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第五章 ヴリトラ大砂漠
5-18 空即ち是色なり
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【──去ねぃ、毛虫がッ!】
〈ッ!〉
罵倒と同時に突撃してきたヴリトラは、知覚・身体能力をかさ増ししまくっている身でも、姿が霞んで見えるほどの驚異的な速度。
全方位に構えていた触腕により辛うじて捌くことができたが……サルガスの助力がなければ、ただ一撃でぶっちぎられていたことだろう。
【カアァァアッ!】
その突撃から次ぐ翼撃、拳撃、尾撃、蹴撃。
衝撃波だけで地表を抉り大陸を揺らすそれらの連撃を、猿にも似た長い腕で押すように逸らし、四肢動物特有の強靭な脚部で躱し、魔神の触腕で受け、捌く。
〈ヅゥッ!〉
山をも穿つ中段突きを逸らし、竜鱗に触れた左腕が喪失。
天涯をも両断する翼撃を躱し、掠った右脚が消失。
渓谷をも創出しうる踵落としを触腕で捌き、受け流しの主要を担った五本の触腕が爆散。
無数の塵旋風をも生み出す尾撃を勢いが乗り切る前に懐へ入って押し止め、しかし止められずに遥か地平までぶっ飛ばされ、撃墜。
【カハハハッ! きさんの“漆黒”も、儂の“竜神”の前にゃぁ取るに足らんのォ!】
〈クソジジイが。大仰な名前つけやがって、何が“竜神”だこのトカゲ野郎ッ! お前なんぞゴールデンリザードマンで十分じゃボケェ!〉
【減らず口叩く割にゃぁ防戦一方やのう? そのまま身を削れい、山羊頭めがッ!】
防御の合間に挑発を行うも、強者の余裕か激高する様子無し。
本気の琥珀竜は、出鱈目だ。
そんな滅茶苦茶な力を持つにもかかわらず、やつの攻め手は力押し一辺倒ではない。
距離が開いた瞬間に直線的且つ強引な飛び蹴りを見舞ってきたかと思えば、一転して避けたこちらを巧みに追い詰める変幻自在な手刀翼刀。一手ごとに手足や触腕を潰していく、緻密な攻撃が顔を出す。
柔に剛にと繰り出される攻撃の数々は、どれ一つとっても力と技の極致とも言える攻撃。威力も技量もこちらの遥か上だ。付け入る隙のない猛攻は、俺単独であれば降魔状態であっても瞬時に塵と化す苛烈な攻め手である。
その上、かの竜の攻撃には恐るべき“渇き”が宿っているのだ。漆黒の魔力で渇きを無効化しても、力の差から軽減するのが限度。
命懸けで攻撃を捌くたびにこちらの部位が消し飛び、躱すたびに体毛が塵となり肉が削れていく。ただ凌ぐだけでも綱渡り、反撃の余地など毛ほどもない。
(──ロウ、今は憑依状態の魔力操作で無理やり回復を間に合わせて、なんとか凌げているが……いつまでもって訳にもいかないぞ。どうする?)
〈……〉
まともに当たれば消滅必至のそれら連撃を全身全霊で凌ぎ、消し飛んでいく肉体を全力全開で再生させつつ……相棒が発した言葉を吟味していく。
──現状、ギリギリのところでヴリトラ・ハイパーモードの攻撃をやり過ごせてはいるものの、サルガスの言葉通り憑依状態があってこそ。
憑依が解けて身体強化度合いや魔力制御力が低下すれば、あっという間に粉微塵にされることだろう。
ならばどうするか?
短期決戦で臨み、相手の攻撃の勢いを利用して渾身のカウンターを叩き込む。これしかない。
攻撃を逸らした時の感触から、運動能力の向上は著しい反面、竜鱗の守り自体に変化が見られないことも分かっている。
それならむしろ、相手の馬鹿げた速力を逆手にとることで、致命打を与えられるかもしれない。……挑発すら効かなくなったこの圧倒的格上相手に、そう上手くいくとも思わんが。
いずれにしても、死線を超えねば消耗して死ぬだけだ。
であるならば、血路を開く以外道は無し。
死中に活ありってね。
【──フッ、防ぐだけで手一杯やんな? そうら!】
〈やろ……ッ!〉
そんな決意を秘め、触腕と両腕で攻撃を凌ぎ機を窺っていると、琥珀竜が背負う輪光の輝きが増し──虚無の魔力が祓われ始めた。
それに伴い、渇きの魔力が一気に強まる!
〈おおぉりゃぁッ!〉
渇きには潤いだと瞬時に水魔法を構築、即座に解放!
漆黒の魔力を帯びた、工業廃水の如く濁った大海嘯を虚空に生み出して──それが瞬く間に弾け飛ぶ。
中央より割っていずるは、拳を構えた琥珀竜ッ!
〈想定通りッ〉
奇襲に対し繰り出すは、全身全霊の応じ技。
迫る竜拳を触腕で捌き、相手の勢いを利用する体当たりの如き肘打ち──八極拳大八極・挑打頂肘を、空間を砕く震脚と同時に叩き込む!
〈哈ァ!〉
【──フッ】
(!?)
が、しかし。
肘が胸部へめり込むと同時に竜の体は砂と化し、崩れ去った。
つまりはダミー!?
〈はあ!? こすい真似しやがって!〉
カウンター狙いのこちらの意図を見透かしていたらしいヴリトラの本体は、既に大きく距離をとって金の魔力も収斂済み。完全に準備万端である。
【カハハッ! 儂ぁきさんとは年季が違うけんのう──『天地繚繞』ッ!】
悪態をつけば不敵に笑い、天地両面から複数の塵旋風を巻き起こす琥珀竜。
その規模は巨竜状態で放った大魔法よりもなお大きく、もはや大砂漠全土が砂嵐に呑まれたのではないかと錯覚してしまうほどだ。
というか、ものの見事に捨て身の攻撃が読まれたけど……。これって見透かしたというか、念話聞こえていたんじゃね?
(あッ)
【その力、長くはもたんのやろう? 焦りが裏目に出よったなあ!】
〈やっぱり盗み聞きかよ。こすい上にせこいジジイだな!〉
案の定念話を傍受していたらしく、近接攻撃から遠距離攻撃に変えたらしい。絶対的な力を持つわりに、小賢しい奴だ。
〈こんちきしょうめ。食らいやがれッ!〉
こちらも対抗すべく、あらゆる魔法を跳ね返す特大転移門でもって応戦。
されども、やはり竜の大魔法。翼撃衝撃波と同じように空間を削る旋風は、こちらの魔法を意に介さずに迫りくる。
貫通するが故に転移門の防御も出来なければ、広すぎる範囲故に転移の回避も不可能。
異空間を開けばあるいは凌げるかもしれないが……ヴリトラは一度異空間を破っているし、対処されないとも限らない。そうでなくとも療養中のセルケトたちがいる以上、俺があの場に逃げ込むのは論外だ。
頼みの綱の空間魔法は通じず、僅かに可能性を見出せる殴り合いは間合いを詰められない。
唯一残った魔法での真っ向勝負など、竜の本気の前には捻じ伏せられて終わりだろう。
浮かぶ手段は不可能尽くしの袋小路。
もはや万事休す……などと思ったか?
〈──死ぬ覚悟は出来てんだろうなァ? ヴリトラァッ!〉
迫りくる砂色の嵐に向けて死に物狂いで構築するは、先と同じ天と地を覆う転移門。
どっこい、その外観は透明ならぬ光を呑む漆黒。
かつて夢で見た魔神レオナールと同じ様に、己の権能を乗せた空間魔法を創り上げる!
(複数の転移門!? いやだが、それはさっき──!)
