になれて、羨ましいよ」
その言葉に、マスキュラ―が片眉を上げて言った。
「へっ、オレから言わせりゃ……アリスターの方が羨ましいぜ」
「どうして?」
「だって、エリーゼと結婚してるんだぞ。あんなに強くて綺麗で、気さくで……オレの憧れそのものだ」
沈黙。そして、ふっと顔を見合わせたふたり。
「……あれ、私たちって、振られてる?」
「……そうなるな」
はははっ、と肩を揺らして笑い合う。自嘲と、どこか安堵が混ざった笑いだった。
そのまま、二人は飲み続けた。話題はくだらない噂から、互いの冒険談まで転がり、気づけば酒瓶は三本目に入っていた。
ふらふらと酒場を出たのは、深夜を回った頃だった。
「マスキュラ―……歩ける?」
「んー? 歩くのは得意だぜ、任せろー」
言葉とは裏腹に、彼の足元はおぼつかない。そんな彼の肩に、レオナがそっと手を添えた。
「どこに泊まってる?」
「宿屋、《東の茜》ってとこ」
「ふうん……じゃあ、そこまで送るよ」
「レディに送られるのも、悪くないな……あ、こっちこっち」
そうして、流れるように、二人は《東の茜》の宿へ。部屋に入ると、マスキュラ―は布団に腰を下ろし、苦笑した。
「……まさか、騎士サマと一緒に飲んで、こうなるとはな」
「こっちの台詞よ……あんた、筋肉のわりに、酒弱いのね」
互いに見つめ合い——言葉が消えた。
次の瞬間、酔いのせいか、互いの温もりに引かれるように、そっと唇が重なった。
夜は静かに更けていった。
***
「……ひゃぁああああっ!!???」
けたたましい悲鳴で、マスキュラ―は目を覚ました。がばっと跳ね起き、隣を見れば、シーツを胸元に巻きつけたレオナがそこにいた。
「……ま、マジかよ……なんで……」
「こっちの台詞よ!!」
顔を真っ赤にして怒鳴るレオナ。その姿を見て、マスキュラ―は頭を抱えた。
「ちょ、ちょっと待て、思い出すから……昨日の夜、確かに、飲んで、笑って……で……」
「……キス、して……」
「……そのまま、ベッドに……」
沈黙。
そして、同時に言った。
「やっちまったーーーーーっ!!」
そんな朝だった。
「……はぁ。結局、一人で来ちゃったな」
近衛団の制服ではなく、落ち着いた旅装。剣は腰にあるが、今夜は戦うつもりはない。目的はただひとつ——酔うためだ。
選んだのは、広場近くの酒場《金獅子亭》。騎士でも民でも関係なく飲める場所として、密かに人気の一軒だ。
扉を開けた瞬間、熱気と喧騒が迎えてきた。テーブルを囲む常連たち、木のカウンターに肘をついた吟遊詩人、騒がしく笑う冒険者。
「空いてるかい?」
レオナが腰を下ろしたのは、カウンターの隅。その隣には、黒髪で筋肉隆々の男——マスキュラ―がいた。
彼もまた、一人で飲んでいたらしい。豪快な見た目に反して、手元のグラスには澄んだ酒が控えめに注がれている。
「……おや、騎士サマか。ひとり飲みとは、めずらしいな」
「あなたこそ……確か、“スプレーマム”の剣士だったか。マスキュラ―、だったよな?」
「覚えられてたか。光栄だぜ」
軽口に、レオナは笑う。グラスを注文し、酒を口に運ぶ。
しばらくは、互いに無言のまま酒を飲んだ。だが、どちらからともなく話が弾み始める。
「……それでさ、来週には来るらしいぜ。“元”王子さまがよ」
「レオンハルト王国の元王子様、ね。ずいぶんと話題になってる」
「ま、噂じゃ“和平の証”とか言ってるが……あいつ、エリーゼに婚約破棄して追放までした奴だぞ、今更どの面下げてだな」
「ふふ、まさか。ないとは思うが……エリーゼ様が傷ついたらアリスター陛下が恐ろしいわ。レオンハルト王国程度ならすぐに滅ぼしに出兵しそうで。エリーゼ様の祖父のフリューゲル王国が動くって噂もあるわね」
杯が重なり、二人の口元に笑みが灯る。酔いも手伝って、緊張がほどけていく。
話題が尽きたわけでもないのに、不意にレオナがぽつりと漏らす。
「……エリーゼ様は、いいよな」
「ん?」
「……あんなに強くて、まっすぐで……それでいて、ちゃんと愛されて。アリスターと一緒になれて、羨ましいよ」
その言葉に、マスキュラ―が片眉を上げて言った。
「へっ、オレから言わせりゃ……アリスターの方が羨ましいぜ」
「どうして?」
「だって、エリーゼと結婚してるんだぞ。あんなに強くて綺麗で、気さくで……オレの憧れそのものだ」
沈黙。そして、ふっと顔を見合わせたふたり。
「……あれ、私たちって、振られてる?」
「……そうなるな」
はははっ、と肩を揺らして笑い合う。自嘲と、どこか安堵が混ざった笑いだった。
そのまま、二人は飲み続けた。話題はくだらない噂から、互いの冒険談まで転がり、気づけば酒瓶は三本目に入っていた。
ふらふらと酒場を出たのは、深夜を回った頃だった。
「マスキュラ―……歩ける?」
「んー? 歩くのは得意だぜ、任せろー」
