婚約者を姉に奪われ、婚約破棄されたエリーゼは、王子殿下に国外追放されて捨てられた先は、なんと魔獣がいる森。そこから大逆転するしかない?怒りの

山田 バルス

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第170話 マスキュラ―、結婚の挨拶 娘の未来に何を与えてくれますか?

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『王命の祝福』後日譚──結婚の挨拶
 テオドリック城の奥に位置する貴族の応接間は、さながら別世界だった。

 重厚な赤い絨毯が床を覆い、壁には王家の紋章と見事な風景画が飾られている。窓際には陽光が差し込み、金糸のレースカーテンが柔らかく揺れていた。

 その中心に、アルスラーン・ヴァン・テオドリック公爵と、エルドリッジ伯爵夫妻が並んで腰掛けている。

 マスキュラ―は緊張に肩をこわばらせながら、公爵のすぐ横に立っていた。背筋を正し、礼儀作法を頭の中で何度も反芻する。

 だが、隣に立つアルスラーン公爵の視線は、氷のように鋭かった。

「マスキュラ―殿。君が我が家の名を継ぐにふさわしいかどうか……今日、その覚悟を見せてもらおう」

「……はい!」

 短く返事をし、マスキュラ―は前へ一歩進み出る。向かいに座るエルドリッジ伯爵と、その妻――レオナの母であるマルグリット夫人に向き直った。

 二人の表情は厳粛で、しかしどこか静かな期待を含んでいる。

「改めまして、私……マスキュラ―は、アルスラーン・ヴァン・テオドリック公爵の養子として、エルドリッジ家の令嬢・レオナ様との婚姻を、正式にお願い申し上げます」

 深く頭を下げる。

 それは、剣を振るうこととは違う緊張だった。だが、背筋を伸ばし、言葉に誠実さを込めたその様に、エルドリッジ伯爵の瞳がわずかに細められる。

「……君は、かつて平民出の冒険者だったな?」

「はい。C級パーティーからの追放を経験し、その後、スプレーマムに拾われ、今に至ります」

「己の力のみで立ち上がったということか」

 伯爵の声は静かだが、重みがあった。

「平民が公爵家の名を継ぎ、我が娘と婚姻する――それは前例のないことだ。軽んじて許されることではない」

「承知しております。……しかし、俺は、レオナと生きたいんです。身分ではなく、人として、彼女の隣に立ちたい。その覚悟だけは、誰にも負けないつもりです」

 言い切ったその声は揺るがなかった。

 マルグリット夫人が口元に扇を当てながら、微かに微笑む。

「レオナがあのように凛とした女性に育ったのは、我が家の誇りです。彼女が選んだ人間を、わたくしは信じますわ。ただ一つだけ、お聞きします」

「……はい」

「あなたは、娘の未来に何を与えてくれますか?」

 その問いに、マスキュラ―は少しだけ迷ったが、すぐに答えた。

「“ともに生きる喜び”です。豪奢な暮らしでも、地位でもありません。彼女が、苦しい時も笑っていられるように……戦い、支え、寄り添い続けます。それが、俺の誓いです」

 沈黙が訪れた。

 だが、やがてエルドリッジ伯爵がゆっくりと頷いた。

「……君は己を飾らず、正面から我々と向き合った。よいだろう。レオナを託す」

「伯爵……!」

 マスキュラ―の瞳が揺れる。

 マルグリット夫人も静かに立ち上がり、歩み寄ってきた。

「では、わたくしからも……」

 そっとマスキュラ―の手を取り、その掌に小さな銀の指輪をのせた。

「これは、レオナが幼いころから大切にしていた家族の指輪です。今日からは、あなたのものです。……どうか、この子を幸せに」

「……必ず」

 マスキュラ―は、深く、深く頭を下げた。

 その背に、公爵アルスラーンの手がそっと置かれる。

「──よくやったな、息子よ」

 たった一言。だが、それはどんな褒美よりも、マスキュラ―の胸を震わせた。

 扉の外には、レオナが静かに待っていた。緊張と期待に揺れる瞳で、マスキュラ―を見上げる。

「どうだった?」

「……正式に、許されたよ」

 その瞬間、レオナの顔がぱっと花開いたように輝く。

「やった……!」

 マスキュラ―は彼女を抱き寄せた。

「レオナ、これからは……堂々と、肩を並べて生きよう」

「うん。マスキュラ―、ありがとう……わたし、今、すごく幸せ」

 廊下の奥からは、アリスターとエリーゼ、そしてダリルの姿が現れる。

 アリスターは、得意げに鼻を鳴らした。

「ふふん。ボクの王命は、完璧だったようだね!」

 エリーゼはくすりと笑い、マスキュラ―とレオナに歩み寄った。

「……おめでとう、マスキュラ―。レオナ。やっぱり、あんたたちはお似合いだった」

「うんうん。まことに、愛は尊きもの……ですな」

 ダリルが静かに頷いた。

 廊下にあふれる笑顔と祝福の中で、マスキュラ―は改めて誓う。

 この絆を守り抜くと。どんな困難が訪れても、彼女の隣で立ち続けると。

 そして、それは新たな始まりだった。

 冒険者としてではなく、貴族として。

 戦士としてではなく、家族として。

 マスキュラ―・エルドリッジとしての、新しい人生の幕開けが、今、始まろうとしていた。
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