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第五章 ヴリトラ大砂漠
5-2 吸血鬼の実力
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狼と熊の中間のような逞しい体躯に、側面を覆うじっとりとした土色の体毛、背や尾部の真っ黒な毛。どう猛さが剥き出しとなった鋭い形状の頭部と、視線を悟らせないような黒一色の目。
血縁関係からなる集団を形成し狩りを行うこの魔物は、魔導国周辺に広く分布し、特徴的な黒毛からブラックバックと呼ばれていた。
「グウッ」「ガウ……」「グルル」
そのブラックバックは現在、ロウたちが乗る馬車から数百メートル先で黒い一塊となって街道を封鎖し、野鳥たちと共に何らかの死肉を漁っている。馬車らしき残骸や日の光で煌めく金属片から、観察中のロウは移動中の馬車や商隊が襲われでもしたのだろうとあたりをつける。
馬車を守るアインハルトと面倒だからと馬車に残ったウィルムを除くロウたち一行は、気配を消して魔物の近くへと移動。
おおよそ五十メートルほど、風下とはいえこれ以上の接近は難しいと思われる位置まできた頃。魔力によって強化された視覚で魔物を観察していたロウが、腕試しを行うアムールへと声を潜めて話しかけた。
「一、二、三……八匹。体も大きいし、数も結構いますね。厄介そうですけど、大丈夫そうですか?」
「うん、平気平気。あ、でも、何かあった時はフォローしてくれると嬉しいかもだよー」
「アムールさん、あれらは外見上大型の狼のように見えますが、強力な爪や筋力を持つれっきとした魔物です。お気を付けください」
「はい、ありがとうございます、ヘレナさん。それじゃあ行ってきますね~」
心配そうに声を掛ける周囲に軽く応じた黒髪の少女は、腰に佩かれた長剣の柄頭を撫で──疾風の如く駆けだした。
「「「!」」」
急速に接近する気配、少女の身より溢れる魔力。それらを感知した魔物たちは、一斉に顔を上げ姿勢低く構える。
──が、一秒足らずというごく短い時間で距離を詰めていた吸血鬼の少女は、既に鼻先。
食事中という最も気の緩むタイミングでの奇襲は、魔物たちに万全の態勢をとらせる間もなく成立した。
「やあっ!」
赤き瞳の残光を走らせ跳躍した少女は、さながら横倒しのコマ。そのままきりもみ回転で魔物たちを飛び越え、同時に長剣を抜き放って連続剣閃!
「「「!?」」」
「むふふ~」
少女の着地と同時に二つの首が宙を舞い、別の二匹がよろめき血を流す。
二体を仕留め二体は重傷。我ながら上々の先制攻撃だと、アムールはむせ返る様な血の匂いに頬を紅潮させつつ自画自賛する。
「「ア゛ウッ!」」「ガウッ!」
電光石火で行われた奇襲に慄いた魔物たちだったが──仲間の鮮血の匂いが立ち昇ると激高し、黒一色の瞳に殺意を滾らせ少女を包囲した。
「オ゛ウッ!」
魔物の内ひときわ大きな個体が咆えれば、健在な三匹が自在に動く。
正面からは焦らすように前傾姿勢で構えたまま、側面より体勢低く這うようにして足を、背後からは飛び掛かり首筋を。
血縁集団ならではの連携による、数の利を生かす三方位同時攻撃!
「──っ!」
対し、吸血鬼の感知力で左右背後の動きを見透かしていた少女は、飛び上がっての後ろ回し蹴り。
足を狙った二匹を躱しながら、背面の魔物を蹴り飛ばし──更に横軸へぐるりと回転。
再度きりもみ回転となって繰り出すは、初撃同様勢いの乗った長剣の斬撃。
曲芸のような動きでもって、魔物の脊柱を切り離す!
「ギャウン!?」「ギャゥ!」
捻った斬撃からの後ろ回し蹴りを最後の一匹にぶち込み、三体ともを返り討ちとしたアムールは──着地後すぐさま魔術を解放。地を転がった二体を狙い、石の槍を飛ばして止めを刺した。
「ギュッ……」
「やっ! 後は……」
退けた数は七匹。残る相手はボスと見られるただ一匹。
「グゥガアアッ!」
直後、背後より飛び掛かる魔物!
