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第六章 大陸震撼
6-31 波乱の工業都市
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ところ変わってリーヨン公国南部、産業の中心地である工業都市ボルドー。人々が寝静まる深夜、貴族が多く住まう上層区にて。
「──ぐあッ!?」「精鋭たる我らが、手も足も出ない!?」「ええい、アーリア商会のゴーレムは化け物か!」
[──]
群青色の流体──ロウの眷属マリンが、闇夜に乗じて屋敷へと侵入してきた不届き者たちを返り討ちにしていた。
直径六十センチメートルほどの球体をとっている彼女は、その身に似合わず軽捷軽快。侵入者たちを素早く触手で締め上げ、硬質化させた触手で打ちのめし、高速移動で体当たりをぶちかます。
魔神の眷属と言うに相応しい一撃必殺のそれらを打ち込まれた者たちは、壁に埋まり、扉を突き破り、窓から落下。次々と戦闘不能になっていく。
「不味い、このゴーレムは尋常ではない強さだ。もしこいつ以外が集まれば、逃げることさえ──」
「──逃がしませんよ」
「ッ!?」
侵入者の指揮を担っていた男が撤退を決意すると同時──男の背後より老執事が強襲!
素早く向き直ろうと身を翻す男に、老執事はカウンター気味に回し蹴りを一発。
下顎への蹴りで頭部が180度近く回ってしまい、泡を吹いた男が床に沈む。
「隊長!?」「もう駄目だ、逃げ──ッ!?」
[っ!]
いきなりの挟撃で動じた敗残兵へ、逃がしはしないと触手の鞭を叩き込むマリン。奇襲により意識散漫となっていた彼らは避けること叶わず、鈍い音をたてて壁にめり込んだ。
彼女の獅子奮迅の働きにより今宵の侵入者は全て鎮圧。他の使用人たちが集まってくる中、老執事アルデスは埃を払っている功労者へねぎらいの言葉をかける。
「ご苦労様です、マリン。睡眠不要という貴女がいると警備も任せやすいですね」
[──、──]
「壁や窓を壊してしまった、ですか。フフフ、人的被害を抑えたことが一番です。そう心配することはありません。……それに、この者たちは都市で暗躍している『再誕の炎』でしょう。この場で取り逃さなかったことは、ボルドー行政府が大きく評価するはずですよ」
申し訳なさそうに小さくなっていたマリンだったが、アルデスから慰められると気力を回復。元気になったついでに老執事へ質問(ジェスチャー)を投げかけた。
[──?]
「『再誕の炎』についてですか? 簡単に言えば、彼らは竜を信仰している一団です。それだけなら問題もない……いえ、物騒ではありますが、特段騒ぎ立てるほどでもありません。しかし彼らはこのムスターファ様の屋敷を襲撃したように、しばしば過激な行動をとるのです」
魔力の制御を乱す特殊な拘束具を嵌められていく侵入者たちを見据え、アルデスは続ける。
「今までは容疑がかかりながらも決定的な証拠を見つけられずにいましたが、今回は身柄を確保できています。ボルドー行政府は彼らに難儀していましたから、これは決定的な事態となるでしょうね」
[──]
説明を聞いたマリンはなるほどと弾み、うねうねと変形して今後の行動を訊ねた。
「彼らへの対応は行政府の領分ですから、私たちが何かするということはありません。連中はそれなりに強いから不安? フフ、マリンは心配性ですね。ボルドーの騎士とて精鋭ですから、きっと問題ないでしょう。私はこの者たちの引き渡しに向かいますが、貴女には引き続き警備を任せます」
[──]
群青色の球体を諭した老執事は使用人たちに襲撃者を運ばせ、何処かへ去っていく。
襲撃に失敗した一団が自棄を起こさないか不安を覚えつつ、マリンは屋敷で警備を続けたのだった。
◇◆◇◆
翌日未明。
使用人たちと警備を交替したマリンは、その足でひっそりと冒険者組合へと向かう。
[……]
襲撃後厳戒態勢にあった屋敷だが、彼女はいともたやすく秘密の外出を成した。創造主の魔力によって更なる力を得た彼女には、もはや隠密行動など朝飯前である。
神速弾性運動により数分で組合へと到着したマリンは、支部長室へにゅるりと侵入。室内で暇を持て余していた兄たちと会うやいなや、情報共有を行っていく。
[──、──]
[──?][──]
球体から美女へと変身したマリンが身振り手振りで伝えれば、氷龍のジギタリスと石龍のシナモンは土や水の魔法を使って情景を描き出し確認を取る。
十数分かけて情報共有を終えた彼女たちは話を次へと進めた。
すなわち、彼女たちが行動に出るか否かについてだ。
創造主の気質を継ぎ気ままに過ごす彼女たちなれど、自身の居場所には強い愛着を持っていた。それを脅かす勢力があるというのなら排除も辞さないのが彼女たちである。
[──?]
[──][──、──]
自分たちで先に潰しておくかというマリンの提案に対し、首肯しつつ更なる情報を開示するシナモンたち。
冒険者組合の支部長室という極めて情報収集が行いやすい環境にいる彼らは、既に「再誕の炎」の拠点がどこにあるかすら知っていたのだ。
その情報を得たマリンは人型から流体へと戻り、単独で向かうか兄たちをどうにかして連れていくか、しばし熟考したが──。
[[[!?]]]
──突然轟いた爆発音により、思考を中断させられることになった。
弾かれたように窓へ向かったマリンが見たものは、赤々と照らされる夜空。炎上する都市北部である。
[──っ]
[──][──、──]
緊急事態だと判断した眷属たちはすぐさま人化を行い、窓を蹴破り火元へ急行。
銀髪碧眼の青年と茶髪金眼の少年を引き連れるマリンが、轟音で叩き起こされ混乱する市民たちを尻目に屋根を疾走する。
「ひゃっ!? お、お姉ちゃん、ありがと」
「わッ!? あんたら、凄い力持ちだな。助かったぞ」
[[[──]]]
途中大人に押し出された子供や、破片で怪我をしている市民を避難させつつも、彼女たちは目的地付近に到着。辿り着いた商業区中心は炎が柱となって黒煙が覆い、巨大なシルエットが躍っていた。
「グググ……」
[!]
火を噴き火魔法を奔らせていた巨影は、鱗を持たない肉色の竜。
薄い皮膚の下に筋張った筋肉群を見せるその姿は、雄渾なる存在というよりは邪悪の権化だと主張する如くである。
「ハハハッ! 見たか、これが竜の力だ、恐ろしさだ! なんのことはない、初めからこうしておけばよかったのだ」
「ええ、ええ! 衛兵も騎士も竜の前ではなす術なし。これで彼らも考えを改めるでしょう!」
「祭祀長、お下がりください。もはやあらゆるものを見境なく攻撃する、召喚した我々であっても手に負えない存在です」
二足立ちで暴れる竜の背後には、血に染まったローブをはためかせる数人の男女。
その男女を睨みながら邪竜の攻撃を防ぎ注意を引くのは、大盾を持った男と無手の大男である。
「鱗を持たねえ竜ッ! 聞いたことねえぞ。おいベルティエ、あんたはどうだ?」
「私も聞いたことがありません。きっと彼らの信仰する悪しき竜なのでしょう。しかし……参りましたね。アレの魔力は亜竜とは比べ物にならない」
「その上、鱗がねえってのに片手じゃあ剣が通らねえくらいに頑丈だしな。住人の避難も終わってねえのに、笑えてきた、ぜッ!」
大盾を構え悪態をついた男──ヴィクターは、邪竜の放つ飛沫のような火魔法を弾き飛ばすと、燃え盛る竜の足元へ突貫。石畳の街路を踏み砕いて猛進し、筋肉質な向う脛を大盾で殴りつける!
