153 / 273
第五章 ヴリトラ大砂漠
5-12 大砂漠調査、二日目
しおりを挟む
「──それで、あの時の変身はなんだったんですか? 髪の毛までちょっと変わっていましたけど」
物凄く強いらしいアンデッド──ヴェレスを倒した後のこと。
一人満天の星空を眺めのほほんと入浴していると、いつもは三つ編みな長髪をストレートにおろし、薄桃色の寝間着で身を包んだヤームルが現れた。やだエッチ!
「あのーヤームルさん? 俺今るんるんバスタイム♪ なんすけど?」
「私は十歳の男の子に欲情なんてしないので、入浴中でも何ら問題ありません。ロウ君、話を逸らそうとしたって無駄ですからね」
寝間着姿の十一歳の少女が、お風呂に入っている十歳の少年に肩をそびやかして言い放つの図。
客観的に見て問題しかない状況だが、彼女曰く問題ないらしい。やんぬるかな。
「さいですかー。十一歳のヤームルさんの発言としては、中々に問題なような気もしますけど……」
「そんなこと言ったって、私ショタコンじゃないし。ロウ君だって同年代の子より大人の女性を見てデレデレしてることが多いし、似たようなものでしょう」
「ぐはッ。藪蛇でしたね、忘れてください。とにかく、あの時のアレはスーパーなヤサイっぽい宇宙人みたいなもんですよ」
「ヤサイっぽい宇宙人って……あのアニメや漫画の?」
半霊体化した武器と一時的に同化した、などという説明は憚られたのでお茶を濁すと、怪訝な顔をされてしまった。流石に言い訳が雑過ぎたか?
「はい。最初に会った頃にも言ったような気がしますけど、俺は色々と人には言えないような隠し事があるんです。そういうもんだと納得してもらうしかないですね」
「むう。日本からの転生者ってこと以外にも、隠し事があるってことですか? これ以上にインパクトのありそうなことなんてなさそうだし、教えてくれたっていいと思うんですけど」
「自分で言っててなんですが、転生者とヤサイな人だと、ヤサイな人の方がインパクトあるような気も……」
「確かに……って、まさかロウ君って本当に宇宙人なの? 実はタコみたいな姿だったり?」
「違います。例えですってば。しかし宇宙人と聞いて真っ先にタコ型が思い浮かぶとは、ヤームルさんってサイエンス・フィクションが好きだったりするんですか?」
話の矛先を逸らすついでに前世の趣味やら暮らしぶりやら、とりとめのない会話をしている内に時間が過ぎ、風呂から上がる時間となった。
流石の彼女もすっぽんぽん太郎な褐色ボディーを見るのは恥ずかしかったらしく、風呂から上がると伝えると退散してくれた。今日は見張り番も休みだし、このまま就寝して彼女からの追及を躱すとしよう。
──などと考えていると。
「ようやっと入浴を済ませたか。ロウは存外風呂好きよな」
「……こっちは俺の就寝場所だぞ?」
割り当てられた就寝場所へと戻ってみれば、同じく見張り番が休みのセルケトが待ち構えていた。なんなん?
「ふん、お前を待っていたのだから間違いなどではない。聞けば、お前はただ魔神というだけではなく、何やら特殊な事情を持っているというではないか」
「特殊な事情て。人の母親に育てられたってことならお前も知ってるだろ? 誰に吹き込まれたんだよそんなこと」
「そこの曲刀たちや見張りの時間潰しに現れたウィルムからだ。大体、何故ウィルムに話しておいて我には話さんのだ貴様は」
膨れっ面に加えて金のメッシュを輝かせる、不快指数が高い様子で感情を表すセルケト。やってくれた喃、青トカゲ!
