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第五章 ヴリトラ大砂漠
5-10 剣鬼遭遇
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昼食が終わり日が傾き始めたところで、ロウを含むヘレナの調査班は拠点を出て砂漠へと出発した。
植物のしの字もない平沙万里は、滾る陽光をそのまま宿したかの如く赤い。目印となる黒の石柱がなければ距離感さえも失われてしまいそうだと、ロウは砂の大パノラマを眺めながら唸る。
「こういう石柱って、どれくらい前からあるものなんですかね?」
「この大砂漠が創り出されてから百年ほど経った頃……今から四百年ほど前ですね。その時代の魔導国女王の伴侶、大魔導士オリアス様が調査に赴いた際に突き立てたと言われています。この環境にあって全く風化しない、不磨の石柱を創り出す……様々な魔術を独自に改良していた『千変』の大魔導士様にしか不可能な芸当でしょう」
「……ふんっ」
ロウの問いに答えたヘレナの言葉の中に大魔導士という単語が出ると、一つ先の砂丘をヤームルと共に進んでいたウィルムが不快げに鼻を鳴らす。
彼女は今よりも更に若く力も技量も拙かった頃、この大魔導士と矛を交えたことがあった。
結果は辛勝。
竜鱗という圧倒的な守りを持っていたため負けることは無かったが、魔術とは思えないほどの自由自在な属性攻撃や、正面から撃ち合わず妨害を徹底した立ち回りにより翻弄された彼女。苦々しい印象を植え付けられるには十分だった。
「……? ウィルムさん、どうかなさいましたか?」
「取るに足らぬ卑小な存在を思い出しただけだ。それよりヤームルよ、水を飲んでおけ。汗が乾いているぞ」
「ええ、ありがとうございます。ここは本当に、酷く乾燥していますね……」
彼女の指摘を受けたヤームルは足を止め、魔術を構築して水分補給を行う。
出発してから既に十回目となる水分補給だったが、彼女たちは未だ竜の痕跡はおろか、砂と石柱以外の存在を発見できていなかった。
「何かありましたかーって、水分補給ですか。うーん……魔力の反応を探る魔道具って、取りこぼしが出ないくらい、探知範囲が広いんでしたっけ?」
「世帯数がニ十くらいの村一つを覆うくらいはありますから、それなりの広さではありますね。この広大な砂漠を調査するには、心もとないものですが」
ヤームルと同じように水分補給を行うロウが聞いているのは、研究者の二人が持っている複雑な魔術式が描かれた球状の魔道具についてである。
範囲内に魔力の反応があれば光を放つ仕組みとなっているこの魔道具は、魔力の波長を識別することも出来るため、国の重要施設では警備設備としても採用されている。
この魔道具の概要を聞いた当初、魔力が識別されることに狼狽えたロウ。しかし個人の波長を識別するだけで、性質をも解析し種族までをも詳らかにするものではないと知り、大いに安堵したという一幕もあった。
一歩間違えばウィルムやセルケトが人外だと露見するのみならず、自身が魔神だとバレていたかもしれないのだ。滝のように冷や汗を流すだけで済んだのは少年にとって幸運だったと言えよう。
そんな魔道具を用いて調査しているものの、成果は芳しくない。ヘレナは自分たちの反応以外にない魔道具を眺め、若干気落ちした雰囲気で周囲に呼びかけた。
「やはり中心に近い区域であっても、残留物などそうそうないようですね。まだ明日もありますし、そろそろ引き返し──うん?」
「これは……」
砂と同色の赤い夕日の輝きに混じり、二人の持つ魔道具もほのかな光を発する。その光を認めた二人は警戒感をにじませた。
「お? 反応ですか?」
「ふっ、うつけめ。これは──」
「──ロウ君、構えて。地面からの反応、恐らくアンデッドです」
「……そう、アンデッドだ。念のために言っておくが、妾は当然気配に気が付いていたからな? 貴様とは違ってな! はははっ!」
「ウィルムさん……」「ヤームルさん、無視してやってください。こういう奴なんです」
緊張感のないやり取りの間に、地中より一体のアンデッドが砂をかき分け這い出てくる。
一見すると人間族の男性のようにも見えるそれは、老人のようにそそけ立った白髪と青白い肌で、生気というものがまるでない。その死人のような存在は纏っているぼろの衣服を砂まみれにしたまま、手に持つ赤く錆びた刀剣を支えに立ち上がった。
かと思えば、支えの刀剣を腰の鞘へ納めて腕を砂丘に突っ込み、全長が自身の倍ほどもあろうかという灰白色の巨剣を砂の中から引き抜き──背負うようにして構えをとる!
「うおッ、剣、でかッ!」
「こんな奥地で人型……まさか、ヴェレス!?」
「随分と珍しいアンデッドが出たものだな」
「ちょっ、二人とも何を暢気に……きますよ!」
呆れつつも警告を発したヤームルの声が響いた直後。
隣の砂丘から電光石火の攻めを見せたアンデッドの巨剣と、応じたロウの銀刀がかち合い──砂丘ごと叩き割るような一撃が、少年を隣の砂丘へと吹き飛ばす。
舞い上がる砂塵、崩れる砂丘。
砂丘へ突き刺さる少年を見届けたアンデッドが、ゆらりと振り返り──それが開戦の合図となった。
◇◆◇◆
「「「──っッ!?」」」
剛剣一閃。
砂丘に深い谷間を創り出すほどの一撃を放つ魔物──ヴェレスは、今までロウたちが戦ってきたアンデッドとは次元が異なる。膨大な怨霊の集合体ながらも、人型を留めている存在だ。
これは寄り集まった霊の中で最も力の強い怨霊──魔物や精霊に亜竜、それらの何よりも力を持っていたのが、人であるということの証左でもある。
この大砂漠が生まれる前にあった大国、フェルガナ聖教国。その大国で身の丈の倍する巨剣と鋭く流麗な曲刀を操り、魔物や敵国の将兵を殺し尽くした剣鬼。このヴェレスを形作っている怨霊の正体はそれであった。
それすなわち、難敵である。
「ロウさ──っ!」
砂丘にまで吹き飛ばされた少年の安否を確かめようと、視線を向けかけたヤームル。
しかし。眼前の敵が振り下ろしから薙ぎ払いへと切り返す予兆を見てとった彼女は、咄嗟に上体を沈めこむように身を屈めた。
「──カアッ!」
刹那に頭上を通過するは、頭髪が焦げる臭いを伴う横一閃。
魔術の守りなど紙同然に裂くであろうその剛撃に、彼女は片膝立ちのまま生唾を飲む。
──が、しかし。
「この程度の力に吹き飛ばされるなど、貧弱な奴め」
「──グッ?」「んなっ!?」「!? げほっ」
その剛撃を、あろうことか片手で受け止める美女を目撃したことで──飲み込もうとしていた生唾が気道に入り、彼女は大いにむせてしまった。
幼き魔神を吹き飛ばすほどの一撃なれど、竜が前では力不足。この世の頂点、道理である。
「骸風情が。土へ還れ!」
ガーネットの瞳を夕焼けの如く輝かせたウィルムは逆手の拳を一つ。更に巨剣を受け止めた腕で返しの掌打を一つと、打ち込んだ腕の肘を回転させての裏拳正面打ちを一つ。
止めに横蹴りを加えた稲妻の如き四連攻撃をもって、魔物を彼方の砂丘へと吹き飛ばす!
「グゴゲッ!?」
「うわっぷ。凄い、ですね、ウィルムさん。あんな恐ろしい魔物を……」
「……いや、生意気にも妾の攻撃を、あの幅広の大剣で防ぎよったぞ、アレは。守りの上からでも多少は堪えただろうが……まだまだ動けるだろう」
神速連撃によって吹き散らされた冷気で霜塗れになったヤームルが感嘆するも、ウィルムは鋭い表情を崩さない。
そんな彼女の傍に、最初の斬り合いの時点で退避していたヘレナが長杖を構えて寄り、相手の情報を早口で伝えていく。
「ウィルムさん、気を付けてください。ロウ君を吹き飛ばしたことから分かるかもしれませんが、あれはまず間違いなく、極めて高位のアンデッドです。国が精鋭中の精鋭を集め雌雄を決するような、恐るべき相手である可能性もあります。ロウ君のことも心配ですから、ここは全員で協力して──」
「──ご心配おかけしました。無事ですよ」
「「!?」」「ふん。木端のように吹っ飛んでおいて、よく言う」
傷らしい傷もなく、けろりとした表情で現れるロウ。
目を見開いて驚く研究者二人をよそに、彼の正体を魔神だと知るウィルムは当然のようにそれを流し、言葉を続ける。
「アレはアンデッドのようだが、かなりの上位存在だな。アシエラどもなど軽く凌ぐであろう」
「そんなにか? 並みの身体強化じゃ拮抗すら出来なかったし、力が凄いのは分かってたけど……」
「全力強化でないにしても、図々しくも妾の拳を大剣で防いだからな。まあ、蹴り飛ばしてやったがな。はははっ!」
「マジかー。ウィルムの拳を防ぐって相当だな……。まあ強い分、実験相手には丁度いいか」
「オオオォォォッ!」
ロウがウィルムから見解を聞き終えたところで彼方の砂丘が爆ぜ、黄昏時の景色に黒が加わる。件の魔物ヴェレスがその全力を解放し、荒ぶる闇魔法を解き放ったのだ。
「──っ! 尋常ではない剣技だけでなく大規模な闇魔法まで操るとは、確実に最高位の存在……!」
「アンデッドって、大体土か闇属性の魔法を使うよな。土は分かるけど、闇って何なんだ?」
「ふっ、物を知らん奴だな。土属性同様物質を創り出す魔法だが、闇属性は一時的に疑似物質を創り出すものだ。疑似的な物質故に、生み出された闇はある程度創造者が自由に操ることが出来る利点を持つが、疑似故に長くは持続しない。どの道、妾や貴様のように自在に属性を操る者にとっては、すぐに消えるという欠点しかない魔法だ」
「ほぇー」「……」「ロウさんもウィルムさんも、物凄く余裕ありますよね……」
ほとほと呆れ果てた呟きが零れたところで、舞い上がっていた粉塵が晴れ──ぼろのような衣服から全身を覆う黒衣へと姿を変えた魔物が、闇を纏って躍り出る。
砂丘を吹き飛ばして突進する先は、当然ロウたちだ。
「ふん。粉微塵に──」
「──まあまあ。ここは俺がやるから、ちょっと下がってなって」
構えるウィルムを制し、退避する研究者組を見送ったロウは──静かに銀刀を正眼へ。初撃同様の大剣の振り下ろしに対し、全開の身体強化で応じてみせる!
「「──ッ!」」
轟く衝突音、吹き荒れる衝撃波。
その最中、初回は受け流す間もなく吹き飛ばされた剛撃を、打ち払うようにして巧みに逸らしたロウ。
次いで迫る下段からの切り返しを、後方へと上体を反らすことで避けた少年は──ここで攻勢転換。
「シッ!」
反りを利用した上段回し蹴りでもって、相手の攻め手を強制中断。
そこから蹴り脚を一気に振り下ろし、今度は斬撃。
勢いを上乗せした上段斬りで、ひるむ魔物に銀刀一閃を叩き込む!
「けぇやぁぁッ!」
「ゴグッ……」
縦一文字を巨剣の腹で受けた魔物は、斬撃の衝撃波と二本足とで長い長い三本線を砂丘に描いて後退したものの──未だ健在。
防御に使った灰白色の巨剣にも、破損欠落は見られない。
「──硬ッ! 全力でぶった斬ったんだけどな。蹴りもあんまり効いてないし、中々に強いぞ」
「ふっ。曲がりなりにも竜の拳を防いだ大剣だぞ? 剣による攻撃能力ではセルケトにも及ばぬ貴様など、傷つけること能わぬは道理というものだ。ましてや、あれは反応速度もそれなりだ。魔法を使いでもしない限り、貴様では倒せないのではないか?」
「ムカッ! ならアッと驚くような新技で、魔法無しの強さってもんを見せてやるよ。目ん玉ひん剥いて見とけよな」
「はんっ、通用せぬと吠え面をかくなよ?」
「加勢しなくて良いのでしょうか……?」
「ヘレナさん、放っておきましょう。あの人たちは色々おかしいですし」
ウィルムの言葉に煽られたロウは、遠方で呟かれた研究者たちの言葉を聞き流してさらに集中。
様子を窺っている魔物を睨みつけたまま、銀刀を正眼に構え──。
(──という訳でサルガスさん、頼んます)
(ぶっつけ本番か。お前さんらしいぞ、全く)(むう……。憑依はサルガスからですか)
──銀刀の魔力を解放し、半霊体と化した曲刀をその身に憑依させた。
植物のしの字もない平沙万里は、滾る陽光をそのまま宿したかの如く赤い。目印となる黒の石柱がなければ距離感さえも失われてしまいそうだと、ロウは砂の大パノラマを眺めながら唸る。
「こういう石柱って、どれくらい前からあるものなんですかね?」
「この大砂漠が創り出されてから百年ほど経った頃……今から四百年ほど前ですね。その時代の魔導国女王の伴侶、大魔導士オリアス様が調査に赴いた際に突き立てたと言われています。この環境にあって全く風化しない、不磨の石柱を創り出す……様々な魔術を独自に改良していた『千変』の大魔導士様にしか不可能な芸当でしょう」
「……ふんっ」
ロウの問いに答えたヘレナの言葉の中に大魔導士という単語が出ると、一つ先の砂丘をヤームルと共に進んでいたウィルムが不快げに鼻を鳴らす。
彼女は今よりも更に若く力も技量も拙かった頃、この大魔導士と矛を交えたことがあった。
結果は辛勝。
竜鱗という圧倒的な守りを持っていたため負けることは無かったが、魔術とは思えないほどの自由自在な属性攻撃や、正面から撃ち合わず妨害を徹底した立ち回りにより翻弄された彼女。苦々しい印象を植え付けられるには十分だった。
「……? ウィルムさん、どうかなさいましたか?」
「取るに足らぬ卑小な存在を思い出しただけだ。それよりヤームルよ、水を飲んでおけ。汗が乾いているぞ」
「ええ、ありがとうございます。ここは本当に、酷く乾燥していますね……」
彼女の指摘を受けたヤームルは足を止め、魔術を構築して水分補給を行う。
出発してから既に十回目となる水分補給だったが、彼女たちは未だ竜の痕跡はおろか、砂と石柱以外の存在を発見できていなかった。
「何かありましたかーって、水分補給ですか。うーん……魔力の反応を探る魔道具って、取りこぼしが出ないくらい、探知範囲が広いんでしたっけ?」
「世帯数がニ十くらいの村一つを覆うくらいはありますから、それなりの広さではありますね。この広大な砂漠を調査するには、心もとないものですが」
ヤームルと同じように水分補給を行うロウが聞いているのは、研究者の二人が持っている複雑な魔術式が描かれた球状の魔道具についてである。
範囲内に魔力の反応があれば光を放つ仕組みとなっているこの魔道具は、魔力の波長を識別することも出来るため、国の重要施設では警備設備としても採用されている。
この魔道具の概要を聞いた当初、魔力が識別されることに狼狽えたロウ。しかし個人の波長を識別するだけで、性質をも解析し種族までをも詳らかにするものではないと知り、大いに安堵したという一幕もあった。
一歩間違えばウィルムやセルケトが人外だと露見するのみならず、自身が魔神だとバレていたかもしれないのだ。滝のように冷や汗を流すだけで済んだのは少年にとって幸運だったと言えよう。
そんな魔道具を用いて調査しているものの、成果は芳しくない。ヘレナは自分たちの反応以外にない魔道具を眺め、若干気落ちした雰囲気で周囲に呼びかけた。
「やはり中心に近い区域であっても、残留物などそうそうないようですね。まだ明日もありますし、そろそろ引き返し──うん?」
「これは……」
砂と同色の赤い夕日の輝きに混じり、二人の持つ魔道具もほのかな光を発する。その光を認めた二人は警戒感をにじませた。
「お? 反応ですか?」
「ふっ、うつけめ。これは──」
「──ロウ君、構えて。地面からの反応、恐らくアンデッドです」
「……そう、アンデッドだ。念のために言っておくが、妾は当然気配に気が付いていたからな? 貴様とは違ってな! はははっ!」
「ウィルムさん……」「ヤームルさん、無視してやってください。こういう奴なんです」
緊張感のないやり取りの間に、地中より一体のアンデッドが砂をかき分け這い出てくる。
一見すると人間族の男性のようにも見えるそれは、老人のようにそそけ立った白髪と青白い肌で、生気というものがまるでない。その死人のような存在は纏っているぼろの衣服を砂まみれにしたまま、手に持つ赤く錆びた刀剣を支えに立ち上がった。
かと思えば、支えの刀剣を腰の鞘へ納めて腕を砂丘に突っ込み、全長が自身の倍ほどもあろうかという灰白色の巨剣を砂の中から引き抜き──背負うようにして構えをとる!
「うおッ、剣、でかッ!」
「こんな奥地で人型……まさか、ヴェレス!?」
「随分と珍しいアンデッドが出たものだな」
「ちょっ、二人とも何を暢気に……きますよ!」
呆れつつも警告を発したヤームルの声が響いた直後。
隣の砂丘から電光石火の攻めを見せたアンデッドの巨剣と、応じたロウの銀刀がかち合い──砂丘ごと叩き割るような一撃が、少年を隣の砂丘へと吹き飛ばす。
舞い上がる砂塵、崩れる砂丘。
砂丘へ突き刺さる少年を見届けたアンデッドが、ゆらりと振り返り──それが開戦の合図となった。
◇◆◇◆
「「「──っッ!?」」」
剛剣一閃。
砂丘に深い谷間を創り出すほどの一撃を放つ魔物──ヴェレスは、今までロウたちが戦ってきたアンデッドとは次元が異なる。膨大な怨霊の集合体ながらも、人型を留めている存在だ。
これは寄り集まった霊の中で最も力の強い怨霊──魔物や精霊に亜竜、それらの何よりも力を持っていたのが、人であるということの証左でもある。
この大砂漠が生まれる前にあった大国、フェルガナ聖教国。その大国で身の丈の倍する巨剣と鋭く流麗な曲刀を操り、魔物や敵国の将兵を殺し尽くした剣鬼。このヴェレスを形作っている怨霊の正体はそれであった。
それすなわち、難敵である。
「ロウさ──っ!」
砂丘にまで吹き飛ばされた少年の安否を確かめようと、視線を向けかけたヤームル。
しかし。眼前の敵が振り下ろしから薙ぎ払いへと切り返す予兆を見てとった彼女は、咄嗟に上体を沈めこむように身を屈めた。
「──カアッ!」
刹那に頭上を通過するは、頭髪が焦げる臭いを伴う横一閃。
魔術の守りなど紙同然に裂くであろうその剛撃に、彼女は片膝立ちのまま生唾を飲む。
──が、しかし。
「この程度の力に吹き飛ばされるなど、貧弱な奴め」
「──グッ?」「んなっ!?」「!? げほっ」
その剛撃を、あろうことか片手で受け止める美女を目撃したことで──飲み込もうとしていた生唾が気道に入り、彼女は大いにむせてしまった。
幼き魔神を吹き飛ばすほどの一撃なれど、竜が前では力不足。この世の頂点、道理である。
「骸風情が。土へ還れ!」
ガーネットの瞳を夕焼けの如く輝かせたウィルムは逆手の拳を一つ。更に巨剣を受け止めた腕で返しの掌打を一つと、打ち込んだ腕の肘を回転させての裏拳正面打ちを一つ。
止めに横蹴りを加えた稲妻の如き四連攻撃をもって、魔物を彼方の砂丘へと吹き飛ばす!
「グゴゲッ!?」
「うわっぷ。凄い、ですね、ウィルムさん。あんな恐ろしい魔物を……」
「……いや、生意気にも妾の攻撃を、あの幅広の大剣で防ぎよったぞ、アレは。守りの上からでも多少は堪えただろうが……まだまだ動けるだろう」
神速連撃によって吹き散らされた冷気で霜塗れになったヤームルが感嘆するも、ウィルムは鋭い表情を崩さない。
そんな彼女の傍に、最初の斬り合いの時点で退避していたヘレナが長杖を構えて寄り、相手の情報を早口で伝えていく。
「ウィルムさん、気を付けてください。ロウ君を吹き飛ばしたことから分かるかもしれませんが、あれはまず間違いなく、極めて高位のアンデッドです。国が精鋭中の精鋭を集め雌雄を決するような、恐るべき相手である可能性もあります。ロウ君のことも心配ですから、ここは全員で協力して──」
「──ご心配おかけしました。無事ですよ」
「「!?」」「ふん。木端のように吹っ飛んでおいて、よく言う」
傷らしい傷もなく、けろりとした表情で現れるロウ。
目を見開いて驚く研究者二人をよそに、彼の正体を魔神だと知るウィルムは当然のようにそれを流し、言葉を続ける。
「アレはアンデッドのようだが、かなりの上位存在だな。アシエラどもなど軽く凌ぐであろう」
「そんなにか? 並みの身体強化じゃ拮抗すら出来なかったし、力が凄いのは分かってたけど……」
「全力強化でないにしても、図々しくも妾の拳を大剣で防いだからな。まあ、蹴り飛ばしてやったがな。はははっ!」
「マジかー。ウィルムの拳を防ぐって相当だな……。まあ強い分、実験相手には丁度いいか」
「オオオォォォッ!」
ロウがウィルムから見解を聞き終えたところで彼方の砂丘が爆ぜ、黄昏時の景色に黒が加わる。件の魔物ヴェレスがその全力を解放し、荒ぶる闇魔法を解き放ったのだ。
「──っ! 尋常ではない剣技だけでなく大規模な闇魔法まで操るとは、確実に最高位の存在……!」
「アンデッドって、大体土か闇属性の魔法を使うよな。土は分かるけど、闇って何なんだ?」
「ふっ、物を知らん奴だな。土属性同様物質を創り出す魔法だが、闇属性は一時的に疑似物質を創り出すものだ。疑似的な物質故に、生み出された闇はある程度創造者が自由に操ることが出来る利点を持つが、疑似故に長くは持続しない。どの道、妾や貴様のように自在に属性を操る者にとっては、すぐに消えるという欠点しかない魔法だ」
「ほぇー」「……」「ロウさんもウィルムさんも、物凄く余裕ありますよね……」
ほとほと呆れ果てた呟きが零れたところで、舞い上がっていた粉塵が晴れ──ぼろのような衣服から全身を覆う黒衣へと姿を変えた魔物が、闇を纏って躍り出る。
砂丘を吹き飛ばして突進する先は、当然ロウたちだ。
「ふん。粉微塵に──」
「──まあまあ。ここは俺がやるから、ちょっと下がってなって」
構えるウィルムを制し、退避する研究者組を見送ったロウは──静かに銀刀を正眼へ。初撃同様の大剣の振り下ろしに対し、全開の身体強化で応じてみせる!
「「──ッ!」」
轟く衝突音、吹き荒れる衝撃波。
その最中、初回は受け流す間もなく吹き飛ばされた剛撃を、打ち払うようにして巧みに逸らしたロウ。
次いで迫る下段からの切り返しを、後方へと上体を反らすことで避けた少年は──ここで攻勢転換。
「シッ!」
反りを利用した上段回し蹴りでもって、相手の攻め手を強制中断。
そこから蹴り脚を一気に振り下ろし、今度は斬撃。
勢いを上乗せした上段斬りで、ひるむ魔物に銀刀一閃を叩き込む!
「けぇやぁぁッ!」
「ゴグッ……」
縦一文字を巨剣の腹で受けた魔物は、斬撃の衝撃波と二本足とで長い長い三本線を砂丘に描いて後退したものの──未だ健在。
防御に使った灰白色の巨剣にも、破損欠落は見られない。
「──硬ッ! 全力でぶった斬ったんだけどな。蹴りもあんまり効いてないし、中々に強いぞ」
「ふっ。曲がりなりにも竜の拳を防いだ大剣だぞ? 剣による攻撃能力ではセルケトにも及ばぬ貴様など、傷つけること能わぬは道理というものだ。ましてや、あれは反応速度もそれなりだ。魔法を使いでもしない限り、貴様では倒せないのではないか?」
「ムカッ! ならアッと驚くような新技で、魔法無しの強さってもんを見せてやるよ。目ん玉ひん剥いて見とけよな」
「はんっ、通用せぬと吠え面をかくなよ?」
「加勢しなくて良いのでしょうか……?」
「ヘレナさん、放っておきましょう。あの人たちは色々おかしいですし」
ウィルムの言葉に煽られたロウは、遠方で呟かれた研究者たちの言葉を聞き流してさらに集中。
様子を窺っている魔物を睨みつけたまま、銀刀を正眼に構え──。
(──という訳でサルガスさん、頼んます)
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Gaku
ファンタジー
平凡なフリーター、佐藤悠樹。その人生は、ソシャゲのガチャに夢中になった末の、あまりにも情けない感電死で幕を閉じた。……はずだった! 死後の世界で彼を待っていたのは、絶世の美女、女神ソフィア。「どんなチート能力でも与えましょう」という甘い誘惑に、彼が願ったのは、たった一つ。「貴方と一緒に、旅がしたい!」。これは、最強の能力の代わりに、女神様本人をパートナーに選んだ男の、前代未聞の異世界冒険譚である!
主人公ユウキに、剣や魔法の才能はない。ステータスは、どこをどう見ても一般人以下。だが、彼には、誰にも負けない最強の力があった。それは、女神ソフィアが側にいるだけで、あらゆる奇跡が彼の味方をする『女神の祝福』という名の究極チート! 彼の原動力はただ一つ、ソフィアへの一途すぎる愛。そんな彼の真っ直ぐな想いに、最初は呆れ、戸惑っていたソフィアも、次第に心を動かされていく。完璧で、常に品行方正だった女神が、初めて見せるヤキモチ、戸惑い、そして恋する乙女の顔。二人の甘く、もどかしい関係性の変化から、目が離せない!
旅の仲間になるのは、いずれも大陸屈指の実力者、そして、揃いも揃って絶世の美女たち。しかし、彼女たちは全員、致命的な欠点を抱えていた! 方向音痴すぎて地図が読めない女剣士、肝心なところで必ず魔法が暴発する天才魔導士、女神への信仰が熱心すぎて根本的にズレているクルセイダー、優しすぎてアンデッドをパワーアップさせてしまう神官僧侶……。凄腕なのに、全員がどこかポンコツ! 彼女たちが集まれば、簡単なスライム退治も、国を揺るがす大騒動へと発展する。息つく暇もないドタバタ劇が、あなたを爆笑の渦に巻き込む!
基本は腹を抱えて笑えるコメディだが、物語は時に、世界の運命を賭けた、手に汗握るシリアスな戦いへと突入する。絶体絶命の状況の中、試されるのは仲間たちとの絆。そして、主人公が示すのは、愛する人を、仲間を守りたいという想いこそが、どんなチート能力にも勝る「最強の力」であるという、熱い魂の輝きだ。笑いと涙、その緩急が、物語をさらに深く、感動的に彩っていく。
王道の異世界転生、ハーレム、そして最高のドタバタコメディが、ここにある。最強の力は、一途な愛! 個性豊かすぎる仲間たちと共に、あなたも、最高に賑やかで、心温まる異世界を旅してみませんか? 笑って、泣けて、最後には必ず幸せな気持ちになれることを、お約束します。
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