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第八章 帝都壊乱
8-21 嵐神の謎
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皇女サロメから猫可愛がりされたり、死神サマエルから罵倒されたり。そんな訳の分からん大英雄の墓参りも終わりを告げた。
そうして現在、俺たちは帰路の真っただ中である。
「──うふふふ~。夕焼けの空の下、何憚ることなく天翔ける。周囲の景色も良いものですけれど、ロウさまの腕の中というのもまた素敵ですわ」
「光栄の至りです、殿下。宮殿も破壊されたような跡はありませんし、ユーディット殿下も健在のようですね」
お姫様抱っこ中のサロメと一緒に行うのは空間魔法。経路は人目も届かぬ上空だ。
胡散臭い死神とは既に別れており、聖獣たちも既に皇女の内側へと引っ込んでいる。
つまり、この状況は邪魔者なしでのスーパー美少女とのデートタイムである。
ガハハハ、役得ですなあ。
(……)
前言撤回。曲刀たちがいたんだった。
ギルタブなんぞ、うきうき気分が瞬時に消し飛ぶ殺気を発している。デート中無口だったから完全に失念していたぜ。
「? ロウさま、如何なさいました……ああ、もう着いてしまったのですね。わたくし、名残り惜しいです」
「死神がきた時はどうなるかとひやひやしましたけど、楽しい時間でしたもんね。……宮殿に荒らされたような気配はありませんし、降りますか。念のため、警戒だけはお願いします。聖獣たちも」
〈当然だ〉
美少女の豊かな胸元から生えた厳つい顔に頷きを返し、宮殿の一室に転移する。
サロメを降ろし周囲を見回せば、ずらりと並ぶ書架の海。宮殿の誇る大図書館、そのど真ん中である。
その図書館は魔道具の照明も落とされ、薄暗いを通り越して真っ暗闇だ。この場だけではなく館内そのものに人の気配がない。
「夕方ですけど、もう図書館閉めちゃってるんですね。ここを待ち合わせ場所にするの、間違っちゃったかな」
「問題ありませんわ、ロウさま。お姉さまたちと待ち合わせることができるのも、ここが閉まっているからこそですから。それに、わたくしにかかればこの通り」
上機嫌で語る金髪少女が指を指揮棒のように振るえば、柔らかな光が場に満ちる。
「うおッ、眩し……くないか。ちょうどいい塩梅……調整がお上手ですね。サロメ殿下は火以外の属性も操れるんですか」
「ほほほ。光球を生み出すくらいわけないですわ~。わたくしもユウスケ様の末裔ですもの! ユウスケ様風に言えば『なんでもござれ』ですのよー」
「ちょ、なんでもござれて。……あいつ、変な語録残しすぎだろ。お姫様が急に時代劇風の口調になるとか、不意打ちが過ぎるぞ」
異なる世界へ召喚され、英雄へと祭り上げられてしまったユウスケ。その力や使命や境遇ゆえに、理解者を得られなかった悲しき転生者。
そんな彼がここ異郷の地で、自分がいたことの証を残そうとするのは自然な流れなのだろう。
全く異なる世界に放り込まれた彼の、英雄としての生き方に縛られた彼の、自身が日本人だったということを示す縁。彼は転生ではなく転移だったというし、この世界でロウとしての人生があった俺のようには割り切れまい。
だけども……もうちょっと、どうにかならなかったのか。
今まで見聞きした単語を振り返ってみれば、「死亡ふらぐ」だの「戦いは数だよ兄貴」だの、オタク言葉ばっかりだし。遺す言葉がそれでいいのか? ユウスケよ。
