異世界を中国拳法でぶん殴る! ~転生したら褐色ショタで人外で、おまけに凶悪犯罪者だったけど、前世で鍛えた中国拳法で真っ当な人生を目指します~

犬童 貞之助

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第二章 工業都市ボルドー

2-35 カルラとの再会

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 ロウがボルドーに到着してから六日目の早朝。己が創り出した異空間にて、少年は己に課している鍛錬を終えた。

(──予想以上に良いな、ここ。真っ白で集中できないかと思ったけど、雑音や人目が全くないから半瞑想めいそう状態みたいになる)

 まぶしさこそ感じないが、異空間は正に白一色の世界。

 荷物や石造の家具、目印となる石の柱に勢いで創った石像以外は存在しない異様な空間。そのはずが、彼にとっては妙に馴染み落ち着くのだ。

(お疲れ様です、ロウ。人目が無いと動きも違いましたね)

あらかじめ「異空間」の門に大目に魔力注いでおいて良かったな? あの集中振りなら確実に門のことなんて頭になかっただろ)
おっしゃる通りです、はい。何だか妙に集中力が研ぎ澄まされちゃってなー」

 おどけた調子で曲刀たちに返答して、異空間を後にする。異空間で放置されている石竜がまたもしょぼくれた顔をしていたが、魔力を充填じゅうてんすることで納得してもらい、彼は放置を続行した。

(なんだかゴーレムながら可哀そうな扱いだな)

「確かに独りは寂しそうだ。暇なときに兄妹でも創ってやるか」
(その内あの異空間が、ロウの創り出したゴーレムだらけになりそうなのです)
「それも案外と楽しそうな気がする」

 そんな異空間の展望を語り合いながら、ロウは食堂へ向かい朝食を摂る。

 毎度毎度成人男性でも食べきれるかどうか危ぶまれる量を、ペロリと平らげてしまう妖しげな少年。珍妙な行動をとるロウは、既にこの宿の料理人や従業員のみならず、宿泊客の中でも噂になっている。

 一体、あの褐色少年の細身の身体の何処へ消えているのか。宿の主人タリクなどは、ロウを食事をつかさどる豊穣神バアルの遣いだと主張する始末だ。知らぬは本人ばかりである。

 そんなことなど露知らず、自室に戻ったロウは一風呂浴びて汗を流し、身支度を整えていく。

「う~ん……服が模擬戦で思った以上に汚れていくな。もう四、五着インナーが欲しくなってくる」
(昼で指導が終わった時に、組合へ出向く前に買い揃えていけば良いのでは? ロウなら異空間に収納できますから問題は無いでしょう)
「そうするか。アーリア商店なら上層区からも組合からも近いし、妙案だ」

 なかば強引に予定をねじ込んだロウは、身だしなみの確認を終えると拳を打ち鳴らし、宣言した。

「準備ヨシ、だ。今日も頑張りますかね!」
((元気があってよろしいことで))

 曲刀たちの生暖かい思念を浴びせられながらもロウは宿を出て、アイラを家へと向かった。

◇◆◇◆

 アイラと共にムスターファの邸宅を意気軒高いきけんこうと訪れたロウだったが、予想だにしなかった再会により意気込みが霧散してしまうこととなる。

「あっ! お兄さん!」

 先日と同じように中庭のテラスまで移動したところで、前回は見かけなかった少女から声を掛けられたのだ。

 浅葱色あさぎいろのショートヘアの中に白い猫耳を直立させた少女は、耳と同じく白っぽい尻尾を膝丈スカートのスリットから覗かせて、ひゅんひゅんっと勢いよく振っている。

「その猫耳は……傭兵団に囚われてた亜人の子?」

 ロウの猫耳での判別にズッコケる一同。間の抜けた雰囲気からいち早く復帰したヤームルが、挨拶と共に事情の説明を行った。

「ロウさんの判別方法は置いておくとして。この子は一時的に家で保護する様になったカルラさん。私が隣国のサン・サヴァン魔導国にある魔術大学へ帰る時、一緒に家まで送り届けることになっています」
「初めまして、カルラです。短い間ですが、よろしくお願いします」
「ロウです。こちらこそ、どうぞよろしく。隣国の方だったんですね」

 過去の行いを振り返り内面で冷や汗をかくロウ。迂闊うかつな言動が多い彼だが、女の子を男の子呼ばわりするのは、流石に倫理にもとる行為だと考えているようだ。

(内心で思うのも割と失礼な気がするが)

 そんなサルガスの言葉は当然の如く聞き流すロウであった。

「アイラですっ! よろしくお願いします! カルラさんも一緒に訓練するんですか?」

「彼女はロウさんにお礼を言いたかったみたいだから、見るだけよ」
「はい。えっと、ロウさん。本当に、ありがとうございました。わたし、返せるようなものは持ってないですけど、わたしにできることがあれば何でも言ってください。きっとロウさんの役に立って見せます!」

「お気持ちだけで十分ですよ。元々こっちの都合で傭兵団に襲撃を仕掛けたわけですから。お礼ということなら、ムスターファさんに」
「もちろん、ムスターファさんにも出来る限りの恩返しをしていきます。それでも、ロウさんにもきちんとお礼をしたいんです。遠慮なんてしないで下さいね?」

