261 / 273
第八章 帝都壊乱
8-23 邪竜顕現
しおりを挟む
時は遡り、地震発生の少し前。
帝都一の観光地である大英雄の墳墓、その大広間では。
「──神々の石像が完全に破壊されている。まさか本当に、この大広間を占拠してしまうとは……」
「あの異形の魔物たちは一体どうやって……? 神の結界までをも無効化したというのか」
「「「……」」」
「問答は抜きで。私の配下が巡回する者やここへ来る観光客の気を引いていますが、限度がありますから。手早くお願いします」
竜を信仰する教団の教祖らが、協力者を名乗る女の手腕に舌を巻いていた。
数日前、組織の者だけが知る教団本部に女が現れた時、教祖は目の前の女を全く信用していなかった。
如何にして教団本部を突き止めたのかも、胡散臭い協力の申し出も。朗々と語る女の全てが信用ならない。そう考えた彼は、申し出をはねのけ口封じに出た。
だが教団の抱えていた腕利きさえも、女は容易くねじ伏せてしまう。術式によらない自在な風と大男を指先一つで吹き飛ばす力とで、全ての信者を返り討ちとしてしまったのだ。
そのため彼女の協力の申し出を拒否できなくなってしまったが、寝首を掻いてやろうという思いは教祖の内に燻ったまま。
竜召喚儀式の贄にでもしてやろうかと、彼は今の今まで考えていたが──。
「──これほどの贄を無抵抗状態で用意した時も驚いたが。この大英雄の墳墓に魔物を連れ込み、あまつさえ守護者たる神のゴーレムを破壊して見せるとは! 人間業とは思えん」
彼女の有能ぶりを目の当たりにして、もはやその考えも吹き飛んでいた。
「目を盗んで行っているだけですから、ほんのひと時です。口を動かさず手を動かしてください」
「失敬な奴め、術式の準備はもう終わっておるわい。後は贄だが……そちらの魔物ども、そこにいては巻き込まれるぞ。動かせるか?」
「贄としてもらって結構ですよ。石像を破壊した時点で彼らの役目は終わっていますし、強力な魔物がいた方が竜の召喚数も多くなるでしょう」
「……なら良いが」
神のゴーレムすら打ち倒す異形の魔物を、全く惜しまず使い捨てる。現実味を欠片も感じないその態度に冷たいものを覚えつつ、教祖は儀式を開始した。
教祖が信者の証たるメダルを掲げると、外周を囲う信者も応じて続く。
そうして掲げられたそれに、信者たちの魔力が注ぎ込まれたところで──儀式の中心地に異変が起きた。
「……ぉ。ぉぉ……」
「ぅぁ……」
心ここにあらずと広場の中心で呆ける者たちや、その人々を囲む異形の魔物。贄と呼ばれた彼らの体がぐずぐずと崩れだし、液体となったそれらが大きな塊を創り始めたのだ。
「順調……だがやはり、臭気が酷いな。これではすぐに異変が知られてしまうか」
「でしょうね。しかし、贄さえ十分であれば召喚も時間がかからないのでしょう? 数が集まろうとも、召喚した邪竜の力で薙ぎ払ってしまえば問題ありません」
女と教祖が見解を語る間に、球となった液体がみるみる縮み、浮き上がり──拳大となったところで、突如爆ぜた。
「「「っッ!」」」
球体の炸裂と共に発生したのは、音や光が遠くなるような空間の歪み。
その歪みと共に現れ降り立ったのは、人と変わらぬ背丈の存在だった。
「っ!」「……?」「小さい……子供の竜?」「亜人、なのか?」
【ハッ。久方ぶりに受肉した思うたら……敬いが足らん連中やなぁ】
爬虫類の特徴を具え赤き瞳を持つそれが、一体何を思ったのか。不意に浅黒い腕を突き出し、拳を握り込んだ。
「あ゛っ?」「ぎげッ?」
その無造作な動作と全く同時。
教祖の近くにいた信者二人の頭と手足が捻じれて潰れ、血を吹き出す肉塊が出来上がる。
【言葉には気を付けると良い。で、だ。貴様らは人族やな? 中々に悪くない肉体と魔力やが、何を贄としたんや?】
「は……?」「あ、あああぁぁぁ!?」
「魔力抜きの干渉……『歪』の権能かっ!」
【んん? なんや、儂を知っとる者もおったんか】
理解を超えた現象で恐慌状態となる信者たち。
その有象無象の反応に嘆息しつつ、男はただ一人異なる反応をした女へ近づく。
「邪竜ニーズヘッグ。滅ぼされてなお転生を繰り返す特異な竜。……地脈からでないと生まれないものかと思っていましたが、あたりが出ましたか」
【カハハハ。おんし、よう知っとるやんか。確かに儂は地脈から生じることが多いが、こうして魔族や人族に供物を捧げられて召喚されることもある……しかし、やかましいのう】
男が腕を煩わしげに振るえば、身の毛のよだつ音が大広間に響き渡る。
皮が裂け肉の千切れる断裂音。
骨が砕け臓物が飛び散る炸裂音。
固い肉塊同士がぶつかる重低音。
空間の力場を歪ませる権能が荒れ狂い、捻じれ弾けて潰れる信者たち。
老いも若きも血となり肉となり骨となり……大広間にはたちまち赤き山河が生まれ落ちた。
「は……はは。はははッ!」
自分と協力者の女以外がひしゃげてしまった現実を前に、教祖は歓喜に打ち震える。
「素晴らしい、素晴らしいですぞ邪竜様! これぞ、この力こそが竜たる御力! どうぞお気の召すままお気の向くままに、世に竜というものをお示しください!」
【ふうむ? 侍るもんを殺されたんに、変わりもんやのう。……おんし、儂を召喚したんなら我が眷属も呼び出せよう? 材料集めてくるきぃ、準備せい】
「何の騒ぎだ──ッ!?」「なぁ……!?」「うッ……!?」
高笑いする教祖に爬虫類の男が首を傾げた直後。
鮮血と汚物の混ざった臭いが充満する大広間に、誰何の声が木霊する。
剣を構える者に魔法陣を浮かべる者、槍を掲げ大盾を前面に出す者。広間の入り口に現れたのは十名ほどの騎士たちだ。
人族社会の英雄を祀る重要施設、大英雄の墳墓。その警固にあたる彼らは、いわば帝都を影から護る守護者。霊廟を穢す如何なる侵入者も退ける、高位冒険者にすら比肩する実力者たちである。
【人の戦士か。面白い、遊んでみるかのう──】
そう独り言つ浅黒い男──邪竜ニーズヘッグは、入り口を塞ぎ大盾を構えていた衛兵に迅雷の如く接近。
騎士たちが状況を把握するその前に、勢いそのまま腕を一振り。紙きれを裂くかのように重厚なる騎士の鎧を斬り裂いた。
「「「ッ!?」」」
技とは言えぬ、爪を用いた無造作な引っかき。そのなんでもない攻撃が熟達の戦士の守りをあっさり崩し、命を奪い取る。
「えっ……」「レオンッ!?」
【ハハッ、そう呆けるな。どんどん行くぞ?】
喋る間に追加で首の一つを追加で潰した邪竜の男は、吹き上がる血を狼煙代わりに蹂躙を開始した。
「お、おぉまえッ──!」
同僚の血を浴びいきり立った若い男。
大上段に剣を構え、渾身の力で振り下ろそうとして──竜の手刀ですっぱり裁断。きらりと奔ったニーズヘッグの爪により、両腕と頭部を切断される。
「死、ねぇいッ!」
【カカカッ。活きがいいのう】
憤怒の形相で槍を突き込む白髪交じりの男。
「くッ、う゛!?」
穂先を摘ままれ捩じ上げられ、体勢の崩れたところに邪竜からの横蹴り一発。
背骨が横から“く”の字となり、血反吐をぶちまけた老いたる騎士が屍山の一部に加わった。
「きっさまぁッ!」「亜人如きがッ!」
殺意を滾らせニーズヘッグの左右から長剣を突き込む、よく似た顔の男たち。
【同時か。少しは頭を──おッ?】
「今! あわせてっ!」
先に殺すのはどちらから──と考えたところで、足に絡む樹木に邪竜は気が付く。
彼の注意が逸れた刹那、遅延魔術が放たれていたのである。
見事な魔術だと笑みを刻む竜人に、双子の刃が全霊で突き込まれ──しかし、その硬さの前に砕け散る。
「「「なっッ!?」」」
産毛すらない浅黒い肌。
一見滑らかなるそれは、しかしやはり竜の肌。竜鱗に及ばずとも金剛石の如き硬さを誇る代物だ。
竜を想定していない彼らの武器で、傷つけられる道理がない。
【悪くはなかったぞ、人族どもよ──ならしにしてはな】
手刀、足刀、尾刀。
邪竜の三部位が研ぎ澄まされた刃と化し、騎士たちの首を刈り、胸を裂き、胴を断つ。
双子の青年に、彼らを慕っていた後輩の女性。死後一つとなった彼らが肉の山を潤した。
「ひッ……うあああッ!?」
ほんのつい先ほどまで生きていた仲間たちの、あまりに無惨な姿。それを前に思考が弾け、最後の一人となった騎士は身を翻して駆けていく。
叫び声や爆発音を耳にして集まり始めた野次馬たちの間を、一目散に走り抜けようとした彼は……“歪”の権能により捻じれて潰れ、血肉と臓腑を撒き散らす。
竜からは逃げられない。
その事実と力を知らしめる、単純明快なデモンストレーションである。
【さあ、供物どもよ──あまり散らかってくれるなよ?】
「えっ……」「なあぁッ!?」「いやっ、いやあああ!」
ニーズヘッグが不敵に笑い──惨劇が幕を開けた。
◇◆◇◆
「──あー。サロメ様、本当綺麗だったなー」
「な。まあ正直、守護天使様が神々しすぎてあんまり見る余裕なかったが」
同刻。
暮れていく空を見上げる外部衛兵たちは、昼間に起きた出来事を思い返していた。
日々多くの観光客や信心深い者が訪れる大英雄の墳墓。
ここを警備する彼らは日夜不審者がいないか警戒しているが、一般客が少なくなる夕方はどうしても気が抜けがちだ。
彼らも精兵な事には違いないが、内勤の巡回兵と比べると能力や意欲で劣っている。それ故の雑談でもあった。
「今日も何事もなし。いやあ、平和だねえ」
「そりゃそうだろ。外には俺らがいて神様の結界も張ってあるし。内には帝都屈指の騎士に加えて、神様のゴーレムが控えてる。亜竜すら一捻りだっていうし、本当に俺たち必要なのか? っていっつも疑問に思ってるよ」
「ユウスケ様の霊廟を荒らそうとする馬鹿の中には、ゴーレムのこと知らないやつもいるだろうし。俺たちは警備してるぞーっていうことを示す役割なのかもな──」
等々、欠伸混じりの雑談が続いていたが──。
「おおッ? 揺れたなー」「最近多いな?」「ここ一か月は地震ばっかりだよなあ」
──ここで強震発生。
「ギヤアアアッ!」「アアアァァァッ!?」
そう間を置かず、悍ましい悲鳴が弛緩した空気をつんざく。
「ひぃッ!?」「なな、なんだ!? 一体、どこから……?」「霊廟の方からか?」
獣じみた叫びは断続的に響き、衛兵たちも只事ならない事態を把握。
何事かと集まる帰り際の観光客を散らした後、彼らは墳墓へと調査に向かう。
「「「……」」」
一見、常と変わらぬ入り口付近。
しかし、漂う空気は吐き気を催す臭気と異様な気配。
あれほど響いていた叫び声は既に絶無。地を揺らす震動こそ続くが、中に残る観光客や内部を警固する騎士たちが出てくる様子がない。
