異世界を中国拳法でぶん殴る! ~転生したら褐色ショタで人外で、おまけに凶悪犯罪者だったけど、前世で鍛えた中国拳法で真っ当な人生を目指します~

犬童 貞之助

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第三章 波乱の道中

3-9 波乱の幕開け

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 五日目に自身の持つ曲刀が意志ある武器であると露見してしまったロウ。

 それ以降は曲刀との念話を限りなく少なくしたり魔力の隠蔽への意識を高め、なんとかカルラ以外には曲刀たちの秘密を漏らさずに立ち回ることが出来た。

(──とはいえ、エスリウは気付いてるっぽいんだよな~。確か、カルラに曲刀たちの念話がどうのこうのって吹き込んだのも、エスリウだったはずだし……う~む)

 見回りついでに周辺を探索する少年は、そんなことを考えていた。

 ボルドーを発ってから八日目の夕刻。

 既に十分に距離を稼ぎ、明日にはカルラが住んでいた都市オレイユに到着することが出来るだろうということで、早めの野営の準備と夕食を摂ることになった。

 夕食後、明るいうちに入浴を済ませる使用人たちに代わって、現在はロウが周囲警戒を行っている。

「平和ではあるけど……分かっていて手を出してこないっていうのも、それはそれで不気味だ」
「──あら。ロウさんは手を出されたかったのですか?」
「どぉわぁッ!?」

 神出鬼没ッ! 魔神エスリウの登場である。

 もっとも、ロウは未だ彼女を人間族だと考えているが。

「……エスリウ様。気配を消して近付くのやめません? いつか心臓が止まっちゃいそうなんですけど」
「そうなった時は、ワタクシが手ずから蘇生して差し上げますよ? うふふ……」
「うわー身に余る光栄ですー」

 自身の魔力感知で全く感じ取ることが出来なかったエスリウが、いつの間にか背後に居たことに大いに動揺しつつも、ロウは彼女との会話に応じる。

 悲しいことに、事あるごとにちょっかいを出され彼女の突飛な行動にも慣れてしまったのだ。

「っと、よくさっきの呟きがエスリウ様のことだって分かりましたね?」
「当てずっぽうで言ってみただけですよ。ロウさんの反応を見るに、当たっていたみたいですけれど」
「……」

(ククッ、ロウはエスリウ相手だと本当に駄目だな? 完全に手玉に取られているぞ)

 かまをかけられ見事に引っ掛かり、思わず閉口するロウ。

 暢気な感想をよこすサルガスに嘆息したい気分となるが、彼はグッと堪えてエスリウに用件を聞いてみることにした。

「見回り中のムスターファ家の使用人の方々を訪ねにきたのなら、今は入浴中ですよ」
「ええ、そのようですね。ですから、今ならロウさんが一人だろうと思いお顔を拝みにきたのですよ」
「そうでしたかー嬉しいですー。で、本当は何しに来たんですか?」

 絶世の美少女たるエスリウとの逢瀬おうせであるのに、この言いようである。ロウのエスリウへの好感度は凄まじく低かった。

「つれない態度ですね。そういうところも嫌いではありません……ああ、そんなお顔をなさらないで下さい。ゾクゾクしてしまいますから」
「顔を見に来ただけなら、もう用件も済んだわけですよね。見回りがあるので失礼します。さよならー」

 金色のジト目を向けるも、効果が無いどころか頬を染め笑みを深める始末。対処不能と判断したロウは素早く身をひるがえし、黄昏たそがれの中に神隠れした。

 夕闇に溶け込むような黒髪や褐色肌がものの数秒で視界から消えてしまい、独り肩をすくめて嘆息するエスリウ。

「少しからかい過ぎてしまったかしら? 『魔眼』でも姿を追えないから、続きは彼の見張りが終わった後になりそうね──っ!?」

 状況を整理する様に呟いていた彼女だったが──突然言葉を切り、弾かれたように遥か遠方の空を見上げる。

 エスリウの視線の先には赤く焼けた夕雲があるばかり。何の変哲へんてつもない光景に見えたが──。

「──嘘。金色の魔力っ!? こんな距離から見えるなんて……!」

 彼女の持つ「しんの魔眼」には、金色の魔力──竜属特有の輝く魔力が、遠方にあってなお濃く光を放って見えていたのだ。

 魔眼で竜の魔力を確認したエスリウは瞬時に身体強化を行い、一目散に馬車へと駆ける。

(──皆を一か所に集めて、竜が通り過ぎるのを待つ。あの子たちは魔力量が多いから、全てを見通す「竜眼」なら、かえって魔力が混ざり合ってワタクシの“赤”を視ることが難しくなるはず。運が悪ければ見つかる可能性もあるけれど、棒立ちで“茜色あかねいろ”を看破されるよりは万倍マシね)

 魔神と竜の関係は良くない。

 中でも魔神バロールは、かつて竜属と自身の勢力とでしのぎを削った間柄だ。その魔神の魔力を継承する娘であるエスリウが竜の目に留まったならば、ただで済まないことは火を見るよりも明らかである。

(もの凄い速度で移動しているけれど、この分なら通過前には間に合いそうね……早い段階で発見できてよかった。竜を発見したことは……「魔眼」で見たとは言えませんし、ワタクシの視力が優れていたということで誤魔化しますか)

 茜色の魔力を振り撒き水分の多い土壌を大きく抉りながら、正に神速といった疾さで馬車へ戻ったエスリウ。強大な魔力を感じ取り何事かと集まる少女たちに、彼女は透き通るような美声で語り掛けた。

「──驚かせてしまい申し訳ありません。ですが、火急の事態ですのでご容赦を。……簡潔に言いますと、竜が今こちらへ向かって飛行しています」
「「「ええっ!?」」」

「進行方向上に偶然ワタクシたちが居合わせただけでしょうが……竜は大変気まぐれです。出来る限り刺激しないように、馬車の内で隠れておきましょう」
「……竜」「本当なんですかエスリウさん!?」「あわわわ」

「ふむ……我にはエスリウの魔力以外には、大きな力は感じ取れないが」

 竜という単語に青い表情となったり動転したりと様々な反応を見せる少女たちだが、その中にありセルケトは冷静に周囲を観察し疑問を口にする。

「ワタクシも感知で発見したわけではなく、目視での発見です。遥か遠方にその姿を確認しましたが、竜の飛行速度を考えるにそう猶予はありません。ここは一つ、ワタクシの言葉の通りに行動をお願いします」
「視認であったか。我も竜とまみえるのは御免蒙ごめんこうむるが──」
「──お嬢様? どうかなさいましたか?」

 エスリウが答えセルケトの疑問が解消されたと同時。ロウと同じく周囲警戒に当たっていたマルト、そして入浴中だった使用人二人が大きな魔力を感じ取り、馬車の前に現れた。

「詳しい説明ははぶきますが、竜がこちらに飛んできています。出来るだけ相手の興味を引かないように馬車で気配を殺し、通過を待ちましょう」
「「「竜ですかっ!?」」」

「はい。さあ、早く!」

 エスリウの号令で硬直を解除し、素早く動く従者と使用人たち。

 思考を停止させていたヤームルや腰が抜けているカルラを抱きかかえて馬車に乗り込み、セルケトが最後に搭乗したところでエスリウが戸を閉める。

「後は、なるべく気配を断ちましょう──っ!」
「──むっ! これは確かに、桁が違う……!」

 戸を閉め身を寄せ合う輪にエスリウが加わったところで──感知力に優れた彼女とセルケトが、自らを上回る絶大な魔力を捉え、その強大さに生唾を飲む。

「セルケトさんがそう言うなんて、間違いなく本物の……って、あ!」
「ヤームル、今はなるべく騒がずに──」
「それどころじゃないですよ! ロウが、ロウさん居ないじゃないですか!?」

「「「──あっ!」」」

 思わず呼び捨てにしてしまうほどの焦りをはらんだヤームルの言葉で、一同は揃ってかの褐色少年がこの場に居ないことを思い出した。

 エスリウの有無を言わさぬ迫力や竜という伝説に等しい存在、加えて、猶予のない時間など複数の要因が絡み合ったため、彼女たちの頭からはすっかり抜け落ちていたのだ。

「私が探しに──」
「「お嬢様! なりません!」」
「──ふむ。ならば我が行くとするか」

「いえ、ここは私が。セルケトさんは入浴を終えて寝衣しんいですし、素早い移動には向きません。私の代わりにお嬢様と、ここの守りを──」

 ヤームルの言葉を皮切りに一気に車内が騒がしくなり、収拾がつかなくなろうとした、その時。

「「「っ!?」」」

 激震、轟音。

 馬車が大地から突き上げられたかのように揺れ、衝撃波と化した音が窓ガラスを砕き、馬車に繋がれた魔獣アルデンネが震えいななき──。

 遠方で、天を貫く氷柱が突き立った。
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