動じたサルガスの言葉が響くと同時。
漆黒の門に巨大旋風が接触し──闇の中へ飲み込まれて、琥珀竜の下へと還っていく。
攻撃の無力化の更に上、相手の攻撃の逆用である。
【──あり得ん。儂の『繚繞』は、空間魔法なんぞ引き裂くはずやろうが!?】
〈ガハハハッ! 奥の手ってのはこうやって使うんだよ! 死んどけバーカ!〉
空間魔法をぶち破るはずの旋風も、“虚無”で曖昧な状態となれば対処可能という訳だ。
巨竜の十倍サイズの転移門を複数展開して大魔法を跳ね返せば、危機的状態も大逆転ってね。
〈自前の『繚繞』のお味はどうだ? 遠慮しないでたらふく食えやァ!〉
【ぬ、ぐ、う゛、ぅ、ッ!?】
四方八方から己の大魔法を直撃させられた琥珀竜は、己の絶大な力故に身動きできない状態となったようだ。
サルガスの大ポカを逆用した想定外の状況だけども、ここで好機を逃す道理はない。このまま畳み掛けてぶっ殺すッ!
〈──……〉
これまで積み上げた攻撃の中で痛感したが、最強の守りと究極の生命力を持つ竜の前では生半な魔法など全くの無意味である。
至近距離での捕食や全てをかけた渾身の拳ならば命を奪えるかもしれないが、あいにく奴は近寄ることのできない砂嵐の只中だ。
よって伝説たる竜を殺さんとするならば、遠距離から最高出力で最強破壊力を瞬間的に叩き込まねばならない。
俺が経験した中で最強最大瞬間的な遠距離攻撃といえば──一番最初に見舞われた、ヴリトラのブレスしかあるまいて。
二秒で想像完了。
三秒で魔力充填万全。
己が権能“虚無”も纏わせ、発射準備ヨシ!
〈いくぜヴリトラ。耐えられるもんなら耐えてみろ──必ッ殺ッ! 『空・即・是・色』ッ!〉
一度は言ってみたかった仏教用語をサンスクリット語で宣言し、同時に陰部にある異形の口を開け放つ。
後は四肢と触腕で吹き飛ばぬよう姿勢を固め、己の内にある真紅の魔力に“虚無”を乗せてぶっ放す!
【──ッ!?】
薄暗がりを漆黒の閃光がつんざき、更には周囲で逆巻く巨大な塵旋風に風穴をあけて消し飛ばし──のみならず、進路上にあった遥か地平の大地をも抉り取る。
通過箇所には何者も残らない極限の奔流、我ながら尋常ではない破壊力だ。
(……あの大魔法ごとぶっ飛ばしやがった。凄いなんてもんじゃないぜ、ロウ。魔神の大魔法……いや、竜のブレスの模倣になるのか?)
〈権能上乗せしたからなー。ただ、竜の真似して全力放出したら、滅茶苦茶有り余ってた魔力がごっそり減ったみたいだわ。俺の場合、竜たちみたいにおいそれとぶっ放すことは出来ないっぽいな……。欠乏症なのか、体がだるいし〉
魔力感知で金の魔力を探しながら、戦慄したような銀刀に先の技を説明していく。
竜たちの息吹を模倣した「空即是色」は、竜たちが呼気に魔力や権能を乗せて口から解き放つのと変わらない。口から魔力と権能を混ぜ合わせたものを、指向性を持たせて放出する技だ。
ただし、上の山羊頭の口だと小さいため、大口径且つエネルギーが満ちている、丹田に近い下の口から放つことになる。その関係上、見てくれが非常に悪いことが欠点だ。
異形の口部から放つ様も、魔神らしいと言えばらしいけども。
(──まあ、竜ほど見栄えする姿勢じゃないことは確かだな、ククッ。……ん。そろそろ憑依が限界みたいだ。解いて大丈夫か?)
〈おう、お疲れさん〉
応じると銀刀の憑依が解除され、鞘に収まった曲刀が手元に現れる。降魔状態の体だと、この銀刀も随分小さく見えるから面白いものだ。
〈さてさて、どうするか──ッ!〉
己の体毛にあった銀のラインが消えていく様を観察していると──魔力感知にまさかの反応あり。しかもそれほど弱ってねえ!?
どうなってんだよアイツ……マジで不死身なんじゃねえの?
(どうした? まさかヴリトラが生きていた、なんて言うんじゃないだろうな?)
〈そのまさかだぞ。しかもまだまだ元気みたいだ〉
(嘘だろ……もう逃げていいんじゃないか?)
〈ここまでやって逃げたら、それこそ『竜眼』で粘着されるだろ。もう消し飛ばすか食い殺すか和睦持ち掛けるかしかないな。あの爺が素直に応じるとも思えないけど。とりあえず、お前は異空間に帰っときな。憑依した後じゃ碌に動けんだろ〉
(……悪いな。ロウ、無茶だけはするなよ?)
限界らしいサルガスを異空間に放り込みつつ、反応のあった地点へ早速転移。
くり抜かれたような大地の底に、巨竜状態へ戻ったヴリトラが四つ這いとなっていた。
その身に纏う金の魔力こそ滾ってはいるものの、美しく輝いていた琥珀色の竜鱗は血に塗れ、しなやかな肢体からは肉や骨が見え隠れする。滲み出る覇気に衰えは見えないが、外見上は満身創痍であった。
思いのほか追い詰めていたっぽい? いっそ、回復魔法を使われる前に食っちまうか。
【……まさかきさんが、儂ら竜の真似事をしよるとはのう】
〈ブレスは竜の専売って訳でもないだろ。ところで、最期に言い残す言葉はそれでいいのか?〉
【抜かせ。きさんも魔力を消耗しとることは『竜眼』で分かっとるぞ? 返り討ちにしたるわッ!】
渇きを乗せた金色の魔力を迸らせて立ち上がる巨竜。
その身に刻まれた傷は徐々に再生しているようだが……再生速度は早くない。
ならば、食らい尽くすことも可能だろう。
〈ハッ、骨の髄まで食い尽くしてやるよ〉
こちらも真紅の魔力を漆黒へ変え、渇きの侵食を虚無で曖昧にしながら触腕を励起させる。
金と漆黒。互いの発する魔力がぶつかり合う一触即発の空気の中、ファイナルラウンドの幕が──。
【これはまた、予想だにせん事態となったのう】
──切って落とされる前に顕れる、ヴリトラよりも更に巨大な赤き竜。
この二柱目の古き竜の登場により、戦いは幕引きとなってしまった。
〈ッ!〉
罵倒と同時に突撃してきたヴリトラは、知覚・身体能力をかさ増ししまくっている身でも、姿が霞んで見えるほどの驚異的な速度。
全方位に構えていた触腕により辛うじて捌くことができたが……サルガスの助力がなければ、ただ一撃でぶっちぎられていたことだろう。
【カアァァアッ!】
その突撃から次ぐ翼撃、拳撃、尾撃、蹴撃。
衝撃波だけで地表を抉り大陸を揺らすそれらの連撃を、猿にも似た長い腕で押すように逸らし、四肢動物特有の強靭な脚部で躱し、魔神の触腕で受け、捌く。
〈ヅゥッ!〉
山をも穿つ中段突きを逸らし、竜鱗に触れた左腕が喪失。
天涯をも両断する翼撃を躱し、掠った右脚が消失。
渓谷をも創出しうる踵落としを触腕で捌き、受け流しの主要を担った五本の触腕が爆散。
無数の塵旋風をも生み出す尾撃を勢いが乗り切る前に懐へ入って押し止め、しかし止められずに遥か地平までぶっ飛ばされ、撃墜。
【カハハハッ! きさんの“漆黒”も、儂の“竜神”の前にゃぁ取るに足らんのォ!】
〈クソジジイが。大仰な名前つけやがって、何が“竜神”だこのトカゲ野郎ッ! お前なんぞゴールデンリザードマンで十分じゃボケェ!〉
【減らず口叩く割にゃぁ防戦一方やのう? そのまま身を削れい、山羊頭めがッ!】
防御の合間に挑発を行うも、強者の余裕か激高する様子無し。
本気の琥珀竜は、出鱈目だ。
そんな滅茶苦茶な力を持つにもかかわらず、やつの攻め手は力押し一辺倒ではない。
距離が開いた瞬間に直線的且つ強引な飛び蹴りを見舞ってきたかと思えば、一転して避けたこちらを巧みに追い詰める変幻自在な手刀翼刀。一手ごとに手足や触腕を潰していく、緻密な攻撃が顔を出す。
柔に剛にと繰り出される攻撃の数々は、どれ一つとっても力と技の極致とも言える攻撃。威力も技量もこちらの遥か上だ。付け入る隙のない猛攻は、俺単独であれば降魔状態であっても瞬時に塵と化す苛烈な攻め手である。
その上、かの竜の攻撃には恐るべき“渇き”が宿っているのだ。漆黒の魔力で渇きを無効化しても、力の差から軽減するのが限度。
命懸けで攻撃を捌くたびにこちらの部位が消し飛び、躱すたびに体毛が塵となり肉が削れていく。ただ凌ぐだけでも綱渡り、反撃の余地など毛ほどもない。
(──ロウ、今は憑依状態の魔力操作で無理やり回復を間に合わせて、なんとか凌げているが……いつまでもって訳にもいかないぞ。どうする?)
〈……〉
まともに当たれば消滅必至のそれら連撃を全身全霊で凌ぎ、消し飛んでいく肉体を全力全開で再生させつつ……相棒が発した言葉を吟味していく。
──現状、ギリギリのところでヴリトラ・ハイパーモードの攻撃をやり過ごせてはいるものの、サルガスの言葉通り憑依状態があってこそ。
憑依が解けて身体強化度合いや魔力制御力が低下すれば、あっという間に粉微塵にされることだろう。
ならばどうするか?
短期決戦で臨み、相手の攻撃の勢いを利用して渾身のカウンターを叩き込む。これしかない。
攻撃を逸らした時の感触から、運動能力の向上は著しい反面、竜鱗の守り自体に変化が見られないことも分かっている。
それならむしろ、相手の馬鹿げた速力を逆手にとることで、致命打を与えられるかもしれない。……挑発すら効かなくなったこの圧倒的格上相手に、そう上手くいくとも思わんが。
いずれにしても、死線を超えねば消耗して死ぬだけだ。
であるならば、血路を開く以外道は無し。
死中に活ありってね。
【──フッ、防ぐだけで手一杯やんな? そうら!】
〈やろ……ッ!〉
そんな決意を秘め、触腕と両腕で攻撃を凌ぎ機を窺っていると、琥珀竜が背負う輪光の輝きが増し──虚無の魔力が祓われ始めた。
それに伴い、渇きの魔力が一気に強まる!
〈おおぉりゃぁッ!〉
渇きには潤いだと瞬時に水魔法を構築、即座に解放!
漆黒の魔力を帯びた、工業廃水の如く濁った大海嘯を虚空に生み出して──それが瞬く間に弾け飛ぶ。
中央より割っていずるは、拳を構えた琥珀竜ッ!
〈想定通りッ〉
奇襲に対し繰り出すは、全身全霊の応じ技。
迫る竜拳を触腕で捌き、相手の勢いを利用する体当たりの如き肘打ち──八極拳大八極・挑打頂肘を、空間を砕く震脚と同時に叩き込む!
〈哈ァ!〉
【──フッ】
(!?)
が、しかし。
肘が胸部へめり込むと同時に竜の体は砂と化し、崩れ去った。
つまりはダミー!?
〈はあ!? こすい真似しやがって!〉
カウンター狙いのこちらの意図を見透かしていたらしいヴリトラの本体は、既に大きく距離をとって金の魔力も収斂済み。完全に準備万端である。
【カハハッ! 儂ぁきさんとは年季が違うけんのう──『天地繚繞』ッ!】
悪態をつけば不敵に笑い、天地両面から複数の塵旋風を巻き起こす琥珀竜。
その規模は巨竜状態で放った大魔法よりもなお大きく、もはや大砂漠全土が砂嵐に呑まれたのではないかと錯覚してしまうほどだ。
というか、ものの見事に捨て身の攻撃が読まれたけど……。これって見透かしたというか、念話聞こえていたんじゃね?
(あッ)
【その力、長くはもたんのやろう? 焦りが裏目に出よったなあ!】
〈やっぱり盗み聞きかよ。こすい上にせこいジジイだな!〉
案の定念話を傍受していたらしく、近接攻撃から遠距離攻撃に変えたらしい。絶対的な力を持つわりに、小賢しい奴だ。
〈こんちきしょうめ。食らいやがれッ!〉
こちらも対抗すべく、あらゆる魔法を跳ね返す特大転移門でもって応戦。
されども、やはり竜の大魔法。翼撃衝撃波と同じように空間を削る旋風は、こちらの魔法を意に介さずに迫りくる。
貫通するが故に転移門の防御も出来なければ、広すぎる範囲故に転移の回避も不可能。
異空間を開けばあるいは凌げるかもしれないが……ヴリトラは一度異空間を破っているし、対処されないとも限らない。そうでなくとも療養中のセルケトたちがいる以上、俺があの場に逃げ込むのは論外だ。
頼みの綱の空間魔法は通じず、僅かに可能性を見出せる殴り合いは間合いを詰められない。
唯一残った魔法での真っ向勝負など、竜の本気の前には捻じ伏せられて終わりだろう。
浮かぶ手段は不可能尽くしの袋小路。
もはや万事休す……などと思ったか?
〈──死ぬ覚悟は出来てんだろうなァ? ヴリトラァッ!〉
迫りくる砂色の嵐に向けて死に物狂いで構築するは、先と同じ天と地を覆う転移門。
どっこい、その外観は透明ならぬ光を呑む漆黒。
かつて夢で見た魔神レオナールと同じ様に、己の権能を乗せた空間魔法を創り上げる!
(複数の転移門!? いやだが、それはさっき──!)
動じたサルガスの言葉が響くと同時。
漆黒の門に巨大旋風が接触し──闇の中へ飲み込まれて、琥珀竜の下へと還っていく。
攻撃の無力化の更に上、相手の攻撃の逆用である。
【──あり得ん。儂の『繚繞』は、空間魔法なんぞ引き裂くはずやろうが!?】
〈ガハハハッ! 奥の手ってのはこうやって使うんだよ! 死んどけバーカ!〉
空間魔法をぶち破るはずの旋風も、“虚無”で曖昧な状態となれば対処可能という訳だ。
巨竜の十倍サイズの転移門を複数展開して大魔法を跳ね返せば、危機的状態も大逆転ってね。
〈自前の『繚繞』のお味はどうだ? 遠慮しないでたらふく食えやァ!〉
【ぬ、ぐ、う゛、ぅ、ッ!?】
四方八方から己の大魔法を直撃させられた琥珀竜は、己の絶大な力故に身動きできない状態となったようだ。
サルガスの大ポカを逆用した想定外の状況だけども、ここで好機を逃す道理はない。このまま畳み掛けてぶっ殺すッ!
〈──……〉
これまで積み上げた攻撃の中で痛感したが、最強の守りと究極の生命力を持つ竜の前では生半な魔法など全くの無意味である。
至近距離での捕食や全てをかけた渾身の拳ならば命を奪えるかもしれないが、あいにく奴は近寄ることのできない砂嵐の只中だ。
よって伝説たる竜を殺さんとするならば、遠距離から最高出力で最強破壊力を瞬間的に叩き込まねばならない。
俺が経験した中で最強最大瞬間的な遠距離攻撃といえば──一番最初に見舞われた、ヴリトラのブレスしかあるまいて。
二秒で想像完了。
三秒で魔力充填万全。
己が権能“虚無”も纏わせ、発射準備ヨシ!
〈いくぜヴリトラ。耐えられるもんなら耐えてみろ──必ッ殺ッ! 『空・即・是・色』ッ!〉
一度は言ってみたかった仏教用語をサンスクリット語で宣言し、同時に陰部にある異形の口を開け放つ。
後は四肢と触腕で吹き飛ばぬよう姿勢を固め、己の内にある真紅の魔力に“虚無”を乗せてぶっ放す!
