異世界を中国拳法でぶん殴る! ~転生したら褐色ショタで人外で、おまけに凶悪犯罪者だったけど、前世で鍛えた中国拳法で真っ当な人生を目指します~

犬童 貞之助

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第八章 帝都壊乱

8-13 蛹化

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 白昼堂々はくちゅうどうどう繰り広げられた神と魔神の動乱が収まった後。

 聖獣というに相応しい力を振るったオファニムの手腕により、破壊された建物やえぐり取られた大地が復旧した。

 山が入ってしまうのではないかというほど巨大で深い大穴に、大魔法の余波に曝された建造物。幸いにして被害地域は住居のない空白地帯だったが、その破壊痕は壮絶である。

 しかしながら、帝都臣民の動揺はさほどでもない。自分たちの住む街でこのようなことが起これば、恐慌状態となってしかるべきだが……大多数は怯える程度で済んでいた。

 理由は彼らの前に顕現した翼の聖獣オファニムにある。

 空間魔法や時魔法を得意とするこの聖獣が、損害全てを数時間のうちに再構築してみせたのだ。

 翼だけで構成された大蛇のような姿をとるオファニムは、その翼の節々に埋まる金眼にあらゆるものを記憶している。それに沿って時と空間の混合魔法──空間回帰くうかんかいきを発動すれば、命持たぬものの状態をそっくりそのまま再現可能だった。

 天に座し翼の瞳で見据え魔法を織りなすその姿は、正に神たる力の体現者。帝国臣民が信仰の対象として再確認するには十分な威容である。

 結果、人々は聖獣への信仰を強くしつつも日常へと戻っていった。

 ──近隣の国と比べて豊かな国ではあるが、日々を生きる帝国臣民の悩みは多い。

 帝国の成長を停滞させている皇帝への不満。
 活発化する竜の動きと、それを信奉する竜信仰への不安。
 今まさに起きた、神や聖獣にあだなす魔神への恐怖。

 彼らの聖獣や大英雄への強い信仰は、精神の支柱であることの裏返しでもある。偉大なる存在に庇護ひごされているという安心感を、日々生きていく上での心の支えとしているのだ。

 ──人の世を転覆てんぷくさせんとうごめく魔神たちは、ここを突く。

◇◆◇◆

 翌日の深夜。帝都宮殿近くにある屋敷の一室では。

「──クソがッ!」

 大英雄の再来と称される騎士──カラブリア・エステが酒に飲まれ、壁に金属製のゴブレットを叩きつけていた。

 普段なら従者や使用人が飛んでくる事態だが、帰宅した当初から主人が憤怒ふんどの相だったためこれを放置。駆けつけられるよう準備をしておきながらも、彼らは部屋に入らず見守っている状態だ。

 この状態が丸一日続いているため、使用人たちも疲れがにじんでいる。

「何が大英雄だ、クソッタレめ。散々もてはやされてこれじゃあ、道化もいいとこだ……」

 さておき、場面は室内。
 転がったゴブレットを片付けもしないで、彼は寝台に身を投げ出した。

 ──帝国の騎士カラブリアは、環境に恵まれて育った。

 厳格だが家族のためによく働く父親に、それを支え子供たちへ分け隔てなく愛を注ぐ母親。
 責任感が強く下の兄弟たちの面倒をよく見る兄に、やんちゃで場を明るくする弟、甘えたい盛りな妹。

 皇帝より土地を与えられていたエステ家は収入も安定しており、上記家族に使用人数名を加えても問題とならない。カラブリアはこの豊かな環境の中でのびのびと成長した。

 彼は才能にも恵まれていた。

 運動能力も魔力も図抜け、剣術・魔術・勉学全てにおいて同年代どころか大人も圧倒。騎士としての見習い期間に、仕えている主君の近衛このえ兵長を完封してしまうほどだ。それも成人前、十歳の時分である。

 更には、運やえにしにも恵まれた。

 爵位しゃくいの高い主君より大々的に叙任じょにんを受けてその名を広め、戦いに従事した際には敵国の主力とぶつかりこれを討ち取る。智にみ武に優れた彼は、瞬く間に頭角を現していく。

 特に名を特に知らしめたのは、公国との小競り合い中に紛れ込んできた亜竜の群れを、一撃の下に打ち払った一件。それを見た敵の公国兵は恐怖におののき打ち震え、味方の帝国兵は大英雄とたたえて狂喜したものだ。

 亜竜の一件は両軍のぶつかり合いとは無関係だったが、公国軍は拠点を放棄し撤退した。どれほどカラブリアを脅威と見たかがうかがい知れる事件である。

 それでも──。

「神や魔神の力の前じゃあ、足元にも及ばない。神をもしのぐって言われた大英雄が聞いて呆れるぜ」

 ──そんな英雄を歯牙しがにもかけないのが、この世界の上位者たちである。

 亜竜をほふる斬撃なれども、神が前では取るに足らない。魔術のように人の創り出した技法であれば、その人を創りし神からすれば単なる児戯じぎ。それが創造主というものだ。神と格を同じくする魔神についても同様だ。

 魔神の少年からは軽くあしらわれ、魔神の男性からは一瞬で無力化される。彼の積み上げてきた誇りは、完膚かんぷなきまでに打ち砕かれた。

「畜生……折角いい感じにしたってのに、水差されちまったぜ。しかも、皇女の前で……あー、だせえ。本当最悪だわ。つーか治癒の奇跡はともかく。首斬られたユーディット殿下を蘇生そせいさせるって、どうなってんだよ──」
「──随分と荒れているようだな? 大英雄よ」

「!? 誰だ!」

 ベッドの天板へ不満をぶつけきしませていれば、突如響く男の声。

 カラブリアはすぐさま跳ね起き得物を構える。

「……? 気配が、無い?」
「ククク。汝に感じ取れぬだけだ」
「ッ!?」

 周囲を探る青年の耳に、生温かい息が吹きかかり──即座に抜刀。身をひるがえし、金の刃を薙ぎ払う!

 確実に背後の存在を捉えたかと思われた刃は、しかしなんの手応えも得ず空を切る。

 刃先からはしった魔力の刃が家具を切り裂き、破砕音が空しく響く。

「いない……亡霊の手合いか? だが、魔力の反応はない」
「人に過ぎない汝には認識できぬ。それだけのことだ」

 再び声。直後に、ひらめく金の刃。

 されども結果は焼き直し。音の発生源を切り裂くも、カラブリアには僅かな感触さえも得られない。

「人に過ぎない、だと? まるで自分は違うとでもいう口ぶり……もしかして、魔族か?」
「くはは。儂を魔族扱いとは、恐れを知らん小僧よな」

 青年が手を止めいぶかしんだところで、声の主が雷光と共に顕れる。

「──……ッ」

 ちぢれたような長く黒い髪に、光を呑むような黒々とした瞳。

 白布を巻き付けるようにした衣服に、全身至る所をいろどる宝石細工に金細工。

 神や聖獣を知るカラブリアであっても、滲み出る覇気にあてられ脂汗あぶらあせが止まらない。眼前の老人はそれほどまでに次元が違う。

 つまるところ、人智を超えた絶対者である。

 空間魔法で降臨したしわだらけで長身の老人は、黒い歯を剥いて口角を上げ、生唾を飲む青年に語りかける。

「大英雄カラブリアよ。儂が誰だか分かるかね?」
「……豊穣神、バアル様。とんだご無礼を働きました」
「素早い理解、上出来だ。異なる世界よりしているだけのことはある」
「!」

 先の独り言を拾われたか──カラブリアの表情がにわかに強張こわばる。

「そう構えるな。汝がかつての大英雄──ユウスケとであるのは、独特のにごりを持つ魔力から自明のこと。儂がこうして顕れたのもそれが関係してのことだ」

「今まで隠し通せていたと思ってましたが、魔力の質とは……。豊穣神様は、そのようなことまで見通せるのですか」
「当然であろう? 儂は人の祈りより生まれし豊穣神。幾千幾万の祈りを見続けてきた儂には、人を構成するものの何たるかを見極めるなど容易いことよ」

 指先をもてあそんで魔力を操り、破壊された室内を再構築していく老神バアル。瞬きする度に修復されていく調度品は、青年に老人の力を知らしめるに十分なものだった。

「部屋の修復、恐れ入ります。しかし豊穣神様、今回はどういったご用件で……?」
「なに、大英雄に至らんとする汝の荒れようを見て、少し導いてやろうかと考えてな。魔神が出てきた今、悠長ゆうちょうに構えてはおれんというのもある」
「……魔神ッ」

 ちぢれにちぢれた豊かな顎髭あごひげを撫でつけ老人が語れば、苦虫を噛み潰したかの如く表情をゆがめる青年である。

 思い描いたとおりの反応に目を細め、バアルは言葉を続ける。

「大英雄カラブリアよ。汝の資質はあのユウスケに迫るもの。しかしその力の大部分は目覚めておらぬ」
「私が成長しきれていない、と? 日々の修練や迷宮にもぐる中で、十分に力をつけたつもりだったのですが」
「平凡な生まれであればそれで良いが、汝は非凡を極めたような存在。もとより英雄としての資質を具え、更には異なる世界の存在と混じり変質している。力を呼び覚ますための“刺激”も、相応に大きくなる」

 カラブリア・エステは才気あふれていた。後天的に肉体や魔力が変質すれば、その力は人の域から大きく逸脱する。

 彼が大英雄と呼ばれるほどの力を得たのは、元の才に加え転生者として変質したからに他ならない。人との間に生まれた魔神──褐色少年ロウが、魔神として比類なき存在へ至ったことと同様だ。

 しかし、英雄として相応しい実力を持っているカラブリアでも、実力は未だ人の枠組みの内。人類最強の水準にあろうが、神や魔神の域には程遠い。

 年若い彼は死線を潜り抜けておらず、どこぞの褐色少年とは違い真なる覚醒へは至っていなかった。

 ならばどうするのか?

 神たる力で干渉し、その力を引きずり出す。

 バアルが採用したのはすこぶる単純な強硬策である。

「ここに用意した液体はあらゆるさかいを崩すモノ。人の世では不老長寿を得ると呼ばれている霊薬れいやくだ。その実、人ならぬ存在へ変質し、肉体のことわりを変容させる代物しろものだがね」

「不老長寿の霊薬……」

 虚空から現れたガラス瓶には、鮮血のような液体がとぷりと揺れる。

「この霊薬は儂が力を込め、更に効能を高めておる。汝が服すれば秘めたる力の全てが解き放たれるであろう。人ならぬ存在へ至ることでな」
「……つまり、バアル様。私に化け物となれ、ということでしょうか?」

「くははは。そうさな、ていに言えばそうなろう。しかしカラブリアよ、大英雄ユウスケを思い出すと良い。アレは人の姿をして魔をはらい人を救ったが、人ではない。神々の力を結集して創られた神造物だ。汝が至るのもソレよ」

 世の権力者が求めてやまない神秘の薬。それを差し出されたカラブリアは黙考する。

 日本にいた頃それなりの年齢にあった彼は、老いというものを知っている。

 運動能力に記憶能力、身体の免疫に感情の制御。加齢で低下していくものは様々であり、前世において商社勤しょうしゃづとめだった彼も苦労したものだ。

 それも、粉物を扱う卸売業おろしうりぎょう。数十キログラムの荷を百以上も動かすのだから、関節の損耗は一般人の比ではない。身に染みていたと言ってよい。

(……前世のことを考えると老いないっていうのは魅力的だが。効能が人外になる以上、はいそうですかって受け取れるもんでもない。それに、この爺様じいさまの意図っていうものがはっきりしない。まずは具体的効果と、俺を覚醒させたい理由から明らかにしないとな)

 神が寝室に顕れるという異常事態に適応した青年は、脳を高速回転させて捻り出した問いを投げかける。

「バアル様。貴重な霊薬の提供、ありがたく思います。しかし何故、それほどに貴重なものを与えてまで私の成長をうながすのでしょうか? この点が明らかとならなければ、どのような変化が起こるかも分からない薬を飲むには……いささか抵抗がございます」

「フッ、存外冷静であるな? カラブリアよ。先も言ったが効能は境界の破壊……肉体の理を作り変えるものだ。そして理由も軽く触れている」
「聖獣様たちを相手取った魔神、でしょうか」
しかり。魔神を討ったとならば大英雄のはくが付こう。今、この帝国は節目ふしめを迎えている。皇帝の力が急激に弱まっていることは、汝も知っていよう?」

 絶大なる人気を誇る皇女姉妹と異なり、帝国の皇帝と皇后こうごうの求心力は失われつつある。

 一つに、領土的野心を捨てきれず公国と小競り合いを繰り返し、戦闘地域からほど近い帝国南部を疲弊ひへいさせていること。

 また、近親婚という閉じられた血脈のため、皇族へ権力を集中させていること。

 そして、近頃行動が活発化している竜信仰、彼らが起こす問題に対し対応がおざなりなこと。

 これらの問題は帝国臣民に、中でも爵位しゃくいを有する貴族たちに強い不信感をもたらした。

 帝国南部の貴族や権益を得られない貴族が扇動せんどうすることで、竜信仰という不安の種を抱えた臣民たちはそれを現皇帝への不満へと成長させる。

 これは同時に、南部戦線で目覚ましい活躍をした大英雄カラブリアへの期待ともなった。

 すなわち新なる皇帝の即位。これを求める声である。

 彼自身が皇帝となることは、皇室典範こうしつてんぱんに「皇位継承は大英雄ユウスケの血を引く者のみ」と明記されているため不可能だ。

 だが、皇女と婚姻こんいんを結ぶことは可能である。大英雄の再来と称される人物ならば、むしろ奨励されよう。臣民は求心力を、貴族は外なる血と揺らがぬ武力を求めているのだから。

「……私が皇女殿下と結ばれることを、貴族様や帝国臣民が望んでいることは存じております。恐れ多いことですが」

「くははは、先の荒れようを見られてなお取りつくろうか? かの魔神にあしらわれ、聖獣たちはアレと手を組むありさまだ。堕落だらくした者どもを纏めて正し、正義を示して帝国を導こうとは思わんかね? 皇女との婚約など、そのだ」

「正義を示す……」
「そう、正義だ」

 カラブリアが美しき皇女に焦がれていると知るバアルは、大義を示してそそのかす。

 彼は人より信仰を集める豊穣神。人如きの心情を読み解くなど他愛ない。

「……」

 あくまで世のため人のためであり、私欲ではない──そうかれた青年は、決意を秘めて首肯する。

 己こそが英雄であり、魔を祓い人を救う存在となるのだと。そして、あわよくば皇女と……。

「心は決まったようだな。なれば飲むが良い」

 妄想で鼻息を荒くするカラブリアへ、霊薬を受け渡すバアル。何某なにがしかの魔法を準備するその表情は、常と変わらない。

「では、失礼して……のどに絡むような粘りですね。しかし意外と味は……ぐッ!?」

 赤き霊薬をあおった青年だったが、ほどなくうめいて胸を押さえ──身体がぐしゃりと崩れ、乳白色にゅうはくしょくの液体となった。

 その液体をあらかじめ構築していた魔法で取り集め、老人は嘆息する。

「さて……。蛹化ようかの準備が整ったはいいが、かの魔神の強さは全くの予想外。聖獣どもと結託するしたたかさまで具えるとくる。直接削り合うよりは、連中が仲違なかたがいするように仕向けたいところだが……儂が魔神だということは既に露見していよう。如何いかにするか」

 残っていたカラブリアの衣服を始末し痕跡を消し去ったバアルは、室内をおおっていた防音魔法を解除してその場を去る。

 使用人たちが主カラブリアの姿が見えないことに気付くのは、夜が明け午後となってからのことだった。
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