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第一章 異世界転生と新天地への旅立ち

1-6 ものを言う曲刀

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 執務室へ突入してみれば、手足を縛られ床に転がっている女性の姿。

 全身に擦り傷や打撲痕だぼくこんのある彼女は「バルバロイ」のメンバー、ディエラだった。

 無事を喜びたいところだけど襲撃者の増援がこないとも限らないし、うかうかしてはいられない。とにもかくにも拘束と猿ぐつわからの解放だ。

「ロウ君……!」

 拘束が外れた途端、顔をくしゃくしゃにゆがめて抱き着いてくるディエラ。

 暴行を受けたのか、切り傷や破れた衣服が痛々しい。そんな恰好だから嬉し恥かしですよ。

「無事……なんて言えませんけど、生きていてよかったです、ディエラさん」
「ごめんね……ありがとう」

 まだ落ち着いていないだろうに、気丈に振る舞う彼女。それを見て複雑な感情が沸き上がる。

 世話好きの姉のようで、ときに悪戯を仕掛けてくる友人のようで、優しく抱擁し心を支えてくれる母のような女性。

 今の俺としては可愛らしい女の子の域を出ないが……身寄りのないかつての俺にとって、彼女は心の支えだったのだろう。

「すみません、ディエラさん。もうここに襲撃者はいないのですが、一人取り逃してしまいまして。俺たちの情報が載っている名簿だけ回収して、裏口から『異民と森』へ移動しましょう」

 しかし、感傷にひたっている暇はない。あの強敵が仲間を連れ戻ってきたら、衰弱すいじゃくしているディエラは確実に殺されてしまうだろう。

 破れた衣服から下着が見えて非常に目の毒だったので、着ていたローブをディエラに羽織らせる。恥ずかしさを誤魔化すついでに無造作に転がっていた名簿を回収する。

「えへへ。ロウ君にあげたのに、なんだか可笑しいね」

 ぐわあああ、可愛いぞ! 俺は負けない!

 脳内で叫んで意識を切り替え、仲間の遺品を回収していく。

 現場をそのままにしておいた方が誤魔化しが効くか? と思うも、フードに目撃されているし今更か、と考え回収していった。

 始末した襲撃者たちから特に上等な曲刀を二本奪い、ついでに金目のものをバックパックへとぶち込み、作業完了。ものの数分で逃走準備を終え、そのまま拠点を後にした。

「──やっぱり盗賊稼業を続けてたら、いつかはこういうことが起きるんだろうね」

 風の様に裏通りを駆け抜けながら、ディエラが呟く。

 その言葉を聞いて、彼女が復讐心に駆られていない事が分かりホッとする。

 ディエラも元実働部隊だけあって戦いも並み以上にこなせるが、相手はそんな団員たちを上回る戦闘の専門家。それに正体も分からない依頼主である。復讐を遂げるのは困難を極めるだろう。

 俺も含めた今回の難を逃れた団員たちと協力をすれば可能かもしれないが……俺自身に復讐心がそれほどないため、請われたとしても協力はしないつもりだ。

 襲撃者を皆殺しにしたように、仲間たちを殺されたことに対する怒りは当然ある。

 それでもディエラが言うように、どこか因果応報いんがおうほうなのかと受け入れてしまっているからだ。

 何より、一度母親の仇を探し続けたことで、どこにいるかすら分からない相手に復讐心を抱き続けることの辛さが、骨身にしみていた。

 寝ても覚めても仇を探し、生活すべてが仇のためのものとなる。そんな人生はもうこりごりだ。

 ……とはいえ、いざ再びフードと対峙すれば、どうなるかは想像できないが。

「今回はルーカス団長の見立てが甘かったのが原因みたいですが、遅かれ早かれだったでしょうね」

 真っ当な仕事でも同業者から恨みを買うこともあるだろうが、裏稼業の場合は買った恨みに対する報復の桁が違う。

 仮に今回の口封じがなくとも、金持ち貴族だけではなく同じ盗賊団を対象とした盗みを行っていたバルバロイは、いずれ狙い撃ちにされていたことだろう。

「宿の受付嬢っていう身分もあるし、それで頑張っていこうかな」

 暗い空気を嫌ってか、苦笑しつつうかがうような視線を向けてくるディエラ。俺も沈んだ気持ちを払拭ふっしょくすべくその流れに乗る。

「良いと思いますよ、受付嬢。ディエラさんは綺麗ですから、きっと大丈夫ですよ」

 どうだ無難ながら文句なしの返しだろう? と彼女の表情を見てみれば……何故だか微妙に不機嫌だ。

 あれあれ?

「ふーん……そっか。ありがと」

 思いのほか素っ気ない。彼女はとっても素っ気ない。

 前世での親友(女たらし)の言葉を信じて「女性を口説く時はとにかく褒めろ、そして肯定しろ。更に駄目押しで共感しろ」を実践したのに!