【──ッ!?】
薄暗がりを漆黒の閃光がつんざき、更には周囲で逆巻く巨大な塵旋風に風穴をあけて消し飛ばし──のみならず、進路上にあった遥か地平の大地をも抉り取る。
通過箇所には何者も残らない極限の奔流、我ながら尋常ではない破壊力だ。
(……あの大魔法ごとぶっ飛ばしやがった。凄いなんてもんじゃないぜ、ロウ。魔神の大魔法……いや、竜のブレスの模倣になるのか?)
〈権能上乗せしたからなー。ただ、竜の真似して全力放出したら、滅茶苦茶有り余ってた魔力がごっそり減ったみたいだわ。俺の場合、竜たちみたいにおいそれとぶっ放すことは出来ないっぽいな……。欠乏症なのか、体がだるいし〉
魔力感知で金の魔力を探しながら、戦慄したような銀刀に先の技を説明していく。
竜たちの息吹を模倣した「空即是色」は、竜たちが呼気に魔力や権能を乗せて口から解き放つのと変わらない。口から魔力と権能を混ぜ合わせたものを、指向性を持たせて放出する技だ。
ただし、上の山羊頭の口だと小さいため、大口径且つエネルギーが満ちている、丹田に近い下の口から放つことになる。その関係上、見てくれが非常に悪いことが欠点だ。
異形の口部から放つ様も、魔神らしいと言えばらしいけども。
(──まあ、竜ほど見栄えする姿勢じゃないことは確かだな、ククッ。……ん。そろそろ憑依が限界みたいだ。解いて大丈夫か?)
〈おう、お疲れさん〉
応じると銀刀の憑依が解除され、鞘に収まった曲刀が手元に現れる。降魔状態の体だと、この銀刀も随分小さく見えるから面白いものだ。
〈さてさて、どうするか──ッ!〉
己の体毛にあった銀のラインが消えていく様を観察していると──魔力感知にまさかの反応あり。しかもそれほど弱ってねえ!?
どうなってんだよアイツ……マジで不死身なんじゃねえの?
(どうした? まさかヴリトラが生きていた、なんて言うんじゃないだろうな?)
〈そのまさかだぞ。しかもまだまだ元気みたいだ〉
(嘘だろ……もう逃げていいんじゃないか?)
〈ここまでやって逃げたら、それこそ『竜眼』で粘着されるだろ。もう消し飛ばすか食い殺すか和睦持ち掛けるかしかないな。あの爺が素直に応じるとも思えないけど。とりあえず、お前は異空間に帰っときな。憑依した後じゃ碌に動けんだろ〉
(……悪いな。ロウ、無茶だけはするなよ?)
限界らしいサルガスを異空間に放り込みつつ、反応のあった地点へ早速転移。
くり抜かれたような大地の底に、巨竜状態へ戻ったヴリトラが四つ這いとなっていた。
その身に纏う金の魔力こそ滾ってはいるものの、美しく輝いていた琥珀色の竜鱗は血に塗れ、しなやかな肢体からは肉や骨が見え隠れする。滲み出る覇気に衰えは見えないが、外見上は満身創痍であった。
思いのほか追い詰めていたっぽい? いっそ、回復魔法を使われる前に食っちまうか。
【……まさかきさんが、儂ら竜の真似事をしよるとはのう】
〈ブレスは竜の専売って訳でもないだろ。ところで、最期に言い残す言葉はそれでいいのか?〉
【抜かせ。きさんも魔力を消耗しとることは『竜眼』で分かっとるぞ? 返り討ちにしたるわッ!】
渇きを乗せた金色の魔力を迸らせて立ち上がる巨竜。
その身に刻まれた傷は徐々に再生しているようだが……再生速度は早くない。
ならば、食らい尽くすことも可能だろう。
〈ハッ、骨の髄まで食い尽くしてやるよ〉
こちらも真紅の魔力を漆黒へ変え、渇きの侵食を虚無で曖昧にしながら触腕を励起させる。
金と漆黒。互いの発する魔力がぶつかり合う一触即発の空気の中、ファイナルラウンドの幕が──。
【これはまた、予想だにせん事態となったのう】
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フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
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