「グルゥッ?」
「チッ、堪えてねえか」
おまけとばかりに長剣の袈裟斬りを叩きつけるも、竜の脛には僅かばかりの出血があるばかり。
仰け反らせることもできない現実に舌打ちした彼は、頭上から降ってきた拳骨をひらりと避けて再び突進。同じ箇所を執拗に狙い注意を引く。
他方、竜と対するもう一人の大男──ベルティエは、ヴィクターが引き付けている間に避難誘導を行っていく。
「さあみなさん、ひとまずは上層区の城門へ。あちらへ行けば衛兵や騎士の方々がいらっしゃいます。皆さんのこともきっと守ってくださることでしょう──おや、貴女がたは?」
[──][──、──]
最後の住人の背を押したところで、ベルティエの下に統一性のない集団が降り立った。
群青色のサイドテールを揺らす美女に、銀髪シャギーな色男、巻くようなクセのかかったマッシュヘアーな美少年。混沌の戦場に到着したマリンたちである。
着地と同時に水魔法での消火活動に移行したジギタリスを見送り、マリンはベルティエに加勢を申し出た。
「助太刀、ですか。先ほどの身のこなしやあちらの男性の動きを見るに、只者ではないことは解りますが……相手は竜です。貴女がたは街のために命を賭せるのですか?」
[[──]]
強く短い問いかけにも即座に首肯するマリンとシナモン。そこに確かな覚悟を見て取ったベルティエは表情を綻ばせる。
「ありがとうございます。では被害が広がらぬよう警戒を……打って出る? いやしかし、流石にそれは──ッ!?」
外見上は線の細い女性と小さな少年にしか見えない面々を宥めようとしたベルティエだったが──先行していたジギタリスの大魔法が炸裂したところで、絶句してしまう。
「グガァッ!?」
「うぉぉッ!?」
都市内最強の冒険者でもあるヴィクターすらも思わず動きを止める光景。
それは竜の倍する長大かつ重厚な氷柱が、街路を埋め尽くすというものだ。
[──]
肉体を貫くまでは至らなかったものの、鋭い先端は幾つもの打撲裂傷を与え邪竜の動きを鈍らせる。
そして、そこを見逃す眷属たちではない!
[──っ!][ッ!]
地を蹴り氷柱を砕いて加速した眷属たちは瞬時に肉薄。痛みでふらつく邪竜の脚を殴り飛ばし、次いで腹部を蹴り上げ、四つ這い状態を作り上げ──。
「オォラッ!」
──トドメとばかりに合わせるヴィクターが、両腕で振るう長剣でもって邪竜の頸部を一刀剛断。魔術で燃え上がる刃が鱗のない首へ食い込み、筋肉群を焼き切る。
火を操る竜なれど、なりそこない故に火への耐性は高くない。そこを看破した歴戦の冒険者の一撃である。
「グゴ、ガァァッ!」
だが……なりそこないでも相手は竜。頂点に至る種族である。
頸部をざっくり切られるも、分厚い筋肉や竜なる反射神経により、神経や大動脈の損傷をかつがつ回避。尾を振り回し壁面に首を打ち付けることで、邪竜は群がる相手を引きはがしてみせた。
[[!]]
「ケッ、これでも斬れねえか。だが、まあ──」
「──十分ですよ、ヴィクターさん」
「グッ?」
されども、彼らもまた歴戦の猛者。
一撃で決められなかった時のために備えていたベルティエは、既に邪竜の死角をとり肉薄済み。
これすなわち、鉄拳制裁の時間である。
「ぬぅぉおおおッ!」
「ゴッ、グッ、エ゛ッ!?」
丸太のような右腕が邪竜の胴体に突き刺さった──と思えば返しの左拳、からの猛打連撃!
大型削岩機の稼働音にも似た打撃音と共に、しこたま殴られた竜の体がくの字に曲がり──。
「ぬぅんッ!」
──連撃を締めくくるアッパーカットが下がっていた首に直撃。
先の傷口に打ち込まれた拳が骨を砕き、首をへし折った。
「ば、馬鹿な……」「竜が敗れるなどと!?」「に、逃げなくては──」
「──逃げ場など、とうにないぞ? 貴様ら外道にはな」
倒れ伏して痙攣する邪竜に慄いていた竜信仰の一団だったが、彼らが行動へ移る前にボルドーの近衛騎士が到着。その先頭に立つカレリア公爵が鼠一匹通さないと陣を組む。
「くッ……もはやこれまで。お前たちは生きてこの一件を伝えるのだ!」
「エイノ様!?」「祭祀長!?」
間断なく放たれる魔術を前に脱出困難と判断した一団の長は、命を使って血路を開くと決意。己の身と周囲の焼死体を贄に捧げ、二度目の邪竜召喚を成し遂げる!
その巨影は、一つではない。
「今度は二匹かよ、冗談きついぜ」
「ですが、私たち以外では相手が務まりません……公爵様! ここは我々に任せ、一度兵を下げ──」
騎士たちの先頭に立っていたカレリア公爵を守るよう近寄ったヴィクターとベルティエだったが──彼らの到着を待たず、彼女は身一つで竜の懐へ切り込む!
「?」
「はあぁっ!」
召喚されたばかりで状況を把握できていなかった邪竜の首元へ、長大な薙刀を一閃。研ぎ澄まされた一撃をもって、金の女傑は相手の命を刈り取った。
頭部を失った首から吹き上がる血潮を避け、薙刀の石突で街路を叩き彼女は宣言する。
「残るは一体! さあ者ども、功を挙げよ!」
「「「オオォォ!」」」
「あれじゃあ俺たちの立つ瀬がねえな」
「フフフ、一息の攻めは私やヴィクターさん以上ですね……おや?」
士気絶頂となった騎士たちが邪竜へ剣と槍を突き立て、瞬く間にハリネズミとする様を見届けていたベルティエだったが……ふと辺りを見回して首を捻る。
「どうした?」
「いえ、助力して頂いたあの青年たちの姿が見えないな、と。お礼を申し上げたかったのですが」
「確かに、見えねえな。精霊魔法も格闘術も大したもんだから、話聞いときたかったんだがな」
彼らの言葉通り、近くにいたマリンとシナモンはおろか、氷柱地獄を創り出したジギタリスさえも姿を消していた。
手助けはするが事情説明はしない。ロウの眷属らしく、実に身勝手な行動であった。
「しっかし……まさかこの氷柱群を残してどっかに行くとはな。この無責任さ、どこぞの坊主を思い出すぜ」
ひとまず彼らのことを棚上げしたヴィクターたちは、この場を脱した残党を捕らえに向かうのだった。
「──ぐあッ!?」「精鋭たる我らが、手も足も出ない!?」「ええい、アーリア商会のゴーレムは化け物か!」
[──]
群青色の流体──ロウの眷属マリンが、闇夜に乗じて屋敷へと侵入してきた不届き者たちを返り討ちにしていた。
直径六十センチメートルほどの球体をとっている彼女は、その身に似合わず軽捷軽快。侵入者たちを素早く触手で締め上げ、硬質化させた触手で打ちのめし、高速移動で体当たりをぶちかます。
魔神の眷属と言うに相応しい一撃必殺のそれらを打ち込まれた者たちは、壁に埋まり、扉を突き破り、窓から落下。次々と戦闘不能になっていく。
「不味い、このゴーレムは尋常ではない強さだ。もしこいつ以外が集まれば、逃げることさえ──」
「──逃がしませんよ」
「ッ!?」
侵入者の指揮を担っていた男が撤退を決意すると同時──男の背後より老執事が強襲!
素早く向き直ろうと身を翻す男に、老執事はカウンター気味に回し蹴りを一発。
下顎への蹴りで頭部が180度近く回ってしまい、泡を吹いた男が床に沈む。
「隊長!?」「もう駄目だ、逃げ──ッ!?」
[っ!]
いきなりの挟撃で動じた敗残兵へ、逃がしはしないと触手の鞭を叩き込むマリン。奇襲により意識散漫となっていた彼らは避けること叶わず、鈍い音をたてて壁にめり込んだ。
彼女の獅子奮迅の働きにより今宵の侵入者は全て鎮圧。他の使用人たちが集まってくる中、老執事アルデスは埃を払っている功労者へねぎらいの言葉をかける。
「ご苦労様です、マリン。睡眠不要という貴女がいると警備も任せやすいですね」
[──、──]
「壁や窓を壊してしまった、ですか。フフフ、人的被害を抑えたことが一番です。そう心配することはありません。……それに、この者たちは都市で暗躍している『再誕の炎』でしょう。この場で取り逃さなかったことは、ボルドー行政府が大きく評価するはずですよ」
申し訳なさそうに小さくなっていたマリンだったが、アルデスから慰められると気力を回復。元気になったついでに老執事へ質問(ジェスチャー)を投げかけた。
[──?]
「『再誕の炎』についてですか? 簡単に言えば、彼らは竜を信仰している一団です。それだけなら問題もない……いえ、物騒ではありますが、特段騒ぎ立てるほどでもありません。しかし彼らはこのムスターファ様の屋敷を襲撃したように、しばしば過激な行動をとるのです」
魔力の制御を乱す特殊な拘束具を嵌められていく侵入者たちを見据え、アルデスは続ける。
「今までは容疑がかかりながらも決定的な証拠を見つけられずにいましたが、今回は身柄を確保できています。ボルドー行政府は彼らに難儀していましたから、これは決定的な事態となるでしょうね」
[──]
説明を聞いたマリンはなるほどと弾み、うねうねと変形して今後の行動を訊ねた。
「彼らへの対応は行政府の領分ですから、私たちが何かするということはありません。連中はそれなりに強いから不安? フフ、マリンは心配性ですね。ボルドーの騎士とて精鋭ですから、きっと問題ないでしょう。私はこの者たちの引き渡しに向かいますが、貴女には引き続き警備を任せます」
[──]
群青色の球体を諭した老執事は使用人たちに襲撃者を運ばせ、何処かへ去っていく。
襲撃に失敗した一団が自棄を起こさないか不安を覚えつつ、マリンは屋敷で警備を続けたのだった。
◇◆◇◆
翌日未明。
使用人たちと警備を交替したマリンは、その足でひっそりと冒険者組合へと向かう。
[……]
襲撃後厳戒態勢にあった屋敷だが、彼女はいともたやすく秘密の外出を成した。創造主の魔力によって更なる力を得た彼女には、もはや隠密行動など朝飯前である。
神速弾性運動により数分で組合へと到着したマリンは、支部長室へにゅるりと侵入。室内で暇を持て余していた兄たちと会うやいなや、情報共有を行っていく。
[──、──]
[──?][──]
球体から美女へと変身したマリンが身振り手振りで伝えれば、氷龍のジギタリスと石龍のシナモンは土や水の魔法を使って情景を描き出し確認を取る。
十数分かけて情報共有を終えた彼女たちは話を次へと進めた。
すなわち、彼女たちが行動に出るか否かについてだ。
創造主の気質を継ぎ気ままに過ごす彼女たちなれど、自身の居場所には強い愛着を持っていた。それを脅かす勢力があるというのなら排除も辞さないのが彼女たちである。
[──?]
[──][──、──]
自分たちで先に潰しておくかというマリンの提案に対し、首肯しつつ更なる情報を開示するシナモンたち。
冒険者組合の支部長室という極めて情報収集が行いやすい環境にいる彼らは、既に「再誕の炎」の拠点がどこにあるかすら知っていたのだ。
その情報を得たマリンは人型から流体へと戻り、単独で向かうか兄たちをどうにかして連れていくか、しばし熟考したが──。
[[[!?]]]
──突然轟いた爆発音により、思考を中断させられることになった。
弾かれたように窓へ向かったマリンが見たものは、赤々と照らされる夜空。炎上する都市北部である。
[──っ]
[──][──、──]
緊急事態だと判断した眷属たちはすぐさま人化を行い、窓を蹴破り火元へ急行。
銀髪碧眼の青年と茶髪金眼の少年を引き連れるマリンが、轟音で叩き起こされ混乱する市民たちを尻目に屋根を疾走する。
「ひゃっ!? お、お姉ちゃん、ありがと」
「わッ!? あんたら、凄い力持ちだな。助かったぞ」
[[[──]]]
途中大人に押し出された子供や、破片で怪我をしている市民を避難させつつも、彼女たちは目的地付近に到着。辿り着いた商業区中心は炎が柱となって黒煙が覆い、巨大なシルエットが躍っていた。
「グググ……」
[!]
火を噴き火魔法を奔らせていた巨影は、鱗を持たない肉色の竜。
薄い皮膚の下に筋張った筋肉群を見せるその姿は、雄渾なる存在というよりは邪悪の権化だと主張する如くである。
「ハハハッ! 見たか、これが竜の力だ、恐ろしさだ! なんのことはない、初めからこうしておけばよかったのだ」
「ええ、ええ! 衛兵も騎士も竜の前ではなす術なし。これで彼らも考えを改めるでしょう!」
「祭祀長、お下がりください。もはやあらゆるものを見境なく攻撃する、召喚した我々であっても手に負えない存在です」
二足立ちで暴れる竜の背後には、血に染まったローブをはためかせる数人の男女。
その男女を睨みながら邪竜の攻撃を防ぎ注意を引くのは、大盾を持った男と無手の大男である。
「鱗を持たねえ竜ッ! 聞いたことねえぞ。おいベルティエ、あんたはどうだ?」
「私も聞いたことがありません。きっと彼らの信仰する悪しき竜なのでしょう。しかし……参りましたね。アレの魔力は亜竜とは比べ物にならない」
「その上、鱗がねえってのに片手じゃあ剣が通らねえくらいに頑丈だしな。住人の避難も終わってねえのに、笑えてきた、ぜッ!」
大盾を構え悪態をついた男──ヴィクターは、邪竜の放つ飛沫のような火魔法を弾き飛ばすと、燃え盛る竜の足元へ突貫。石畳の街路を踏み砕いて猛進し、筋肉質な向う脛を大盾で殴りつける!
「グルゥッ?」
「チッ、堪えてねえか」
おまけとばかりに長剣の袈裟斬りを叩きつけるも、竜の脛には僅かばかりの出血があるばかり。
仰け反らせることもできない現実に舌打ちした彼は、頭上から降ってきた拳骨をひらりと避けて再び突進。同じ箇所を執拗に狙い注意を引く。
他方、竜と対するもう一人の大男──ベルティエは、ヴィクターが引き付けている間に避難誘導を行っていく。
「さあみなさん、ひとまずは上層区の城門へ。あちらへ行けば衛兵や騎士の方々がいらっしゃいます。皆さんのこともきっと守ってくださることでしょう──おや、貴女がたは?」
[──][──、──]
最後の住人の背を押したところで、ベルティエの下に統一性のない集団が降り立った。
群青色のサイドテールを揺らす美女に、銀髪シャギーな色男、巻くようなクセのかかったマッシュヘアーな美少年。混沌の戦場に到着したマリンたちである。
着地と同時に水魔法での消火活動に移行したジギタリスを見送り、マリンはベルティエに加勢を申し出た。
「助太刀、ですか。先ほどの身のこなしやあちらの男性の動きを見るに、只者ではないことは解りますが……相手は竜です。貴女がたは街のために命を賭せるのですか?」
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強く短い問いかけにも即座に首肯するマリンとシナモン。そこに確かな覚悟を見て取ったベルティエは表情を綻ばせる。
「ありがとうございます。では被害が広がらぬよう警戒を……打って出る? いやしかし、流石にそれは──ッ!?」
外見上は線の細い女性と小さな少年にしか見えない面々を宥めようとしたベルティエだったが──先行していたジギタリスの大魔法が炸裂したところで、絶句してしまう。
「グガァッ!?」
「うぉぉッ!?」
都市内最強の冒険者でもあるヴィクターすらも思わず動きを止める光景。
それは竜の倍する長大かつ重厚な氷柱が、街路を埋め尽くすというものだ。
[──]
肉体を貫くまでは至らなかったものの、鋭い先端は幾つもの打撲裂傷を与え邪竜の動きを鈍らせる。
そして、そこを見逃す眷属たちではない!
[──っ!][ッ!]
地を蹴り氷柱を砕いて加速した眷属たちは瞬時に肉薄。痛みでふらつく邪竜の脚を殴り飛ばし、次いで腹部を蹴り上げ、四つ這い状態を作り上げ──。
「オォラッ!」
──トドメとばかりに合わせるヴィクターが、両腕で振るう長剣でもって邪竜の頸部を一刀剛断。魔術で燃え上がる刃が鱗のない首へ食い込み、筋肉群を焼き切る。
火を操る竜なれど、なりそこない故に火への耐性は高くない。そこを看破した歴戦の冒険者の一撃である。
「グゴ、ガァァッ!」
だが……なりそこないでも相手は竜。頂点に至る種族である。
頸部をざっくり切られるも、分厚い筋肉や竜なる反射神経により、神経や大動脈の損傷をかつがつ回避。尾を振り回し壁面に首を打ち付けることで、邪竜は群がる相手を引きはがしてみせた。
[[!]]