 イケメンショタに生まれ変わっても、やはり童貞に乙女心はかいせないのか。ぐやじい。



◇◆◇◆



 バルバロイの隠れ宿「異民と森」へと帰還したロウはディエラと別れ、自室に戻った。

 肉体的にも精神的にも疲弊している彼女と一緒にいるべきかとも考えた少年だったが、怪我の治療は門外漢もんがいかん。更には気の利いたことも言えない童貞であるし、役に立てないだろうと考え従業員たちに任せることにしたのだ。

 ディエラから返してもらったローブを脱ぎ自室のベッドへ腰かけつつ、褐色少年は手に入れた二振りの曲刀を眺め武器としての性能性質を調べていく。

 ロウが振り回した銀刀も、ロウの斬撃を受けた黒刀も、僅かばかりの刃こぼれがあるだけで脆くなっている形跡兆候はない。人外たる力にも耐える、相当な業物わざものであることが窺えた。

「どちらも銘付き。長い方がサルガス、短い方がギルタブかー。鞘に名前が彫ってあるって、格好いいな」

 長い方──サルガスは、ロウが襲撃者たちを斬って回った鈍色にびいろの曲刀だ。

 刀身が成人男性の腕ほどと中々に長く、曲刀としては珍しく柄も長め。厚みのある鈍色の刀身には、異なる金属を重ね合わせた積層構造による美しい紋様が浮かび上がっている。

(なんだかダマスカスナイフみたいだな? 高校生の時、サバイバルオタクの友達が自慢してたっけなあ)

 ほんのりと郷愁きょうしゅうに駆られつつ、少年は銀刀へ魔力を通す。

 すると布を刃の上から覆うだけで裂くほど切れ味が鋭くなり、硬さとしなやかさをあわせ持つような刃へと変貌した。

「物凄い拾い物だ。魔力通さなくても凄い切れ味だったけど」

 サルガスの美しい紋様に見惚れながらも具合を確かめたロウは、もう一振りの曲刀に目を向ける。

 ギルタブは光を吸い込むような黒い刀身に銀色の血抜き溝が走っている、異様な魅力をたたえた曲刀である。

 構造としてはサルガスよりやや小振りにもかかわらず重く、反りが日本刀のようにやや深い。突くことを捨て斬ることを重視した造りのようだった。

 その切れ味は銀刀以上。黒刀に魔力を纏わせ無造作に振るうと、触れてもいない机に切れ込みが入ってしまうほどだ。

「ひえッ。なんつー切れ味だ。これはヤバい。けど、しなりがない? 刀身の腹を叩かれたら脆そうだなあ。切り結ぶというより、一撃必殺用か? 居合とかで試してみるか」

 居合といえばと、フードとの一戦がロウの脳裏に浮かぶ。

 鋭く重い一撃で、腕を支えるようにして受けてなお、手首がきしみ腕が痺れたものだ。長剣が青白く発光していたのも印象的だったと彼は振り返る。

(いわゆる魔剣なのかと思ったが、あれも魔力を通した反応だったのかもしれん。ああクソ、こっちも短剣を魔力で強化しておけば……)

 むしろ、武器の魔力強化もしらずによく生き残れたともいうべきか、と彼は思い直す。銀刀や黒刀の強化度合いを考えると、単なる短剣で切り結べたのは幸運でしかない。

(それにしても、武器に魔力を通してもあまり効果が持続はしないんだな。開錠術で練習してるときは、短時間で注いだ魔力が切れることがなかったんだけど)

 今では鍵の代替物を使うことなくじょうを開けることができるロウだが、習得中は鍵の代わりとなる金属の棒に魔力を通し修練を行っていた。

 その時は一度魔力を棒へと通すと、しばらくはその魔力を操作するだけでよかったものだが……。物の大きさにより魔力の持続具合が変わるのか、この曲刀が特殊なのか。他を知らない彼には判断しかねた。

「この分だと普段使いの時は魔力通さなくていいかな。結構集中しないといけないし、戦闘中にリソースを割くのは危険すぎる」

(ま、待て! 悪かった! 吸収量減らすから考え直してくれ!)

 ロウが武器へ魔力を纏わせることを放棄しようとした矢先、頭の中に唐突に響く若そうな男の声。

「──は?」

 自分しかいないはずの室内での珍現象に思わず身構え索敵をするも、室内には反応がない。

(なんだお前さん、「銘付き」の武器は初めてか? 力抜けよ)

 再びロウの脳内に響く軽薄そうな男の声。

 幻聴という線は切り捨てられてしまったと動揺する少年は、その内面を抑え込んで声の主へ語り掛ける。

「武器? この曲刀のことか? 姿を現してくれたら交渉に乗らんこともないぞ」

 手に持っていたギルタブで居合を構えつつ、彼は視線鋭く周囲を警戒する。黒刀へ魔力を通し切れ味と強度を強化して、万全の構えだ。

(サルガスが説明不足だから勘違いされているのです。室内を破壊される前に早く説明しましょう)

