163 / 179
第161話 怒るアリスター陛下
しおりを挟む
王城の謁見室は、普段以上に厳かな空気に包まれていた。深紅の絨毯が静かに敷かれ、壁に掛けられたタペストリーが揺れもせず、まるで空気までもが固まってしまったようだった。
エリーゼはその中に立ち、隣に座す夫──アリスターの横顔を見つめていた。
彼の瞳には、珍しく怒気が宿っていた。普段、どれほど感情的になっても理知的に対処する彼が、ここまで明確に怒りを滲ませるのは珍しい。エリーゼは思わず背筋を伸ばし、その気配に息を呑んだ。
そして、扉が開かれる。入ってきたのは、青髪の神官、ダリル=ベルトレイン。そして、金の髪に紫のドレスを纏ったルシア王妹だった。
二人は静かに頭を下げ、中央に進み出る。その途中、ほんの一瞬だけ、視線が交差した。だが、すぐに目を伏せる。まるで、互いを見ることさえ許されないかのように。
それを見たアリスターの眉がぴくりと動いた。
「──ようこそ、ダリル、ルシア」
その声音はいつもの柔らかさではなかった。鋭く、冷たい響きを含んでいた。
「今日は、大切な話があります」
エリーゼが少し不安そうに彼を見た。
「アリスター……?」
彼は妻の視線を受け止めたが、顔を向けることはせず、視線の先にいる二人をまっすぐに見据えたままだった。
「ボクは怒っています」
静かに、しかし重く放たれた言葉に、ダリルとルシアが顔を上げる。
「怒っているんです。なぜか? それは、昨夜、夫婦の危機が起きたからです」
エリーゼが、はっと目を見開いた。
「その原因は──あなたたちにあります」
ダリルが震えるように目を伏せ、ルシアが唇を噛んだ。
「ボクは、今まで、あなたたちの気持ちに沿って様子を見ようと思っていました。二人が互いを思いながらも別れようとすることには、きっとそれなりの理由があるのだろうと。しかし、昨夜、それではいけないと悟りました。このままでは、ボクたち夫婦にひびが入ります」
エリーゼはその言葉に驚きつつも、少しだけ頬を染めた。
「だから、王として決断します」
アリスターは立ち上がり、玉座の階段を一段、踏み下ろす。
「王命です。ダリル=ベルトレイン、ルシア王妹。あなたたち二人は──結婚しなさい!」
その声は堂々と響き渡った。静まり返る謁見室に、その宣言が重く、そして確かな音となって残る。
「け、結婚……!?」
エリーゼが声を漏らし、ダリルが慌てて一歩前に出る。
「ま、待ってください、アリスター様。拙者には……拙者には、ルシア殿下はもったいなさすぎるのです!」
だが、アリスターは手を上げ、きっぱりと遮った。
「ボクたち夫婦の危機なのです。これは重大な問題です。しかも、このままでは王位継承や政略にも支障が出かねません。だからこそ、王命です。結婚しなさい!」
「しかし……」
まだ渋る様子のダリルに、アリスターがぐっと睨むように詰め寄った。
「王命は絶対です! ダリル=ベルトレイン。君は王命を拒むのか?」
その一言に、ダリルは一瞬硬直し、次第に顔をゆるめていった。視線をルシアに向ける。
「ルシア殿下……拙者で、本当にいいのですか?」
ルシアの頬に涙が一筋、流れる。
「あなたがいいのです。誰でもない、あなたと共に生きたい」
「……拙者が、頑固なばかりに、あなたを悲しませてしまった。もう二度と、そんな思いはさせません」
ダリルは、ルシアに歩み寄り、優しく抱きしめた。顔をアリスターに向けて宣言する。
「アリスター陛下。王命、確かに承りました。拙者、ルシア殿下と結婚いたします」
アリスターはゆっくりとうなずき、その表情にようやく安堵の色が浮かんだ。
「それでこそ、ボクの信頼する仲間です」
その様子に、エリーゼは目を輝かせたまま、ぽんと両手を打ち合わせるように喜んだ。
「よかった……! 本当によかったわ!」
こうして、ルシアとダリルの婚約が決まり、半年後に結婚式が執り行われることとなった。
そしてアリスターもまた、この日を境に、自分たち夫婦の未来が再び穏やかな軌道に乗ったことに、内心ほっと胸を撫で下ろしていたのだった。
エリーゼはその中に立ち、隣に座す夫──アリスターの横顔を見つめていた。
彼の瞳には、珍しく怒気が宿っていた。普段、どれほど感情的になっても理知的に対処する彼が、ここまで明確に怒りを滲ませるのは珍しい。エリーゼは思わず背筋を伸ばし、その気配に息を呑んだ。
そして、扉が開かれる。入ってきたのは、青髪の神官、ダリル=ベルトレイン。そして、金の髪に紫のドレスを纏ったルシア王妹だった。
二人は静かに頭を下げ、中央に進み出る。その途中、ほんの一瞬だけ、視線が交差した。だが、すぐに目を伏せる。まるで、互いを見ることさえ許されないかのように。
それを見たアリスターの眉がぴくりと動いた。
「──ようこそ、ダリル、ルシア」
その声音はいつもの柔らかさではなかった。鋭く、冷たい響きを含んでいた。
「今日は、大切な話があります」
エリーゼが少し不安そうに彼を見た。
「アリスター……?」
彼は妻の視線を受け止めたが、顔を向けることはせず、視線の先にいる二人をまっすぐに見据えたままだった。
「ボクは怒っています」
静かに、しかし重く放たれた言葉に、ダリルとルシアが顔を上げる。
「怒っているんです。なぜか? それは、昨夜、夫婦の危機が起きたからです」
エリーゼが、はっと目を見開いた。
「その原因は──あなたたちにあります」
ダリルが震えるように目を伏せ、ルシアが唇を噛んだ。
「ボクは、今まで、あなたたちの気持ちに沿って様子を見ようと思っていました。二人が互いを思いながらも別れようとすることには、きっとそれなりの理由があるのだろうと。しかし、昨夜、それではいけないと悟りました。このままでは、ボクたち夫婦にひびが入ります」