「「「……ッ」」」
生唾を飲みこむ彼らは本能的に悟る。
この場所に留まれば死ぬ、と。
「……どうする?」
「どうもこうもねえ。まずは報告だ」
「明らかにヤバいぜ。早く伝えないと、とんでもないことになりそうだ。緊急時の狼煙、使っちまうか?」
「いや……あれを使うと勘違いだった時に言い訳が利かないし。俺が直接報告に行く」
「いやいや、俺が行くって。お前足遅いじゃん」
「うっせー馬鹿! さっさと離れたいんだよ!」
「ちょっとくらい逃げる気隠せよ……」
間抜けな衛兵たちが罵り合っている内に状況が推移し、地を揺らす者の正体が露わとなる。
「ゴル……」
墓所の入口よりぬうと現れたるは、二階建ての家屋に等しい肉色の巨体。
鱗を持たざるなりそこない。邪竜ニーズヘッグの眷属である。
「んなッ!?」「嘘だろ。竜!?」
「……俺が逃げ回って気を引くから、さっさと報告してこい。ここのことは俺に任せろ」
「馬鹿野郎ッ。こんな時に狼煙使わないでいつ使うんだよ!」
身をよじり這い出てきた邪竜たちを前に、携帯している魔道具を作動させる衛兵。
打ちあがる赤い光魔術に目もくれない彼らは、邪竜の一挙手一投足に全神経を傾けるのだった。
帝都一の観光地である大英雄の墳墓、その大広間では。
「──神々の石像が完全に破壊されている。まさか本当に、この大広間を占拠してしまうとは……」
「あの異形の魔物たちは一体どうやって……? 神の結界までをも無効化したというのか」
「「「……」」」
「問答は抜きで。私の配下が巡回する者やここへ来る観光客の気を引いていますが、限度がありますから。手早くお願いします」
竜を信仰する教団の教祖らが、協力者を名乗る女の手腕に舌を巻いていた。
数日前、組織の者だけが知る教団本部に女が現れた時、教祖は目の前の女を全く信用していなかった。
如何にして教団本部を突き止めたのかも、胡散臭い協力の申し出も。朗々と語る女の全てが信用ならない。そう考えた彼は、申し出をはねのけ口封じに出た。
だが教団の抱えていた腕利きさえも、女は容易くねじ伏せてしまう。術式によらない自在な風と大男を指先一つで吹き飛ばす力とで、全ての信者を返り討ちとしてしまったのだ。
そのため彼女の協力の申し出を拒否できなくなってしまったが、寝首を掻いてやろうという思いは教祖の内に燻ったまま。
竜召喚儀式の贄にでもしてやろうかと、彼は今の今まで考えていたが──。
「──これほどの贄を無抵抗状態で用意した時も驚いたが。この大英雄の墳墓に魔物を連れ込み、あまつさえ守護者たる神のゴーレムを破壊して見せるとは! 人間業とは思えん」
彼女の有能ぶりを目の当たりにして、もはやその考えも吹き飛んでいた。
「目を盗んで行っているだけですから、ほんのひと時です。口を動かさず手を動かしてください」
「失敬な奴め、術式の準備はもう終わっておるわい。後は贄だが……そちらの魔物ども、そこにいては巻き込まれるぞ。動かせるか?」
「贄としてもらって結構ですよ。石像を破壊した時点で彼らの役目は終わっていますし、強力な魔物がいた方が竜の召喚数も多くなるでしょう」
「……なら良いが」
神のゴーレムすら打ち倒す異形の魔物を、全く惜しまず使い捨てる。現実味を欠片も感じないその態度に冷たいものを覚えつつ、教祖は儀式を開始した。
教祖が信者の証たるメダルを掲げると、外周を囲う信者も応じて続く。
そうして掲げられたそれに、信者たちの魔力が注ぎ込まれたところで──儀式の中心地に異変が起きた。