 そうやってロウが警戒していると、今度は女の声が聞こえてきた。

 清涼感のある声だが、頭に響くと不気味でしかない。少年は益々もって警戒の度合いを引き上げる。

「サルガスだと? 同じ名前だからこの曲刀を狙ってたってことか?」

 いよいよ怪しさが増してきたため、彼は魔力を全力解放し身体強化度合いを最大級にする。その身から発せられる圧力で床が軋み、壁が悲鳴を上げていく。

(うぅ!? なんて濃密な魔力……じゃなくて。私はあなたが今魔力を流し込んでいる武器です!)
(俺もお前さんが拾った武器、サルガスだ。頼むから落ち着いてくれよ。魔力の圧で鞘がミシミシ悲鳴上げてるんだ)

「マジか。武器って意志を持って喋るもんなのか……」

 あまりにも突拍子もない現象に少年は半ば呆然としてしまうが、それも仕方のない事だろう。前世においては当然、今世においても見聞きしたことの無い現象だったのだから。

(いや、命を分け与えられた「銘付き」か、伝説級の魔石を使って鍛えられたか、魔物化してるか、そんくらいのモンだな、意志持ちは)
(普通の「銘付き」は意志を持っていないものですよ。製作者が魔力と命を注ぎ込んだものだけが、意志を持ち魔力を操作できるのです)

「命ねえ。確かに君らは並みの武器じゃないとは感じてたけど。でも命を懸けて作ったような武器が、暗殺者? に渡ってたってのもな」

 そのような傑作があれば、普通は国王や大公など国の最上位人物に献上けんじょうされ、世に出回ることはないはずだ。ロウはそんな疑問を口にする。

(本当は王に献上されるはずだったんだけどな。ハダルっつー俺とギルタブを作ったおっさんが、生涯最後って気合入れて打ったもんだから、鍛え終えた後満足してポックリ逝っちゃってな)
(そこへ運悪く物の価値が分からない盗人がきて、私たちを持って行ってたのです。それからは実に様々な人物種族の手に渡たりました)

「へぇ~。波乱の人生? だったんだなあ。武器としては持ち主が度々変わるってのは、どういう風に感じるんだ?」
(今度は腹いっぱい魔力食わせてくれるといいな~。はあ、また駄目か。って感じだったな。まあ、二十年くらいたったころに魔力が枯渇しだして、意識が途絶えたけどな)

「意識が途絶えるって、死ぬのとは違うのか? お前らにとって魔力は食事みたいなものなんじゃないのか?」

 流石に意志あるものに対して食事を抜くような、虐待めいたことを出来るほどロウは歪んでいなかったので、魔力を融通するくらいはしてもいいと考えていた。

(転生後から魔力の総量も随分増えた感じだし、喋ってると情も湧いちゃったしな)

(お! 話が分かるじゃないか。無いと死ぬわけじゃないが、俺たちが成長するのに魔力は必要なのさ)
「なるほど。って、お前今、俺の心読んだのか!?」
(表面的な思考の流れなら肉体を通じて私たちへ流れ込んできます。口から発せられた言葉も、音にのった意志を読み解いてるという意味で、似たようなものですね)

「どういうことだ?」
(私たちは動物のような耳を持たないので、振動を解析し音に込められた思念を解読しているのですよ)

 言葉を解すというより思念を解すということだろう。もしかしたら動物や魔物の意志も解すのかもしれないと、ロウは驚きつつも納得した。

「武器としてより通訳として使えそうだなあ」

(お望みとあらば)
(俺はやっぱり武器として使ってもらってなんぼだなー。まあ、お前さんには気に入ってもらえてるみたいだし、心配はしてないがね)

 そんな風変わりな武器たちと会話していく中で、ロウはふと疑問を感じた。

「ん? ギルタブは俺が持ってるから肉体を通して心が読まれるのは分かるけど、サルガスは机に置いたままなのに、どうして分かるんだ?」

 そう、ロウはギルタブの特性を調べている途中だったため、サルガスを抜き身のまま机に放置していた。

(鞘も俺の一部だからな。ちなみに俺たちが保有する魔力をちょっと使えば離れていても念話が出来るぞ。物取りにあっても安心だ)

 凄まじい安心設計である。半ば通信機器のようだとロウは苦笑してしまう

「そういうことだったのか。そういえば、問いただしてからの流れタメ口で話してましたが、ガキからそういう口きかれるってのに抵抗あります?」

(無いな。お前さんの話しやすいようにしてもらって構わんぞ)
(私としては砕けた口調の方が楽ですね。私自身は製作者の意図なのかこういった型でしか話すことができませんが)
「了解、ありがとうな。このままだと一人で延々と喋ってる危ない人だし、今後は念話での会話にしてもらうか」

(普段は念話すら不要ですけどね。そういえば、まだお名前をお伺いしていませんでしたが、あなたの名は何というのですか?)
(ロウだよ。よろしくな、ギルタブ、サルガス)

 こうしてロウは新たに奇妙な仲間(?)を迎えつつ、再び旅支度を整えていくのだった。
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