エリーゼはその言葉に驚きつつも、少しだけ頬を染めた。
「だから、王として決断します」
アリスターは立ち上がり、玉座の階段を一段、踏み下ろす。
「王命です。ダリル=ベルトレイン、ルシア王妹。あなたたち二人は──結婚しなさい!」
その声は堂々と響き渡った。静まり返る謁見室に、その宣言が重く、そして確かな音となって残る。
「け、結婚……!?」
エリーゼが声を漏らし、ダリルが慌てて一歩前に出る。
「ま、待ってください、アリスター様。拙者には……拙者には、ルシア殿下はもったいなさすぎるのです!」
だが、アリスターは手を上げ、きっぱりと遮った。
「ボクたち夫婦の危機なのです。これは重大な問題です。しかも、このままでは王位継承や政略にも支障が出かねません。だからこそ、王命です。結婚しなさい!」
「しかし……」
まだ渋る様子のダリルに、アリスターがぐっと睨むように詰め寄った。
「王命は絶対です! ダリル=ベルトレイン。君は王命を拒むのか?」
その一言に、ダリルは一瞬硬直し、次第に顔をゆるめていった。視線をルシアに向ける。
「ルシア殿下……拙者で、本当にいいのですか?」
ルシアの頬に涙が一筋、流れる。
「あなたがいいのです。誰でもない、あなたと共に生きたい」
「……拙者が、頑固なばかりに、あなたを悲しませてしまった。もう二度と、そんな思いはさせません」
ダリルは、ルシアに歩み寄り、優しく抱きしめた。顔をアリスターに向けて宣言する。
「アリスター陛下。王命、確かに承りました。拙者、ルシア殿下と結婚いたします」
アリスターはゆっくりとうなずき、その表情にようやく安堵の色が浮かんだ。
「それでこそ、ボクの信頼する仲間です」
その様子に、エリーゼは目を輝かせたまま、ぽんと両手を打ち合わせるように喜んだ。
「よかった……! 本当によかったわ!」
こうして、ルシアとダリルの婚約が決まり、半年後に結婚式が執り行われることとなった。
そしてアリスターもまた、この日を境に、自分たち夫婦の未来が再び穏やかな軌道に乗ったことに、内心ほっと胸を撫で下ろしていたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄で追放されて、幸せな日々を過ごす。……え? 私が世界に一人しか居ない水の聖女? あ、今更泣きつかれても、知りませんけど?
向原 行人
ファンタジー
第三王子が趣味で行っている冒険のパーティに所属するマッパー兼食事係の私、アニエスは突然パーティを追放されてしまった。
というのも、新しい食事係の少女をスカウトしたそうで、水魔法しか使えない私とは違い、複数の魔法が使えるのだとか。
私も、好きでもない王子から勝手に婚約者呼ばわりされていたし、追放されたのはありがたいかも。
だけど私が唯一使える水魔法が、実は「飲むと数時間の間、能力を倍増する」効果が得られる神水だったらしく、その効果を失った王子のパーティは、一気に転落していく。
戻ってきて欲しいって言われても、既にモフモフ妖狐や、新しい仲間たちと幸せな日々を過ごしてますから。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
離縁された妻ですが、旦那様は本当の力を知らなかったようですね?
椿蛍
ファンタジー
転生し、目覚めたら、旦那様から離縁されていた。
――そんなことってある?
私が転生したのは、落ちこぼれ魔道具師のサーラ。
彼女は結婚式当日、何者かの罠によって、氷の中に閉じ込められてしまった。
時を止めて眠ること十年。
彼女の魂は消滅し、肉体だけが残っていた。
「どうやって生活していくつもりかな?」
「ご心配なく。手に職を持ち、自立します」
「落ちこぼれの君が手に職? 無理だよ、無理! 現実を見つめたほうがいいよ?」
――後悔するのは、旦那様ですよ?
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
大自然を司る聖女、王宮を見捨て辺境で楽しく生きていく!
向原 行人
ファンタジー
旧題:聖女なのに婚約破棄した上に辺境へ追放? ショックで前世を思い出し、魔法で電化製品を再現出来るようになって快適なので、もう戻りません。
土の聖女と呼ばれる土魔法を極めた私、セシリアは婚約者である第二王子から婚約破棄を言い渡された上に、王宮を追放されて辺境の地へ飛ばされてしまった。
とりあえず、辺境の地でも何とか生きていくしかないと思った物の、着いた先は家どころか人すら居ない場所だった。
こんな所でどうすれば良いのと、ショックで頭が真っ白になった瞬間、突然前世の――日本の某家電量販店の販売員として働いていた記憶が蘇る。
土魔法で家や畑を作り、具現化魔法で家電製品を再現し……あれ? 王宮暮らしより遥かに快適なんですけど!
一方、王宮での私がしていた仕事を出来る者が居ないらしく、戻って来いと言われるけど、モフモフな動物さんたちと一緒に快適で幸せに暮らして居るので、お断りします。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!
婚約破棄され森に捨てられました。探さないで下さい。
拓海のり
ファンタジー
属性魔法が使えず、役に立たない『自然魔法』だとバカにされていたステラは、婚約者の王太子から婚約破棄された。そして身に覚えのない罪で断罪され、修道院に行く途中で襲われる。他サイトにも投稿しています。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる