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カーテンの隙間から差し込む朝日が、散乱した衣服とシーツを白々しく照らしていた。遊佐が目を覚ますと、隣は既にもぬけの殻だった。バスルームから、シャワーの音が聞こえる。
「……タフな奴だな」
遊佐はけだるい体を起こし、サイドテーブルの水を煽った。昨夜、あれだけ「延長戦」を強いたのだ。普通なら昼まで起き上がれないはずだが、羽柴は既に身支度を始めているらしい。その「乱れない」精神力が、愛おしくもあり、呆れもした。
数十分後。シャワーを浴び、昨日と同じスーツ(遊佐がスチームアイロンをかけてやった)に袖を通した羽柴が、洗面台の鏡に向かっていた。濡れた髪を整え、ネクタイを締める。その指先には、昨夜の情熱の欠片も見当たらない。 いつもの冷徹で美しい「能面」に戻ろうとしている。
「おはようございます、遊佐さん。プロテイン作りましょうか?」
鏡越しに目が合うと、羽柴は何食わぬ顔で言った。 その態度が、遊佐の中の獣を逆撫でする。
「……いらん」
遊佐は無言で背後から近づくと、ネクタイを結ぼうとする羽柴の手を払い、その細い腰を抱き寄せた。
「遊佐さん? 遅刻しますよ」
「お前、その喉元」
遊佐の指摘に、羽柴が怪訝そうに眉を寄せる。シャツの第一ボタンを開けたその鎖骨の少し上に、昨夜遊佐が付けた赤い痕(キスマーク)が、薄く残っていた。
「……っ、最悪だ。コンシーラーで隠さないと」
羽柴が舌打ちし、化粧ポーチを探そうと身をよじる。 だが、遊佐はその腕を強く掴んで阻止した。
「隠すな」
「は? 何言ってるんですか。こんなの誰かに見られたら――」
「見られないようにしろと言ってるんだ」
遊佐はニヤリと笑うと、羽柴の耳元に唇を寄せ、低い声で新たな「ルール」を告げた。
「今日の業務中、その痕を誰にも見られるな。……ただし、コンシーラーや絆創膏は禁止だ。シャツの襟と、お前の『鉄壁のディフェンス(姿勢)』だけで守りきれ」
「……なっ、」
「もし誰かに見つかったら、あるいは俺がチラリとでもその赤色を目視できたら……お前の負けだ。ペナルティは、今夜またベッドで払ってもらう…激しいのをな」
理不尽すぎるゲームの開始宣言。羽柴は信じられないものを見る目で遊佐を睨みつけた。
「……正気ですか。これ、第一ボタンを開けたら丸見えですよ。電話対応で下を向いたり、資料を取ろうと腕を伸ばしたら、シャツがズレてもアウト……」
「だから、気をつけろと言ってるんだ。常に背筋を伸ばし、隙を見せるな」
遊佐はそう言うと、仕上げとばかりに羽柴のうなじに熱い口づけを落とし、わざとらしく背中を叩いた。
「ほら、行ってこい。……期待してるぞ、名ディフェンダー」
鏡の中の羽柴は、悔しそうに頬を赤く染め、それでも最後には挑戦的な笑みを浮かべた。
「……いいでしょう。受けて立ちますよ。その代わり、僕が勝ち越したら……明日は遊佐さんの首筋に、僕が歯型をつけますからね」
「ハッ、やれるもんならやってみろ」
オフィスの自動ドアが開く。羽柴はいつもの涼しい顔で「おはようございます」と挨拶し、自分のデスクへと向かった。だが、その背筋はいつも以上に張り詰め、シャツの襟元を完璧に正している。
遊佐は少し離れた席から、その様子をコーヒー片手に眺めた。桐島が「おっ、羽柴くんおはよう! 今日なんか色っぽいね?」と無神経に近づく。羽柴がビクリと肩を震わせ、不自然なほど素早く襟元を押さえて距離を取る。
(……フン、いいザマだ)
いつもの余裕剥き出しのポーカーフェイスが、一枚の薄い布の下にある「俺の痕」を守るために必死になっている。その事実だけで、今日の仕事は最高に捗りそうだ。
遊佐はモニターの陰で、愉悦に満ちた笑みを深めた。 アンフェア・ゲーム。今日もまた、退屈しない一日が始まる。
あとがき
ここまで読んでいただき、ありがとうございました! ケンカップルの攻防戦、書いていてとても楽しかったです。 もしまた彼らの日常が降りてきたら、ふらっと書きに来るかもしれません。
