異世界を中国拳法でぶん殴る! ~転生したら褐色ショタで人外で、おまけに凶悪犯罪者だったけど、前世で鍛えた中国拳法で真っ当な人生を目指します~

犬童 貞之助

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第八章 帝都壊乱

8-20 英雄墳墓

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 会話や買い物を挟みつつも堂々たる歩みを続けた一行は、ほどなく目的地たる巨大建造物へ到着する。途中露店で花束を購入するも、人混みが無かったため時間に遅れはさほどない。

 巨大な石柱と石壁で構成された白一色の建物には、欠けや擦った痕跡が一切ない。たった今創り出されたばかりだと主張するかのように、瑕疵かしのない床面壁面が続いていく。

 装飾は最低限度、されど端々にほどこされるのは精緻せいちを極めし意匠の数々。

 大英雄ユウスケの霊廟れいびょうは、実におごそかにロウたちを出迎えた。

「これが大英雄の……。大昔からあるんですよね? なんだか、真新しい空気感がありますけど」

「この墳墓は設計から建築まで、全て神々の手によってなされています。大魔法によって創り出された不磨ふまの建材ですから、当時から全く変化がないとのことですわ~。当然、お掃除は抜かりなく行っていますし」

〈墳墓の建造にはこのオファニムも関わっている。汝もオファニムの結界の強度は知っていよう? あれを石材に付与し、石材そのものを変質させているのだ。幾星霜いくせいそうを経ようともせる道理がない〉

「ほへぇー。神が建てた墓に眠るとは、流石大英雄……」
〈──〉

 ロウが獅子の聖獣ケルブの言葉に感心すれば、翼だらけの聖獣オファニムが誇らしげに翼を揺らす。

 神の魔法による光球がただよう中、意外なほどに和やかな雰囲気で進む一行。そんな彼らの前に、大墳墓を管理する者が現れる。

 宮殿を護る近衛このえ騎士に勝るとも劣らない、壮麗そうれいな鎧を身につける武装集団。男女入り混じる十名ほどの彼らはロウたちに臣下の礼を取りひざまずく。

「よくぞお越しくださいました。サロメ殿下に、聖獣様。ご予定は入れられていらっしゃらなかったと記憶しておりましたが……?」
〈観光兼調査だ。我らがいる故に案内は不要。己の役目を果たすが良い〉

「左様でございましたか。それではごゆるりとお楽しみくださいませ」

 短いやり取りを終えると、騎士の代表は部下を引きつれ去っていく。皇女に見惚れたり、聖獣におののいたり、褐色少年に欲情したりする面々も、素早く表情を引き締め職務に戻った。

「もっとやり取りがあるものかと思ってましたけど。これも聖獣の御威光ってやつですか」
「ですわね~。わたくし一人であれば、たとえ聖獣様が内で護っていたとしても、必ず護衛の同行を申し入れられたことでしょう」

「何せ、殿下のでっち上げかもしれませんからねえ。聖獣が内側にいるかどうかなんて、騎士には判断できないでしょうし。頻繁ひんぱんに脱走していらっしゃる殿下のお言葉となると、いささか信用に欠けると言いますか……」

「むきーっ! なんてことをおっしゃるのですか!」

 地団駄じだんだを踏み火球を発生させる少女に、それを水球で消失させる少年。人族国家の皇女と人類の天敵たる魔神でありながら、実に気安い会話である。

 一般人の立ち入ることができる区域までは、平穏そのものな彼らだったが──。

〈このようなところにまで侵入を許すとはね。魔をはらった英雄の墓所へ魔の首魁しゅかいが訪れるなど、嘆かわしいにもほどがあるよ〉

「げッ」「あへっ!?」

 ──十二の翼を躍らせる神と鉢合わせたことで、その空気も霧散してしまうこととなった。

◇◆◇◆

 小さな光球が辺りをただよい、幻想的な空気をかも霊廟れいびょう内部。

 その光景の中でロウたちを待ち受けていたのは、林立りんりつする柱の一つにもたれかかる、有翼の銀髪金眼な美青年。おごそかな場所ということもあり、そのたたずまいは宗教画から切り取ったかの如き静謐せいひつさだ。

 そんな美しさ極まる青年だが、口を開けば雑言ぞうごんばかりである。

〈聖獣よ。戦いから遠ざかりすぎて耄碌もうろくしたのかね? かの者の守護獣として遣わされたそなたらが、ここをどこだか分からぬわけではあるまい?〉

〈言われるまでもなく理解しているとも、サマエル。ユウスケの墓所へこの者を案内したのは、我らの意思表示でもある〉
〈ハッ! 何を言うかと思えば、意思表示とな。話にならんね。魔を排する聖獣が聞いて呆れる。開いた口がふさがらんよ!〉

〈フッ。汝の口が塞がった試しなどないだろうに〉
〈──〉

 対し、青年へ応じる応じる聖獣たちはやなぎに風と受け流す。

 皇女が襲われた際、サマエルが皇女の救出ではなく敵の排除を優先したこと。
 そして皇女襲撃の実行犯、魔神アノフェレス一派に協力している可能性があること。

 先日判明したこれら事実は、皇女の護りを至上とする彼らが不信感を抱くには十分すぎる要素である。彼らが取り合わないのは半ば敵として認識しているからに他ならない。

〈〈……〉〉

 死神の挙動を静かに見つめる目付めつけや、皇女を護れるような位置へ僅かに動く立ち回り。結果として彼らに表れたのが身じろぎ程度のかすかな動き。近くにいるロウもサロメも気付かぬ微々たる変化だ。

 さりとて、些細な事柄を見抜き逃さずあげつらうのが死神サマエルである。

〈……ハァ。天空神より遣わされて九百年。早くも焼きが回ったかね? 魔たるその者を迎え入れ、神たる我を警戒するとは……やはり獣に永き時は耐えられぬか〉

〈警戒? 単なる嫌悪だ。汝とは当初よりこうであろう〉
〈あくまでしらを切るかね。まあ良い。神や聖獣すら使嗾しそうするとなれば、この魔神を監視せぬ理由がない。この墳墓で妙な気を起こさぬよう、我も同行するとしよう〉

〈〈……〉〉
「げぇーマジかあー。横からネチネチ言うのだけは勘弁な」
「死神様がご同行。お父様が聞かれたら卒倒してしまいそうですわ」

 顔を見合わせる者たちに、下唇がめくれるほどに嫌悪を覗かせる者、上位者ばかりの状況にぶるりと身を震わせる者。サマエルの言葉を聞いたロウたちの反応は様々だ。

〈貴様が何事もくわだてなければ、こうして顕れることもなかったのだがね? 魔神ロウ。この墳墓を荒らそうものなら言葉だけでは済まぬと知れ〉
「はいはい。というか、俺が立ち入れるのってこの辺までだし、荒らしようがねえよ。後は花を供えて故人をしのんでお終いだ」

「あら、そうでしたの? わたくしてっきり、ユウスケ様の眠る聖櫃せいひつを見ていかれるのかと」
〈“大英雄の墓を見たい”と言った以上、我らも皇女の語る意で捉えていたが〉

「一般の人だって石像に祈るだけなんですから、そこまで無茶は言いませんよ。俺をなんだと思ってるんですか」

〈〈〈……〉〉〉

 心外だと憤慨ふんがいするロウだったが、聖獣も死神も等しく沈黙を返すのみ。彼らの脳裏に「どの口が抜かすのか」という言葉がよぎったのは言うまでもない。

 そうしたひと悶着があったものの、皇女サロメが折角墳墓へきたのだからと一歩も引かず。

 大広間で献花台けんかだいに花を供えた彼らは、大英雄の埋葬室まいそうしつへ向かうこととなる。

「ロウさまには律儀な一面もあるのですね。人として育ったということが影響しているのでしょうか?」
「ですかねえ。そのせいか、ちょっとだけ大英雄様に共感を覚えるんですよねー。ほら、大英雄様って力が圧倒的過ぎて、慕われこそすれ友と呼べるような存在が皆無だったそうですし」

〈魔神が大英雄に共感? 闘争でしか自己を確立できぬ魔の化身が、世のため人のために尽くした英傑に感ずるところがあると? 戯言ざれごとを。全くもって度し難いね〉
「お前って本当そればっかりだな……ちょっとって言ってるのにそこまで否定せんでも」

 純白の翼を羽ばたかせるいやみったらしい銀髪青年を加え、更ににぶくなる進行。それでも一行は奥へと進む。

 神の魔力で創られたゴーレムたちの間をすり抜け、魔神はおろか神さえも容易に近づけない光の結界をくぐり抜け。ロウたちは静謐なる空間に似つかわしくない罵声を反響させつつ、深部を目指した。

 そんな時間がしばし続き──。

「──おほ~。ここが埋葬室ですか。これはなんとも……」

 少年は墳墓ふんぼの中心、大英雄の眠る巨大空間に到着した。

 半球状の大空間は床面壁面共に複雑な紋様が描かれ、空間に満ちる魔力を吸って光り輝く。

 周囲に目を移せば神や女神、人の女性をかたどった像がぐるりと配され、中心には石のひつぎが鎮座する。墓所というより祭壇という光景を見たロウは、「眼」をらし分析していく。

「ほうほう……壁に地面に空中までも。この紋様、全部障壁を形作ってるわけですか。凄い数だ。それに、なんだか身体がチリチリします。魔術の一種ですかね?」
〈魔を排する陣ではあるが、人の術ではなく神なる技法だ。魔神であっても破ることはできん〉
〈フククク。そういうことだ。貴様であっても荒らすことは叶わん。あてが外れたかね? 魔神よ〉
「すぐそっち方面に持っていかなくていいから……ん?」

 死神の挑発を無視して観察を続けていたロウだったが、壁際を埋める石像の中に死神を見つけると笑みを浮かべた。

「ほぉ~。ふ~ん? なるほどなるほどー」

〈……なんだね、その汚らしい笑みは〉
「いやほら、実物はなのに、石像だと正義の神様なんだなーって。炎の剣も氷の天秤てんびんも、全部そういう象徴だろ? 死神のくせに……」
〈ほう。愚昧ぐまいなる魔神の割によく分かっているじゃあないか。貴様の言葉通り、我が石像は正義そのものだ。魔をはらい悪を裁く、な〉

 破壊的な力を示す炎の剣に、厳格なる公正さを示す氷の天秤。前世で学んだ神話学を引っ張り出した少年は、世界が変わっても象徴は変わらないのだなあと感慨にふける。

「死神様は正義の象徴でもありますけれど、司るものは死と再生ですわ。命を停止させる冷徹なる氷に、命の躍動を表す激情の炎。両極端な性質なのですわ~」

〈……おい、聖獣。何故この皇女は我が権能について語りだしたのだね? 魔神に手の内を知らせるなど、気をたがえたとしか思えぬのだがね〉
〈汝と魔神の会話に混ざりたかったのではないか? 土台、広く信仰を集める汝の権能など、既に知られていよう〉

「死と再生かあ。なんとまあ死神らしい権能なことで」
〈おい愚か者! 知らなかったではないかね! この愚物ぐぶつがッ!〉
「あへっ!? も、申し訳ございません!」

 凍れる天秤は対する者を等しくけなす。青年の罵倒は魔神であろうが皇女であろうが一切鈍らない。

「愚物て。お前、俺と戦ってる時に“権能を込めた我が魔法を~”とか言ってなかったっけ? 秘密にしてるって聞いても、物凄く今更感があるんだけど……もうアレか。空気が悪くなる前にさっさとお祈りして帰るか……んん?」

 あんまりにもあんまりな言動に引いていたロウは、再び一点を凝視。

 攻撃態勢となったネコ科動物の如く瞳孔を散大させて見つめる先は、大英雄が眠るひつぎである。

 床や壁同様、精細な紋様が描かれている聖櫃。それは一見、瑕疵かしなく見えたが──。

「これは、亀裂ですかね?」

 尋常ならざる魔神の視力は、ごくごく僅かな傷を見つけ出す。

〈!〉

 ロウに次いで変化をみとめたのは聖獣オファニム。彼は紋様の切れ目のみならず、異質な魔力の残り香さえも看破した。

 一寸の虫が行う呼吸よりなお希薄な魔の気配。ロウでさえ知覚できないそれに、聖獣は緋色ひいろの魔力を見る。

〈……〉

〈ほう。聖櫃せいひつに亀裂かね? 訪れるものが皆無であり、大魔法でもって護りをこしらえられたこの入れ物に、かね。随分ときな臭いじゃあないか〉
〈亀裂どころではないぞ、サマエル。どうやら魔神の残り香もあるらしい。我らであっても見逃すほど希薄だが……よくよく見れば確かにある〉
「マジっすか。傷見つけておいてなんですが、魔力は気付かなかったですよ」
「ま、魔神の残り香っ!? ユウスケ様の眠るこの場にですか!?」

 上位者たちが暢気に語り合う一方、泡を食って動じるのは唯一人間である金髪少女。大英雄の血を色濃く残す傑物ながら、今この時は獅子に囲まれ震える羊である。

 そんな彼女を放置して、上位者一同は棺を調べる。

 亀裂の検証に加え、「魔眼」を用いた他の痕跡の調査、空間魔法を使った内部調査に至るまで。ちり一つ見逃さない調査の結果は──。

「う~ん? 手は出されてない、ってことですかね?」

 ──あろうことか手つかず。

 遺骸や遺物に動かされた形跡は見当たらなかったのだ。

〈当然であろう。この封は神々の力を結集して創りしもの。これを破り大英雄の遺骸を持ち出すなど、構造を知る我らであっても至難を極める〉
〈侵入できたはいいが、護りの固さを前に逃げ帰った。そんなところかね〉

「なるほど。この空間だと調査するだけでも滅茶苦茶消耗しますし、確かに持ち出すなんてのは無理そうな感じです。ここで俺たちが封印を破いちゃったら元も子もないですし、お祈りして戻りますか」

 未知なる魔神の魔力に引っ掛かりつつ、常のように結論を先送りとしたロウ。

 周囲から突き刺さる呆れの視線をまるっと無視した彼は、本来の目的へと立ち返る。聖櫃で眠る大英雄への祈りである。

(初めまして、大英雄ユウスケ。俺はロウ……そして、中島太郎なかじまたろうって名前もある。お前と同じ日本からきた、同郷人だ。生まれはこの帝国じゃなくて、よその国だけどな。つまり、云千キロも離れた外国から、わざわざ足を運んできたってことだ。お前のために。嬉しいだろ? 喜べ!)

 のっけから自分の話を全開で語る褐色少年である。

 常であれば曲刀たちから「押し付けがましい」と突っ込みが入るところだが、祈りの時間であるからか念話が飛ぶことはない。それをいいことに、少年の祈りという名の雑談は続く。

(この世界ではお前が死んじゃってから九百年経ってるけど、不思議なことに向こうの世界だとそんなに時間が経ってないっぽいんだよね。お前が遺してきたネットスラング、物凄く覚えがあるものばっかりだし……。ということは、だ。俺が地球に戻ったあかつきには、お前の実家を探すことも可能ってわけさ!)

 試してもいない地球への転移を前提として、壮大な展望を語るロウ。

 しかし、次の瞬間には楽し気だった調子が一転。沈痛な面持ちとなった彼は静かにしのぶ。

(……同郷人として、そして同じ人ならざる存在になってしまった者として。お前が背負ったもの、少しは理解できるつもりだ。いきなり訳の分からない力を得て、人族の未来を背負わされて、殺戮さつりく兵器として戦場に駆り出されて……挙句には、好意悪意にもまれにもまれて。普通に生きてた日本人としちゃあ、しんどいなんてもんじゃ、ないよな)

 かつて本で読んだ大英雄の届かぬ想いを追想ついそうし、少年はほほに一筋の雫を落とす。

 英雄と魔神。されど同じ故郷を持つ異世界人。同郷の友人を一人しか知らないロウにとって、ユウスケは救世の大英雄というより同胞の日本人という印象が強かったのだ。

(本からの情報だけじゃ分からないことだらけだけど。お前の未練、出来得る限り晴らしておくよ。宇智英うちえユウスケ……)

 思いを決意とした少年は、涙をぬぐって静かに立つ。

 涙を見た皇女から悶えられて抱き寄せられたり、聖獣からいぶかしがるような視線を突き刺されながら、ロウは静かに埋葬室を後にしたのだった。
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