異世界を中国拳法でぶん殴る! ~転生したら褐色ショタで人外で、おまけに凶悪犯罪者だったけど、前世で鍛えた中国拳法で真っ当な人生を目指します~

犬童 貞之助

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第八章 帝都壊乱

8-12 死神サマエル

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〈──なるほど。力は大したものだが、技量はつたない。あちらの憎たらしい魔神と異なり、見た目通りというところかね〉

「むう。攻め切れないか」

 帝都上空、雲の下。

 俺と聖獣が割り込むようにして戦場へ乱入すれば、神と魔神の手が止まる。

 十二の大翼を羽ばたかせ炎と氷の長剣を構えるは、死神サマエル。銀髪金眼な美青年だ。

 対するは、黒髪金メッシュな幼い少女。俺の魔力によって魔神へと至った異形の魔物、ネイトである。

「一緒にきたことから分かるかもしれないけど、一時休戦した。そういうわけで死神、手を引いてくれ」

〈フククク。そのきたならしい口先でオファニムを丸め込んだのかね? さかしい真似をするじゃあないか〉
「嫌味な野郎だな……首刈られた皇女を治療してやったんだぞ、こっちは。ちったあ感謝しやがれ!」
〈これはなことを。感謝とは求められるものではなく、自ずから発するものだろう?〉

 滑らかに反論する銀髪青年の口先は、腹立たしいくらいに軽やかだ。

 この胡散臭うさんくさい野郎は死神のくせに弁が立つらしい。詐欺師みたいなやつだな……。

「よく分からないが、戦いは終わったということか。程よい運動になったぞ、死神」

 俺たちのいがみ合いを容赦なくぶっちぎっる黒髪少女。

 今の彼女は人の身のまま腕や翼を白く明光させる、訳の分からん状態にある。俺の半降魔はんごうま状態のようなものだろうか?

 しかし、その小さな身からほとばしるのは死神に匹敵する強烈な圧力。ただ在るだけで空間をきしませ空を震わせる、凄まじい力の流れである。

(お前さんの魔力を取り込んだわけだから、降魔ごうまの知識も流れ込んだのかもな?)
(ですがロウ、あの人面の聖獣が帰ってくる前に事情を説明していた方がいいと思うのです)

 思考を脇に逸らすも、黒刀の言葉で揺り戻された。のんびり考察している場合じゃなかったぜ。

「俺たちは皇女を襲撃してきた魔神に用があるんであって、お前や皇女たちに用はない。魔神の敵たる神であってもな」

〈何を言うかと思えば、貴様の都合かね。至極どうでもよい。我らが怨敵おんてきのことなど斟酌しんしゃくすると思うかね? 魔神は滅ぼす、それだけのこと。土台、貴様の弁を裏打ちするものはなにもない〉

 真摯しんしに説明するも、上から目線で突っぱねられるの図。

「屁理屈ばっかりねやがって。俺の力見せてやっただろうが。敵対する気があるなら、最初から逃げずに殺してるっつーの」
〈ハッ! 魔神らしい悪辣あくらつな言動だ。今吐いた言葉こそ、貴様の腐った性根を表す証左ではないかね? 所詮は魔神、どうつくろおうと下劣な本質は覆いきれんようだね〉

「あ゛ーッ! かねかねうっせえ! 俺が悪辣なら襲い掛かってきた皇女の治療なんかするかよ! バーカ!」

「……」〈……〉

 死神とつばを飛ばし合っていると、閉口しているネイトとオファニムが顔を見合わせた。黙ってないで加勢してよ君たち。

〈その治療というのも怪しいものだ。治療と称して己が眷属けんぞくに作り変えたのではないかね?〉
「いちいち突っかかってきやがるな、本当。疑うんならその眼で確かめてこい。曲がりなりにも神なんだから、見ればわかるだろ?」