「できればもう、逃げて欲しかったんだけどね──」
背後を見ぬまま呟いた少女は──迫る腕をするりと回避。側面へと回り込みながら、群れのボスを一刀両断してみせた。
「ヴッ……」「グゥッ」
熊の如き腕と爪で襲うも真っ二つとされた群れの長を見て、生き残っていた魔物たちに動揺が走る。
「……」
「「「グゥゥ……」」」
寄らば殺すという無言の圧力を放ち続ける少女を前に、臆した魔物たちは素早く撤退を決意。家族であった仲間の死体を時々振り返りつつ、血を流し足を引きずり街道脇の森へと消えていった。
ブラックバックの死体は計六体、短時間での蹂躙劇。あっという間の戦闘終了であった。
◇◆◇◆
「──……それなりなんて技量じゃないですよ、アムールさん」
「あはっ、ありがとうございます。お姉ちゃんからばっちり手ほどき受けてますからね~」
ものの数十秒で魔物の群れを撤退させるという恐るべき戦果を上げた少女へ駆け寄り、ヤームルは呆れを滲ませながら告げる。
賛辞を受けとった当人は笑顔を見せて応じるが、血に濡れた長剣を手入れしていくその姿に先ほどまでの獣のような気配は皆無だ。
「体術に剣技、魔術。どれをとっても見事であったな。アムールよ、我は少し手合わせしたくなったぞ」
魔物の死体や食い散らかされた死骸をまとめて森へと放り投げたセルケトも、先ほどの手際に感心したという風に会話に割り込む。
血を吸う機会を逸してしまったと赤黒い大槍を叩く彼女に、微笑みから苦笑いに転じた黒髪の少女は言葉を濁す。
「セルケトさんとの手合わせですか~。ロウ君と同じくらいの実力なんですよね? 私、軽く捻られちゃうような気が……」
「先ほどのアムールさんの動きは、まさに高位冒険者と言ったものでしたが。その貴女をして軽く捻られると言わしめるセルケトさんやロウ君は、凄まじいですね」
「実は以前軽く手合わせをしたことがあるのですが、アムールより強い私でも容易く組み伏せられてしまいましたからね。私たちとあの子の実力差は、埋めがたいほどに大きいかもしれません」
妹の言葉に同調するアシエラは、街道を整備していくロウを眺めながら思案する。
吸血鬼として百年以上もの時を生き、人外たる膂力魔力をもって血で血を洗う争いの中に身を置いたこともある彼女は、強者というものを知っている。
武に長け他を制圧するに優れた者。術に通じ他を操り、望むままに状況を作り出す者。知にしろ勇にしろ、様々な強さを目で見て肌で感じてきた。
その彼女であっても、件の褐色少年は測りかねる人物である。
人外たる己をも上回る、尋常ならざる力と技量。対照的なまでに穏やかな気質と、素直な反応。歴戦の戦士のような強さを持ちながら強者独特の凄みを一切感じさせない少年は、長くを生きたアシエラでも語る術を持たない存在だったのだ。
「埋めがたいほど、ですか。確かに学内で試験をした時も、まるで底が見えませんでしたが……」
「まあ、さもありなんって感じもします。ロウさんですから……はぁ」
話は戻り、街道上。
歴戦の冒険者たる彼女の実感がこもった言葉を受けて、ヘレナはまだまだかの少年への評価が足りなかったと認識を改める。一方のヤームルは、高位冒険者すら敵わないと言わせるあの少年はどうなっているのだと、魔術で街道を整備しながら頭を悩ませた。
そんな彼女たちの反応を知らぬ渦中の人物は、簡素な墓を創り終えると神妙な顔で犠牲者たちへの黙祷を始めていた。
「……」
「……ロウ君は、ああいうところもよく分からないね」
「なんだかすっごく落ち着いた雰囲気あるよね~。普段とはまたちょっと違うというか」
「ですが、不思議と様になっていますね。これもまたロウ君の一面、ということでしょうか」
「むむ……」
普段のおどけた様子が欠片も見えない静かな祈り。それを見た女性陣があれこれと評し合っていると、黙祷を終えた少年が街道へと戻ってくる。
「皆で協力すると街道が片付くのも早いですね。っと、アムールさん、お見事でした。アシエラさんから技術を学んでいるというだけあって、蹴りも剣技も目にもとまらぬ早業ですね」
