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第八章 帝都壊乱
8-28 殺処分
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光の柱が突き立ってから、ほんの十数秒。
だというのに、状況は一変した。
腰を落としてもなお定まらない重心に、焼き鏝を押し付けられたかのような灼熱の刺激。
「──ヅッ……」
嵐の夜空を舞ったのは俺の右腕。白炎に包まれ灰となるおまけ付きだ。
(ロウっ!)
(この状況は不味い。一旦引け!)
動じる相棒たちの声を聞きつつ魔法を構築。骨を生やして肉を巻き付かせ、瞬きする間に腕部を再生。並行して、視界の端で周囲の状況を確認する。
地に伏し血と泥にまみれる少女。
焦げた身体から白煙を上げ、爆ぜたような裂傷を幾つも残す美女。
潰され扁平となり血の泡を吹く肉塊。
「……クソッ」
仲間は全滅。
優位だったはずの形勢が、訳の分からんまま一息で覆されてしまったわけか。
〈クハハ。流石は大英雄だ、カラブリア。汝の真なる力をもってすれば、魔神なんぞ物の数ではないな〉
「光栄です、豊穣神様。ですが、この魔神のしぶとさは尋常ではありません。早く息の根を止め、陛下や殿下の下へ参じましょう。女性たちは生け捕りですかね」
輝く聖剣についた血を払い、ほんのりと丸い切っ先をこちらに向けるカラブリア。その構えは、俺の知覚を振り切った時のそれと同様だ。
──脳裏をよぎるのは、窮状に至る切っ掛けとなった先の出来事。
全員でバアルを袋叩きにしている最中に突き立つ謎の光柱。
その中心で浮遊していたのは、俺が叩きのめしたはずの黒髪青年。
あの状態から復活したのか──そう思った刹那、コマを飛ばしたかのような速度で戦場に顕れたその男。
奴の力は、正しく理外だった。
バアルへ迫っていた大魔法の嵐を、剣の一振りで掻き消して。
そこから繋がる聖剣斬撃で、剣の間合いにいた俺の腕を斬り飛ばし、余波の光波でニグラスを圧し潰し。
灼熱の大槍で迎え撃とうとしたエスリウに対しては、一刀幹竹割りで大魔法ごと切って捨て。
乱戦に紛れ背後を獲ったウィルムには、振り返りもせずに後ろ手を構え、白き雷撃を浴びせて征す。
魔神の障壁も竜の鱗も、容易く貫く剣と魔法。それは俺が叩きのめした時とは次元の違う力だ。
つまるところ、本気のカラブリアは俺の知る最強たちと同等にある。
こんなぽっと出の野郎が、だ。
「冗談じゃねえぞ……。どういうことだ」
聖剣を構える黒髪の青年が発する魔力は、息遣いさえ聞こえてきそうなほどに濃い虹色。
琥珀竜に海魔竜、そして神なる獣。あいつらのそれと変わらない。
撃退した時から、明らかに変質している。
「俺の力に驚いたかい? 実は俺も、まだこの身体に慣れていなくてね。……一度君に後れを取ったことで、覚醒する契機を得たようなんだ。コケにしてくれたこと、感謝しているよ」
「そっすかあ。覚醒ね……そんじゃあ感謝ついでに、俺たちのこと見逃すってのはどう? こう見えても人畜無害なんだよ、俺」
「いいや。君は殿下を誑かしているだろう?──この場で殺すッ!」
大英雄にあるまじき発言をぶち上げた男は、聖なる剣を無尽に振るう。
「ぐぅぅッ!?」
袈裟斬り薙ぎ斬り、突き込み斬り上げ叩きつけ。
先ほどの正道の剣技はそのままに、暴力的な速度で光る剣が荒れ狂う!
聖剣を捌こうとした手首が、軌道の変化でやすやす飛ばされ。
ならばと弾きだそうとする逆手の拳も、返す刃ですぐさま斬られ。
ヤバいと躱そうと動かす足が、連続斬撃で細切れにされ──。
「ぬぁらぁッ!」
「ッ!」
──半降魔でもって肉体再生。
欠損部位を“虚無”で覆って再構築。背面から生える触腕と両の腕を合わせ、六本腕となって聖剣連斬と向かい合うッ!
「ハハハッ! 六本腕に山羊の角か? その邪悪な姿、魔神らしくなったじゃないか、なあ山羊頭!」
「ぐ、の、やろ……ッ!」
いなすも斬られ、逸らすも薙がれ。
人の腕を模る我が触腕たちは、“虚無”の護り空しく削り取られていく。
現状、劣勢。
こいつが確かに最強ならば、俺が中途半端な状態で渡り合えるはずもなし。当然でもある。
「……くそッ」
それでも奥の手──降魔に踏み切れない理由は、豊穣神にある。
〈……〉
もじゃつく黒ひげを撫でる奴は、加勢に乗り出さずにこちらの観察を続けていた。分析に注力してこちらの能力を詳らかにしようとしているらしい。
ぶっ倒れたままのウィルムたちに止めを刺されるよりはましだが……他の魔神が控えている以上、手札はなるべく隠しておきたい。
とはいえ、出し惜しんで死ねば馬鹿そのものだし、判断を誤らないようにしなければいけないが。
──などと考えていれば、聖剣連撃に加えて光魔法が混ざりだす!?
「のわぁッ!?」
「チッ、避けるか。だが、じき終わりだなッ!」
基本は先と変わらぬ隙潰しの魔法ながら、浮かぶ光は十倍以上。数十個もの光球が俺とカラブリアの周りを飛び回り、今度は俺の隙を突くタイミングで光魔法を撃ちだした。
一発であれば小指程度の穴があくだけだが、当たり所によっては致命となる。そうでなくても束ねられれば大穴だ。再生できる身とはいえ、無視などできようはずがない。
かといって光魔法の対処に意識を割けば、空間ごと断ち切る聖剣の圧力が増していく。
あちらを立てればこちらが立たず。苦境そのものだ。
これはもう、手札の切り時か──そう考えた直後。
〈──覚えのある魔力だとは思いましたが。まさか、大英雄本人がこの場にいるとは。ロウ、よく生き残れましたね?〉
〈フクク。これは腐っても上位魔神。降魔状態となってのらりくらりとやり過ごしたのだろう。外聞もなく逃げに徹する、実に魔神らしく卑劣な手だよ〉
雷雨に似つかわしくない甘い香りが場を満たし、吹き荒れる強風で白き羽毛が舞い踊る。
「!?」
この場にきたのは如何なる理由か。
顕れた上位者たちは俺もよく知る存在たち。妖精神イルマタルと死神サマエルだった。
◇◆◇◆
〈──イルマタルかッ!〉
「死神様!?」
闖入者に反応したのはそれぞれ別々。
死神のことしか知らないであろうカラブリアは置いておくとして、豊穣神は妖精神と何かしらの関係にあるようだ。自信満ち溢れていた皺だらけの顔に、少し歪みが生まれているし。
まあ、至極どうでもよい。
今ここで重要なのは彼らの関係性などではなく、彼らの意識が逸れたという事実なのだから。
空間魔法構築。座標三点、異空間開門。
〈〈〈!?〉〉〉
重傷者三名を収容完了。仲間の安全は確保完了だ。
治療できていないので不安が残るが……彼女たちも上位存在。身体に穴が開いたり脳天から潰された程度じゃ死ぬまい。
(……。いや、エスリウたちも魔神やら竜やらだし、何も間違っちゃいないんだが)
(こういうところは妙に冷静ですよね、ロウって)
馬鹿言えよ。俺だって苛立っているし怒ってもいる。それはそれってだけだ。
「仲間を逃がしたか? だが、君は逃がさないよ。死神様も来たんだ、観念するといい」
〈……気を抜くな、カラブリア。顕れた者どもは、神でありながら魔神に協調する愚物。この魔神に唆されている側だ〉
「……なッ!?」
〈神を騙り信仰を集めるあなたが言いますか、バアル。……よく今まで、その魔の気配を隠していたものです〉
〈力に取り憑かれているとは思っていたがね。魔神であればその気質も納得というものだ。何故大英雄がこの場にいるのか、カラブリアの意識が宿っているのかは知らないが……排除させてもらうとしよう〉
俺がこそこそと身体を再生させていく間に会話が進む。
イルマタルはともかく、サマエルもこちら側につくらしい。いけ好かない奴だが力は本物、有難い助力だ。
「つまりアレか。形勢逆転ってわけだな? ガハハハ! おいこらカラブリア、観念しろ」
〈ハァ……流石は浅慮を極めし魔神だ。貴様はそこの大英雄に圧倒されていたというのに、もう忘れたのかね? 全くもって度し難い。これを援護せねばならんとは眩暈がするよ〉
「うるせえ馬鹿。ちょっと盛り上げようとしただけだよ。で、いいんですよね? イル」
〈ええ。他の魔神と合流される前に叩き潰してしまいましょう〉
罵倒ばっかりのクソ死神と異なり、話の分かる銀髪美少女は魔力を解放。雨粒を吹き飛ばす暴風を撒き散らし、神たる力を発現させる。
その圧力は半降魔の俺以上。銀なる魔力で街を覆い尽くす様は正しく神。上位神らしい尋常ならざる力をまざまざと感じる、天が震えるほどの奔流だ。
「馬鹿なッ。死神様も妖精神様も、正気ですか? そのガキは魔神なんですよ!?」
その神たる力を見て慄くのはカラブリア。
俺の見立てでは、彼の魔力はイルマタルと同等か、それ以上の域にある。格としては上位神どころか古き竜並みだと感じた。
けれども彼の場合、その力に意識が付いていっていない。全容を把握しようとせず、降って湧いた力をそのまま振るっているといった雰囲気だ。
あるいは先の覚醒のように、今その力を慣らしている真っ最中なのか……。
何にしても、叩くなら今というやつだ。
「とりあえず作戦。バアルはぶちのめしてカラブリアは生け捕り。こんな感じでどうですか?」
〈作戦にもならないただの方針ではないですか、もう〉
〈魔神の指図など受けられるものかね。我は己が判断で動く。足を引っ張ってくれるなよ? 妖精神、魔神〉
〈フム……〉
「ほ、豊穣神様。この状況は不味いのでは。それにその、妖精神様が仰っていた魔の気配というのは、一体……?」
豊穣神が豊かな顎鬚を撫でつけ、聖なる鎧を纏う青年が右往左往する中、こちらの準備は万端となる。
「そんじゃあ、反撃開始といきますか!」
〈数で優位とはいえ、豊穣神に大英雄。寸毫たりとも気を抜かぬように〉
〈当然だ。まずは削っていくとしよう──〉
珍しく死神から返答があった──そう思うと同時に、炎の大刃と氷の刃が突き出した。
妖精神の、胸元から。
「……は?」
「!?」
〈ぐ、っ!?〉
〈こうも容易く背を許すなど、妖精神も老いたものだね。それともまさか、我を本気で信用していたのかね?〉
刃の主は背後の死神。
何言う間もなく腕を振るったそいつは、イルを炎と氷の一刀で切り開き、少女の身体を炭化した氷像へと創り変えた。
「て、めえッ! 何ッ、考えてやがる!?」
〈魔神に与する神を屠る。疑問の余地などない行動だろう? さあバアル、大英雄。魔神狩りを始めるぞ〉
「えッ? あ、はい!」
〈残る強者といえばフォカロルだけか? アレもこやつがいなければ大きな問題となるまいな。クハハッ、もう少し楽しみたいところであったが〉
突発的に裏切ったのか? 最初から掌の上だったのか?
イルは、完全に殺されてしまったのか?
全く分からないことだらけだが、窮地ということだけは間違いない。
咄嗟に空間魔法で距離を取るも、僅かしか移動できない。墳墓の結界か、はたまた奴らの魔法によるものか。
なんにせよ、この状況は流石に不味い。体勢を立て直すために一旦逃げなければ。
でもどこへ? 聖獣たちの下? フォカロルたちのところ?
様々な考えが濁流のように流れていく中、不意に雷鳴。
迸った雷がイルの氷像を粉砕し、その断面から炎を吹き上がらせる。
〈念を入れておこう。粉と砕けば再生もできまい〉
〈我が炎と氷で滅ばぬとは思えぬがね〉
「……」
炭化した状態で凍り付き炎上する彼女に、復活する気配などない。
花は萎れ月が隠れるほど美しかった顔は、見る影もないほどに黒変し。
夜空で瞬く星のように輝いていた金の薄翅も、焼け焦げ照りが焼失し。
しなやかだった指先も、毛先まで艶やかだった銀糸も。彼女を形作っていた何もかもが、もう……。
〈……上等だ。お前ら全員、ぶっ殺してやるよ〉
権能全開、降魔移行。
雷雨吹き荒れる夜の闇を、漆黒の魔力でもって覆い尽くす。
「うッ!?」
〈〈!〉〉
イルの残骸を魔法で保護し、漲る虚無を異形の肉体に纏わせ固め──殺意でそれを補強する。
出し惜しみなんてもうしない。
てめえら纏めて殺処分だ。
だというのに、状況は一変した。
腰を落としてもなお定まらない重心に、焼き鏝を押し付けられたかのような灼熱の刺激。
「──ヅッ……」
嵐の夜空を舞ったのは俺の右腕。白炎に包まれ灰となるおまけ付きだ。
(ロウっ!)
(この状況は不味い。一旦引け!)
動じる相棒たちの声を聞きつつ魔法を構築。骨を生やして肉を巻き付かせ、瞬きする間に腕部を再生。並行して、視界の端で周囲の状況を確認する。
地に伏し血と泥にまみれる少女。
焦げた身体から白煙を上げ、爆ぜたような裂傷を幾つも残す美女。
潰され扁平となり血の泡を吹く肉塊。
「……クソッ」
仲間は全滅。
優位だったはずの形勢が、訳の分からんまま一息で覆されてしまったわけか。
〈クハハ。流石は大英雄だ、カラブリア。汝の真なる力をもってすれば、魔神なんぞ物の数ではないな〉
「光栄です、豊穣神様。ですが、この魔神のしぶとさは尋常ではありません。早く息の根を止め、陛下や殿下の下へ参じましょう。女性たちは生け捕りですかね」
輝く聖剣についた血を払い、ほんのりと丸い切っ先をこちらに向けるカラブリア。その構えは、俺の知覚を振り切った時のそれと同様だ。
──脳裏をよぎるのは、窮状に至る切っ掛けとなった先の出来事。
全員でバアルを袋叩きにしている最中に突き立つ謎の光柱。
その中心で浮遊していたのは、俺が叩きのめしたはずの黒髪青年。
あの状態から復活したのか──そう思った刹那、コマを飛ばしたかのような速度で戦場に顕れたその男。
奴の力は、正しく理外だった。
バアルへ迫っていた大魔法の嵐を、剣の一振りで掻き消して。
そこから繋がる聖剣斬撃で、剣の間合いにいた俺の腕を斬り飛ばし、余波の光波でニグラスを圧し潰し。
灼熱の大槍で迎え撃とうとしたエスリウに対しては、一刀幹竹割りで大魔法ごと切って捨て。
乱戦に紛れ背後を獲ったウィルムには、振り返りもせずに後ろ手を構え、白き雷撃を浴びせて征す。
魔神の障壁も竜の鱗も、容易く貫く剣と魔法。それは俺が叩きのめした時とは次元の違う力だ。
つまるところ、本気のカラブリアは俺の知る最強たちと同等にある。
こんなぽっと出の野郎が、だ。
「冗談じゃねえぞ……。どういうことだ」
聖剣を構える黒髪の青年が発する魔力は、息遣いさえ聞こえてきそうなほどに濃い虹色。
琥珀竜に海魔竜、そして神なる獣。あいつらのそれと変わらない。
撃退した時から、明らかに変質している。
「俺の力に驚いたかい? 実は俺も、まだこの身体に慣れていなくてね。……一度君に後れを取ったことで、覚醒する契機を得たようなんだ。コケにしてくれたこと、感謝しているよ」
「そっすかあ。覚醒ね……そんじゃあ感謝ついでに、俺たちのこと見逃すってのはどう? こう見えても人畜無害なんだよ、俺」
「いいや。君は殿下を誑かしているだろう?──この場で殺すッ!」
大英雄にあるまじき発言をぶち上げた男は、聖なる剣を無尽に振るう。
「ぐぅぅッ!?」
袈裟斬り薙ぎ斬り、突き込み斬り上げ叩きつけ。
先ほどの正道の剣技はそのままに、暴力的な速度で光る剣が荒れ狂う!
聖剣を捌こうとした手首が、軌道の変化でやすやす飛ばされ。
ならばと弾きだそうとする逆手の拳も、返す刃ですぐさま斬られ。
ヤバいと躱そうと動かす足が、連続斬撃で細切れにされ──。
「ぬぁらぁッ!」
「ッ!」
──半降魔でもって肉体再生。
欠損部位を“虚無”で覆って再構築。背面から生える触腕と両の腕を合わせ、六本腕となって聖剣連斬と向かい合うッ!
「ハハハッ! 六本腕に山羊の角か? その邪悪な姿、魔神らしくなったじゃないか、なあ山羊頭!」
「ぐ、の、やろ……ッ!」
いなすも斬られ、逸らすも薙がれ。
人の腕を模る我が触腕たちは、“虚無”の護り空しく削り取られていく。
現状、劣勢。
こいつが確かに最強ならば、俺が中途半端な状態で渡り合えるはずもなし。当然でもある。
「……くそッ」
それでも奥の手──降魔に踏み切れない理由は、豊穣神にある。
〈……〉
もじゃつく黒ひげを撫でる奴は、加勢に乗り出さずにこちらの観察を続けていた。分析に注力してこちらの能力を詳らかにしようとしているらしい。
ぶっ倒れたままのウィルムたちに止めを刺されるよりはましだが……他の魔神が控えている以上、手札はなるべく隠しておきたい。
とはいえ、出し惜しんで死ねば馬鹿そのものだし、判断を誤らないようにしなければいけないが。
──などと考えていれば、聖剣連撃に加えて光魔法が混ざりだす!?
「のわぁッ!?」
「チッ、避けるか。だが、じき終わりだなッ!」
基本は先と変わらぬ隙潰しの魔法ながら、浮かぶ光は十倍以上。数十個もの光球が俺とカラブリアの周りを飛び回り、今度は俺の隙を突くタイミングで光魔法を撃ちだした。
一発であれば小指程度の穴があくだけだが、当たり所によっては致命となる。そうでなくても束ねられれば大穴だ。再生できる身とはいえ、無視などできようはずがない。
かといって光魔法の対処に意識を割けば、空間ごと断ち切る聖剣の圧力が増していく。
あちらを立てればこちらが立たず。苦境そのものだ。
これはもう、手札の切り時か──そう考えた直後。
〈──覚えのある魔力だとは思いましたが。まさか、大英雄本人がこの場にいるとは。ロウ、よく生き残れましたね?〉
〈フクク。これは腐っても上位魔神。降魔状態となってのらりくらりとやり過ごしたのだろう。外聞もなく逃げに徹する、実に魔神らしく卑劣な手だよ〉
雷雨に似つかわしくない甘い香りが場を満たし、吹き荒れる強風で白き羽毛が舞い踊る。
「!?」
この場にきたのは如何なる理由か。
顕れた上位者たちは俺もよく知る存在たち。妖精神イルマタルと死神サマエルだった。
◇◆◇◆
〈──イルマタルかッ!〉
「死神様!?」
闖入者に反応したのはそれぞれ別々。
死神のことしか知らないであろうカラブリアは置いておくとして、豊穣神は妖精神と何かしらの関係にあるようだ。自信満ち溢れていた皺だらけの顔に、少し歪みが生まれているし。
まあ、至極どうでもよい。
今ここで重要なのは彼らの関係性などではなく、彼らの意識が逸れたという事実なのだから。
空間魔法構築。座標三点、異空間開門。
〈〈〈!?〉〉〉
重傷者三名を収容完了。仲間の安全は確保完了だ。
治療できていないので不安が残るが……彼女たちも上位存在。身体に穴が開いたり脳天から潰された程度じゃ死ぬまい。
(……。いや、エスリウたちも魔神やら竜やらだし、何も間違っちゃいないんだが)
(こういうところは妙に冷静ですよね、ロウって)
馬鹿言えよ。俺だって苛立っているし怒ってもいる。それはそれってだけだ。
「仲間を逃がしたか? だが、君は逃がさないよ。死神様も来たんだ、観念するといい」
〈……気を抜くな、カラブリア。顕れた者どもは、神でありながら魔神に協調する愚物。この魔神に唆されている側だ〉
「……なッ!?」
〈神を騙り信仰を集めるあなたが言いますか、バアル。……よく今まで、その魔の気配を隠していたものです〉
〈力に取り憑かれているとは思っていたがね。魔神であればその気質も納得というものだ。何故大英雄がこの場にいるのか、カラブリアの意識が宿っているのかは知らないが……排除させてもらうとしよう〉
俺がこそこそと身体を再生させていく間に会話が進む。
イルマタルはともかく、サマエルもこちら側につくらしい。いけ好かない奴だが力は本物、有難い助力だ。
「つまりアレか。形勢逆転ってわけだな? ガハハハ! おいこらカラブリア、観念しろ」
〈ハァ……流石は浅慮を極めし魔神だ。貴様はそこの大英雄に圧倒されていたというのに、もう忘れたのかね? 全くもって度し難い。これを援護せねばならんとは眩暈がするよ〉
「うるせえ馬鹿。ちょっと盛り上げようとしただけだよ。で、いいんですよね? イル」
〈ええ。他の魔神と合流される前に叩き潰してしまいましょう〉
罵倒ばっかりのクソ死神と異なり、話の分かる銀髪美少女は魔力を解放。雨粒を吹き飛ばす暴風を撒き散らし、神たる力を発現させる。
その圧力は半降魔の俺以上。銀なる魔力で街を覆い尽くす様は正しく神。上位神らしい尋常ならざる力をまざまざと感じる、天が震えるほどの奔流だ。
「馬鹿なッ。死神様も妖精神様も、正気ですか? そのガキは魔神なんですよ!?」
その神たる力を見て慄くのはカラブリア。
俺の見立てでは、彼の魔力はイルマタルと同等か、それ以上の域にある。格としては上位神どころか古き竜並みだと感じた。
けれども彼の場合、その力に意識が付いていっていない。全容を把握しようとせず、降って湧いた力をそのまま振るっているといった雰囲気だ。
あるいは先の覚醒のように、今その力を慣らしている真っ最中なのか……。
何にしても、叩くなら今というやつだ。
「とりあえず作戦。バアルはぶちのめしてカラブリアは生け捕り。こんな感じでどうですか?」
〈作戦にもならないただの方針ではないですか、もう〉
〈魔神の指図など受けられるものかね。我は己が判断で動く。足を引っ張ってくれるなよ? 妖精神、魔神〉
〈フム……〉
「ほ、豊穣神様。この状況は不味いのでは。それにその、妖精神様が仰っていた魔の気配というのは、一体……?」
豊穣神が豊かな顎鬚を撫でつけ、聖なる鎧を纏う青年が右往左往する中、こちらの準備は万端となる。
「そんじゃあ、反撃開始といきますか!」
〈数で優位とはいえ、豊穣神に大英雄。寸毫たりとも気を抜かぬように〉
〈当然だ。まずは削っていくとしよう──〉
珍しく死神から返答があった──そう思うと同時に、炎の大刃と氷の刃が突き出した。
妖精神の、胸元から。
「……は?」
「!?」
〈ぐ、っ!?〉
〈こうも容易く背を許すなど、妖精神も老いたものだね。それともまさか、我を本気で信用していたのかね?〉
刃の主は背後の死神。
何言う間もなく腕を振るったそいつは、イルを炎と氷の一刀で切り開き、少女の身体を炭化した氷像へと創り変えた。
「て、めえッ! 何ッ、考えてやがる!?」
〈魔神に与する神を屠る。疑問の余地などない行動だろう? さあバアル、大英雄。魔神狩りを始めるぞ〉
「えッ? あ、はい!」
〈残る強者といえばフォカロルだけか? アレもこやつがいなければ大きな問題となるまいな。クハハッ、もう少し楽しみたいところであったが〉
突発的に裏切ったのか? 最初から掌の上だったのか?
イルは、完全に殺されてしまったのか?
全く分からないことだらけだが、窮地ということだけは間違いない。
咄嗟に空間魔法で距離を取るも、僅かしか移動できない。墳墓の結界か、はたまた奴らの魔法によるものか。
なんにせよ、この状況は流石に不味い。体勢を立て直すために一旦逃げなければ。
でもどこへ? 聖獣たちの下? フォカロルたちのところ?
様々な考えが濁流のように流れていく中、不意に雷鳴。
迸った雷がイルの氷像を粉砕し、その断面から炎を吹き上がらせる。
〈念を入れておこう。粉と砕けば再生もできまい〉
〈我が炎と氷で滅ばぬとは思えぬがね〉
「……」
炭化した状態で凍り付き炎上する彼女に、復活する気配などない。
花は萎れ月が隠れるほど美しかった顔は、見る影もないほどに黒変し。
夜空で瞬く星のように輝いていた金の薄翅も、焼け焦げ照りが焼失し。
しなやかだった指先も、毛先まで艶やかだった銀糸も。彼女を形作っていた何もかもが、もう……。
〈……上等だ。お前ら全員、ぶっ殺してやるよ〉
権能全開、降魔移行。
雷雨吹き荒れる夜の闇を、漆黒の魔力でもって覆い尽くす。
「うッ!?」
〈〈!〉〉
イルの残骸を魔法で保護し、漲る虚無を異形の肉体に纏わせ固め──殺意でそれを補強する。
出し惜しみなんてもうしない。
てめえら纏めて殺処分だ。
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人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
チートスキルより女神様に告白したら、僕のステータスは最弱Fランクだけど、女神様の無限の祝福で最強になりました
Gaku
ファンタジー
平凡なフリーター、佐藤悠樹。その人生は、ソシャゲのガチャに夢中になった末の、あまりにも情けない感電死で幕を閉じた。……はずだった! 死後の世界で彼を待っていたのは、絶世の美女、女神ソフィア。「どんなチート能力でも与えましょう」という甘い誘惑に、彼が願ったのは、たった一つ。「貴方と一緒に、旅がしたい!」。これは、最強の能力の代わりに、女神様本人をパートナーに選んだ男の、前代未聞の異世界冒険譚である!
主人公ユウキに、剣や魔法の才能はない。ステータスは、どこをどう見ても一般人以下。だが、彼には、誰にも負けない最強の力があった。それは、女神ソフィアが側にいるだけで、あらゆる奇跡が彼の味方をする『女神の祝福』という名の究極チート! 彼の原動力はただ一つ、ソフィアへの一途すぎる愛。そんな彼の真っ直ぐな想いに、最初は呆れ、戸惑っていたソフィアも、次第に心を動かされていく。完璧で、常に品行方正だった女神が、初めて見せるヤキモチ、戸惑い、そして恋する乙女の顔。二人の甘く、もどかしい関係性の変化から、目が離せない!
旅の仲間になるのは、いずれも大陸屈指の実力者、そして、揃いも揃って絶世の美女たち。しかし、彼女たちは全員、致命的な欠点を抱えていた! 方向音痴すぎて地図が読めない女剣士、肝心なところで必ず魔法が暴発する天才魔導士、女神への信仰が熱心すぎて根本的にズレているクルセイダー、優しすぎてアンデッドをパワーアップさせてしまう神官僧侶……。凄腕なのに、全員がどこかポンコツ! 彼女たちが集まれば、簡単なスライム退治も、国を揺るがす大騒動へと発展する。息つく暇もないドタバタ劇が、あなたを爆笑の渦に巻き込む!
基本は腹を抱えて笑えるコメディだが、物語は時に、世界の運命を賭けた、手に汗握るシリアスな戦いへと突入する。絶体絶命の状況の中、試されるのは仲間たちとの絆。そして、主人公が示すのは、愛する人を、仲間を守りたいという想いこそが、どんなチート能力にも勝る「最強の力」であるという、熱い魂の輝きだ。笑いと涙、その緩急が、物語をさらに深く、感動的に彩っていく。
王道の異世界転生、ハーレム、そして最高のドタバタコメディが、ここにある。最強の力は、一途な愛! 個性豊かすぎる仲間たちと共に、あなたも、最高に賑やかで、心温まる異世界を旅してみませんか? 笑って、泣けて、最後には必ず幸せな気持ちになれることを、お約束します。
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