「ちょっとした行き違いだって。アレは事故みたいな感じでバレただけだし、サルガスやギルタブも知った以上、近いうちにお前にも話そうと思ってたし」
「ふんっ、どうだかな。貴様は何かと隠そうとする故に信用ならんのだ。釈明したくば包み隠さず貴様の事情を話してみよ」
「ぬぐぐ……。まあ、俺の日ごろの行いがアレだし、悪かったよ。曲刀たちやウィルムから聞いたなら大筋は分かってるだろうけど、俺は別の世界の記憶があるんだ──」
いずれは話そうと思っていたし、へそを曲げられても仕方がないしと、異世界の知識を持つに至った経緯をざっくりとした説明で行う。
六歳までは人族の子供として育てられたこと、そこから孤児院を経て盗賊団に入り、盗賊として生活していたこと。そして十歳の夏、死にかけていたところで異世界の記憶が目覚めた(?)こと。
更には宿った記憶、大陸拳法が趣味の平凡な大学生だった、中島太郎のこと。
時折セルケトや曲刀たちから質問を差し込まれながらも、ロウとしての人生と中島太郎としての人生を語っていく。
「──つまり、セルケトと初めて会う一週間ちょっと前に記憶を得たってことになる」
「……なるほどな。魔神とはいえ幼子に圧倒されたのは業腹だったが、幼子の倍以上の時間を戦闘技術の鍛錬に費やしていた過去があったのなら、納得できんでもない」
「つっても、魔物なんていない世界だったし、実戦経験は皆無だったけどなー。お前に勝てたのは、魔神としての力で強引押し切ったって感じが強いかな。二回目は発想で勝った感じだけど」
(……詳しいロウの過去を聞いて、また納得がいきましたよ。妙に専門的な知識があったりするのは、学術機関にいた過去があったからだったのですね)
「俺が特別物知りだってことはないんだけどな。多分ヤームルの方がずっと専門的な知識を持ってるぞ? 医療器材開発……医術に関わることを生業にしてたみたいだし」
平々凡々な過去を褒められるというのは何とも気恥ずかしく、ヤームルの例を挙げて話をずらす。
「あの娘もロウと同じ世界の住人なのであったか? 同じ年頃の幼子がどちらも転生者とは、奇妙なこともあるものよな」
「俺やヤームルが死んだ時は他にも大勢人がいたから、その人らもこの世界にやってきていると仮定したら、まだまだ転生者はいるかもしれない。まあ、俺みたいに人外ってパターンもあるかもだけど」
(異なる世界の存在と混じりあい変質した存在が、大勢いる可能性があるのか……。中々恐ろしい事態だな)
「まあなあ。俺もヤームルも大分逸脱した存在みたいだし、転生者の中には得た力を思うままに振るう奴もいるかもな。まあ、逸脱してるといっても種族の枠に収まる程度だし、せいぜいがその枠の中で幅を利かせて暴れまわるくらいだろうけど」
((……))
「何とも魔神らしい、天から見下ろすような感想よな」
転生者の所感を述べると曲刀たちに沈黙され、セルケトからは肩をすくめられてしまった。なにやら自然に魔神視点での物言いとなっていたらしい。
曲刀たちから送られてくる「自分のやってきた非常識な行いの数々を棚上げし過ぎだろう」という思念をまるっと無視し、話を強制的に切り上げる。
そのまま俺は、もっと話せと渋るセルケトに曲刀たちが人化出来るようになったことを伝えて彼らを渡し、纏めて部屋から追い出して就寝したのだった。
◇◆◇◆
翌朝。ヘレネスを出発してから九日目にして、大陸北部中心部での調査の二日目。
前日からリーダーのみを取り替えた編成での調査は、午前と午後も交代して行うこととなった。
すなわち、我らがアインハルト班は今から出発である。
「それじゃあ行ってきますね」「留守をよろしく頼む」
「いってらっしゃーい」「昼が近くなると一気に暑くなるから、水分補給には十分気を付けてね」
ヘレナたち女性オンリー班から見送られ、いざ出発。今日はより中央に近い領域、拠点から北西へと足を延ばすことになっている。
爆心地である大陸北部の中央へ近づくほど残留している魔力が濃くなるため、竜の痕跡を発見できる可能性が高くなるのだという。
反面、領域に残っている魔法の効果も強くなるため、長居は禁物である。
仮にこの領域内で一夜を過ごせばたちまち乾燥しきり、翌朝には枯れ木のような死体となってしまうだろうと、移動中腕の中にいるアインハルトが説明する。
そう、今回はこの教授をお姫様抱っこ中である。
絵面的には灰色のナイスガイを抱きかかえ高速移動する線の細い褐色少年だ。極めて不可解である。
「フフッ、ロウ君に抱きかかえられるというのも、何とも不思議な感覚だ。年頃も背丈も息子と変わらないくらいだというのに」
「教授、それもう十回くらい聞きましたよ。水分補給は大丈夫ですか?」
「少しさせてもらおうかな」
見晴らしの良い砂丘の頂上で立ち止まり、お姫様(中年男性)を解放する。
宙に浮かべた水球で二人してぐびぐびと喉を潤す様は、はたから見れば師匠と弟子のようにも見えるかもしれない。
残りのメンバーであるヤームルとウィルムはといえば、遥か遠方を突き進んでいる。
少女を抱きかかえるウィルムが大の大人を抱く俺に対抗意識を燃やしたらしく、ずんずんと進んでいった結果だったが……。いつの間にやら、遠すぎて豆粒ほどに見えるまで距離が開いてしまった。
「向こうと随分離されちゃいましたけど、大丈夫ですかね」
「ウィルムさんもロウ君と同じくらいの強さだと言うし、不意な襲撃でも問題は無いだろうね。……強さと言えば、昨日ヘレナやヤームル君が興奮気味に語っていた力は、一体どういうものだったんだい?」
「人には言えない奥の手ってやつですよ」
答える気なしという姿勢を見せると、呆れたような視線が返ってきた。残念ながらそういった態度は慣れっこなんだぜ。
(お前さん、そういうところは本当に外道だよな)
(誠実さの欠片も無いのです)
曲刀たちからも非難するような念話を頂いた。
しかし俺は揺るがない。
というか、曲刀のことを教えたら色々連鎖してバレそうだし。
そんなやり取りを経つつも進行再開。アインハルトに調査魔道具を動かしてもらいながら、北西へと歩を進める。
されども、魔道具には反応なし。
日が昇っている時間はアンデッドが活動しているということもないため、彼らの魔力を拾うこともない。時間が経てども全くの無反応である。
「反応、ありませんね」
「うむ。こうも無反応だと、魔道具の調子を疑ってしまう──おや?」
噂をすればなんとやら、アインハルトが持っていた魔道具に微かな光が宿った。
「ロウ君、降ろしてもらえるかい?」
「はい、足場が悪いので気を付けてくださいね」
砂丘の斜面で教授を降ろし、彼と共に魔道具の反応があったところへと向かう。
ウィルムたちは反応を見逃していたのか、ここにはいないようだ。
反応があったのは砂丘の谷間。何の変哲もない場所であり、俺の魔力感知でも何かがあるということは分からない。魔力を感知するこの魔道具は、余程感知力に優れているのだろう。
もやもやと考えている内にアインハルトが風の魔術を構築し、魔法陣を展開して地面をざりざりと掘り返し始めた。
小さな旋風で砂を巻き上げるその様は、機材要らずのボーリングの如きである。
あっという間に数メートルほど掘り進んで、目標物が出土した。
そこにあったのはありふれた形の岩石である。大きさは成人男性の胴回りほど、それなりの大きさだ。それ以外には、特徴が見られないように思えたが──。
「これは、珍しい。竜の魔力で変質した、結晶体……宝石のようだ。それも相当な大きさらしい」
「宝石ですか? っと、この部分ですか。磨いてなくても綺麗ですね」
身体強化により岩石をひょいと持ち上げた教授が示す部分を見ると、黒っぽい岩の表面から琥珀色の美しい結晶が顔を出していた。
八角柱状の結晶が岩から飛び出る様は何ともシュールだが、岩が削れて硬質な宝石だけが削れずに露出した、ということなのだろうか。
疑問符を浮かべている内に岩石の破砕作業が終わり、手のひらほどの長さがある濃い青色の宝石が──。
「──あれ? 色変わってないですか、これ」
「フフ、それがこの宝石の特異な点でね。不思議なことに見る角度によって色が変わって見える、多色性を持っているんだよ。極めて硬い上に美しく、魔力によく反応する。竜の変質物の中でも変わり者、それがこのダイクロアイトと呼ばれる宝石なのさ」
「ほぇー」
疑問を呈すれば饒舌に語るアインハルト氏。発見したことがよほど嬉しかったらしい。
「何を騒いでいる」「教授、何かあったんですね」
その後も続くダイクロアイトなる宝石の高説を聞いていると、ウィルムたちがやってきた。ヤームルは魔道具を持っているため、何かを見つけたということは把握しているようだ。
「見たまえヤームル君。竜の魔力により変質した宝石だよ。竜鱗を見つけることは叶わなかったが、この宝石もまた、高い魔力伝導率を誇っている。貴重な発見には違いない」
「やりましたね、教授!」
「ほう、美しいな。色合いも気品がある。妾によく合いそうではないか。やいロウ、他にないか探してこい」
「自前で変質させりゃ良いんじゃないですかね」
喜ぶ研究者組を尻目にウィルムとこそこそ話し合う。竜はひたすら寿命が長いというし、身に着けていれば勝手に変質するだろう。
というか、こいつが身に着けている宝石類や金細工は既に変質しているんじゃないだろうか? 以前に見た時はただの金細工というより、言い知れない魅力を放っていたように思えたし。
「戯けが。変質させるにも元となる宝石がいるだろうが。それに変化には時間が掛かる。貴様に探させた方がずっと効率が良い」
「滅茶苦茶すぎる……一日探して見つからないんだぞ」
(ククッ、すっかり尻に敷かれてるな)
(未明のセルケトのことといい今のウィルムといい、ロウは女性に振り回されることが好きなのでしょうか?)
曲刀たちの妄言に対しそんな趣味はないと断じる、調査中の一幕だった。
物凄く強いらしいアンデッド──ヴェレスを倒した後のこと。
一人満天の星空を眺めのほほんと入浴していると、いつもは三つ編みな長髪をストレートにおろし、薄桃色の寝間着で身を包んだヤームルが現れた。やだエッチ!
「あのーヤームルさん? 俺今るんるんバスタイム♪ なんすけど?」
「私は十歳の男の子に欲情なんてしないので、入浴中でも何ら問題ありません。ロウ君、話を逸らそうとしたって無駄ですからね」
寝間着姿の十一歳の少女が、お風呂に入っている十歳の少年に肩をそびやかして言い放つの図。
客観的に見て問題しかない状況だが、彼女曰く問題ないらしい。やんぬるかな。
「さいですかー。十一歳のヤームルさんの発言としては、中々に問題なような気もしますけど……」
「そんなこと言ったって、私ショタコンじゃないし。ロウ君だって同年代の子より大人の女性を見てデレデレしてることが多いし、似たようなものでしょう」
「ぐはッ。藪蛇でしたね、忘れてください。とにかく、あの時のアレはスーパーなヤサイっぽい宇宙人みたいなもんですよ」
「ヤサイっぽい宇宙人って……あのアニメや漫画の?」
半霊体化した武器と一時的に同化した、などという説明は憚られたのでお茶を濁すと、怪訝な顔をされてしまった。流石に言い訳が雑過ぎたか?
「はい。最初に会った頃にも言ったような気がしますけど、俺は色々と人には言えないような隠し事があるんです。そういうもんだと納得してもらうしかないですね」
「むう。日本からの転生者ってこと以外にも、隠し事があるってことですか? これ以上にインパクトのありそうなことなんてなさそうだし、教えてくれたっていいと思うんですけど」
「自分で言っててなんですが、転生者とヤサイな人だと、ヤサイな人の方がインパクトあるような気も……」
「確かに……って、まさかロウ君って本当に宇宙人なの? 実はタコみたいな姿だったり?」
「違います。例えですってば。しかし宇宙人と聞いて真っ先にタコ型が思い浮かぶとは、ヤームルさんってサイエンス・フィクションが好きだったりするんですか?」
話の矛先を逸らすついでに前世の趣味やら暮らしぶりやら、とりとめのない会話をしている内に時間が過ぎ、風呂から上がる時間となった。
流石の彼女もすっぽんぽん太郎な褐色ボディーを見るのは恥ずかしかったらしく、風呂から上がると伝えると退散してくれた。今日は見張り番も休みだし、このまま就寝して彼女からの追及を躱すとしよう。
──などと考えていると。
「ようやっと入浴を済ませたか。ロウは存外風呂好きよな」
「……こっちは俺の就寝場所だぞ?」
割り当てられた就寝場所へと戻ってみれば、同じく見張り番が休みのセルケトが待ち構えていた。なんなん?
「ふん、お前を待っていたのだから間違いなどではない。聞けば、お前はただ魔神というだけではなく、何やら特殊な事情を持っているというではないか」
「特殊な事情て。人の母親に育てられたってことならお前も知ってるだろ? 誰に吹き込まれたんだよそんなこと」
「そこの曲刀たちや見張りの時間潰しに現れたウィルムからだ。大体、何故ウィルムに話しておいて我には話さんのだ貴様は」
膨れっ面に加えて金のメッシュを輝かせる、不快指数が高い様子で感情を表すセルケト。やってくれた喃、青トカゲ!
「ちょっとした行き違いだって。アレは事故みたいな感じでバレただけだし、サルガスやギルタブも知った以上、近いうちにお前にも話そうと思ってたし」
「ふんっ、どうだかな。貴様は何かと隠そうとする故に信用ならんのだ。釈明したくば包み隠さず貴様の事情を話してみよ」
「ぬぐぐ……。まあ、俺の日ごろの行いがアレだし、悪かったよ。曲刀たちやウィルムから聞いたなら大筋は分かってるだろうけど、俺は別の世界の記憶があるんだ──」
いずれは話そうと思っていたし、へそを曲げられても仕方がないしと、異世界の知識を持つに至った経緯をざっくりとした説明で行う。
六歳までは人族の子供として育てられたこと、そこから孤児院を経て盗賊団に入り、盗賊として生活していたこと。そして十歳の夏、死にかけていたところで異世界の記憶が目覚めた(?)こと。
更には宿った記憶、大陸拳法が趣味の平凡な大学生だった、中島太郎のこと。
時折セルケトや曲刀たちから質問を差し込まれながらも、ロウとしての人生と中島太郎としての人生を語っていく。
「──つまり、セルケトと初めて会う一週間ちょっと前に記憶を得たってことになる」
「……なるほどな。魔神とはいえ幼子に圧倒されたのは業腹だったが、幼子の倍以上の時間を戦闘技術の鍛錬に費やしていた過去があったのなら、納得できんでもない」
「つっても、魔物なんていない世界だったし、実戦経験は皆無だったけどなー。お前に勝てたのは、魔神としての力で強引押し切ったって感じが強いかな。二回目は発想で勝った感じだけど」
(……詳しいロウの過去を聞いて、また納得がいきましたよ。妙に専門的な知識があったりするのは、学術機関にいた過去があったからだったのですね)
「俺が特別物知りだってことはないんだけどな。多分ヤームルの方がずっと専門的な知識を持ってるぞ? 医療器材開発……医術に関わることを生業にしてたみたいだし」
平々凡々な過去を褒められるというのは何とも気恥ずかしく、ヤームルの例を挙げて話をずらす。
「あの娘もロウと同じ世界の住人なのであったか? 同じ年頃の幼子がどちらも転生者とは、奇妙なこともあるものよな」
「俺やヤームルが死んだ時は他にも大勢人がいたから、その人らもこの世界にやってきていると仮定したら、まだまだ転生者はいるかもしれない。まあ、俺みたいに人外ってパターンもあるかもだけど」
(異なる世界の存在と混じりあい変質した存在が、大勢いる可能性があるのか……。中々恐ろしい事態だな)
「まあなあ。俺もヤームルも大分逸脱した存在みたいだし、転生者の中には得た力を思うままに振るう奴もいるかもな。まあ、逸脱してるといっても種族の枠に収まる程度だし、せいぜいがその枠の中で幅を利かせて暴れまわるくらいだろうけど」
((……))
「何とも魔神らしい、天から見下ろすような感想よな」
転生者の所感を述べると曲刀たちに沈黙され、セルケトからは肩をすくめられてしまった。なにやら自然に魔神視点での物言いとなっていたらしい。
曲刀たちから送られてくる「自分のやってきた非常識な行いの数々を棚上げし過ぎだろう」という思念をまるっと無視し、話を強制的に切り上げる。
そのまま俺は、もっと話せと渋るセルケトに曲刀たちが人化出来るようになったことを伝えて彼らを渡し、纏めて部屋から追い出して就寝したのだった。
◇◆◇◆
翌朝。ヘレネスを出発してから九日目にして、大陸北部中心部での調査の二日目。
前日からリーダーのみを取り替えた編成での調査は、午前と午後も交代して行うこととなった。
すなわち、我らがアインハルト班は今から出発である。
「それじゃあ行ってきますね」「留守をよろしく頼む」
「いってらっしゃーい」「昼が近くなると一気に暑くなるから、水分補給には十分気を付けてね」
ヘレナたち女性オンリー班から見送られ、いざ出発。今日はより中央に近い領域、拠点から北西へと足を延ばすことになっている。
爆心地である大陸北部の中央へ近づくほど残留している魔力が濃くなるため、竜の痕跡を発見できる可能性が高くなるのだという。
反面、領域に残っている魔法の効果も強くなるため、長居は禁物である。
仮にこの領域内で一夜を過ごせばたちまち乾燥しきり、翌朝には枯れ木のような死体となってしまうだろうと、移動中腕の中にいるアインハルトが説明する。
そう、今回はこの教授をお姫様抱っこ中である。
絵面的には灰色のナイスガイを抱きかかえ高速移動する線の細い褐色少年だ。極めて不可解である。
「フフッ、ロウ君に抱きかかえられるというのも、何とも不思議な感覚だ。年頃も背丈も息子と変わらないくらいだというのに」
「教授、それもう十回くらい聞きましたよ。水分補給は大丈夫ですか?」
「少しさせてもらおうかな」
見晴らしの良い砂丘の頂上で立ち止まり、お姫様(中年男性)を解放する。
宙に浮かべた水球で二人してぐびぐびと喉を潤す様は、はたから見れば師匠と弟子のようにも見えるかもしれない。
残りのメンバーであるヤームルとウィルムはといえば、遥か遠方を突き進んでいる。
少女を抱きかかえるウィルムが大の大人を抱く俺に対抗意識を燃やしたらしく、ずんずんと進んでいった結果だったが……。いつの間にやら、遠すぎて豆粒ほどに見えるまで距離が開いてしまった。
「向こうと随分離されちゃいましたけど、大丈夫ですかね」
「ウィルムさんもロウ君と同じくらいの強さだと言うし、不意な襲撃でも問題は無いだろうね。……強さと言えば、昨日ヘレナやヤームル君が興奮気味に語っていた力は、一体どういうものだったんだい?」
「人には言えない奥の手ってやつですよ」
答える気なしという姿勢を見せると、呆れたような視線が返ってきた。残念ながらそういった態度は慣れっこなんだぜ。
(お前さん、そういうところは本当に外道だよな)
(誠実さの欠片も無いのです)
曲刀たちからも非難するような念話を頂いた。
しかし俺は揺るがない。
というか、曲刀のことを教えたら色々連鎖してバレそうだし。
そんなやり取りを経つつも進行再開。アインハルトに調査魔道具を動かしてもらいながら、北西へと歩を進める。
されども、魔道具には反応なし。
日が昇っている時間はアンデッドが活動しているということもないため、彼らの魔力を拾うこともない。時間が経てども全くの無反応である。
「反応、ありませんね」
「うむ。こうも無反応だと、魔道具の調子を疑ってしまう──おや?」
噂をすればなんとやら、アインハルトが持っていた魔道具に微かな光が宿った。
「ロウ君、降ろしてもらえるかい?」
「はい、足場が悪いので気を付けてくださいね」
砂丘の斜面で教授を降ろし、彼と共に魔道具の反応があったところへと向かう。
ウィルムたちは反応を見逃していたのか、ここにはいないようだ。
反応があったのは砂丘の谷間。何の変哲もない場所であり、俺の魔力感知でも何かがあるということは分からない。魔力を感知するこの魔道具は、余程感知力に優れているのだろう。
もやもやと考えている内にアインハルトが風の魔術を構築し、魔法陣を展開して地面をざりざりと掘り返し始めた。
小さな旋風で砂を巻き上げるその様は、機材要らずのボーリングの如きである。
あっという間に数メートルほど掘り進んで、目標物が出土した。
そこにあったのはありふれた形の岩石である。大きさは成人男性の胴回りほど、それなりの大きさだ。それ以外には、特徴が見られないように思えたが──。
「これは、珍しい。竜の魔力で変質した、結晶体……宝石のようだ。それも相当な大きさらしい」
「宝石ですか? っと、この部分ですか。磨いてなくても綺麗ですね」
身体強化により岩石をひょいと持ち上げた教授が示す部分を見ると、黒っぽい岩の表面から琥珀色の美しい結晶が顔を出していた。
八角柱状の結晶が岩から飛び出る様は何ともシュールだが、岩が削れて硬質な宝石だけが削れずに露出した、ということなのだろうか。
疑問符を浮かべている内に岩石の破砕作業が終わり、手のひらほどの長さがある濃い青色の宝石が──。
「──あれ? 色変わってないですか、これ」
「フフ、それがこの宝石の特異な点でね。不思議なことに見る角度によって色が変わって見える、多色性を持っているんだよ。極めて硬い上に美しく、魔力によく反応する。竜の変質物の中でも変わり者、それがこのダイクロアイトと呼ばれる宝石なのさ」
「ほぇー」
疑問を呈すれば饒舌に語るアインハルト氏。発見したことがよほど嬉しかったらしい。
「何を騒いでいる」「教授、何かあったんですね」
その後も続くダイクロアイトなる宝石の高説を聞いていると、ウィルムたちがやってきた。ヤームルは魔道具を持っているため、何かを見つけたということは把握しているようだ。
「見たまえヤームル君。竜の魔力により変質した宝石だよ。竜鱗を見つけることは叶わなかったが、この宝石もまた、高い魔力伝導率を誇っている。貴重な発見には違いない」
「やりましたね、教授!」
「ほう、美しいな。色合いも気品がある。妾によく合いそうではないか。やいロウ、他にないか探してこい」
「自前で変質させりゃ良いんじゃないですかね」
喜ぶ研究者組を尻目にウィルムとこそこそ話し合う。竜はひたすら寿命が長いというし、身に着けていれば勝手に変質するだろう。
というか、こいつが身に着けている宝石類や金細工は既に変質しているんじゃないだろうか? 以前に見た時はただの金細工というより、言い知れない魅力を放っていたように思えたし。
「戯けが。変質させるにも元となる宝石がいるだろうが。それに変化には時間が掛かる。貴様に探させた方がずっと効率が良い」
「滅茶苦茶すぎる……一日探して見つからないんだぞ」
(ククッ、すっかり尻に敷かれてるな)
(未明のセルケトのことといい今のウィルムといい、ロウは女性に振り回されることが好きなのでしょうか?)
曲刀たちの妄言に対しそんな趣味はないと断じる、調査中の一幕だった。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
荷物持ちの代名詞『カード収納スキル』を極めたら異世界最強の運び屋になりました
夢幻の翼
ファンタジー
使い勝手が悪くて虐げられている『カード収納スキル』をメインスキルとして与えられた転生系主人公の成り上がり物語になります。
スキルがレベルアップする度に出来る事が増えて周りを巻き込んで世の中の発展に貢献します。
ハーレムものではなく正ヒロインとのイチャラブシーンもあるかも。
驚きあり感動ありニヤニヤありの物語、是非一読ください。
※カクヨムで先行配信をしています。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
スキル【収納】が実は無限チートだった件 ~追放されたけど、俺だけのダンジョンで伝説のアイテムを作りまくります~
みぃた
ファンタジー
地味なスキル**【収納】**しか持たないと馬鹿にされ、勇者パーティーを追放された主人公。しかし、その【収納】スキルは、ただのアイテム保管庫ではなかった!
無限にアイテムを保管できるだけでなく、内部の時間操作、さらには指定した素材から自動でアイテムを生成する機能まで備わった、規格外の無限チートスキルだったのだ。
追放された主人公は、このチートスキルを駆使し、収納空間の中に自分だけの理想のダンジョンを創造。そこで伝説級のアイテムを量産し、いずれ世界を驚かせる存在となる。そして、かつて自分を蔑み、追放した者たちへの爽快なざまぁが始まる。
雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜
霞杏檎
ファンタジー
祝【コミカライズ決定】!!
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」
回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。
フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
チートスキルより女神様に告白したら、僕のステータスは最弱Fランクだけど、女神様の無限の祝福で最強になりました
Gaku
ファンタジー
平凡なフリーター、佐藤悠樹。その人生は、ソシャゲのガチャに夢中になった末の、あまりにも情けない感電死で幕を閉じた。……はずだった! 死後の世界で彼を待っていたのは、絶世の美女、女神ソフィア。「どんなチート能力でも与えましょう」という甘い誘惑に、彼が願ったのは、たった一つ。「貴方と一緒に、旅がしたい!」。これは、最強の能力の代わりに、女神様本人をパートナーに選んだ男の、前代未聞の異世界冒険譚である!
主人公ユウキに、剣や魔法の才能はない。ステータスは、どこをどう見ても一般人以下。だが、彼には、誰にも負けない最強の力があった。それは、女神ソフィアが側にいるだけで、あらゆる奇跡が彼の味方をする『女神の祝福』という名の究極チート! 彼の原動力はただ一つ、ソフィアへの一途すぎる愛。そんな彼の真っ直ぐな想いに、最初は呆れ、戸惑っていたソフィアも、次第に心を動かされていく。完璧で、常に品行方正だった女神が、初めて見せるヤキモチ、戸惑い、そして恋する乙女の顔。二人の甘く、もどかしい関係性の変化から、目が離せない!
旅の仲間になるのは、いずれも大陸屈指の実力者、そして、揃いも揃って絶世の美女たち。しかし、彼女たちは全員、致命的な欠点を抱えていた! 方向音痴すぎて地図が読めない女剣士、肝心なところで必ず魔法が暴発する天才魔導士、女神への信仰が熱心すぎて根本的にズレているクルセイダー、優しすぎてアンデッドをパワーアップさせてしまう神官僧侶……。凄腕なのに、全員がどこかポンコツ! 彼女たちが集まれば、簡単なスライム退治も、国を揺るがす大騒動へと発展する。息つく暇もないドタバタ劇が、あなたを爆笑の渦に巻き込む!
基本は腹を抱えて笑えるコメディだが、物語は時に、世界の運命を賭けた、手に汗握るシリアスな戦いへと突入する。絶体絶命の状況の中、試されるのは仲間たちとの絆。そして、主人公が示すのは、愛する人を、仲間を守りたいという想いこそが、どんなチート能力にも勝る「最強の力」であるという、熱い魂の輝きだ。笑いと涙、その緩急が、物語をさらに深く、感動的に彩っていく。
王道の異世界転生、ハーレム、そして最高のドタバタコメディが、ここにある。最強の力は、一途な愛! 個性豊かすぎる仲間たちと共に、あなたも、最高に賑やかで、心温まる異世界を旅してみませんか? 笑って、泣けて、最後には必ず幸せな気持ちになれることを、お約束します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる