異世界を中国拳法でぶん殴る! ~転生したら褐色ショタで人外で、おまけに凶悪犯罪者だったけど、前世で鍛えた中国拳法で真っ当な人生を目指します~

犬童 貞之助

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第八章 帝都壊乱

8-22 急転

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「──始まりは昼食の時のことでした」

 帝都の誇る大宮殿、その図書館。書架しょかの森から抜けた読書スペースにて。

 閉館時間となり照明が落とされたで、光魔法にぼんやりと照らされる皇女が語りだす。

 美しい顔の半分が影となり、静かな声音でゆっくりと喋るその雰囲気。まるで季節外れの怪談である。

「サロメが外出していること隠すため、わたくしは妹と共に部屋にいるから食事を持ってくるよう侍女じじょへ言いつけていました……。戸を叩く音が聞こえ、それに許可を出した、その時です!」

「おうッ!?」

 情景を思い返すように薄目となっていたユーディットは突如豹変ひょうへん。眼をカッと見開いて俺の肩を掴み、おどろおどろしく口を開く。

「何かが起きた──そう認識した時には、既にプルメリア……侍女の長ですね、この者の腹部に氷の槍が突き刺さっていたのです。血の一滴も流さないまま氷像と化していく彼女は、理解が追い付かないわたくしには芸術品のように映りました……」

「プルメリアがっ!? お姉さま、どうなったのですか!?」

「安心して、サロメ。ウィルム様が打ち抜いたのは魔の眷属けんぞくで、プルメリアの命に別状はありません。もちろん、素早く治療をほどこしてくださったナーサティヤ様の御力も大きいですが」
「ふっ。竜たる妾にかかれば人体を氷像とするなど容易いことだ」

「そーなんですかーって、お前いきなり何やってんだよッ!」

 怪談かと思いきや単なる猟奇的りょうきてき事件である。

 折角信じて送り出したってのに、真昼間から魔法ぶちかましてやがったぜこいつ!

〈身体の内に巣食う“虫”をも見つけ出す『眼』に、それを的確に射抜く魔力操作。患部を凍結させる冷気も相まって、治療はとてもやり易いものでしたよ。竜の竜たる所以ゆえんを見た思いです〉
「ははは。よく分かっているではないか、医術神。ロウよ、お前にもこれくらいの物分かりの良さが欲しいところだ」

 褐色美青年からたたえられた瞬間、我が意を得たりとばかりに胸を反らし増長する蒼髪美女。

 握り拳ほどの胸がふるりと揺れるスケベな姿勢に思わず目が行くが、周囲の目があるため直視し続けることは難しい。ままならぬものよ。

 美少女たちのによるジト目包囲網から逃れるため、サクッと話題を転換する。

「例の虫を氷で打ち抜いたって話ですけど。ミネルヴァやエスリウ様は見抜けなかったんですか?」
「ええ。ウィルムさんが水魔法で女性を貫くその時まで、ワタクシたちは気が付けませんでした。防御を行ったからなのか、貫いた瞬間は臙脂色えんじいろの魔力を感じ取れましたけれど」
〈その後は空間魔法で捕り物だ。異常を察知した彼奴きゃつらは魔力を揺らがせた。こうなれば『竜眼』でなくとも捕捉は容易い〉

 とのことらしい。

 竜に女神に魔神までをも動員した眷属狩りとは、想像しただけでも身の毛がよだつぞ……。

「全ては妾の描いた通り。どうだロウよ、妾はそこの女神や小娘よりずっと優れているだろう?」
「まあっ。氷の翼を生やして飛び回り、宮殿中を騒がせて回った方の言葉とは思えませんね」

 標的となった魔神の眷属へ同情しているとふいに落とされる、エスリウの爆弾発言である。

「……ミネルヴァ? 貴女さっき、ウィルムは人の世を騒がせないよう配慮してるとかなんとか、言ってませんでしたっけ? なに勝手を許してんですか。女神ならちゃんと止めてくださいよ!」

〈ああ、確かに我が言葉だ。そしてロウよ、その認識は今も変わらない。宮殿を飛び回る“程度”、魔神の眷属が跋扈ばっこする現実が前ではかすむ事柄。事実として、宮殿内の者たちは、超常たる力を発したウィルムやエスリウの正体に言及していない。どころか、我やナーサティヤへ感謝の意を示しているくらいだぞ?〉
「ぬぐぐ……」

 どういうことだと問いただすも、何の問題もないと居直られてしまうの図。

 しまった。この美しすぎる女神はかなり適当なやつなんだった。美貌にあてられて忘れていたぜ。

「正体がバレるような事態にならなかったのなら、まあ……。しかし協力したってことは、エスリウ様やニグラスにも、ウィルムばりの施術しじゅつってできたんですね」
「私はユーディットのお守だ。女神の眷属と共にな。“虫”の駆除には関わっていない。聖獣の護りがない状態で孤立させるのは問題があろうさ」

 問いかければなるほど納得。きっとその過程で、彼女は皇女と親交を深めたのだろう。

「ワタクシには『魔眼』がありますから。対象の状態をり固まらせる力があれば、難しい作業でもありませんでしたよ」
「例の凝結ぎょうけつさせるやつですか。血流さえも止まりますもんね、アレ。考えてみれば一番適任かも?」

「はっ。にらむというひと手間をかける以上、エスリウが妾より早くなる道理がない。見当違いもはなはだしいぞ? ロウ」
「あらあらまあまあ。お言葉ですけれど、ウィルムさんとワタクシの駆除した数、変わらぬものだったと記憶しております。うふふ、これは一体どういうことでしょうか?」

 桜色のくちびるを指でなぞり、象牙色の魔神が蒼髪美女を挑発する。

 君たち、なんでそんなに喧嘩腰なんですかね?

「どっちが優れてるなんてのは置いておくとして。“虫”ってそんなに沢山いたんですか?」
しかり。両の指で収まらないほどだ。聖獣の目をこれほどまでに掻い潜るのは信じがたいがね〉

〈かの眷属は宿主の魔力にまぎれることで、巧妙に気配を消していたようです。更には、臓器を経由することで宿主の行動を誘導していたようで……恐るべき性質を備えていました。幸いにして、戦闘能力はさほどでもありませんでしたが〉
「中々にエグイ力ですね……ん? フォカロルに寄生してた奴やユーディット殿下に襲い掛かった奴って、結構な強さだったような?」

 報告を聞いて思い出されるのは、かつて見た同型と見られる眷属の存在。いずれも、神や魔神に対抗できるほどの力を有していたはずだ。

〈力が濃ければ我らも知覚できる。使用人や騎士に取りついていたという眷属は、我らが感知できぬほどに力の弱い個体だったのだろう〉

 答えをもたらしたのは聖獣ケルブ。確かに、あの時はケルブが眷属へ先制攻撃を仕掛けたんだったか。

 反面、フォカロルの場合はあいつ自身の力が強すぎて、逆に隠れみのになっていたのかも?

「空間魔法を使用した形跡はありませんでしたから、取り逃してはいないと思われます。それでもこれほどひそんでいたとなると、こちらのことは全て筒抜つつぬけと考えた方が良いでしょうね」
「むーん。誘い出すつもりが既に手の平の上だった、って感じですか。してやられましたね──」
[──ご歓談中のところ、失礼するよ]

 長椅子の背もたれに身体を預け唸っていると──銀なる光を伴って、鳥とも魚ともつかない奇怪な生命体が顕れた。

 ふよふよと虚空を漂うそれは、女神の眷属にして我が友人。グラウクスである。

[火急につきご容赦を。先日ロウと聖獣の戦いに巻き込まれた騎士カラブリアの姿が、今日の昼間から確認できていない。今も己が捜索しているけれど、やはりどこにも見当たらない]

「エステきょうが!?」「カラブリア様が……」

〈あの者か。昨日お前から得た報告では荒れた様子だったとあったが、気晴らしに出かけたということはあるまいか?〉
[屋敷の使用人たちも姿を見ていないとのことだから、その可能性は低いと思われるよ、我が主。勿論、彼の能力をもってすれば不可能ではないだろうけれどね]

 グラウクスが告げたのは、大英雄の再来と呼ばれる人物の消息が掴めなくなったという事実。

 彼の力は英雄級だし、普段ならば心配などする必要はないが……。

〈畳みかけるかの如く事象が重なっている。人相手におくれを取ることはあるまいし、奴らが絡んでいると見るべきか〉
〈──〉

 いかめしい顔をゆがめる聖獣の弁の通り、状況が状況である。魔神の干渉があったと考えて然るべきだろう。

「皇女殿下ではなくカラブリア様が狙われた。殿下に護りがかたよっていたから、削れるところから戦力を削ったのか。それとも、別個にカラブリア様を狙う意図が存在したのか……」
〈アノフェレスが末裔まつえいを狙ったあの時、カラブリアは魔法の対象となりながら生きながらえている。殺すより生かすことの方が手間である以上、答えは自明だ〉

「何らかの理由があってのこと、ってことか。しかし理由がさっぱり分からんな──ッ!」

 圧倒的に情報が不足している中、思考を巡らせようとした──その時。

 脈絡なく起こった強震により、会議は中断することとなった。

◇◆◇◆

「うひゃっ!?」「っと、失敬。どうかご容赦を」

 突き上げられるような衝撃で身をすくませるサロメを抱き寄せ、周囲を警戒。

 ケルブに護られるユーディット、次いで壁を睨むウィルムが目に入る。皆構えをとっているが攻撃を受けたような気配はない。

 ならば屋外かと、魔力探知の度合いを引き上げれば──。

〈──亜竜か。それも、複数〉
「ですね。しかも魔力も濃いみたいです」

 宮殿の外、街の中心付近で荒れ狂う気配。隠蔽いんぺいなどせず全力で荒ぶる、黄色系統の魔力だ。

「……単なる亜竜ではない。前の都市で見た、なりそこないの連中だ」

「!?」〈なりそこない?〉「前の都市というと、公国の交易都市ですよね?」「はうう……」

〈グラウクス、動けるか?〉
[無論だよ。というより、己の近くに顕れたようだ。怪しげな気配がくすぶる故、大英雄の墳墓ふんぼ周辺を探っていたのだけれども。邪竜が衝撃波を撒き散らすというのは、全くもって予想の外だね]

 女神主従のやり取りでこちらも状況を把握。いつだったか現れたあの邪竜が、このタイミングで登場したらしい。

「あの邪竜、竜信仰の集団が絡んだものでしたよね。こんな時に現れるって、偶然にしちゃあ出来過ぎのような気もします。場所も場所ですし」

「お前たちが魔神の痕跡を発見した場所での騒動か。魔の力で破れぬとみてなりそこないの力で達さんとしたか?」
〈上位魔神で破れぬものが竜のなりそこないに破れるとは思わんがね。ましてや、魔神たる奴らがそれを頼るのか〉

〈あるいはこうして我らを惑わすことこそ彼らの術策じゅっさく、ということかもしれません。邪竜となると人の手には余りそうですが……詳細はどうですか?〉
[巨大な体躯、己に迫るほどの濃い魔力。加えて、目につくものを手当たり次第に破壊していく凶暴性。人の手には余ると思われるよ]

 グラウクスが邪竜に下した評価は高い。

 公国で召喚された邪竜は、一流の冒険者や騎士であれば対処可能な存在だったが……。

〈大英雄のいぬ間に邪竜の襲撃。もしや、我らを引きずり出さんとしているのか?〉
「かもしれないけど、放っておくのは無しだろ。こうして話してる時間も無駄だし、被害が大きくなる前にどうにかした方がいいんじゃないか?」

〈ロウ。人の世を憂慮ゆうりょするお前は好ましい。だが、お前が力ある魔神である以上、その考えは浅慮せんりょであると言わざるを得ない〉

 縮こまるサロメを解放して空間魔法を構築しようとするも、思わぬ横やりが入る。異議を挟んできたのはミネルヴァだ。

〈我ら神は子たる人とは比べ物にならぬ力を有している。彼らの抱える問題の一切を解決できるほどにな〉
「そりゃあそうですよ。自然法則やら物事やらをつかさどってるのが神や女神なわけですし。力を比べるのが間違いってもんです」
〈左様。であれば何故、人の世に争いやいさかいが絶えないと思う? それを解決できる我らが存在するというのに〉

「む……。大きな力をふるう存在がいたらそれに寄りかかっちゃって、人が進歩しなくなるってやつですか。だから、力は貸さないと……。前にミトラス神が言ってましたね」

 俺の回答が満足いくものだったのか、知恵の女神はゆっくりと頷く。

しかり。一度ひとたび我らが力を貸してしまえば、困難に直面する度に彼らはこう考えるだろう。『何故あの時は助けてくださったのに、どうして今この時は助けがこないのか』とな。我らが手を出した時点で、人は困難を前にして打開しようとせず、長杖の存在へ祈ることに終始してしまうのだよ〉

 返ってきたのはあんまりにもあんまりな見解だった。

 いや確かに、神は人と隔絶かくぜつした力を持っているが……。

「ぬぐッ。でもそれは、人の英雄の場合でも似たようなことになるんじゃないですか? 人の内でもそういう存在が生まれるのであれば、神が介入しても良さそうな気がします」

〈ふっ。程度が大きく異なるのさ。人より遥かに優れた神なる感知力と、空間を自由に行き来できる移動手段がある故にな。人の英雄であれば、その手が届かぬこともあると諦められよう。しかし神であれば、どこまでもその力にすがってしまえるのだよ。親元をたてぬ子の心理そのものさ〉
「むむむー。だから助けないっていうのも、違うと思うんですけど……」

 彼女が語ったのは、以前太陽神ミトラスに説かれたものと同じ言説。人の自立と未来を何よりもたっとぶ考えだ。

 それが今現在苦しむ人々を見捨てるという判断に繋がるというのも、なんとも言えない皮肉を感じる。彼らが子たる人を愛しているのは間違いないというのに。

 とはいえ、この問題に関しては解が出ている。

「ミネルヴァ。俺がミトラス神から頼まれごとをしてるの、知ってますよね?」

〈ふむ。暗躍あんやくする魔神を誅殺ちゅうさつしろ、竜を信仰し世を乱さんとするものを排除せよ。この二つだったか〉
「言い方が物騒ですけど、ざっくり言えばそうです。そして、先ほど現れた邪竜は竜信仰の集団が絡む可能性が高い。つまりは、俺のお仕事の範囲内ってわけです」

 元はといえば金髪ショタこと太陽神から押し付けられた、厄介で面倒な排除任務。

 それがこういう時には大義名分となるのだから面白いものだ。面白がっている場合ではないんだけども。

〈相も変わらず舌がよく回る。しかしロウ、汝は先の一件で姿を見られている。神にあだなすものとしてな〉
「そこはほら、こっそりやれば幾らでも誤魔化せるでしょう。空間魔法を使えば平気の屁の河童かっぱ……失礼。とにかく、問題は起こりません」

「話は纏まったか? さっさと行くぞ、ロウ。あのなりそこないどもを竜とあがめる連中……不愉快だ。あのいびつなものどものどこに、妾たち美しき竜の要素がある? 全くもって度し難い」
「信仰してるの人らは本物を見たことがないんだろうよ。君らって過激な伝説ばっかりだし、会えば死ぬ存在だし。ちゃんとした形で伝わってないのかもなー」

 同行を申し出てきたウィルムをなだめつつ周りを見れば、ハの字となった金のまゆが目に入る。

「ロウさま、向かわれるのですか? 邪竜とは強大な存在と聞き及んでいますけれど……」
「お心遣い痛み入ります、殿下。とはいえこちらも相応の存在ですので、ご安心を」
「そのことに疑いはありませんわ。それでもやはり、罠という可能性がある中向かわれるのならば、心配もします」

「ふんっ」「はぁ……」「……」

 俺の手を取り両手で包み込むサロメは真剣そのもの。真っ直ぐとした眼差しはどこまでも透き通っている。外野の冷めた反応が気にならないほどに、今の彼女は魅力的だ。

「ええと、光栄の至りです、サロメ殿下。聖獣の庇護を受ける殿下に無事を祈られるのも、何とも言えない気持ちになっちゃいますけども」
「神様も聖獣様もお認めになられていますから、問題などありませんわ~。お帰りをお待ちしておりますね──」

 太陽の微笑みを見せた彼女が、包み込んだ両手を引き寄せた──次の瞬間、温かく湿った感触と小さな水音。

「ほえッ!?」

「「「!?」」」

 なんかチュッてされた!? おててだけど!

「サロメ!?」「まあっ!」「……今のは、なんだ?」

「ででで殿下? いきなりどうしちゃったんですか?」
「ほほほ。祈りを込めたおまじないです。けれどロウさま、先ほどのように名前では呼んでくださらないの?」
「ええッ? いやちょっと、しょっちゅうお名前をお呼びするのは恐れ多いというか。というか近いですって!」

 真剣な面持ちから一転、口角を上げて小悪魔めいた表情を作るサロメ。

 ちょっと前まであへあへ言っていた少女とは思えないほどに、その表情は妖艶である。どうしちゃったのこの子?

「茶番を繰り広げるのは構わないが。まだ続けるつもりなら、私は先行するぞ?」
「あ。そうだった」

 一人退屈そうに椅子の背へもたれかかっていたニグラスの言葉で、邪竜出現中という現状を思い出す。いちゃつく暇なんてないし、さっさと向かわねば。

 皇女や神々へいつも通りに雑な別れを告げた俺は、むくれる美女やジト目の美少女を伴い宮殿を発ったのだった。
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