「……タフな奴だな」
遊佐はけだるい体を起こし、サイドテーブルの水を煽った。昨夜、あれだけ「延長戦」を強いたのだ。普通なら昼まで起き上がれないはずだが、羽柴は既に身支度を始めているらしい。その「乱れない」精神力が、愛おしくもあり、呆れもした。
数十分後。シャワーを浴び、昨日と同じスーツ(遊佐がスチームアイロンをかけてやった)に袖を通した羽柴が、洗面台の鏡に向かっていた。濡れた髪を整え、ネクタイを締める。その指先には、昨夜の情熱の欠片も見当たらない。 いつもの冷徹で美しい「能面」に戻ろうとしている。
「おはようございます、遊佐さん。プロテイン作りましょうか?」
鏡越しに目が合うと、羽柴は何食わぬ顔で言った。 その態度が、遊佐の中の獣を逆撫でする。
「……いらん」
遊佐は無言で背後から近づくと、ネクタイを結ぼうとする羽柴の手を払い、その細い腰を抱き寄せた。
「遊佐さん? 遅刻しますよ」
「お前、その喉元」
遊佐の指摘に、羽柴が怪訝そうに眉を寄せる。シャツの第一ボタンを開けたその鎖骨の少し上に、昨夜遊佐が付けた赤い痕(キスマーク)が、薄く残っていた。
「……っ、最悪だ。コンシーラーで隠さないと」
羽柴が舌打ちし、化粧ポーチを探そうと身をよじる。 だが、遊佐はその腕を強く掴んで阻止した。
「隠すな」
「は? 何言ってるんですか。こんなの誰かに見られたら――」
「見られないようにしろと言ってるんだ」
遊佐はニヤリと笑うと、羽柴の耳元に唇を寄せ、低い声で新たな「ルール」を告げた。
「今日の業務中、その痕を誰にも見られるな。……ただし、コンシーラーや絆創膏は禁止だ。シャツの襟と、お前の『鉄壁のディフェンス(姿勢)』だけで守りきれ」
「……なっ、」
「もし誰かに見つかったら、あるいは俺がチラリとでもその赤色を目視できたら……お前の負けだ。ペナルティは、今夜またベッドで払ってもらう…激しいのをな」
理不尽すぎるゲームの開始宣言。羽柴は信じられないものを見る目で遊佐を睨みつけた。
「……正気ですか。これ、第一ボタンを開けたら丸見えですよ。電話対応で下を向いたり、資料を取ろうと腕を伸ばしたら、シャツがズレてもアウト……」
「だから、気をつけろと言ってるんだ。常に背筋を伸ばし、隙を見せるな」
遊佐はそう言うと、仕上げとばかりに羽柴のうなじに熱い口づけを落とし、わざとらしく背中を叩いた。
「ほら、行ってこい。……期待してるぞ、名ディフェンダー」
鏡の中の羽柴は、悔しそうに頬を赤く染め、それでも最後には挑戦的な笑みを浮かべた。
「……いいでしょう。受けて立ちますよ。その代わり、僕が勝ち越したら……明日は遊佐さんの首筋に、僕が歯型をつけますからね」
「ハッ、やれるもんならやってみろ」
オフィスの自動ドアが開く。羽柴はいつもの涼しい顔で「おはようございます」と挨拶し、自分のデスクへと向かった。だが、その背筋はいつも以上に張り詰め、シャツの襟元を完璧に正している。
遊佐は少し離れた席から、その様子をコーヒー片手に眺めた。桐島が「おっ、羽柴くんおはよう! 今日なんか色っぽいね?」と無神経に近づく。羽柴がビクリと肩を震わせ、不自然なほど素早く襟元を押さえて距離を取る。
(……フン、いいザマだ)
いつもの余裕剥き出しのポーカーフェイスが、一枚の薄い布の下にある「俺の痕」を守るために必死になっている。その事実だけで、今日の仕事は最高に捗りそうだ。
遊佐はモニターの陰で、愉悦に満ちた笑みを深めた。 アンフェア・ゲーム。今日もまた、退屈しない一日が始まる。
あとがき
ここまで読んでいただき、ありがとうございました! ケンカップルの攻防戦、書いていてとても楽しかったです。 もしまた彼らの日常が降りてきたら、ふらっと書きに来るかもしれません。
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