 ずいとロウへと近づき、カルラは自身の素直な気持ちを伝える。

 本人は想いを言葉に変えることで一杯一杯なので気が付いていないが、傍から見れば大胆な行動だ。フュンやアイラは目を丸くし、ヤームルなどは詰め寄られるロウを眺めジト目である。

(む……。ロウさんは何か行動を起こすたびに、人をたぶらかさないと気が済まないのかな? 全く)

 口を尖らせ不満気な空気を発する彼女を見て、老執事アルデスは微笑む。が、彼女の祖父ムスターファの思惑通りに事が動く様子に、苦笑いを浮かべたい気分にもなった。

 小さく息をつき気持ちを切り替えたアルデスが空気を変える周囲に呼びかけ、一同は準備運動を行った後、一昨日と同様に個別で訓練をしていくこととなった。

◇◆◇◆

 準備運動を終えたロウはヤームルと向き合う。まずは先日と同じく、彼女の指導から始めることとなったのだ。

 他方、アイラは既に物理障壁の内で、フュンと共に精霊魔法の応酬を繰り広げている。まだ出番の無いロウの眷属けんぞくマリンは暇を持て余しているようで、見学中のカルラにビックリ変身ショーを見せていた。

 ちょっとマリン自由過ぎない? と疑問に思ったロウだったが、自分の性質を受け継いでいるだろうことに思い当たり不問とした。

「たった数時間の訓練で何かが変わるということもないですが、それを繰り返し膨大な時間とすることで伴ってくる結果があります。退屈な時間かもしれませんが、どうかご了承ください」

「分かっていますよ。……改まった口調でそういうこと言ってますけど、内心では私を手玉に取るのが楽しみなんでしょ? ロウさんってそういうところありますよね」
「ギクゥッ!? さてさて、話していても仕方がありませんし、始めましょう、そうしましょう。魔術で障壁を張ってもらっても?」
「はいはい。はぁ……」

 建前を速攻で切り崩されたロウは中島太郎なかじまたろう流処世術之三を駆使し、灰色のジト目から逃れるように話を進める。嘆息しながらも追撃をしないヤームルは、案外優しいのかもしれない。

「ありがとうございます──では、どこからでもどうぞ」

 魔術を展開したヤームルに礼を述べ、同時に構えるロウ。

(うっ。本当、切り替えが尋常じゃない。これで年下なんて、本当に冗談としか思えないわ)

 ロウの豹変ぶりに思わず息をのむヤームル。

 背筋を伸ばしたまま腰を沈ませ、両腕を開手し静かに構える少年からは、重く深い圧力が発される。いかなる攻撃も対応される……そう感じさせるほどに濃い気配だ。

 生唾を飲み込みにじり寄りながら機をうかがうが、少女には一向に攻め手が浮かばない。

 そのまま十秒、二十秒と経過したその時──ロウの左足が不意に踏み出される。

「──っ!」

 脈絡もなく踏み出された足に思わず飛び退すさり距離を取るヤームル。しかし、先程までいたはずの相手の姿がない!

(嘘っ!? ど、どこに──)
「──下ですよ」
「くうっ!?」

 言うが早いか、ロウは大きく沈みこんだ状態から、天へ突きあげる掌底ッ!
 半ば無意識に身を引いたヤームルの顎先を、強烈な一撃が擦過さっかする。

 しかし、ここで攻撃が途切れるロウではない。

「フッ!」

 天へ掲げられた手のひらを返し、大上段からの手刀の打ち下ろし!

「う゛っ!」

 ヤームルは身体が流れた状態で両手を交差させ、辛うじて打ち下ろされた一撃を防いだが……続くロウの逆手による掌打を、防御と意識の外にある脇腹へ叩き込まれてしまった。

「がはっ……」

 いくらロウの肉体が魔力による強化が無かろうとも、防御の意識が薄い箇所への攻撃であれば手痛い一撃となる。まして、体勢が不十分であればなおのこと。

 ロウの連撃──八極拳はっきょくけん金剛八式こんごうはっしき劈山掌へきざんしょうの直撃を見舞われたヤームルは、勢いよく吹き飛ばされ、芝の上を転がった。

「──初撃の反応に追撃への対処は見事でした。ですが、場当たり的な回避や防御を行ってしまうと、かえって窮地におちいりかねません。常に攻めよとまでは言いませんが、相手の流れを断つのはいつだってこちらの攻撃です。苦境に追い込まれたときこそ攻める心を奮い立たせ、活路を切り開きましょう」

「げほっ……分かってますよ……でも、あんな一瞬の連続攻撃じゃ、咄嗟に動くしかないじゃないですか」
「そこはほら、前に言っていた日々の繰り返しですよ。咄嗟に動けるようになるまで諦めてボコられましょう」
「本音漏れてますよ? ロウさん」

 このドSめ、とジト目で毒づくヤームルを、知ったことかと打ち倒し、投げ倒し、引き倒していくロウ。

 一時間ほどでヤームルが精魂尽き果てたためアルデスと交代し、彼は栗色の美少女を捨て置いてアイラの指導へと向かったのだった。
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