異世界を中国拳法でぶん殴る! ~転生したら褐色ショタで人外で、おまけに凶悪犯罪者だったけど、前世で鍛えた中国拳法で真っ当な人生を目指します~

犬童 貞之助

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第三章 波乱の道中

3-24 竜の気質と受難

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 オレイユを発ってから二日目の朝。

 自己鍛錬に加えアイシャとの模擬戦を済ませたロウは、宿場町の大通りで昨日の昼に食べた穀物こくもつを買いあさっていた。

 ロウが二十キログラムの紙袋単位で購入しているこの穀物は、地球で言うところのイネ科の植物である。

 水分を多く含んだジャポニカ米というよりは、粘りと甘さの少ないインディカ米に近い品種といえるこの米。病気に強いこと、そして連作障害が無いことにより、オレイユ周辺では広く育てられていた。

 それに加え、もみを外してしまう前であれば長期保存も可能であった。故に商店は個人が大量に買い付けても問題が起こらないくらいには、この穀物を常備してあったのだ。

 彼は穀物を買い付ける際、この世界には地球のような大規模輸送手段は無いという事実が頭から抜け落ちていたが……。この偶然により、それに気が付くことはなかった。

「──いやー買った買った。沢山在庫があって良かった。カビにさえ気を付ければ数年保管できるみたいだし、良い買い物をした」

 百キログラム分という尋常ではない量の籾殻もみがら付きの米を買い、その上米袋を詰めた巨大なバックパックを何の気負いもなく持ち上げたロウの言葉である。

 あまりにも当然のように持ち上げたため店主から仰天されてしまったが、当人はそんな反応など気にせず買い物を続けていく。

 その後、籾摺用の木摺きずりうすや精白用のき臼を購入し、米を食べるにあたっての道具も買い揃えたところで、少年は人通りの少ない路地へ向かった。

(そんなに買い込んで、消費しきれるのか? いくら保存が利くとはいえ……)

(異空間にあいつがいるだろ、ウィルム。あいつがいつまでいるかは分からないけど、竜の性格上長居する可能性もあるし、備蓄は多いにこしたことはないんだよ)

(下手をすると、異空間に住む竜が増える可能性もありますからね。備えておくのは大切だと私も思うのです)
(流石にそれは……無いと良いなあ)

 ギルタブの言葉を否定しようとして尻すぼみで濁したロウは、路地を進み人目が無くなったところで異空間を開門。そのまま中へと踏み込んだ。

「うッ? なんか、臭うぞ、ここ」

 自身の創り出した空間に足を踏み入れて早々、ロウは顔をしかめて鼻をつまむ。人が食さぬものを焦がしたような、不快な臭気を感じ取った故である。

[[[──?]]]

「んー、お前らには分からないのか。この空間に居たから慣れているのか、そもそも匂いを感じ取れないからなのか」
[──、──]
「嗅覚はあるって? じゃあ慣れただけか?」

 創造主の出迎えにやってきた眷属けんぞくたちに聞いてみるも、彼らはロウと違い臭いを感じていないようだった。

「うん? ロウか。何を騒いでいる?」

 ロウが門を複数開けて風魔法による換気を行っていると、サファイアブルーの髪を揺らす美女が欠伸をしながら少年の下へとやってくる。

「ウィルム。ちょっとこの空間が臭い気がしてな。お前は何か感じないか?」
「ああ、この臭いの事か。妾も感じているが、特に不快とも思わん。ティアマトの住まう火山などは、この臭気など比較にならんほどのガスで満ちているからな」

「ティアマトってのがどんな奴なのかは置いとくとして。この臭いの原因って分かるか? ここに置いてある服や食べ物に染み付いたらと思うと、気が気じゃないんだけど」

 火山に住まうというウィルムの知り合いに若干興味を惹かれたロウだったが、今はこの問題の根を絶たねばと彼女を問いただす。

 すると、思いのほかあっさりと原因が判明した。

「簡単な話だ。妾の糞を焼却した時のガスがこもっているのだろう。この空間もそれなりに広いようだが、妾が真なる姿で糞をひり出しそれらを焼けば、拡散しきれずこうなるのだろうさ」

「……」

 軽い調子で糞という単語を連呼する美女に、複雑な面持おももちとなったロウ。

 しかし彼は顔に滲んだ感情をすべて飲み込み、問題解決へと向かうべく話を進める。

「まあ、アレだよ。お前、わざわざ竜の姿で排泄はいせつする意味あるのか? 人の姿だと食事量が少なくて済むって言ってたし、量も少ないもんかと思ってたんだけど」

「いや、不要だ。元々竜であった時の排泄物を出し尽くす必要があった故に、竜となってひり出したまでだ。今後はわざわざ人の身から戻る必要もあるまい。人の身で出す分であれば、拡散しきって貴様を悩ますほどの臭気とはならんだろうさ」
「……さいですか」

 食えば出る。食わねど出るが摂理せつりである。

 人のように複雑化した社会を持たず、更に排泄物の臭いをたどる様な天敵もいない竜にとっては、糞に対する執着など糞ほども持たなかったのだ。

 竜と人とのカルチャーショックを感じながらも換気を終え米袋を置いたロウは、今後はまめに換気しようという決意を秘め、軽くなったバックパックを背負いなおして異空間を後にした。

 ──ちなみに、彼女の話しの中で出た大地竜ティアマトなどは、そのひり出した糞に含まれる尋常ならざる魔力によって、土地が肥え土壌に魔力が満ちる。

 そこで育つ魔力を帯びた植物が人の生活において大いに役立つことから、古くから彼女は人族に大地母神のようにあがめられていた。

 彼女を信仰するものは、いわば彼女のひり出す糞を信仰していると言っても過言ではないのだ。

 ロウがこの糞ほども役に立たない真実を知らずに済んだのは、幸運だったのかもしれない。

◇◆◇◆

 ところ変わってリーヨン公国の南部。リマージュとボルドーを結ぶ街道にて。

【──おぬしの創り出した溶岩は一向に冷える気配が見られないが、どう処理するつもりか? 我が友、ドレイクよ】
【待て、そう急くな我が友、シュガールよ。我にも事情というものがあるのだ。そう雷光を迸らせるでない】

 外周三十キロメートルにも及ぶ巨大溶岩湖のほとりで、亜竜たちが息吹を放ち煮えたぎる溶岩を冷やそうと躍起やっきになっている、そのかたわら。

 枯色竜かれいろりゅう月白竜げっぱくりゅうとが、不毛な言い争いをしていた。

【事情など、幼き魔神を見つけたおぬしがはしゃぎまわり、この馬鹿げた規模の大魔法を放ったというだけの事だろう?】
【ぬう? まるで見てきたかのような物言いであるな……。シュガールよ、よもや覗き見ていたのか?】

【うつけめ。おぬしに魔法を放たれた魔神と逢うた時に、その“しでかし”を聞いたのだ。これほどの規模なれば、神たちも事を調べに動いているであろう。あの口煩くちうるさい連中に露見した際、どう釈明するつもりなのだ? ドレイクよ】

 電荷を帯びた深い溜息を吐き、月白竜は枯色竜の知らぬ経緯を話していく。

 竜たちの意見を取りまとめている大地竜が、その比類なき魔力感知力でドレイクの魔力を感じ取ったこと。

 一度は調査に出向いたが自分の手に負えないと協力者をつのり、ウィルムと彼女の亜竜から助力を得たこと。

 そして、自分たちがここへ向かう途中に幼き魔神に遭遇し、その魔神から事情を聞いている途中に青玉竜せいぎょくりゅうが魔神に襲い掛かったこと、等々。

【──あやつめ、我が『炎獄えんごく』を生き延びておったのか……俄かには信じられんな。しかし、あのじゃじゃ馬も偶には良いことをする。あの魔神の氷も尋常の氷ではなかったが、流石にあのウィルムであれば分が悪かろうて】

【魔力感知で知る限りは、ウィルムの反応が消えたようであるがな。むしろ、その後にあの幼き魔神は、別の魔神と大魔法の撃ち合いをしていたようだ】
【……あのウィルムが、敗北したのか? シュガールッ! 何故加勢しなかった!?】

 同胞たるウィルムが敗れたと聞くと、ドレイクはどうしてただ見ていただけなのかと、目の色を変えてシュガールを責め立てた。

【そう猛るな。元よりあやつの勘違いに端を発していたのだ。それもおぬしが魔神の手にかかったという勘違いでな】

 金の魔力を灼熱に変え大地を煮え立たせる枯色竜に対し、白竜は感情的となっている彼をなだめるようにさとし、言葉を続ける。

【付け加えるならば、途中まで『竜眼』で見ていたが、かの魔神には殺意も、本来の姿をとる『降魔ごうま』の気配も見受けられなかった。であれば多少痛い目を見るのも、あのきかん坊には良い薬だろうて】
【ぬう。そういうことならば、致し方なしやもしれん】

 シュガールも内心ウィルムの身を案じてはいたが、この場でそれを言ってもドレイクの気が逸れるだけだと判断していた。故に事態の収束へと向けるべく似たようなことをやらかした先達を挙げ、彼は言葉を重ねる。

【であろう? なれば、ウィルムのことより己のことを考えよ。ティアマトの話では、この溶岩を放っておくといずれ大爆発が起こり、壊滅的な環境破壊が引き起こされるようだからな。かつて大魔法で大砂漠を形成した琥珀竜こはくりゅうヴリトラが、どれほど神たちから吊し上げられ、袋叩きにされたか。知らぬおぬしではないだろう】
【む、むぅ……確かにあれは、見られたものではなかったが】

 甲斐あって、ドレイクも不承不承ふしょうぶしょうという体ではあるものの納得。まずは自身の不始末をどう処理するか考え始めた。

 が、しかし──。

【──シュガールよ。我の得意とするところは、炎を操ることであり溶岩生み出すことだ】
【であろうな。これ程の溶岩を生み出すなど、我ら竜属であっても簡単には成せないものだ】

【うむ。この我をしても、かつて大陸の北部で大砂漠を創り出した、あの琥珀竜に匹敵する魔法となろうとは思いもよらなんだ。しかし、だ。我は炎熱を得意とするが為、この状況を創り出すことは出来ても、収束させることは出来ん。故に、我に出来ることなど、この場にはないと言えよう】
【……】

 雄々しい胸部を大いに逸らしそっくり返って言い放つ枯色竜に、ガーネットの瞳を見開き絶句する月白竜。

 あまりにも堂々と居直るもので、さしものシュガールも唖然としてしまい、二の句が継げなかったのだ。

 そこを逃さず、ドレイクは矢継ぎ早に言葉を繋ぐ。

【であるならば、我がこの場に居ても仕方が無かろう。仮に神どもが顕れでもしたら説明を求められると面倒なことに──】
〈──やはりこの場に現れましたか。この場を監視していたのは正しかったようですね〉

【ハァ……】【……遅かったか】

 どうせ役に立てないのだから退散しよう──ドレイクがそう繋ごうとした矢先。

 溶岩地帯に似つかわしくない甘い芳香を伴った銀光が溢れ、聞く者の心を解きほぐす様な美声が辺りに木霊した。

 銀なる光から顕れしは、十代前半のような成長途上の美をかもす、人間族のような五体を持つ少女。

 見る者全ての心はおろか魂さえもさらう至高の美を湛えた顔に、森人族のように長く尖った、異彩を放つ特徴的な耳がピンとたつ。

 彼女の瑞々みずみずしく透明感さえ感じる白い肌を覆うのは、純白のみで構成された布の衣服。見ているだけで心が洗われるほど美しい布地は、高熱を発する溶岩の気流で幻想的に揺らめいている。

 そんな少女の衣服は背が大きく開かれており、儚く金の光を帯びる二対の薄翅が生え、彼女が人ならざる存在であることを示していた。

 人のみならず畜生であってもけがすことを躊躇ちゅうちょするであろうこの少女は、輝く銀色の魔力を有する、紛れもなく神の一柱である。

 その少女は共に顕れた白き毛玉のような眷属たちを周囲に浮かべ、溶岩湖のほとりに居る竜たちを睥睨へいげいした。

〈さあ、説明してもらいましょうか〉

【どうしてくれるのだシュガールよ。神の中でも面倒なやつに見つかってしまったではないか】
もとを正せば己のしでかしたことであろうが……。さて、妖精神よ。我ら竜に何用か?】

 数メートル浮かんでいるとはいえ、紅が満ちる溶岩地帯にあって汗の一つも見られない少女。

 その少女を見て鼻にしわを作る枯色竜をよそに、いち早く動揺から立ち直った白竜が問いかける。

〈皆まで言わずとも分かるでしょう? あなた方が創り出したこの溶岩により、動植物のみならず我が子ら、妖精たちも大きな被害を被ったのです。一体どのように収拾をつけるつもりなのですか? 月白竜シュガール、そして枯色竜ドレイクよ〉

 白竜の問いかけに対し、妖精神は白銀のショートヘアを揺らし不機嫌そうに答える。

 頬に手をあて空色の瞳を細める彼女は、シュガールたちが予測していたように、この一連の騒ぎに対する非難の色を滲ませていた。

【それこそ見れば分かるであろう? 今も亜竜たちが冷気の息吹を放ち、この溶岩の海を冷やそうと苦心しているではないか】
〈けれども、全く効果が見られないようですが……〉

【すぐに効果が表れずとも、溶岩の持つ魔力を減じていけるならそれで良い。亜竜たちにはここら一帯を根城とし、継続して事に当たってもらうが故にな】
「「「グゥゥゥ……」」」

 シュガールが亜竜たちの移住に言及すると、上空を飛び回り冷気の息吹を吐いていた亜竜の一部が悲痛な声を上げる。どうやら、この近辺への移住は彼らの本意ではないようだ。

 他方、白竜の言葉を聞いた妖精神は寝耳に水とばかりに目を白黒とさせ、彼の言葉を繰り返す様にして問い返す。

〈この地域への移住? 数百は居そうな亜竜の群れがですか? シュガール、あなたはこの地方の生命を根絶やしにするつもりなのですか〉
【亜竜たちにも翼がある故、周辺の生命を食らい尽くしてしまうことはなかろうさ。不安であるならば、近隣を荒らし過ぎぬよう、ここにいるドレイクが確と監視することを誓おう】

【!? シュガール、いきなり何の世迷言よまいごとを!?】
【何のとがめもなく切り抜けられると思うたか、阿呆め。亜竜たちの監督でこの愚行をそそげるのだぞ? むしろ、この程度のみそぎで済んだことを感謝すべきであろうが】

 突然亜竜たちの監視という仕事を押し付けられたことで、大いに狼狽うろたえるドレイクだったが……。シュガールはもう用が済んだと言わんばかりに翼を広げ、そのままふわりと浮かび上がる。

 話についていけず置いてけぼりにされていた妖精神もここで我に返り、まだ話は終わっていないと言葉を投げかけた。

〈待ちなさい、シュガール! あなたはこの程度のつぐないで、この地へもたらした被害を帳消しに出来ると──〉
【──さらばだ妖精神イルマタルよ。後の小言こごとはそこにいるドレイクにでも食らわせてやれ】

【我がここに残るのは確定であるのか。くう、戻ってくるべきではなかった……】

 イルマタルの制止など知らぬと大翼を羽ばたかせ、秋の青空へと消えてゆく月白竜。

 伸ばしていた白く幼い手を力なく下ろす妖精神と、なぜこうなってしまったのかと巨体を丸め頭を抱える枯色竜。

 周囲に得も言われぬ微妙な空気が満ちる。

 その空気からいち早く脱却したのは妖精神。溜息をつき気持ちを切り替えた彼女は、にこやかな笑みと共にドレイクへと向き直る。

〈本当は、あなた方の話に出ていた魔神のことも詳しく聞きたかったのですが。こうなってしまっては仕方がありませんね。さあ、ドレイク? 亜竜の統率をしつつ、あなたと相対したという魔神のことをお聞かせくださいな〉
【何故我がこんな目に……】

 さも嘆かわしいという風に四肢を伏せ首を振るドレイク。

 竜たる彼は、「炎獄」でこの溶岩地帯を形成したのが自身であるということなど忘却の彼方だった。

 ──こうしてリーヨン公国南部に、亜竜の大群が住まうこととなった。

 亜竜など本来は人里離れた地にしか生息せず、稀に人の生活圏に現れても、それは群れからはぐれた個体のみだったのだが……。この一件以降、当然のように人の住む地域でも亜竜が見かけられるようになってしまう。

 これにより近隣の村や宿場町のみならず、リマージュやボルドーのような大都市でも物々しい雰囲気が支配するようになる。

 しかし、妖精から分化した森人族が住まう地域であればいざ知らず、人間族の治める国家のことなど、妖精神や竜たちの関知するところではなかった。

 人族たちがやれ竜属の活発化だ、やれ天変地異だなどと騒ぎ立てようとも、竜や妖精の神にとっては、全くどうでもよいことだったのだ。
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