「……ぉ。ぉぉ……」
「ぅぁ……」
心ここにあらずと広場の中心で呆ける者たちや、その人々を囲む異形の魔物。贄と呼ばれた彼らの体がぐずぐずと崩れだし、液体となったそれらが大きな塊を創り始めたのだ。
「順調……だがやはり、臭気が酷いな。これではすぐに異変が知られてしまうか」
「でしょうね。しかし、贄さえ十分であれば召喚も時間がかからないのでしょう? 数が集まろうとも、召喚した邪竜の力で薙ぎ払ってしまえば問題ありません」
女と教祖が見解を語る間に、球となった液体がみるみる縮み、浮き上がり──拳大となったところで、突如爆ぜた。
「「「っッ!」」」
球体の炸裂と共に発生したのは、音や光が遠くなるような空間の歪み。
その歪みと共に現れ降り立ったのは、人と変わらぬ背丈の存在だった。
「っ!」「……?」「小さい……子供の竜?」「亜人、なのか?」
【ハッ。久方ぶりに受肉した思うたら……敬いが足らん連中やなぁ】
爬虫類の特徴を具え赤き瞳を持つそれが、一体何を思ったのか。不意に浅黒い腕を突き出し、拳を握り込んだ。
「あ゛っ?」「ぎげッ?」
その無造作な動作と全く同時。
教祖の近くにいた信者二人の頭と手足が捻じれて潰れ、血を吹き出す肉塊が出来上がる。
【言葉には気を付けると良い。で、だ。貴様らは人族やな? 中々に悪くない肉体と魔力やが、何を贄としたんや?】
「は……?」「あ、あああぁぁぁ!?」
「魔力抜きの干渉……『歪』の権能かっ!」
【んん? なんや、儂を知っとる者もおったんか】
理解を超えた現象で恐慌状態となる信者たち。
その有象無象の反応に嘆息しつつ、男はただ一人異なる反応をした女へ近づく。
「邪竜ニーズヘッグ。滅ぼされてなお転生を繰り返す特異な竜。……地脈からでないと生まれないものかと思っていましたが、あたりが出ましたか」
【カハハハ。おんし、よう知っとるやんか。確かに儂は地脈から生じることが多いが、こうして魔族や人族に供物を捧げられて召喚されることもある……しかし、やかましいのう】
男が腕を煩わしげに振るえば、身の毛のよだつ音が大広間に響き渡る。
皮が裂け肉の千切れる断裂音。
骨が砕け臓物が飛び散る炸裂音。
固い肉塊同士がぶつかる重低音。
空間の力場を歪ませる権能が荒れ狂い、捻じれ弾けて潰れる信者たち。
老いも若きも血となり肉となり骨となり……大広間にはたちまち赤き山河が生まれ落ちた。
「は……はは。はははッ!」
自分と協力者の女以外がひしゃげてしまった現実を前に、教祖は歓喜に打ち震える。
「素晴らしい、素晴らしいですぞ邪竜様! これぞ、この力こそが竜たる御力! どうぞお気の召すままお気の向くままに、世に竜というものをお示しください!」
【ふうむ? 侍るもんを殺されたんに、変わりもんやのう。……おんし、儂を召喚したんなら我が眷属も呼び出せよう? 材料集めてくるきぃ、準備せい】
「何の騒ぎだ──ッ!?」「なぁ……!?」「うッ……!?」
高笑いする教祖に爬虫類の男が首を傾げた直後。
鮮血と汚物の混ざった臭いが充満する大広間に、誰何の声が木霊する。
剣を構える者に魔法陣を浮かべる者、槍を掲げ大盾を前面に出す者。広間の入り口に現れたのは十名ほどの騎士たちだ。
人族社会の英雄を祀る重要施設、大英雄の墳墓。その警固にあたる彼らは、いわば帝都を影から護る守護者。霊廟を穢す如何なる侵入者も退ける、高位冒険者にすら比肩する実力者たちである。
【人の戦士か。面白い、遊んでみるかのう──】
そう独り言つ浅黒い男──邪竜ニーズヘッグは、入り口を塞ぎ大盾を構えていた衛兵に迅雷の如く接近。
騎士たちが状況を把握するその前に、勢いそのまま腕を一振り。紙きれを裂くかのように重厚なる騎士の鎧を斬り裂いた。
「「「ッ!?」」」
技とは言えぬ、爪を用いた無造作な引っかき。そのなんでもない攻撃が熟達の戦士の守りをあっさり崩し、命を奪い取る。
「えっ……」「レオンッ!?」
【ハハッ、そう呆けるな。どんどん行くぞ?】
喋る間に追加で首の一つを追加で潰した邪竜の男は、吹き上がる血を狼煙代わりに蹂躙を開始した。
「お、おぉまえッ──!」
同僚の血を浴びいきり立った若い男。
大上段に剣を構え、渾身の力で振り下ろそうとして──竜の手刀ですっぱり裁断。きらりと奔ったニーズヘッグの爪により、両腕と頭部を切断される。
「死、ねぇいッ!」
【カカカッ。活きがいいのう】
憤怒の形相で槍を突き込む白髪交じりの男。
「くッ、う゛!?」
穂先を摘ままれ捩じ上げられ、体勢の崩れたところに邪竜からの横蹴り一発。
背骨が横から“く”の字となり、血反吐をぶちまけた老いたる騎士が屍山の一部に加わった。
「きっさまぁッ!」「亜人如きがッ!」
殺意を滾らせニーズヘッグの左右から長剣を突き込む、よく似た顔の男たち。
【同時か。少しは頭を──おッ?】
「今! あわせてっ!」
先に殺すのはどちらから──と考えたところで、足に絡む樹木に邪竜は気が付く。
彼の注意が逸れた刹那、遅延魔術が放たれていたのである。
見事な魔術だと笑みを刻む竜人に、双子の刃が全霊で突き込まれ──しかし、その硬さの前に砕け散る。
「「「なっッ!?」」」
産毛すらない浅黒い肌。
一見滑らかなるそれは、しかしやはり竜の肌。竜鱗に及ばずとも金剛石の如き硬さを誇る代物だ。
竜を想定していない彼らの武器で、傷つけられる道理がない。
【悪くはなかったぞ、人族どもよ──ならしにしてはな】
手刀、足刀、尾刀。
邪竜の三部位が研ぎ澄まされた刃と化し、騎士たちの首を刈り、胸を裂き、胴を断つ。
双子の青年に、彼らを慕っていた後輩の女性。死後一つとなった彼らが肉の山を潤した。
「ひッ……うあああッ!?」
ほんのつい先ほどまで生きていた仲間たちの、あまりに無惨な姿。それを前に思考が弾け、最後の一人となった騎士は身を翻して駆けていく。
叫び声や爆発音を耳にして集まり始めた野次馬たちの間を、一目散に走り抜けようとした彼は……“歪”の権能により捻じれて潰れ、血肉と臓腑を撒き散らす。
竜からは逃げられない。
その事実と力を知らしめる、単純明快なデモンストレーションである。
【さあ、供物どもよ──あまり散らかってくれるなよ?】
「えっ……」「なあぁッ!?」「いやっ、いやあああ!」
ニーズヘッグが不敵に笑い──惨劇が幕を開けた。
◇◆◇◆
「──あー。サロメ様、本当綺麗だったなー」
「な。まあ正直、守護天使様が神々しすぎてあんまり見る余裕なかったが」
同刻。
暮れていく空を見上げる外部衛兵たちは、昼間に起きた出来事を思い返していた。
日々多くの観光客や信心深い者が訪れる大英雄の墳墓。
ここを警備する彼らは日夜不審者がいないか警戒しているが、一般客が少なくなる夕方はどうしても気が抜けがちだ。
彼らも精兵な事には違いないが、内勤の巡回兵と比べると能力や意欲で劣っている。それ故の雑談でもあった。
「今日も何事もなし。いやあ、平和だねえ」
「そりゃそうだろ。外には俺らがいて神様の結界も張ってあるし。内には帝都屈指の騎士に加えて、神様のゴーレムが控えてる。亜竜すら一捻りだっていうし、本当に俺たち必要なのか? っていっつも疑問に思ってるよ」
「ユウスケ様の霊廟を荒らそうとする馬鹿の中には、ゴーレムのこと知らないやつもいるだろうし。俺たちは警備してるぞーっていうことを示す役割なのかもな──」
等々、欠伸混じりの雑談が続いていたが──。
「おおッ? 揺れたなー」「最近多いな?」「ここ一か月は地震ばっかりだよなあ」
──ここで強震発生。
「ギヤアアアッ!」「アアアァァァッ!?」
そう間を置かず、悍ましい悲鳴が弛緩した空気をつんざく。
「ひぃッ!?」「なな、なんだ!? 一体、どこから……?」「霊廟の方からか?」
獣じみた叫びは断続的に響き、衛兵たちも只事ならない事態を把握。
何事かと集まる帰り際の観光客を散らした後、彼らは墳墓へと調査に向かう。
「「「……」」」
一見、常と変わらぬ入り口付近。
しかし、漂う空気は吐き気を催す臭気と異様な気配。
あれほど響いていた叫び声は既に絶無。地を揺らす震動こそ続くが、中に残る観光客や内部を警固する騎士たちが出てくる様子がない。
「「「……ッ」」」
生唾を飲みこむ彼らは本能的に悟る。
この場所に留まれば死ぬ、と。
「……どうする?」
「どうもこうもねえ。まずは報告だ」
「明らかにヤバいぜ。早く伝えないと、とんでもないことになりそうだ。緊急時の狼煙、使っちまうか?」
「いや……あれを使うと勘違いだった時に言い訳が利かないし。俺が直接報告に行く」
「いやいや、俺が行くって。お前足遅いじゃん」
「うっせー馬鹿! さっさと離れたいんだよ!」
「ちょっとくらい逃げる気隠せよ……」
間抜けな衛兵たちが罵り合っている内に状況が推移し、地を揺らす者の正体が露わとなる。
「ゴル……」
墓所の入口よりぬうと現れたるは、二階建ての家屋に等しい肉色の巨体。
鱗を持たざるなりそこない。邪竜ニーズヘッグの眷属である。
「んなッ!?」「嘘だろ。竜!?」
「……俺が逃げ回って気を引くから、さっさと報告してこい。ここのことは俺に任せろ」
「馬鹿野郎ッ。こんな時に狼煙使わないでいつ使うんだよ!」
身をよじり這い出てきた邪竜たちを前に、携帯している魔道具を作動させる衛兵。
打ちあがる赤い光魔術に目もくれない彼らは、邪竜の一挙手一投足に全神経を傾けるのだった。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
荷物持ちの代名詞『カード収納スキル』を極めたら異世界最強の運び屋になりました
夢幻の翼
ファンタジー
使い勝手が悪くて虐げられている『カード収納スキル』をメインスキルとして与えられた転生系主人公の成り上がり物語になります。
スキルがレベルアップする度に出来る事が増えて周りを巻き込んで世の中の発展に貢献します。
ハーレムものではなく正ヒロインとのイチャラブシーンもあるかも。
驚きあり感動ありニヤニヤありの物語、是非一読ください。
※カクヨムで先行配信をしています。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
スキル【収納】が実は無限チートだった件 ~追放されたけど、俺だけのダンジョンで伝説のアイテムを作りまくります~
みぃた
ファンタジー
地味なスキル**【収納】**しか持たないと馬鹿にされ、勇者パーティーを追放された主人公。しかし、その【収納】スキルは、ただのアイテム保管庫ではなかった!
無限にアイテムを保管できるだけでなく、内部の時間操作、さらには指定した素材から自動でアイテムを生成する機能まで備わった、規格外の無限チートスキルだったのだ。
追放された主人公は、このチートスキルを駆使し、収納空間の中に自分だけの理想のダンジョンを創造。そこで伝説級のアイテムを量産し、いずれ世界を驚かせる存在となる。そして、かつて自分を蔑み、追放した者たちへの爽快なざまぁが始まる。
雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜
霞杏檎
ファンタジー
祝【コミカライズ決定】!!
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」
回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。
フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
チートスキルより女神様に告白したら、僕のステータスは最弱Fランクだけど、女神様の無限の祝福で最強になりました
Gaku
ファンタジー
平凡なフリーター、佐藤悠樹。その人生は、ソシャゲのガチャに夢中になった末の、あまりにも情けない感電死で幕を閉じた。……はずだった! 死後の世界で彼を待っていたのは、絶世の美女、女神ソフィア。「どんなチート能力でも与えましょう」という甘い誘惑に、彼が願ったのは、たった一つ。「貴方と一緒に、旅がしたい!」。これは、最強の能力の代わりに、女神様本人をパートナーに選んだ男の、前代未聞の異世界冒険譚である!
主人公ユウキに、剣や魔法の才能はない。ステータスは、どこをどう見ても一般人以下。だが、彼には、誰にも負けない最強の力があった。それは、女神ソフィアが側にいるだけで、あらゆる奇跡が彼の味方をする『女神の祝福』という名の究極チート! 彼の原動力はただ一つ、ソフィアへの一途すぎる愛。そんな彼の真っ直ぐな想いに、最初は呆れ、戸惑っていたソフィアも、次第に心を動かされていく。完璧で、常に品行方正だった女神が、初めて見せるヤキモチ、戸惑い、そして恋する乙女の顔。二人の甘く、もどかしい関係性の変化から、目が離せない!
旅の仲間になるのは、いずれも大陸屈指の実力者、そして、揃いも揃って絶世の美女たち。しかし、彼女たちは全員、致命的な欠点を抱えていた! 方向音痴すぎて地図が読めない女剣士、肝心なところで必ず魔法が暴発する天才魔導士、女神への信仰が熱心すぎて根本的にズレているクルセイダー、優しすぎてアンデッドをパワーアップさせてしまう神官僧侶……。凄腕なのに、全員がどこかポンコツ! 彼女たちが集まれば、簡単なスライム退治も、国を揺るがす大騒動へと発展する。息つく暇もないドタバタ劇が、あなたを爆笑の渦に巻き込む!
基本は腹を抱えて笑えるコメディだが、物語は時に、世界の運命を賭けた、手に汗握るシリアスな戦いへと突入する。絶体絶命の状況の中、試されるのは仲間たちとの絆。そして、主人公が示すのは、愛する人を、仲間を守りたいという想いこそが、どんなチート能力にも勝る「最強の力」であるという、熱い魂の輝きだ。笑いと涙、その緩急が、物語をさらに深く、感動的に彩っていく。
王道の異世界転生、ハーレム、そして最高のドタバタコメディが、ここにある。最強の力は、一途な愛! 個性豊かすぎる仲間たちと共に、あなたも、最高に賑やかで、心温まる異世界を旅してみませんか? 笑って、泣けて、最後には必ず幸せな気持ちになれることを、お約束します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる