異世界を中国拳法でぶん殴る! ~転生したら褐色ショタで人外で、おまけに凶悪犯罪者だったけど、前世で鍛えた中国拳法で真っ当な人生を目指します~

犬童 貞之助

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第五章 ヴリトラ大砂漠

5-11 刹那の剣閃

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「「「──っッ!?」」」

 半霊体となった銀刀がロウに宿るのと同時に、周囲の空間がゆがんで爆ぜる。足場の砂丘が半壊する様は、溢れ出た魔力の莫大さを物語っていた。

「……ッ!」

 銀刀を取り込んだことで生じた変化は本人の魔力増大に留まらず、外見にまで及ぶ。

 特徴的だった黒髪には銀のメッシュがきらりと輝き、眼光は金とマラカイトグリーンのオッドアイに。銀刀の特徴がまざることで、少年の持つミステリアスな雰囲気は一層強まっている。

(うお!? これ、サルガスの力が上乗せされて、俺自身の魔力の制御能力まで引き上げられてるのか? 剣術の知識や技術だけかと思ったら、思わぬ副産物だな)
(みたい、だな。しかしこの憑依、結構しんどいぞ。長くはもたん……)

(マジ? じゃあハダルの剣術とやらでピャーっとたたむかね。ギルタブ、行くぞ!)
(むぅ……次は私ですからね、サルガス)

 脳内協議を切り上げたロウは、膨大な魔力の奔流におののく魔物を見据え──紫電の如き黒刀の居合斬りを一閃!

「フッ!」
「!?」

 居合剣術における座技ざぎ水月すいげつにも似た百分の一秒以下の抜き打ちで、魔物を砂丘ごと叩っ斬る。

「グッ……」

 しかし、少年の変化に警戒を強めていた魔物はこれに対応。

 巨剣を盾とすることで、魔力の刃から身を守り──。

「ッ!?」
「せいッ!」

 ──矢の如く距離を詰めたロウに、返す刃で斬りかかられることになった。

「おぉッ!」

 足をとられる砂上にあって、足裏親指付け根──拇趾丘ぼしきゅうを軸にしてるように動く、大陸拳法独特の歩法を駆使するロウ。

 その動きは正に正しく縦横無尽。憑依により一層強化された身体能力も相まって、ヤームルたちには視認すらできない速度だ。

 寄せては返す波のようにまとわりついて斬り、薙ぎ、払い。颶風ぐふうと化したロウが防戦一方の魔物を上下左右に前面背面と切り刻む!

「ガアァッ!?」

 自慢の巨剣は竜巻のような斬撃の嵐を受けるだけで、攻撃する間などなく。
 頼みの綱たる闇の魔法も、発動した瞬間に斬撃でかき消される。

 黒い影に纏わりつかれた剣鬼は、たちまち打つ手なしの八方塞がりとなった。

「グゥオオォォッ!」
「!」

 ならばと捨て身の攻撃に転じる魔物は、闇の魔法を乗せた巨剣で辺り一帯を薙ぎ払う!

 周囲360度全てを薙ぎ払う剛剣は闇の衝撃波を伴って荒れ狂い、四方百メートルを一切合切いっさいがっさい消し飛ばす──が、不可解なことに少年は健在。

「!?」
「やっほー」

 魔神の魔力を存分に纏わせた黒刀でもって、巨剣の軌道を下からり上げて逸らし。
 次いで迫る闇の魔法を、神速の切り返しにより相殺する。

 銀刀サルガスの有する魔族の剣術でなければ不可能な神業でもって、少年は回避不能な全体攻撃を凌いだのだ。

「そんじゃあトドメ──ッ!」

「ガァッ!」

 すぐさま胴体を真っ二つにせんと黒刀逆袈裟を放ったロウだったが──ヴェレスも瞬時に対応。巨剣を投げ捨て腰の刀剣を抜き打って、少年の刃を受け止めてみせた。

「「──ッ!」」

 赤錆と黒の交叉、黄昏を染める火花。

 澄み切った金属音を鳴らして切り結んだ結果は、抜き打ち一閃から神速の十字斬りへ繋ぎ、受けに回った少年を仰け反らせた剣鬼の勝利。

 追撃を仕掛けるアンデッドと寸秒で体勢を立て直した幼き魔神との攻防で、夕闇の大砂丘に黒と赤錆の剣閃が躍る!

「ぐ、ぅ、る、ぁあッ!」
「グガ、アァッ!」

 得物ごと両断せんという気勢で放たれる大上段の斬撃に、その一撃を曲刀の刃全面を使って受け流す巧みな捌き。

 捌いて崩した相手の肩口へ返す黒刀の刃と、それを闇魔法を纏わせ硬質化した上腕で防ぐ豪快な受け。

 剣の達人のなれの果てと魔族の剣技を宿した魔神は、互いの必殺を真っ向からぶつけ合う。

 攻めては応じ、応じては捌き。捌いては崩し、崩しては攻め立てる。

 手を変え品を変え立ち回り入れ替わり、幾度となく打ち合わされた至近距離での剣戟は、ほぼ互角。

「くぅ……」
「ガァ!」

 されども。

 至近距離での身を削るような時間は消耗が激しいと悟ったロウが距離をとったことで、軍配はまたしてもヴェレスに上がる。

 それは身を削るような斬り合いでも一切動じることの無い、命を持たぬアンデッドならではの優位であった。

 距離をとった相手を追撃すべく闇魔法を構築するアンデッドに、呼吸を整え精神の乱れを正す魔神。

 続く戦いは様相を変える。

「カアァァッ!」

 赤錆の刀剣を鞘へ収め闇魔法を構築したヴェレスは、魔法を解放すると同時に神速抜刀。

 巨剣を振るった時とはうってかわって鋭い剣技をもってして、闇色の斬撃を乱れ飛ばす!

「……!」

 抜き打ちの逆袈裟から繋がれる人体要所を穿つ刺突に、構えを下から崩す巻き上げ、居合の勢いをそのまま乗せた剛剣振り下ろし。

 全く同一の構えから次ぐ剣技は、しかし千変万化せんぺんばんかにして変幻自在。

 魔物は先の斬り合いでロウを退かせた気勢そのままに、少年を遠間からすり潰さんと攻勢を強める!

隆一りゅういちの親父さん並みに鋭い居合に、セルケトばりの大魔法を上乗せか……いるとこにはいるもんだな。クソ、近付けねえッ。サルガス、ギルタブ! 予兆が分かれば教えろッ!」

(任せろ!)(お任せください!)

 対し、魔神特有の神なる反応速度で居合連撃を凌いでいたロウは、曲刀に予測の一切を任せ全神経を反射に集中させる。

「ぐ、お、ぉ、ぉッ!」

 闘う己は本能のままに、しかし理性は相棒に託し手綱を握らせる。

 人外たるロウたちでなくては不可能な分業でもって、経験の不足を補い──三位一体さんみいったいとなった彼らが、劣勢を一気に巻き返す!

「──入ったッ!」
((!))

 横薙ぎを打ち上げ、刺突を弾き、振り下ろしを受け流し。

 ついに攻撃を終えたヴェレスが刃を戻すその前に、少年はふところへと踏み込んだ。

 刀剣を持った右腕は伸びきり、左腕は鞘。今の魔物は隙だらけである。

「クカカッ」

 さりとて──相手は魔物でありながら人のつちかった技を振るう者。

 歴戦の武芸者としての記憶を持っていたヴェレスにとって、肉薄された現状は己の窮地ではなく、相手の意表を突く好機だった。

 つまりは誘い。
 意図的に作りだされた隙である。

「カッ!」

 腕の伸びきった状況から繰り出すは、その伸びきった腕を引き戻す勢いを上乗せた鞘の一閃。

 腰部の回転と闇魔法を纏わせたその一撃は、刀剣による斬撃と何ら変わらぬ破壊力!

 既に黒刀で逆袈裟斬り上げを見舞おうとしていたロウは、その攻撃を回避することもできず──。

嗄啊かあッ!」

 ──大陸拳法による肘打ちで、闇を纏った鞘を叩き折って見せた。

 曲刀から予兆を知らされ準備していたこの肘打ちは、陳式太極拳小架砲捶しょうかほうすい穿心肘せんしんちゅう

 足先から伝える螺旋らせんの力に腰部の回転、更には身体全体を相手に寄せる勢いを乗せた、体当たりの如き一撃である。

 ロウがただ一人であったならばはまったであろう罠も、第三第四の目となる曲刀たちがいては成立しない。少年を退しりぞかせ勢いづいていたこの魔物は、いつの間にか相手に乗せられていたのだ。

「──ッ!?」

 相手の意表を突くはずの攻撃を見事に切って返されたヴェレスは、鞘を持っていた腕を振り抜いた状態でしばし硬直。

 当然、そこを見逃すロウではない。

せいッ!」

 曲げていた右肘を返すと同時に伸ばし、黒刀の柄頭つかがしらで魔物の眉間を殴打。更には打ち込んだ勢いそのままに逆手を使い、震脚と共に身体を開き恥骨ちこつを砕く下段掌底打ち!

「ゴッ、ゲッ!?」

 穿心肘せんしんちゅう同様に陳式太極拳の技であるこの連撃は、窩裡砲かりほう風掃梅花ふうそうばいか

 顔面への裏拳打ちで相手を怯ませ、続く陰部への掌打で対象を粉砕する秘技である。

「グッ、ゥ……」

「……悪いね」

 アンデッドとはいえ肉体を持つ人型の相手に、僅かばかりの逡巡しゅんじゅんを見せたロウだったが──崩れた相手へ止めの連撃。

 一呼吸の三連撃で首を刈り、腕を断ち、胴を裂く。

 アンデッド故に首を刈られてなお動きを見せたヴェレスは、腕を斬り落とされていたために為す術もなく裂かれた胴から魔石を抜き取られ……身体も武器も砂と化して消えてしまった。

「ギ……ザ……ァ……」

 この大砂漠が生まれることになった竜の大魔法により、非業ひごうの死を遂げることになった剣の達人や大魔術師、土着の精霊たち。

 それらの無念怨念が一塊となった、時に大都市をもおびやかすほどの強力な魔物──ヴェレスは、最期に呪いの言葉を吐いて跡形もなく消滅する。

「……」

 その様を静かな表情で見届けたロウが憑依を解除したところで、達人同士の戦いは終了となった。

「……あの刀剣や大剣まで砂になっちゃったか。武器くらいは戦利品として貰いたかったんだけどなあ」

(あのセルケトと同格か、それ以上の相手だったが……終わってみれば圧倒だったか。流石はロウだ。それにしても憑依、しんどいが面白いな。視覚だけを共有するのとはまた印象が変わる。なんというか、体だけじゃなくて、考えや心までも近づくような気がするというか)
(……それは自慢ですか? 私に対する当てつけなのですか?)

(お前ら、変なところで言い争いすんなよ……あ、言い忘れてたけど、実験に付き合ってくれてありがとな)

「やい、ロウ。先ほどのあれはなんだ? 何やら曲刀どもと結託して、面妖な術を使ったようだが」
「開口一番それかよ。新技だよ新技。必殺技と言ってもいいかもしれん」

 戦果物の確認や曲刀の状態を確認しているとウィルムが寄ってきたため、ロウは雑に応じる。

 その内容を聞きたいだの、門外不出の秘中の秘だから無理だのと言い合っている内に、好奇や畏怖のない交ぜになった、得も言われぬ表情の研究者組も集まった。

「ロ、ロウ君。無事かい? 英雄譚えいゆうたんそのもの、という戦いだったが」
「剣聖様でも、あれほどの動きは……ロウ君、貴方は一体、どういった出自なのですか」
「ちょっと! ロウさん、アレなんだったんですか!?」

「まあアレですよ、人生経験のなせる業ってやつです。またアンデッドと出くわしたら大変ですし、心配される前に帰りましょう!」

 表情と呟きを見て面倒事を確信した少年は、説明責任から逃れるべく拠点への帰還を具申ぐしん。先陣を切って駆けていったのだった。
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