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第六章 大陸震撼

6-6 枯色竜と青玉竜

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 竜と遭遇する不幸に見舞われるも、なんとか宿泊先へ戻ってくることができたロウ。

 上空から自身の宿の屋根へと転移し、自室を特定するとまた転移。そうしてようやく帰還を果たす。

「──あら、遅かったですね。おはようございます」

「は?」

 しかし、褐色少年に穏やかなる時は訪れない。

 自室に舞い戻った彼を待ち構えていたのは、神さえも骨抜きにしてしまう程美しい少女、イルマタル。

 妖精神でもある彼女は少年の部屋へと無断で侵入し、そのまま我が物顔で居座っていたのだ。恐るべき不法侵入であった。

「『は?』ではありませんよ。人のように生活しているのなら、挨拶くらい返すべきでしょう?」
「お、おう。おはようございます、イル。ここ俺の部屋なんですけど、何で貴女がいるんですかね?」

「わたしは神ですから、人のように振る舞う必要などありません。あなたがここに戻ってくると分かっているならばここで待つのが最適と考え、そうしたまでです」

「朝から絶好調ですね……」((……))

 傍若無人ぼうじゃくぶじんそのものといった言動に頭痛に襲われるロウと、平然と魔神の室内でくつろぐ神に閉口する曲刀たち。そんなものは関係ないと、妖精神は話を続ける。

「絶好調なのはあなたの方でしょう? 日が昇る前、竜の魔力と魔神の魔力の衝突があったと、ティアマトから呆れたような念話が飛んできましたから。もしやと思いこちらへおもむけばあなたはいませんし、状況を見ればあなたが行動を起こしたのは明白です。さあ、何をしでかしたのか白状なさい」

 部屋にあったお茶菓子を許可なく食べながらなじってくる女神に対し、少年は仕方なしに経緯を話す。

「まあシュガールさんあたりに話しておこうと思っていましたし、隠すもんでもないですけど。俺はちょっと遠くにいる眷属けんぞくに会いに行ったんですが、その帰り道に竜……ドレイクに遭遇しちゃいまして。いきなりブレス吐かれたり言いがかりをつけられたりしたんで、返り討ちにして俺の空間に放置してます。ザっといえばこんな感じですね」

「また竜を叩きのめしたんですか。まあ、枯色竜かれいろりゅうドレイクは以前あなたに大魔法を放ったことがありますし、あなたの言もある程度信用は出来ますが……」
「痛くもない腹を探られるのはアレなんで、異空間を見ていきますか? 今はウィルムやセルケトが一緒に看ているはずですよ」

 あらぬ疑いをかけられるくらいならとロウは事情を包み隠さず説明し、証拠にと異空間の案内を申し出た。

 だが、イルマタルはこれに首を振る。

「以前ならばあの空間へ出向いても問題はなかったのですが、今のあなたは強大な力を持っていますからね。不意打ちをされてはたまらないので、遠慮しておきますよ」

「そっすか。一応神と魔神ですもんねえ。お茶菓子勝手にボリボリ食ってるイルが言っても、あまり真実味が無いですけども」
「あら! 随分なことを言うのね。こんなに清らかで澄み切った心身を持つ存在なんて、女神にしかありえないでしょう?」

 ぷぅと片頬を膨らませた妖精神は、肩をすくめて“魅惑”の権能を乗せた甘い芳香ほうこうを漂わせる。

 強靭な精神や魔力の保護がなければ瞬く間に思考力を奪われてしまうその香りに、褐色の魔神は窓を開けての換気で対抗した。

 まるで悪臭だとでもいわんばかりの対応でジト目となった彼女へ、少年は己の都合を告げる。

「魅惑で無賃宿泊してる身で何を言っているのやら。っと、ドレイクと殴り合った後なんで一風呂浴びたいんですが、浴びてきていいですか?」

「ええ、どうぞ。もう用件も済みましたからね。折角ですから食事を共にとでも思っていたのですが、またの機会としますか」
「マジっすか。それならスパーっと汗流して準備しますんで、一緒に食べましょう」

 銀髪美少女から食事のお誘いが来ると即座に予定変更。まさに神速、恐るべき変わり身の早さを見せ、少年は同行の意を示した。

「あら、そう? ふふっ、あまり待たせないでくださいね? かといって、不潔なまま来られても困りますが」

(お前さんは本当に、どうしようもないな……。以前エスリウに誘われた時は注意深く行動してたってのに、今となっては……全く)
(ロウなんぞ妖精神に微塵切りにされてしまえば良いのです)

(やかましい。腹の探り合いがなければ、美少女とのお食事会も大歓迎なんだよ。腹黒だろうが女神だろうがな)

 色欲に塗れた持論を展開したロウは着替えを持って浴室へ直行。からす行水ぎょうずいもかくやと水浴びを済ませ、妖精神の下へ急いだのだった。

◇◆◇◆

 一方、褐色少年が銀髪美少女との食事会にうつつを抜かしている頃。彼の創り出した異空間では。

「──はあっ!」「ふっ、甘い!」

 円錐えんすい状の大槍を振り回す竜胆色りんどういろの美女とそれを手刀で受ける蒼髪の美女とが、激闘を繰り広げていた。

[──?][──。──][──]

 そんな美女たち──セルケトとウィルムの戦いを観戦しているのは、異空間に住む魔神の眷属けんぞくたちだ。

 彼らはセルケトの動きが良くないだとかウィルムが八極拳の動きを模倣しているだとか、ジェスチャーで意思疎通をしながら暢気に戦いを眺めている。

 自分たちの手に余るほどの戦いであるのに緊張感の欠片もない彼らだが、それもそのはず。彼女たちが矛を交えているのは喧嘩や衝突などではなく、単なる訓練なのだ。

 どちらも流血し実戦と見紛うほどだが、いずれもが高い治癒能力を持ち肉体を再生する術がある故である。

「はははっ! まだまだ妾には及ばんなあ、セルケトよ!」

 迫る穂先ほさきを手刀で弾き、次いで繰り出される石突の薙ぎを右腕で逸らすウィルム。

 逸らしざまに踏み込む彼女は、流れるように左肘打ち──八極拳大八極・挑打頂肘ちょうだちょうちゅうを胸部に叩き込む!

「うごぅっ」

 巨岩が割れるような重低音が響き、セルケトが吹き飛んで勝負あり。

「ぐぅ……。我はどうにも、調子が悪いのだ」

 打たれた鳩尾みぞおちをさする敗者は言い訳がましく言葉をこぼしたが……勝者はそれを単なる言い訳とはとらなかった。

「……確かにな。お前の動きは以前ほど鋭さがなく、妾の攻撃に対する反応もどこかにぶかった。魔力もよどんでおるし、不調なのは事実のようだ」

「魔力を見通す『竜眼』か。我の魔力が淀んでいるというが、原因は分かるか?」
「ふん、妾はティアマトほど見通すことができん。知りたくばあやつに訊ねるが良かろう」
「むう……」

 指摘はすれども、解決策は他人任せ。竜が竜たる所以ゆえんである。

 もっとも、答えを出せるであろう存在を紹介するあたり、気ままな彼女にしては気を遣っていたが。

「──しかし、ドレイクの奴は一向に起きんな。戦いの気配を感じれば目覚めると考えていたが、あてが外れたぞ」

 訓練を終えロウの眷属たちに軽食を準備させたウィルムは、しばし己の創り出した氷のテラスでパスタをするすると食べていたが、ふと思い出したように己の同族について触れる。

「ふむ、確かに寝入っているようだ。ウィルムはこの同族と仲が良いのか?」
「この世に生まれ落ちた時期が近く、一緒くたに語られる腐れ縁のようなものだ。別々の地脈から生まれたが故に、生物でいう血縁のようなものは無いがな」
「ほう? 我は竜の生態についてよう知らんのだが、竜は動植物のように交配によって生まれる存在ではないのか?」

 彼女と同じようにして食事を行っていたセルケトが聞けば、竜の特殊な生態について答えが返ってきた。

「妾たち竜は股から生まれたりはせん。この星にある物質や魔力の溜まり場、地脈より生まれるのが竜属だ。ある種、魔力が意志を持つに至った精霊に近いやもしれんな」

「魔力溜まりより生じる存在、か。しかし、頻繁ひんぱんには生まれぬのだろう?」
「当然だ。新たに生まれた竜など、ここ数百年おらん。竜や神のような膨大な魔力を持つものが滅び、その魔力が拡散して付近の地脈へ流れ込んだ時に初めて、竜属が生まれ落ちるのだ」

 ウィルムやドレイクが生まれる前、海魔竜レヴィアタンが数柱の神をほふった事例や、琥珀竜こはくりゅうヴリトラが幾柱かの魔神をちりとする大事件があった。

 竜たちに打ち滅ぼされた神々の莫大な魔力は周囲へ拡散し、星の循環の流れによって地脈へ流れ込む。

 それら神々の魔力で臨界を迎えた地脈から、ドレイクやウィルムのような力ある竜が同時期に生まれ落ちる事態となったのだ。

 このような珍事でもなければ、竜が複数柱生まれることはない。

 それだけに、ドレイクとウィルム、そして二柱と同期となる「紅海竜こうかいりゅう」ラハブは、竜たちの間では兄妹のように扱われていた。

 そういった諸々もろもろの事情をウィルムが話していくと、興味深そうに耳を傾けていたセルケトが唸りながら口を開く。

「神たちが滅びることで竜が生じるとは、何とも因果な話よな。しかし、地脈の話を聞いているとどうにも、我自身の生まれについて共通する点が多いように感じてしまうぞ」

「ふっ、その感覚も間違ってはいないだろうさ。ティアマトの言によれば、お前は数百もの魔物を凝縮し生まれたという。であれば、その醸成じょうせい過程に違いはあれど、地脈の環境を疑似的に再現しているとも言える。魔力の密度にしても肉体の密度にしてもな」

「ふむ……。我は人族たちの意図した仕掛けで生まれたらしいが。そうすると人造魔物というものは、神や竜を超えんとして、竜が生まれる状況を人工的に再現し強力な魔物を生み出さんとした、というところか」

 氷の卓に肘をつき両頬を指でへこませた彼女が考えを纏めたところで、異空間が揺れる。

 ロウによって叩きのめされ気絶していたドレイクが目を覚まし、灼熱の魔力を解放したのだ。

[[[──!?]]]

「ドレイクの奴め、ようやっと目覚めたか」
「凄まじい魔力の奔流よ。あれを人の手で創ろうなどと、無稽むけいとしか言えん」

【ガアアァァッ!】

 眷属たちが恐怖に身を震わせ美女たちがのんびりとした感想を零している間に、枯色竜の魔力は臨界に達し、彼の周囲にたぎる溶岩が溢れ──口から白炎がほとばしる。

【……!? 我の息吹でも融解せんのか、この地面は!? くう、面妖めんようなッ】

「やい、ドレイク。そう溶岩を滾らせるな。あまりここを荒らすと、再びロウからシメられるぞ?」
【ウィルム! ……まさか本当に、あの魔神の空間で寛いでいるとは。この目で見ても受け入れがたいものだ】
「ふん、故あってのことであるし、節介など不要だぞ。どこぞの爺のように下種げす勘繰かんぐりなどするなよ?」

 空間を破ろうとするドレイクに待ったをかけるのは、彼の同族ウィルム。

 既に二度も敗北し、琥珀竜ヴリトラの一件でその真価を知っていた彼女は、兄妹分の彼に忠告すべく言葉を続ける。

「大体ぬしはつい先ほど、降魔ごうま抜きのアレに真っ向から打ちのめされたばかりだろうが。虚勢を張るでない」

【ぬぐッ。負けてなどいない、少々先んじられただけだ。そのようなことよりも、だ。ウィルムよ、何故おぬしが怨敵おんてきたる魔神の空間で寛いでいる? あのヴリトラが言っていたように、彼奴きゃつほだされでも──】
「──邪推じゃすいは止めろと、妾は言ったろうが?」

 ロウとの関係性について触れられると蒼き長髪が魔力の圧で揺らめき、ウィルムのガーネットの瞳が金の魔力を帯びて輝きを増す。

 雰囲気一転、同胞のただならぬ怒気を見たドレイクは、慌てたように厳めしい頭部を下げ竜の巨体を地に伏せた。

【待て、今のは言葉のあやだ。大の魔神嫌いであるおぬしがここに居たことで動揺したのだ、許せ。そう冷気を発するでない】
「どうだかな。つまらんところばかりあの爺から学びよって。ぬしに比べれば、あの高慢こうまんちきなラハブも可愛げがあるというものだ」

【ぐぅ。我はただ、おぬしの身を案じただけだというのに……】
「それが要らぬ世話だというのだ、戯けめ」

 素直な言葉を伝えるも無下にされ、ドレイクは地に伏せたまま失意に沈む。

 そんな様子を遠巻きに眺めるセルケトや眷属たちは枯色竜に同情すると共に、ウィルムが力ある竜であることを再認識するのだった。
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