 口を開けば罵詈雑言ばりぞうごんばかりが飛び出す死神を黙らせるため、皇女の下へと空間跳躍。

〈〈──!〉〉

「お?」

 転移で飛んでみれば先客あり。人面獅子の聖獣に加え、新たな存在が待ち構えていた。

 長くあでやかな黒髪に、明るめの褐色肌。柔らかな印象を与える下がった目尻に、穏やかな色をたたえる黒い瞳。

 聖獣と共に待っていたのは中性的な雰囲気がにじみ出る青年だ。なんとなく、以前どこかで見たことのあるような気もするが……。

〈……君が言っていたのはこの魔神ですか? ケルブ〉

しかり。ゆめゆめ油断するな、ナーサティヤ。これは外見から考えられぬほどの力を持つうえ、奸智かんちに長じる〉
「ご挨拶だな、でこっぱち。ぶった斬られた皇女を治したのは俺なんだから、そういう態度は良くないぜ。お前が守護してる相手なんだろ?」

〈ぬ……やはり、治療を済ませたのは貴様だったか〉

 いかめしい顔に言い返したところで、白い羽毛が舞い踊る。十二翼を有する死神と翼だらけの奇怪聖獣、ついでに魔神の少女がご到着だ。

「むう。ロウ、新たに神が増えているが、セルケトたちを呼び寄せないのか? 四柱となるとアタシたちでは厳しいと思うが」
「平気平気。さっきは三柱相手取ったけどなんとかなったし、ネイトに一柱対応してもらえればそれで問題ない」

〈守勢に回って凌いだに過ぎないというのに、大言を吐くじゃないか。ナーサティヤ、聖獣ども。この魔神は狩る。異存はあるまいな?〉

 燃ゆる大剣を生み出し指揮棒のように振るう死神だが……周囲の反応はにぶい。

〈そういきり立たないで下さい、サマエル。この者が大英雄の末裔まつえいを救い、大英雄に至らんとする者を治療したことは事実です。特に首を斬り落とされたという少女は、私が到着してからでは間に合わなかったことでしょう〉

〈おや? おやおや? 神としての格が下がる医術神に発言など求めていないが? 若造は黙っていてくれたまえよ、ナーサティヤ。そなたは逃げられぬよう結界でも張っていればそれで良い〉

「「……」」

 真っ当な意見を自分本位極まる言葉で叩きのめす死神である。どうしようもねえなこいつ。

 というか、ナーサティヤは医術神だったのか。

 随分前に修道院で傷を治療してもらった時、世話になった神官が信仰していたのが医術神だったはず。修道院に石像があった気がするし、それで見覚えがあったのかもしれない。

(そんなことあったか……と、俺が気絶しているあの時のことか)
(あの時はこの神の前から逃げ果せるだとか逃げられないだとか、私とロウで主張し合っていましたが。ふふっ、今となっては片腕で薙ぎ払えることでしょう)

 物騒な感想が垂れ流される間にも神々の会話は進んでいく。

〈──〉
〈サマエルよ。オファニムの弁では、我らをかき回している魔神アノフェレスと、この魔神は敵対しているのだという。であれば、魔神同士の同士討ちも狙えよう。毒も使いようではないか?〉

〈おやおやおや……そなたまで日和ひよったかね、ケルブ。聖獣ともあろうものが、なんとも情けない。かつて大英雄がはらった魔を、我ら神がのさばらせておくというのかね? 開いた口がふさがらんよ!〉

 大仰おおぎょうに嘆き言葉を重ねるサマエルは、しかし協力を得られずにいる。

 たとえ力ある神であっても、こんな傲慢で胡散臭くて雑言ばっかりのやつに力を貸したくなんかないわな。

 人望のなさ……いや神望か? とにかく、それ故であろう。ざまあみろってやつだぜ。ガハハハ。

(……お前さん、アレから学ばないと明日は我が身だぞ?)
(無駄ですよサルガス。ロウは自身のこととなると、途端に認識が甘くなりますから)

 何故だか相棒から釘を刺されてしまうが、これを無視して話を進める。

「話は分かった。俺たちだって神と仲良くなんかしたくないし、すぐに消えてやるさ。ただし、アノフェレスとそれにつるむ魔神を滅ぼしてからな」

〈〈!〉〉

〈……ほう。アノフェレスは単独ではなく、協力者がいたか。貴様がそうなのではあるまいな?〉
「ねーよ。こっちはあいつが親のかたきなんだからな」

〈〈〈……〉〉〉

 俺の言葉を咀嚼そしゃくしてか、あるいは真偽を確かめんとしてか。彼らは一様に沈黙する。

 しばし重苦しい空気が流れたが──それを破ったのは予想だにしない人物だった。

「ぅ……ごほっ、げほ……ここ、は……?」

〈起きたか、末裔〉

 皇女ユーディット。首を斬り落とされた少女であり、俺が治療した相手でもある。

「……ケルブ様っ!? わ、わたくしは、斬られたのでは!? って、サロメ、そんな恰好をしてどうしたの!?」
「……」

〈汝の妹と大英雄は、そこの少年の姿をした魔神によって時を止められている〉

「どうもでーす。時止めてるけど、治療のためにやむなく止めたんだよ。あんた……いや、皇女殿下の治療をつとめたのも手前ですので、どうかお忘れなきよう」

 中腰のまま目を見開くという奇妙な状態で固まる、皇女サロメ。彼女には悪いことをしたが、治療のためのとうとい犠牲である。致し方なし。

「……! 貴方が、治療を。けれど、魔神である貴方が一体何故?」

すこぶる簡単な話だよ。大英雄の子孫を救うことで、我ら神々へ恩を売り込もうと──〉
「──あーはいはい。虚言きょげん並べ立てる死神さんは黙っていましょうねー。次余計な茶々入れたらぶっ飛ばすからな、お前」

〈ハッ! これはこれは、力を振りかざし論を封殺するとは、実に魔神らしい陋劣ろうれつさではないかね。自ら浅ましい品性をひけらかしていくとは恐れ入るよ〉

 話し始めれば罵倒ばとうの言葉が虹のように広がる死神である。白い歯を見せよく通る声でしゃべくり回るため、苛立ちも倍増だ。トサカにきますよホンマ。

〈このように死神サマエルと敵視しあっているが……この者は、我らを害する魔神──アノフェレスと敵対関係にある。我としては利用するのもやぶさかではない〉
〈──〉
「……魔神アノフェレスというと、ケルブ様が度々たびたびおっしゃられていた“虫”の主でしたか」

 魔神を利用する──そう聞いて、美しい顔から表情の色を消し去るユーディット。

 大陸から魔を打ち払った大英雄、その血を引くという帝国の皇族。その一員である彼女にとっては、やはり抵抗が大きいようだ。

〈この魔神が治療中に何かを形跡はありません。治療も正確ですから、私も利用するという案に異存はありませんよ〉
〈若造に獣、魔の本質を見抜けんかね。神が魔を迎合げいごうするとは、全くもって嘆かわしい〉

〈対する者に等しく死を届ける。そんな貴方の神性を考えれば、承服しょうふくしかねるというのも理解できます。しかしサマエル、この者は少女の魔神と合流した時も、貴方を滅ぼすことより末裔たちの治療を優先しています。この事実こそ、この少年の本質を示しているのではないでしょうか?〉

 滔々とうとうと語る医術神ナーサティヤは、落ち着いた言葉でクソ死神を言い負かす。どうしてここまで俺を擁護してくれているのかは謎だが、クソッタレが閉口するのは気分がいい。

 アレか、黒髪で褐色で美形仲間だからか? あらやだ。照れるわ~。

(馬鹿なこと言ってないできちんと警戒してください)

 美男子からの愛に参っていると、黒刀殿から叱咤しったされてしまった。反省してまーす。

◇◆◇◆

〈──フン。魔神の手を借りるなど情けない限りだ。悪にびへつらうそなたらには付き合っておれんよ〉

 などという捨て台詞を残し、死神サマエルはほむらとなって掻き消えた。空間魔法でのとんずらである。

〈ふぅ。やっと去りましたか〉

「ナーサティヤ様……?」

 面倒な奴がようやく消えたと溜息を吐こうと思えば、先を越されてしまう。褐色美青年こと医術神だ。

〈含むところがあるな。どういう意味だ? ナーサティヤ〉
〈つい先日、太陽神ミトラスと話す機会を持ったのですが。その際にこの少年……魔神ロウについてのお話を聞いたのです。いわく、人や竜とえにしを結ぶ極めて珍しい魔神である、と〉

〈!?〉〈人に、竜だと!? 魔神であるこの者がか!?〉

「ナーサティヤ神、ミトラス神から話を聞いてたんですね。……ってことは、俺が敵対してる相手の中に、豊穣神バアルがいることは知ってます?」

〈〈!?〉〉
「っ!?」

 会話に割って入れば、聖獣たちの表情が驚愕に染まる。翼のやつは顔なんてないが、驚いているらしいことは、激しく動く翼やこちらを凝視する金眼からうかがえた。

 ちなみに、ネイトは大欠伸おおあくびをしながら結界の上で胡坐あぐらをかいている。難しい話は退屈なようだ。

〈ええ。多くの人々を導き支えてきた力ある豊穣神が、まさか力むさぼる魔神であろうとは……。道理が通っていたとはいえ、信じられぬ思いでした〉
〈あのバアルが、魔神だと? どういうことだ!〉
〈──!〉

「そのまんまですよ。豊穣神バアルは裏の顔として、『暴食』の異名を持つ嵐神バエルという一面を持っているようです」

 興奮する聖獣たちに答えを放ると、今度は完全停止。理解を超えたのか受け入れられなかったのか、静止状態となった。

「『暴食』の魔神っ!? そんな、あり得ません! ユウスケ様が打ち倒した魔神ではありませんか!?」
「そうなんですか? 俺は直接見ていませんけど、打ち倒された後の時代に魔神バエルが目撃されてます。その人物はバエル本人に封印されたので、見間違うってこともないでしょうし」

 泡を食って反論してきたユーディットへ、かつて火山平原で聞いた話を掻いつまんで伝える。

 肝心の証言者たるニグラスのことは、今は置いておこう。あいつは邪神とも言われていたみたいだし、この場で名前を出すのは混乱の元だ。

〈彼の語った内容は太陽神のみならず、古き竜による裏付けがあります。これを正しいとした場合──〉
〈──豊穣神バアルと深い関わりのある死神サマエルは疑わしい、か〉

 人面獅子が重苦しく引き継げば、眉間にしわを刻む褐色青年も頷きを返す。

〈勿論、協力していると断定するわけではありません。彼は死神で、魔をほふるが信条。加担者を裁く方が似合うほどです〉

〈しかしそれも、豊穣神が言葉巧みにそそのかせばくつがえりかねない。考えてみれば、あれは昔から術策じゅっさくを好むやからだった。あのサマエルであっても、あるいは転がされるやもしれんな〉
〈──〉

「そんな、まさか。サマエル様が豊穣神様に……?」

 豊穣神の話で盛り上がる神と聖獣たち。俺は完全に置いてけぼりである。

「まあとにかく、そういうことですんで。こちらとしてはアノフェレスとバアル……バエル? と、それにつるむ魔神を叩きのめしたらおしまいです」
〈軽く言う……いや、待て。その口ぶり、まさかまだ他に魔神がいるというのか!?〉
「未確定ですけど、奰神ひしんアスモデの関与が疑われてます。これも既に滅んだとされてる魔神ですね」
〈アスモデ……! 挙がった名は大戦期の上位魔神ばかりだが……まさか、今まで機を窺っていたのか?〉

 皇女も聖獣もアスモデの名を知っているらしく、驚愕しきりだ。

 結構長く生きている竜のドレイクが知らなかったし、それほど有名ではないと思っていたが。彼らを驚かせる程度には名が知れ渡っているらしい。

 ──とにもかくにも。

「こっちの事情はそんな感じなんで、帰っていいですか?」

 俺の話は終わりである。アノフェレスが皇女にちょっかいを出していることも分かったし、さっさと戻って情報共有といきたいところだ。

〈〈〈……〉〉〉

 対し、押し黙る聖獣と医術神。反論がくるかと思いきや、意外に静かである。

「流石だな。神や聖獣の前でも一切はばからない。お前はいつでもアタシの理解を超えている」
(あまりの身勝手さに呆れて物も言えないだけでは?)

 などと分析されたが華麗にスルー。

「なっ……!? 今の流れは、貴方が協力してくださるという話でしたでしょう!? いえ、それ以前に! サロメやエステきょうのこと、しっかり元に戻してください!」
「あ。すみません、完全に忘れてました」

 言われて思い出す時止め事件。話の規模が大きくなりすぎて、枝葉しようの話をすっかり忘れていたぜ。

 聖獣オファニムが荒れに荒れた闘技場周辺を修復していく様を眺めつつ、俺は時魔法の解除に勤しむのだった。
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