「──ようやっと戻ったか、ロウ」
故人にダメだしをしながら書架の森を歩いていると、ひんやりとした空気と共に蒼髪美女が顕れる。
「ただいま、ウィルム。こっちは観光ついでに発見があったけど、そっちはどうだった?」
「ふんっ。魔神こそ顕れなかったが、奴に連なる者は掃いて捨てるほど潜んでいた。ここの者たちに寄生する形でな。エスリウやミネルヴァだけであれば見逃していたことだろう。妾にかかれば見破るなど造作もないがな!」
「……寄生って、マジかよ。大丈夫? 宮殿ぶっ壊してない?」
〈ここは人の世。いたずらに騒げば耳目を集めることになる。そこの青玉竜とて多少は弁えているさ〉
むくれる美女から事情を聞こうかと思っていると、背後より静かな声音で補足がなされた。
声の主は艶やかな銀髪に黒のメッシュが映える、知恵の女神ミネルヴァ。いつの間にか背後にいたのである。やだ怖い。
「それもそうなんですけど、竜ですからね……。眷属を見つけた瞬間宮殿ごとぶっ飛ばす、なんて容易に想像できますし。なんならいきなり大魔法ぶっ放されても驚きませんよ」
〈くっははは。ああ、汝はあの枯色竜に至大魔法を放たれたのだったな。それに、青玉竜も問答抜きで襲い掛かられたという。であれば杞憂などとは言えまいな。ふふっ〉
「やい、ミネルヴァ。ドレイクの阿呆はその扱いで良いが、妾まで同列のように扱うのは不愉快だ。訂正せよ」
素晴らしく豊かな胸を揺らす女神が愉快そうに語れば、人へと変じる竜が牙を剥いて不快感をあらわにする。
超常たる存在の竜が機嫌を損ねるというハラハラする事態ながら、ウィルムから滲む冷気は薄っすらと霜が舞う程度。吹雪く気配などない。
感情を昂らせる度に猛吹雪を発生させていた彼女も、今では随分と丸くなったものだ。
「魔に連なる者が、寄生……。ガーベラたちは無事かしら」
〈ユウスケの末裔よ、心沈ませる必要はない。寄生された者たちは医術神の治療により一命をとりとめている〉
「よかった……。お心遣い感謝いたします、ミネルヴァ様」
「詳しく聞きたいところですけど、皆から話を聞きたいですし。移動しますか」
サロメの眉間の皺がとれたところで移動を再開。皇女や姿を見せていない魔神の待つ閲覧室へ向かう。
意外なことに、護衛を頼んだニグラスは皇女ユーディットと上手いことやっているらしい。魔神でありながら貴族としての顔を持つエスリウならいざ知らず、驚きである。
比較的穏やか(?)な性格のなせる業なのだろうか? 見目麗しい女性の姿をしているとはいえ、人ならざる存在。真なる姿に至っては肉塊である。よく受け入れられたものだ。
(ロウ、自分が魔神だということを忘れていませんか? 貴方という前例があれば、ユーディットがニグラスを受け入れるのも不可解ではないでしょう。魔神と比べれば精霊など、遥かに常識的な存在なのです)
頼れる相棒の言葉に「それもそうだ」と頷いている内に閲覧室へ到着。背中に美女たちの言い争う声が聞こえるような気がするが、知らぬ存ぜぬでユーディットたちに挨拶開始。
「殿下、ご無事で何よりです」
「戻られましたか。こちらはウィルム様の『竜眼』により、様々な事実が判明しました。全てを伝えるには長くなってしまいそうですから、後ほど報告とさせて頂きます。サロメ、そちらはどうでしたか?」
「お姉さまの周辺のように悪しきものが顕れる、ということはありませんでしたけれど。ユウスケ様の墳墓を見て回っている時、奇妙な点がありましたわ──」
死神サマエルとの合流から聖櫃の亀裂、墓所深奥に漂う魔神の残り香に、手を出された形跡のなかった聖櫃内部まで。
サロメが説明を始めると、じゃれ合っていたウィルムたちも真剣な面持ちで耳を傾ける。
とりわけ表情が鋭いのはニグラス。一句も聞き逃すまいとしているのは、恐らく宿敵の名が出たからだろう。
〈──奴らが大英雄の棺を狙った、か。……魔神の残り香だという緋色の魔力といえば、嵐神バエルの発する魔力。相違ないか?〉
〈──〉
〈オファニムの『魔眼』は汝に匹敵するぞ、ミネルヴァ。ましてや奴と会敵したこともある身であれば、違うことなどあり得まい〉
「オファニムってバエルと会ったことあったんだ。というか、それなら情報くれよ! 戦う可能性が高いんだからさ」
〈……〉
サロメの身体から抜け出していた翼の聖獣に突っ込むと、翼の節々に埋まる金眼でじっとりと射抜かれる。
彼の妙ちきりんな反応に首を捻っていると、口元を歪めた女神が彼らの心情を解説してくれた。
〈協調関係にあるとはいえ、我らは神と魔神。相反する存在だ。明かせぬ情報があるのは当然だろう。もっと言えば、共倒れを望んだとて非難されることもなかろうさ〉
「えッ、いやいや。非難するに決まってるでしょ。なに協力関係の根底を揺るがすような発言しちゃってるんですか。え? 君らマジで裏をかこうとか思ってたの?」
〈〈……〉〉
「顔見合わせてんじゃねえよッ!」
などという質の悪い茶番に付き合っていると、今の今まで黙っていたエスリウが口を開く。
「大英雄様の墳墓に魔神の痕跡があったというお話でしたけれど。緋色の魔力を持つと言われる嵐神バエルは、豊穣神バアルと同一……なのですよね?」
〈であろう、と考えられる。これは古き竜やそこにいるニグラス……古の上位精霊より証言がある故、確度が高かろう〉
「ありがとうございます、ミネルヴァ。……そうなると、何故バエルはわざわざ魔神としての力を使ったのでしょうか? 彼には豊穣神としての力もあるというのに」
〈〈〈……〉〉〉
彼女から投げかけられた疑問は至極もっともだ。
魔を排する仕掛けが幾つも張り巡らされている、大英雄の墓所。上位魔神たる俺であっても、その場にいるだけで消耗してしまうほどの領域。
そんな場所に侵入し何事かを行ったというのがバエルである。
豊穣神バアルとしての顔を持つため、わざわざ魔神という力を振るう必要はなさそうだが……。
「うーん。神として侵入したけど、結界の中で化けの皮が剥がれたっていうのはないですかね?」
〈案としては面白いが、バアルはこの墓所建造にも関わっている。建造時に墓所の結界以上の大魔法が使われたこともあったが、当然奴は豊穣神として振る舞い続けていた。土台、『竜眼』でさえも奴が魔神であるとは見抜けぬのだろう? それを神の魔法で詳らかにせよというのは無謀だろう〉
女神曰く、俺の投げた案は可能性が低いらしい。
言っていてなんだが、その程度でバレるなら竜たちが彼の魔性を見抜いているはずだろう。流石に雑過ぎる仮説だった。
「む~ん……当時相当な力を持っていたニグラスと戦った時は、魔神としての力、降魔を使ったみたいですし。本気を出すときは魔神の力を使うのかも?」
大昔に彼女が見たという異形の降魔。そんな実態を持つにもかかわらず、豊穣神が魔神だということは竜さえも見抜けなかった。
この神……いや、この魔神は本当に謎が多い。一体どちらの顔が本物なのか?