「へっへー、ありがと。一応、足引っ張らないぞ~ってことは示せたかな?」
「足を引っ張らないどころか大戦力ですよ。……二人雇うだけで、三人も高位冒険者級の人が付いてくるなんて。それも、自費負担で! ふふふ、これは思っていたよりも、ずっと調査が捗りそう。もしかしたら、竜の魔力で変質した宝石や鉱石を探す時間も……ぶつぶつ」
得意げな調子でおどける少女に応じたヘレナは、亜竜の群れすら容易に退けそうな面子に一人ほくそ笑み、とらぬ狸の皮算用を始めてしまう。
うってかわって前のめりな思考に沈む彼女は、「「「ロウよりずっと多面性があるのでは?」」」との視線を女性陣から受けたが、思考に沈んでいたが故に気が付かなかった。
(……ヘレナって子供相手にも丁寧で礼儀正しくて、その上何でもこなす美人って感じだったけど。こと研究が絡む事柄については途端に変人になるな)
(研究に携わる者なんて概してそんなもんだろう。研究者と言っていいかは分からんが、俺たちを打った鍛冶師ハダルも、やはり奇人的な面があったしな)
(マジ? なんだか会ってみたかったなあ、そのハダルって人……じゃない、魔族か)
そんな女性陣のやり取りなど露ほども知らないロウは、サルガスと脳内会話で盛り上がりつつ馬車へ戻ったのだった。
◇◆◇◆
ブラックバックの群れと遭遇した後、一行は特にトラブルもなく旅程を消化していく。
初日は小さな宿場町で休息をとり、翌日は早朝から街道をひた走る。魔物や野盗に遭遇にすることなく歩を進めたロウたちは、夕刻になってようやく、砂漠地帯の緑地であるオアシス都市へと辿り着いた。
大陸中央からの流れを汲む河川の流域にあり、古くから繊維業や農業畜産で栄えてきたこの都市。琥珀竜ヴリトラが大陸北部を砂漠気候へと変容させてからは、北部では貴重となった豊かな水資源を持つオアシス都市として、益々栄えることとなる。
同じようにオアシスを持つ都市や周辺の村落と合同して共和制国家を作る大陸北部の中でも、このオアシス都市ミナレットは最大の都市である。共和国全体の税収の三割をも納めるほど、産業が盛んな地域でもあった。
そんな大都市というだけあって、都市に入るまでに要する時間は非常に長い。
周囲から馬車を牽く亜竜タウルトの姿を恐々とされたり、商人から口説かれたりしながらも待ち続けたロウたちは、辛うじて閉門の時間までに都市へ入ることが出来た。
「──あのカバ……亜竜は、ここに置いていくんですね。あのとぼけたような面が可愛く見えてきたのに、残念です」
「ははは、ヘレネスへの帰りはまたあれに乗るし、楽しみにするといい。……明日からは徒歩での移動となる。今日は存分に疲れを癒してくれ」
「お言葉に甘えて、じっくり羽休めしますとも」
亜竜を厩舎へ預け、横倒しの円柱状といった独特な形状の宿をとった一行は、現在公衆浴場で旅の疲れを流している最中だった。
公営の浴場であるこの浴場は、雑貨や軽食店に室内運動場も併設されている大規模多目的施設でもある。
村落が丸ごと一つ入ってしまうのではないかという、長方形型多層構造の巨大施設。その威容を目の当たりにしたロウなどは、そのあまりの大きさに眩暈を覚え、後ろに居たセルケトの胸へ頭をうずめたほどである。
男女別々でありながらどちらも大浴場を備えるこの施設は、観光客のみならず一般市民にもよく利用されており、憩いの場として親しまれている。アインハルトとロウが利用している洗い場も、彼らの他に子供から初老の男性まで様々な年齢層が疲れを癒していた。
「フフ、こうしてロウ君と背中を流していると、うちの子供たちを思い出すよ。息子なんて、背丈も同じくらいだからね」
「教授、それ昨日泊まった宿場町でも聞きましたよ。あと成人している娘さんも一緒に入浴する習慣はどうかと思います」
「おや、そうだったかな? でも、あの子は寂しがり屋だからね。小さい頃なんて“私、大きくなったらお父さんと結婚する!”と言って聞かなかったものさ」
「そっちも二度目ですね。というか、もう五年くらいその言葉を聞いてないって話だったような……」
「そうなんだよロウ君。最近のイサラは入浴こそしてくれるが、何だかすっかり私に対して冷たくなってしまってね。もしかしたらあの子にも、ついに男の影が──」
知的な大学教授から子供の話をしたくて仕方がない父親へと成り果てたアインハルトを、時に雑な突っ込みを入れつつ聞き流すロウ。
長時間馬車に揺られたことによる凝りを流して世間話をした二人は、更に数十分ほど長椅子でだらける。
そうして疲れを出し切った後に女性陣と合流して宿へ戻り、彼らは少し遅めの休息をとるのだった。
血縁関係からなる集団を形成し狩りを行うこの魔物は、魔導国周辺に広く分布し、特徴的な黒毛からブラックバックと呼ばれていた。
「グウッ」「ガウ……」「グルル」
そのブラックバックは現在、ロウたちが乗る馬車から数百メートル先で黒い一塊となって街道を封鎖し、野鳥たちと共に何らかの死肉を漁っている。馬車らしき残骸や日の光で煌めく金属片から、観察中のロウは移動中の馬車や商隊が襲われでもしたのだろうとあたりをつける。
馬車を守るアインハルトと面倒だからと馬車に残ったウィルムを除くロウたち一行は、気配を消して魔物の近くへと移動。
おおよそ五十メートルほど、風下とはいえこれ以上の接近は難しいと思われる位置まできた頃。魔力によって強化された視覚で魔物を観察していたロウが、腕試しを行うアムールへと声を潜めて話しかけた。
「一、二、三……八匹。体も大きいし、数も結構いますね。厄介そうですけど、大丈夫そうですか?」
「うん、平気平気。あ、でも、何かあった時はフォローしてくれると嬉しいかもだよー」
「アムールさん、あれらは外見上大型の狼のように見えますが、強力な爪や筋力を持つれっきとした魔物です。お気を付けください」
「はい、ありがとうございます、ヘレナさん。それじゃあ行ってきますね~」
心配そうに声を掛ける周囲に軽く応じた黒髪の少女は、腰に佩かれた長剣の柄頭を撫で──疾風の如く駆けだした。
「「「!」」」
急速に接近する気配、少女の身より溢れる魔力。それらを感知した魔物たちは、一斉に顔を上げ姿勢低く構える。
──が、一秒足らずというごく短い時間で距離を詰めていた吸血鬼の少女は、既に鼻先。
食事中という最も気の緩むタイミングでの奇襲は、魔物たちに万全の態勢をとらせる間もなく成立した。
「やあっ!」
赤き瞳の残光を走らせ跳躍した少女は、さながら横倒しのコマ。そのままきりもみ回転で魔物たちを飛び越え、同時に長剣を抜き放って連続剣閃!
「「「!?」」」
「むふふ~」
少女の着地と同時に二つの首が宙を舞い、別の二匹がよろめき血を流す。
二体を仕留め二体は重傷。我ながら上々の先制攻撃だと、アムールはむせ返る様な血の匂いに頬を紅潮させつつ自画自賛する。
「「ア゛ウッ!」」「ガウッ!」
電光石火で行われた奇襲に慄いた魔物たちだったが──仲間の鮮血の匂いが立ち昇ると激高し、黒一色の瞳に殺意を滾らせ少女を包囲した。
「オ゛ウッ!」
魔物の内ひときわ大きな個体が咆えれば、健在な三匹が自在に動く。
正面からは焦らすように前傾姿勢で構えたまま、側面より体勢低く這うようにして足を、背後からは飛び掛かり首筋を。
血縁集団ならではの連携による、数の利を生かす三方位同時攻撃!
「──っ!」
対し、吸血鬼の感知力で左右背後の動きを見透かしていた少女は、飛び上がっての後ろ回し蹴り。
足を狙った二匹を躱しながら、背面の魔物を蹴り飛ばし──更に横軸へぐるりと回転。
再度きりもみ回転となって繰り出すは、初撃同様勢いの乗った長剣の斬撃。
曲芸のような動きでもって、魔物の脊柱を切り離す!
「ギャウン!?」「ギャゥ!」
捻った斬撃からの後ろ回し蹴りを最後の一匹にぶち込み、三体ともを返り討ちとしたアムールは──着地後すぐさま魔術を解放。地を転がった二体を狙い、石の槍を飛ばして止めを刺した。
「ギュッ……」
「やっ! 後は……」
退けた数は七匹。残る相手はボスと見られるただ一匹。
「グゥガアアッ!」
直後、背後より飛び掛かる魔物!