言葉とは裏腹に、彼の足元はおぼつかない。そんな彼の肩に、レオナがそっと手を添えた。
「どこに泊まってる?」
「宿屋、《東の茜》ってとこ」
「ふうん……じゃあ、そこまで送るよ」
「レディに送られるのも、悪くないな……あ、こっちこっち」
そうして、流れるように、二人は《東の茜》の宿へ。部屋に入ると、マスキュラ―は布団に腰を下ろし、苦笑した。
「……まさか、騎士サマと一緒に飲んで、こうなるとはな」
「こっちの台詞よ……あんた、筋肉のわりに、酒弱いのね」
互いに見つめ合い——言葉が消えた。
次の瞬間、酔いのせいか、互いの温もりに引かれるように、そっと唇が重なった。
夜は静かに更けていった。
***
「……ひゃぁああああっ!!???」
けたたましい悲鳴で、マスキュラ―は目を覚ました。がばっと跳ね起き、隣を見れば、シーツを胸元に巻きつけたレオナがそこにいた。
「……ま、マジかよ……なんで……」
「こっちの台詞よ!!」
顔を真っ赤にして怒鳴るレオナ。その姿を見て、マスキュラ―は頭を抱えた。
「ちょ、ちょっと待て、思い出すから……昨日の夜、確かに、飲んで、笑って……で……」
「……キス、して……」
「……そのまま、ベッドに……」
沈黙。
そして、同時に言った。
「やっちまったーーーーーっ!!」
そんな朝だった。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄で追放されて、幸せな日々を過ごす。……え? 私が世界に一人しか居ない水の聖女? あ、今更泣きつかれても、知りませんけど?
向原 行人
ファンタジー
第三王子が趣味で行っている冒険のパーティに所属するマッパー兼食事係の私、アニエスは突然パーティを追放されてしまった。
というのも、新しい食事係の少女をスカウトしたそうで、水魔法しか使えない私とは違い、複数の魔法が使えるのだとか。
私も、好きでもない王子から勝手に婚約者呼ばわりされていたし、追放されたのはありがたいかも。
だけど私が唯一使える水魔法が、実は「飲むと数時間の間、能力を倍増する」効果が得られる神水だったらしく、その効果を失った王子のパーティは、一気に転落していく。
戻ってきて欲しいって言われても、既にモフモフ妖狐や、新しい仲間たちと幸せな日々を過ごしてますから。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
離縁された妻ですが、旦那様は本当の力を知らなかったようですね?
椿蛍
ファンタジー
転生し、目覚めたら、旦那様から離縁されていた。
――そんなことってある?
私が転生したのは、落ちこぼれ魔道具師のサーラ。
彼女は結婚式当日、何者かの罠によって、氷の中に閉じ込められてしまった。
時を止めて眠ること十年。
彼女の魂は消滅し、肉体だけが残っていた。
「どうやって生活していくつもりかな?」
「ご心配なく。手に職を持ち、自立します」
「落ちこぼれの君が手に職? 無理だよ、無理! 現実を見つめたほうがいいよ?」
――後悔するのは、旦那様ですよ?
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
大自然を司る聖女、王宮を見捨て辺境で楽しく生きていく!
向原 行人
ファンタジー
旧題:聖女なのに婚約破棄した上に辺境へ追放? ショックで前世を思い出し、魔法で電化製品を再現出来るようになって快適なので、もう戻りません。
土の聖女と呼ばれる土魔法を極めた私、セシリアは婚約者である第二王子から婚約破棄を言い渡された上に、王宮を追放されて辺境の地へ飛ばされてしまった。
とりあえず、辺境の地でも何とか生きていくしかないと思った物の、着いた先は家どころか人すら居ない場所だった。
こんな所でどうすれば良いのと、ショックで頭が真っ白になった瞬間、突然前世の――日本の某家電量販店の販売員として働いていた記憶が蘇る。
土魔法で家や畑を作り、具現化魔法で家電製品を再現し……あれ? 王宮暮らしより遥かに快適なんですけど!
一方、王宮での私がしていた仕事を出来る者が居ないらしく、戻って来いと言われるけど、モフモフな動物さんたちと一緒に快適で幸せに暮らして居るので、お断りします。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!
婚約破棄され森に捨てられました。探さないで下さい。
拓海のり
ファンタジー
属性魔法が使えず、役に立たない『自然魔法』だとバカにされていたステラは、婚約者の王太子から婚約破棄された。そして身に覚えのない罪で断罪され、修道院に行く途中で襲われる。他サイトにも投稿しています。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる