異世界を中国拳法でぶん殴る! ~転生したら褐色ショタで人外で、おまけに凶悪犯罪者だったけど、前世で鍛えた中国拳法で真っ当な人生を目指します~

犬童 貞之助

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第三章 波乱の道中

3-25 到着後の予定は

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 ウィルムのう〇こ事件(?)から一夜明け、翌日。

 今日も今日とて馬車に揺られ街道を進む。

「──えへへへ。おにーさんのお膝、とっても落ち着きます」
「そりゃ良かった。気持ちが悪くなったら我慢せずに教えてくれ」
「はーい」

 昼食も休憩も終わり進行を再開した馬車だが、今日はアイラも酔ってしまったらしい。薄桜色の頭部が、我が膝を占拠している。

 膝から伝わる重みと温かさは、何とも言えない安心感。数日前にセルケトを膝枕した時とは大違いだ。

 そうやってのほほんとしながら絹糸のような髪をいていると、対面に座るヤームルが灰色のジト目で話しかけてきた。

「随分と上機嫌ですね? セルケトさんの時と違って顔がニヤついていますよ」
「そうですか? アイラだと何だか落ち着くんですよね。セルケト相手だと、何が起こるか分からないっていうのもあると思いますけど」
「ああ……それは、なんとなく分かります」
「ぉぅ……」

 くだんのサソリ女はうめき声を漏らし、ヤームルの膝に埋もれている。

 馬車を引くアルデンネたちは今日も快調に飛ばしているため、乗り物に酔いやすい彼女はやはりノックダウンしていたのだ。

 魔導国に入ってからというもの、魔物との遭遇というものが無い。街道を行く人を避ける時や、馬車とすれ違う時は速度を落とさねばならぬものの、旅は極めて順調だ。

 時折、野盗と思しき連中に遭遇することもあるが──。

「おいお前ら! 命が惜しければ──!?」「アネキッ! 避けて下せえ!」「縄が切られてやがるぞ!?」「逃げろぉぉ! 止まらねえぞぉぉ!」

 ──風の精霊魔法を操るフュンと、圧倒的な体躯を誇るアルダとデニアの前に、無様な姿を晒していた。

 今回の襲撃者たちは街道に太い縄を張り巡らせ、馬車の進行を妨げて襲撃を行おうとしたようだったが……。フュンが風の刃で縄を断ち切り、アルデンネたちが威圧を強めて駆けたため、制止することすら出来なかったようだ。

「少し前の大湿原に比べると平和なもんですねえ」
「あんな危険地帯に比べたらどこだってそうですよ。この分だと明後日には首都ヘレネスに着きそうですが……ロウさんは、首都についてからのご予定はあるんですか?」

「ん~これと言って特には。ふらふらっと観光して、それから帝国に向かおうとは考えてますけど」
「「「ええっ!?」」」
「うん? そんな驚くようなことですかね……?」

 ヤームルの質問に答えると、周囲からことの外大きな反応が返ってくる。

 ムスターファ家の執事であるアルデスには帝国観光の旨を伝えていたし、ヤームルも知っているものかと思っていたが。どうやら伝わっていなかったようだ。

「帝国に行くんですか? 確かに魔導国を経由して向かう分には、小競り合いが続く公国から行くより安全だとは思いますが」
「帝国……そうだったんですね。わたし、てっきりロウさんも首都で活動するとばかり思ってました」
「あたしも~。おにーさん、すぐに行っちゃうんですか……?」

 口々に少女たちから問われ、膝からは純粋無垢なる桜色の瞳で覗かれてしまう。

 止めて! 行き当たりばったりで考えてた計画が揺らいじゃう!

「急ぎの旅でもないし、魔導国の首都をじっくり見ていくのもいいかもしれない」
「やった! そうですよねっ!」

(はぁ……)

 アイラの陽だまりのような笑みをたたえた同意と、ギルタブの真冬のような冷気をはらんだ嘆息とが同時に押し寄せる。

 北風と太陽かよ。服は脱がされないけども。

「ロウさんって、本当アイラに甘いですよね……」
「上目遣いで見られちゃうと、こう、コロッといっちゃうんですよ。抗いようのない巨大な引力を感じるというか」

「アイラちゃんは凄いなあ……わ、わたしも! ロウさんが首都に長く居てくれるなら、嬉しいです。ほら、全然恩返しらしいことも出来てませんし!」
「魔術大学のこともありますし、ほどほどで十分ですよ。そっちに影響が出ちゃうと、かえって申し訳ない気になっちゃいますし、忘れてもらっちゃってもいいくらいです」

 隣に座っていたカルラがひゅひゅんっ! と尻尾を振りながらも宣言してきたので、カルラの魔術大学行きに触れつつ軽くなだめる。

 どうにもこの子は恩義を感じすぎているきらいがある。こちらにかかずらって、エスリウからの支援をふいにしてしまわないか、心配だ。

(恩義というよりはむしろ……まあ、俺が言う言葉じゃないか)
(その通りですよサルガス。貴方は何も語る必要はないのです)

 カルラのことを考えていると曲刀たちが訳の分からん感想を寄越してきた。念話を拾ったのか当人は隣で耳をぴぴっと動かしてるし、変なことを発信するのはやめて欲しい。

「魔術大学といえば……ロウさんは魔術大学へ行く予定はないのですか? 貴方程の精霊使役者であれば、簡単に入ることが出来ると思いますが」
「──は? いやいやいや、いきなり何を言ってるんですかエスリウ様。俺が魔術大学なんて、無理に決まってるじゃないですか」

 曲刀たちに脳内抗議をしていると、今度はエスリウから話題を振られてしまう。が、全力で切り捨てる。

 魔術大学といえば人材のすいを集めた研究機関。入学前には厳しい審査、検査があるはずだ。

 リーヨン公国の首都にある研究機関でもそうらしいが、魔力研究の盛んな研究機関というものは魔力の質──色を識別する装置がある。

 かつて研究機関に勤めていた母親より、耳にタコができるほど言って聞かされた内容だ。誤りということはないだろう。

 故に、魔神の魔力を持つ俺がそういった機関に行くなど言語道断である。

 ふらふらっと行ったつもりでも、魔神によるカチコミと化してしまうのだ。混乱待ったなしであろう。

「あら、気が進みませんか? ワタクシは貴方に“援助”しても良いのですけれど。うふふ……」

「……」

 目を細め薄く笑う、人の振りをした魔神エスリウ。

 考えてみれば、彼女は魔神でありながら魔術大学に通っている。たとえ国家の粋を結集したような研究機関であっても、何らかの抜け道があるのかもしれない。

 彼女の場合は公爵令嬢だし、きっと大学側に太いコネクションでもあるのだろう。

 彼女の言う“援助”とやらを受ければ、あるいは魔術大学に行くことも可能なのかもしれない。

 とはいえ──。

「──大変恐縮ではございますが、辞退させていただきます」
「あらあら、振られてしまいましたか。やはり、ワタクシではアイラさんと違って魅力が足りていないのですね」

「魔術大学へ行くには色々と問題がありそうですから。俺自身の能力だったり、非常識さだったり。各国から優秀な人材が集まるなら、面倒事も多そうですし」
「……よくご存じですね」

 俺の回答を聞いたエスリウはすみれ色の瞳を微かに開いて驚きを表し、おどけたような雰囲気を引っ込めて感心した。

 案の定というか、懸念しているようなねたそねみやっかみが付いて回るようだ。人の社会であれば、こういった感情もあって当然か。

「そうですか~。おにーさんも一緒にくるのかな? って期待しちゃいましたけど、残念ですよ~」
「まあ、ロウさんはそういう雰囲気ですよね。元々魔力の制御技術もずば抜けていますし、大学へ行く利点も見出しづらそうです」
「うう、支援してもらう身で言うのも気が引けますけど、わたしもちょっぴり残念です」

 エスリウとの会話の成り行きを見守っていた女性陣も溜息をついて残念がってくれた。友達と一緒に通えなくて残念って感じだろうけど、こういうことがあると嬉しくなるね!

 友達といえば、図書館に住んでいた神の眷属けんぞくグラウクスのことが思い出されるが……大学の図書館って、部外者も入れるのだろうか?

 折角学生がいるのだしと、司書から聞いていた情報も交えてヤームルに話を振ってみる。

「魔術大学にはボルドー大図書館並みの蔵書があると聞いたことがあるので、部外者でも閲覧えつらんできるなら寄ってみたいとは考えていますね」
「ふふっ、勉強熱心ですね? 大学の敷地内に入るときに許可が要りますが、その許可さえでれば図書館を自由に利用できますよ」

「おお、それは良かったです……けど、入る許可って取れるのかな」
「しっかりとした身分証明や学生の紹介があれば問題なく許可が下りますよ。その時は、私が案内しましょうか?」
「マジですか。それは助かります」

 話を振れば、実にあっさりとヤームルから大学の案内を取り付けることが出来た。

 これを機に、今までなおざりにしていた彼女の転生者疑惑を確かめてみるのも良いかもしれない。

「あ! ヤームルさんズルい!」「わたしたちはまず合格しないと、だもんねー」
「うふふ、羨ましいことです。ワタクシもお邪魔してしまおうかしら?」

 やはり自分から話題を振るのは大切だなあと思考を逸らしていると、かしましい声によって現実へ引き戻された。

 言われてみれば、学校案内とはいえデートっぽかったかもしれない。

 少しソワソワとした気分で正面にいるヤームルを見てみれば、いつもと変わらぬ様子で微笑びしょうする彼女。

 ……うーん? 一人で盛り上がっただけだったのか? とても虚しい。

 これならエスリウが一緒でもいいか。正体露見に備えて公爵家の御威光も借りておきたいし。

「そうですね。エスリウ様もご一緒いただく方が面倒が起きないかもしれません。ヤームルさんが構わないのであれば歓迎しますよ」

「あら、嬉しいですわ。ねえヤームル、どうかしら?」
「……もちろん、構いませんよ」
「うふふ、ごめんなさいね?」

 ヤームルは逡巡しゅんじゅんを見せたものの了承し、それに対してエスリウは何故か詫びの言葉を告げる。

 その奇妙なやり取りに首を捻っていると、俺の向かい側でダウンしていたセルケトが身を起こして話に参入してきた。

「あの大英雄の恋愛話は、続きが気になるところであるし……我も行くぞ、当然……」
「やたら気に入ってたもんな。『大英雄ユウスケの知られざる一面』だっけ? 果たしてああいう内容の本が、大学の図書館にあるのかは疑問だけど」

「あー! その本、わたし読んだことありますよ! お母さんが持ってました!」
「ワタクシも読んだ記憶がありますね。確か、大学にも収蔵されていたはずですよ」
「むうっ……」

 セルケトたちが大英雄の本の話で盛り上がる一方、ヤームルは、口をへの字に曲げつつくちびるを噛むという器用な真似をして不機嫌そうにしている。

 あれれぇー? 実は本当にデートだったパティーンか?

 それはないにしても、なにかしら二人きりで話したいことがあったのかもしれない。今更エスリウたちに対してやっぱりついてくるなとも言えないし……どう埋め合わせしたものか。

「ヤームルさん、何だかすみませんでした」

 経験の乏しい頭を振り絞るも妙案が思いつくということもなく、結局そのまま謝罪を行う。

「何の話ですか? 賑やかで楽しくなるなら大歓迎ですよ?」

 対して、華やかな笑みで応じてくれる栗色の美少女だが……その表情に温度を感じない。いつぞやのエスリウの魔眼発動時を彷彿とさせる、寒気立つ笑顔である。あらやだ怖い。

「おお~……おにーさんとヤームルさん、修羅場ですねっ!」
「何だか、尻尾の毛が逆立っちゃいます……」
「やはりヤームルの太ももは具合が良いな。ロウのものより快適であるぞ」

 等々、暢気な感想をのたまう部外者たち。

 助けを求めるように馬車側面の魔神とその従者を見るも、片や愉快そうな微笑みを浮かべる象牙色の主人に、片や彫像のように表情筋を固定し虚空を見つめ続ける若葉色の従者。

 こいつらは駄目だ。全くあてにできない。

 こうなってしまえば信じられるのは己だけだ。いつだって自分の人生を切り開けるのは、自分だけなのだから。

「こちらの考えすぎでしたか。ちなみに、大学の敷地ってどれくらいの広さがあるんですか?」

 ──あらゆる状況で使える秘儀、中島太郎なかじまたろう流処世術之三・強制的話題転換ッ!

「うん? ええっと、そうですね……ボルドーで例えると、上層区が丸々入るくらい、かな?」
「それは凄いですね! それくらい広い敷地だと、見て回るだけでも楽しそうです」

「ええ、実験や研究をしている学生や研究者も多いですから、敷地内を歩いて回るだけでも楽しめると思いますよ。私のおすすめはですね──」

 巧みに話題を変えたことで、見事ヤームルの発する不機嫌な空気を霧散させることに成功した。

 ガハハハ。敗北を知りたい。

(……問題の根本は解決できていないと思うんだが)
(単なる先送りなのです)

 そんな曲刀たちの指摘など全く当たらない。

 そう内心で正当化しながら、馬車の旅三日目の行程を消化するのだった。
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