「私を陥れた時もそうだったが、アレは術策を好む輩。あえて痕跡を残すことで、私たちの関心を散らしたいのやもしれない」
「でもな~。バエルって滅んだと思われてる魔神なんですよね? その状況でいきなり痕跡を残して関与を臭わせる、なんて真似しますかね。俺たちがバエルのことを知ってる、そのことを向こうが知ってないと前提が崩れちゃう気がします。ニグラスの封印が解かれたことなんて、あっちは知らないでしょうし」
〈異なことを言う。汝の妹はバエルと既に会っていたという話であろう? 我らがバエルの存在を知っていると仮定するのは自然な流れであろうよ〉
言われて思い出すは、我が妹が敵陣営に属していたという事実。今でこそ彼女と仲良しこよしだが、当初はアノフェレスに唆されていたんだった。
「フォカロルがいたんでしたね。すっかり忘れてました」
〈君は肉親でさえ扱いがおざなりですね〉〈なんともロウらしいことだ〉
素直に引き下がるも、医術神や知恵の女神から追い打ちされてしまった。
「ロウさんが“こう”なのは常ですから、置いておきましょう。そんなことより、死神サマエルの印象を聞いておきたいです」
他方、エスリウからは“そんなこと”呼ばわりで済ませられてしまう。扱い酷くないですかね。
「相変わらず嫌味な奴でしたね。けど、相手が神で俺が魔神なら当然かなあって感想に留まる程度でしたよ」
〈サマエルは我らをつぶさに観察していた。警戒しているのは確実であろう。それが魔神へ近づくことへのものなのか、アノフェレスやバエルに協調するものとしてのものなのか。そこまでは判断しかねるが〉
俺と聖獣の見解を聞いた周囲の反応は、得も言われぬ複雑な表情。「進展してなくない?」と咎める表情に見えなくもない。
〈サマエルは変わらず不確定、か。どちらでもあり得るものとして行動するより他はあるまいな。情報のない今、あやつに時間を割くのは無意味だ〉
知恵の女神が話を切って捨て、こちらの情報は出尽くした。
つまりは、ユーディット護衛中の話──ウィルムが見つけたという寄生虫の話の始まりである。
そうして現在、俺たちは帰路の真っただ中である。
「──うふふふ~。夕焼けの空の下、何憚ることなく天翔ける。周囲の景色も良いものですけれど、ロウさまの腕の中というのもまた素敵ですわ」
「光栄の至りです、殿下。宮殿も破壊されたような跡はありませんし、ユーディット殿下も健在のようですね」
お姫様抱っこ中のサロメと一緒に行うのは空間魔法。経路は人目も届かぬ上空だ。
胡散臭い死神とは既に別れており、聖獣たちも既に皇女の内側へと引っ込んでいる。
つまり、この状況は邪魔者なしでのスーパー美少女とのデートタイムである。
ガハハハ、役得ですなあ。
(……)
前言撤回。曲刀たちがいたんだった。
ギルタブなんぞ、うきうき気分が瞬時に消し飛ぶ殺気を発している。デート中無口だったから完全に失念していたぜ。
「? ロウさま、如何なさいました……ああ、もう着いてしまったのですね。わたくし、名残り惜しいです」
「死神がきた時はどうなるかとひやひやしましたけど、楽しい時間でしたもんね。……宮殿に荒らされたような気配はありませんし、降りますか。念のため、警戒だけはお願いします。聖獣たちも」
〈当然だ〉
美少女の豊かな胸元から生えた厳つい顔に頷きを返し、宮殿の一室に転移する。
サロメを降ろし周囲を見回せば、ずらりと並ぶ書架の海。宮殿の誇る大図書館、そのど真ん中である。
その図書館は魔道具の照明も落とされ、薄暗いを通り越して真っ暗闇だ。この場だけではなく館内そのものに人の気配がない。
「夕方ですけど、もう図書館閉めちゃってるんですね。ここを待ち合わせ場所にするの、間違っちゃったかな」
「問題ありませんわ、ロウさま。お姉さまたちと待ち合わせることができるのも、ここが閉まっているからこそですから。それに、わたくしにかかればこの通り」
上機嫌で語る金髪少女が指を指揮棒のように振るえば、柔らかな光が場に満ちる。
「うおッ、眩し……くないか。ちょうどいい塩梅……調整がお上手ですね。サロメ殿下は火以外の属性も操れるんですか」
「ほほほ。光球を生み出すくらいわけないですわ~。わたくしもユウスケ様の末裔ですもの! ユウスケ様風に言えば『なんでもござれ』ですのよー」
「ちょ、なんでもござれて。……あいつ、変な語録残しすぎだろ。お姫様が急に時代劇風の口調になるとか、不意打ちが過ぎるぞ」
異なる世界へ召喚され、英雄へと祭り上げられてしまったユウスケ。その力や使命や境遇ゆえに、理解者を得られなかった悲しき転生者。
そんな彼がここ異郷の地で、自分がいたことの証を残そうとするのは自然な流れなのだろう。
全く異なる世界に放り込まれた彼の、英雄としての生き方に縛られた彼の、自身が日本人だったということを示す縁。彼は転生ではなく転移だったというし、この世界でロウとしての人生があった俺のようには割り切れまい。
だけども……もうちょっと、どうにかならなかったのか。
今まで見聞きした単語を振り返ってみれば、「死亡ふらぐ」だの「戦いは数だよ兄貴」だの、オタク言葉ばっかりだし。遺す言葉がそれでいいのか? ユウスケよ。
「──ようやっと戻ったか、ロウ」
故人にダメだしをしながら書架の森を歩いていると、ひんやりとした空気と共に蒼髪美女が顕れる。
「ただいま、ウィルム。こっちは観光ついでに発見があったけど、そっちはどうだった?」
「ふんっ。魔神こそ顕れなかったが、奴に連なる者は掃いて捨てるほど潜んでいた。ここの者たちに寄生する形でな。エスリウやミネルヴァだけであれば見逃していたことだろう。妾にかかれば見破るなど造作もないがな!」
「……寄生って、マジかよ。大丈夫? 宮殿ぶっ壊してない?」
〈ここは人の世。いたずらに騒げば耳目を集めることになる。そこの青玉竜とて多少は弁えているさ〉
むくれる美女から事情を聞こうかと思っていると、背後より静かな声音で補足がなされた。
声の主は艶やかな銀髪に黒のメッシュが映える、知恵の女神ミネルヴァ。いつの間にか背後にいたのである。やだ怖い。
「それもそうなんですけど、竜ですからね……。眷属を見つけた瞬間宮殿ごとぶっ飛ばす、なんて容易に想像できますし。なんならいきなり大魔法ぶっ放されても驚きませんよ」
〈くっははは。ああ、汝はあの枯色竜に至大魔法を放たれたのだったな。それに、青玉竜も問答抜きで襲い掛かられたという。であれば杞憂などとは言えまいな。ふふっ〉
「やい、ミネルヴァ。ドレイクの阿呆はその扱いで良いが、妾まで同列のように扱うのは不愉快だ。訂正せよ」
素晴らしく豊かな胸を揺らす女神が愉快そうに語れば、人へと変じる竜が牙を剥いて不快感をあらわにする。
超常たる存在の竜が機嫌を損ねるというハラハラする事態ながら、ウィルムから滲む冷気は薄っすらと霜が舞う程度。吹雪く気配などない。
感情を昂らせる度に猛吹雪を発生させていた彼女も、今では随分と丸くなったものだ。
「魔に連なる者が、寄生……。ガーベラたちは無事かしら」
〈ユウスケの末裔よ、心沈ませる必要はない。寄生された者たちは医術神の治療により一命をとりとめている〉
「よかった……。お心遣い感謝いたします、ミネルヴァ様」
「詳しく聞きたいところですけど、皆から話を聞きたいですし。移動しますか」
サロメの眉間の皺がとれたところで移動を再開。皇女や姿を見せていない魔神の待つ閲覧室へ向かう。
意外なことに、護衛を頼んだニグラスは皇女ユーディットと上手いことやっているらしい。魔神でありながら貴族としての顔を持つエスリウならいざ知らず、驚きである。
比較的穏やか(?)な性格のなせる業なのだろうか? 見目麗しい女性の姿をしているとはいえ、人ならざる存在。真なる姿に至っては肉塊である。よく受け入れられたものだ。
(ロウ、自分が魔神だということを忘れていませんか? 貴方という前例があれば、ユーディットがニグラスを受け入れるのも不可解ではないでしょう。魔神と比べれば精霊など、遥かに常識的な存在なのです)
頼れる相棒の言葉に「それもそうだ」と頷いている内に閲覧室へ到着。背中に美女たちの言い争う声が聞こえるような気がするが、知らぬ存ぜぬでユーディットたちに挨拶開始。
「殿下、ご無事で何よりです」
「戻られましたか。こちらはウィルム様の『竜眼』により、様々な事実が判明しました。全てを伝えるには長くなってしまいそうですから、後ほど報告とさせて頂きます。サロメ、そちらはどうでしたか?」
「お姉さまの周辺のように悪しきものが顕れる、ということはありませんでしたけれど。ユウスケ様の墳墓を見て回っている時、奇妙な点がありましたわ──」
死神サマエルとの合流から聖櫃の亀裂、墓所深奥に漂う魔神の残り香に、手を出された形跡のなかった聖櫃内部まで。
サロメが説明を始めると、じゃれ合っていたウィルムたちも真剣な面持ちで耳を傾ける。
とりわけ表情が鋭いのはニグラス。一句も聞き逃すまいとしているのは、恐らく宿敵の名が出たからだろう。
〈──奴らが大英雄の棺を狙った、か。……魔神の残り香だという緋色の魔力といえば、嵐神バエルの発する魔力。相違ないか?〉
〈──〉
〈オファニムの『魔眼』は汝に匹敵するぞ、ミネルヴァ。ましてや奴と会敵したこともある身であれば、違うことなどあり得まい〉
「オファニムってバエルと会ったことあったんだ。というか、それなら情報くれよ! 戦う可能性が高いんだからさ」
〈……〉
サロメの身体から抜け出していた翼の聖獣に突っ込むと、翼の節々に埋まる金眼でじっとりと射抜かれる。
彼の妙ちきりんな反応に首を捻っていると、口元を歪めた女神が彼らの心情を解説してくれた。
〈協調関係にあるとはいえ、我らは神と魔神。相反する存在だ。明かせぬ情報があるのは当然だろう。もっと言えば、共倒れを望んだとて非難されることもなかろうさ〉
「えッ、いやいや。非難するに決まってるでしょ。なに協力関係の根底を揺るがすような発言しちゃってるんですか。え? 君らマジで裏をかこうとか思ってたの?」
〈〈……〉〉
「顔見合わせてんじゃねえよッ!」
などという質の悪い茶番に付き合っていると、今の今まで黙っていたエスリウが口を開く。
「大英雄様の墳墓に魔神の痕跡があったというお話でしたけれど。緋色の魔力を持つと言われる嵐神バエルは、豊穣神バアルと同一……なのですよね?」
〈であろう、と考えられる。これは古き竜やそこにいるニグラス……古の上位精霊より証言がある故、確度が高かろう〉
「ありがとうございます、ミネルヴァ。……そうなると、何故バエルはわざわざ魔神としての力を使ったのでしょうか? 彼には豊穣神としての力もあるというのに」
〈〈〈……〉〉〉
彼女から投げかけられた疑問は至極もっともだ。
魔を排する仕掛けが幾つも張り巡らされている、大英雄の墓所。上位魔神たる俺であっても、その場にいるだけで消耗してしまうほどの領域。
そんな場所に侵入し何事かを行ったというのがバエルである。
豊穣神バアルとしての顔を持つため、わざわざ魔神という力を振るう必要はなさそうだが……。
「うーん。神として侵入したけど、結界の中で化けの皮が剥がれたっていうのはないですかね?」
〈案としては面白いが、バアルはこの墓所建造にも関わっている。建造時に墓所の結界以上の大魔法が使われたこともあったが、当然奴は豊穣神として振る舞い続けていた。土台、『竜眼』でさえも奴が魔神であるとは見抜けぬのだろう? それを神の魔法で詳らかにせよというのは無謀だろう〉
女神曰く、俺の投げた案は可能性が低いらしい。
言っていてなんだが、その程度でバレるなら竜たちが彼の魔性を見抜いているはずだろう。流石に雑過ぎる仮説だった。
「む~ん……当時相当な力を持っていたニグラスと戦った時は、魔神としての力、降魔を使ったみたいですし。本気を出すときは魔神の力を使うのかも?」
大昔に彼女が見たという異形の降魔。そんな実態を持つにもかかわらず、豊穣神が魔神だということは竜さえも見抜けなかった。
この神……いや、この魔神は本当に謎が多い。一体どちらの顔が本物なのか?
「私を陥れた時もそうだったが、アレは術策を好む輩。あえて痕跡を残すことで、私たちの関心を散らしたいのやもしれない」
「でもな~。バエルって滅んだと思われてる魔神なんですよね? その状況でいきなり痕跡を残して関与を臭わせる、なんて真似しますかね。俺たちがバエルのことを知ってる、そのことを向こうが知ってないと前提が崩れちゃう気がします。ニグラスの封印が解かれたことなんて、あっちは知らないでしょうし」
〈異なことを言う。汝の妹はバエルと既に会っていたという話であろう? 我らがバエルの存在を知っていると仮定するのは自然な流れであろうよ〉
言われて思い出すは、我が妹が敵陣営に属していたという事実。今でこそ彼女と仲良しこよしだが、当初はアノフェレスに唆されていたんだった。
「フォカロルがいたんでしたね。すっかり忘れてました」
〈君は肉親でさえ扱いがおざなりですね〉〈なんともロウらしいことだ〉
素直に引き下がるも、医術神や知恵の女神から追い打ちされてしまった。
「ロウさんが“こう”なのは常ですから、置いておきましょう。そんなことより、死神サマエルの印象を聞いておきたいです」
他方、エスリウからは“そんなこと”呼ばわりで済ませられてしまう。扱い酷くないですかね。
「相変わらず嫌味な奴でしたね。けど、相手が神で俺が魔神なら当然かなあって感想に留まる程度でしたよ」
〈サマエルは我らをつぶさに観察していた。警戒しているのは確実であろう。それが魔神へ近づくことへのものなのか、アノフェレスやバエルに協調するものとしてのものなのか。そこまでは判断しかねるが〉
俺と聖獣の見解を聞いた周囲の反応は、得も言われぬ複雑な表情。「進展してなくない?」と咎める表情に見えなくもない。
〈サマエルは変わらず不確定、か。どちらでもあり得るものとして行動するより他はあるまいな。情報のない今、あやつに時間を割くのは無意味だ〉
知恵の女神が話を切って捨て、こちらの情報は出尽くした。
つまりは、ユーディット護衛中の話──ウィルムが見つけたという寄生虫の話の始まりである。
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主人公ユウキに、剣や魔法の才能はない。ステータスは、どこをどう見ても一般人以下。だが、彼には、誰にも負けない最強の力があった。それは、女神ソフィアが側にいるだけで、あらゆる奇跡が彼の味方をする『女神の祝福』という名の究極チート! 彼の原動力はただ一つ、ソフィアへの一途すぎる愛。そんな彼の真っ直ぐな想いに、最初は呆れ、戸惑っていたソフィアも、次第に心を動かされていく。完璧で、常に品行方正だった女神が、初めて見せるヤキモチ、戸惑い、そして恋する乙女の顔。二人の甘く、もどかしい関係性の変化から、目が離せない!
旅の仲間になるのは、いずれも大陸屈指の実力者、そして、揃いも揃って絶世の美女たち。しかし、彼女たちは全員、致命的な欠点を抱えていた! 方向音痴すぎて地図が読めない女剣士、肝心なところで必ず魔法が暴発する天才魔導士、女神への信仰が熱心すぎて根本的にズレているクルセイダー、優しすぎてアンデッドをパワーアップさせてしまう神官僧侶……。凄腕なのに、全員がどこかポンコツ! 彼女たちが集まれば、簡単なスライム退治も、国を揺るがす大騒動へと発展する。息つく暇もないドタバタ劇が、あなたを爆笑の渦に巻き込む!
基本は腹を抱えて笑えるコメディだが、物語は時に、世界の運命を賭けた、手に汗握るシリアスな戦いへと突入する。絶体絶命の状況の中、試されるのは仲間たちとの絆。そして、主人公が示すのは、愛する人を、仲間を守りたいという想いこそが、どんなチート能力にも勝る「最強の力」であるという、熱い魂の輝きだ。笑いと涙、その緩急が、物語をさらに深く、感動的に彩っていく。
王道の異世界転生、ハーレム、そして最高のドタバタコメディが、ここにある。最強の力は、一途な愛! 個性豊かすぎる仲間たちと共に、あなたも、最高に賑やかで、心温まる異世界を旅してみませんか? 笑って、泣けて、最後には必ず幸せな気持ちになれることを、お約束します。
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