「ケッ、これでも斬れねえか。だが、まあ──」
「──十分ですよ、ヴィクターさん」
「グッ?」
されども、彼らもまた歴戦の猛者。
一撃で決められなかった時のために備えていたベルティエは、既に邪竜の死角をとり肉薄済み。
これすなわち、鉄拳制裁の時間である。
「ぬぅぉおおおッ!」
「ゴッ、グッ、エ゛ッ!?」
丸太のような右腕が邪竜の胴体に突き刺さった──と思えば返しの左拳、からの猛打連撃!
大型削岩機の稼働音にも似た打撃音と共に、しこたま殴られた竜の体がくの字に曲がり──。
「ぬぅんッ!」
──連撃を締めくくるアッパーカットが下がっていた首に直撃。
先の傷口に打ち込まれた拳が骨を砕き、首をへし折った。
「ば、馬鹿な……」「竜が敗れるなどと!?」「に、逃げなくては──」
「──逃げ場など、とうにないぞ? 貴様ら外道にはな」
倒れ伏して痙攣する邪竜に慄いていた竜信仰の一団だったが、彼らが行動へ移る前にボルドーの近衛騎士が到着。その先頭に立つカレリア公爵が鼠一匹通さないと陣を組む。
「くッ……もはやこれまで。お前たちは生きてこの一件を伝えるのだ!」
「エイノ様!?」「祭祀長!?」
間断なく放たれる魔術を前に脱出困難と判断した一団の長は、命を使って血路を開くと決意。己の身と周囲の焼死体を贄に捧げ、二度目の邪竜召喚を成し遂げる!
その巨影は、一つではない。
「今度は二匹かよ、冗談きついぜ」
「ですが、私たち以外では相手が務まりません……公爵様! ここは我々に任せ、一度兵を下げ──」
騎士たちの先頭に立っていたカレリア公爵を守るよう近寄ったヴィクターとベルティエだったが──彼らの到着を待たず、彼女は身一つで竜の懐へ切り込む!
「?」
「はあぁっ!」
召喚されたばかりで状況を把握できていなかった邪竜の首元へ、長大な薙刀を一閃。研ぎ澄まされた一撃をもって、金の女傑は相手の命を刈り取った。
頭部を失った首から吹き上がる血潮を避け、薙刀の石突で街路を叩き彼女は宣言する。
「残るは一体! さあ者ども、功を挙げよ!」
「「「オオォォ!」」」
「あれじゃあ俺たちの立つ瀬がねえな」
「フフフ、一息の攻めは私やヴィクターさん以上ですね……おや?」
士気絶頂となった騎士たちが邪竜へ剣と槍を突き立て、瞬く間にハリネズミとする様を見届けていたベルティエだったが……ふと辺りを見回して首を捻る。
「どうした?」
「いえ、助力して頂いたあの青年たちの姿が見えないな、と。お礼を申し上げたかったのですが」
「確かに、見えねえな。精霊魔法も格闘術も大したもんだから、話聞いときたかったんだがな」
彼らの言葉通り、近くにいたマリンとシナモンはおろか、氷柱地獄を創り出したジギタリスさえも姿を消していた。
手助けはするが事情説明はしない。ロウの眷属らしく、実に身勝手な行動であった。
「しっかし……まさかこの氷柱群を残してどっかに行くとはな。この無責任さ、どこぞの坊主を思い出すぜ」
ひとまず彼らのことを棚上げしたヴィクターたちは、この場を脱した残党を捕らえに向かうのだった。
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追放された主人公は、このチートスキルを駆使し、収納空間の中に自分だけの理想のダンジョンを創造。そこで伝説級のアイテムを量産し、いずれ世界を驚かせる存在となる。そして、かつて自分を蔑み、追放した者たちへの爽快なざまぁが始まる。
雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜
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「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」
回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。
フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
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