「できればもう、逃げて欲しかったんだけどね──」
背後を見ぬまま呟いた少女は──迫る腕をするりと回避。側面へと回り込みながら、群れのボスを一刀両断してみせた。
「ヴッ……」「グゥッ」
熊の如き腕と爪で襲うも真っ二つとされた群れの長を見て、生き残っていた魔物たちに動揺が走る。
「……」
「「「グゥゥ……」」」
寄らば殺すという無言の圧力を放ち続ける少女を前に、臆した魔物たちは素早く撤退を決意。家族であった仲間の死体を時々振り返りつつ、血を流し足を引きずり街道脇の森へと消えていった。
ブラックバックの死体は計六体、短時間での蹂躙劇。あっという間の戦闘終了であった。
◇◆◇◆
「──……それなりなんて技量じゃないですよ、アムールさん」
「あはっ、ありがとうございます。お姉ちゃんからばっちり手ほどき受けてますからね~」
ものの数十秒で魔物の群れを撤退させるという恐るべき戦果を上げた少女へ駆け寄り、ヤームルは呆れを滲ませながら告げる。
賛辞を受けとった当人は笑顔を見せて応じるが、血に濡れた長剣を手入れしていくその姿に先ほどまでの獣のような気配は皆無だ。
「体術に剣技、魔術。どれをとっても見事であったな。アムールよ、我は少し手合わせしたくなったぞ」
魔物の死体や食い散らかされた死骸をまとめて森へと放り投げたセルケトも、先ほどの手際に感心したという風に会話に割り込む。
血を吸う機会を逸してしまったと赤黒い大槍を叩く彼女に、微笑みから苦笑いに転じた黒髪の少女は言葉を濁す。
「セルケトさんとの手合わせですか~。ロウ君と同じくらいの実力なんですよね? 私、軽く捻られちゃうような気が……」
「先ほどのアムールさんの動きは、まさに高位冒険者と言ったものでしたが。その貴女をして軽く捻られると言わしめるセルケトさんやロウ君は、凄まじいですね」
「実は以前軽く手合わせをしたことがあるのですが、アムールより強い私でも容易く組み伏せられてしまいましたからね。私たちとあの子の実力差は、埋めがたいほどに大きいかもしれません」
妹の言葉に同調するアシエラは、街道を整備していくロウを眺めながら思案する。
吸血鬼として百年以上もの時を生き、人外たる膂力魔力をもって血で血を洗う争いの中に身を置いたこともある彼女は、強者というものを知っている。
武に長け他を制圧するに優れた者。術に通じ他を操り、望むままに状況を作り出す者。知にしろ勇にしろ、様々な強さを目で見て肌で感じてきた。
その彼女であっても、件の褐色少年は測りかねる人物である。
人外たる己をも上回る、尋常ならざる力と技量。対照的なまでに穏やかな気質と、素直な反応。歴戦の戦士のような強さを持ちながら強者独特の凄みを一切感じさせない少年は、長くを生きたアシエラでも語る術を持たない存在だったのだ。
「埋めがたいほど、ですか。確かに学内で試験をした時も、まるで底が見えませんでしたが……」
「まあ、さもありなんって感じもします。ロウさんですから……はぁ」
話は戻り、街道上。
歴戦の冒険者たる彼女の実感がこもった言葉を受けて、ヘレナはまだまだかの少年への評価が足りなかったと認識を改める。一方のヤームルは、高位冒険者すら敵わないと言わせるあの少年はどうなっているのだと、魔術で街道を整備しながら頭を悩ませた。
そんな彼女たちの反応を知らぬ渦中の人物は、簡素な墓を創り終えると神妙な顔で犠牲者たちへの黙祷を始めていた。
「……」
「……ロウ君は、ああいうところもよく分からないね」
「なんだかすっごく落ち着いた雰囲気あるよね~。普段とはまたちょっと違うというか」
「ですが、不思議と様になっていますね。これもまたロウ君の一面、ということでしょうか」
「むむ……」
普段のおどけた様子が欠片も見えない静かな祈り。それを見た女性陣があれこれと評し合っていると、黙祷を終えた少年が街道へと戻ってくる。
「皆で協力すると街道が片付くのも早いですね。っと、アムールさん、お見事でした。アシエラさんから技術を学んでいるというだけあって、蹴りも剣技も目にもとまらぬ早業ですね」
「へっへー、ありがと。一応、足引っ張らないぞ~ってことは示せたかな?」
「足を引っ張らないどころか大戦力ですよ。……二人雇うだけで、三人も高位冒険者級の人が付いてくるなんて。それも、自費負担で! ふふふ、これは思っていたよりも、ずっと調査が捗りそう。もしかしたら、竜の魔力で変質した宝石や鉱石を探す時間も……ぶつぶつ」
得意げな調子でおどける少女に応じたヘレナは、亜竜の群れすら容易に退けそうな面子に一人ほくそ笑み、とらぬ狸の皮算用を始めてしまう。
うってかわって前のめりな思考に沈む彼女は、「「「ロウよりずっと多面性があるのでは?」」」との視線を女性陣から受けたが、思考に沈んでいたが故に気が付かなかった。
(……ヘレナって子供相手にも丁寧で礼儀正しくて、その上何でもこなす美人って感じだったけど。こと研究が絡む事柄については途端に変人になるな)
(研究に携わる者なんて概してそんなもんだろう。研究者と言っていいかは分からんが、俺たちを打った鍛冶師ハダルも、やはり奇人的な面があったしな)
(マジ? なんだか会ってみたかったなあ、そのハダルって人……じゃない、魔族か)
そんな女性陣のやり取りなど露ほども知らないロウは、サルガスと脳内会話で盛り上がりつつ馬車へ戻ったのだった。
◇◆◇◆
ブラックバックの群れと遭遇した後、一行は特にトラブルもなく旅程を消化していく。
初日は小さな宿場町で休息をとり、翌日は早朝から街道をひた走る。魔物や野盗に遭遇にすることなく歩を進めたロウたちは、夕刻になってようやく、砂漠地帯の緑地であるオアシス都市へと辿り着いた。
大陸中央からの流れを汲む河川の流域にあり、古くから繊維業や農業畜産で栄えてきたこの都市。琥珀竜ヴリトラが大陸北部を砂漠気候へと変容させてからは、北部では貴重となった豊かな水資源を持つオアシス都市として、益々栄えることとなる。
同じようにオアシスを持つ都市や周辺の村落と合同して共和制国家を作る大陸北部の中でも、このオアシス都市ミナレットは最大の都市である。共和国全体の税収の三割をも納めるほど、産業が盛んな地域でもあった。
そんな大都市というだけあって、都市に入るまでに要する時間は非常に長い。
周囲から馬車を牽く亜竜タウルトの姿を恐々とされたり、商人から口説かれたりしながらも待ち続けたロウたちは、辛うじて閉門の時間までに都市へ入ることが出来た。
「──あのカバ……亜竜は、ここに置いていくんですね。あのとぼけたような面が可愛く見えてきたのに、残念です」
「ははは、ヘレネスへの帰りはまたあれに乗るし、楽しみにするといい。……明日からは徒歩での移動となる。今日は存分に疲れを癒してくれ」
「お言葉に甘えて、じっくり羽休めしますとも」
亜竜を厩舎へ預け、横倒しの円柱状といった独特な形状の宿をとった一行は、現在公衆浴場で旅の疲れを流している最中だった。
公営の浴場であるこの浴場は、雑貨や軽食店に室内運動場も併設されている大規模多目的施設でもある。
村落が丸ごと一つ入ってしまうのではないかという、長方形型多層構造の巨大施設。その威容を目の当たりにしたロウなどは、そのあまりの大きさに眩暈を覚え、後ろに居たセルケトの胸へ頭をうずめたほどである。
男女別々でありながらどちらも大浴場を備えるこの施設は、観光客のみならず一般市民にもよく利用されており、憩いの場として親しまれている。アインハルトとロウが利用している洗い場も、彼らの他に子供から初老の男性まで様々な年齢層が疲れを癒していた。
「フフ、こうしてロウ君と背中を流していると、うちの子供たちを思い出すよ。息子なんて、背丈も同じくらいだからね」
「教授、それ昨日泊まった宿場町でも聞きましたよ。あと成人している娘さんも一緒に入浴する習慣はどうかと思います」
「おや、そうだったかな? でも、あの子は寂しがり屋だからね。小さい頃なんて“私、大きくなったらお父さんと結婚する!”と言って聞かなかったものさ」
「そっちも二度目ですね。というか、もう五年くらいその言葉を聞いてないって話だったような……」
「そうなんだよロウ君。最近のイサラは入浴こそしてくれるが、何だかすっかり私に対して冷たくなってしまってね。もしかしたらあの子にも、ついに男の影が──」
知的な大学教授から子供の話をしたくて仕方がない父親へと成り果てたアインハルトを、時に雑な突っ込みを入れつつ聞き流すロウ。
長時間馬車に揺られたことによる凝りを流して世間話をした二人は、更に数十分ほど長椅子でだらける。
そうして疲れを出し切った後に女性陣と合流して宿へ戻り、彼らは少し遅めの休息をとるのだった。
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地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜
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祝【コミカライズ決定】!!
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」
回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。
フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
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