異世界を中国拳法でぶん殴る! ~転生したら褐色ショタで人外で、おまけに凶悪犯罪者だったけど、前世で鍛えた中国拳法で真っ当な人生を目指します~

犬童 貞之助

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第八章 帝都壊乱

8-28 殺処分

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 光の柱が突き立ってから、ほんの十数秒。

 だというのに、状況は一変した。

 腰を落としてもなお定まらない重心に、焼きごてを押し付けられたかのような灼熱の刺激。

「──ヅッ……」

 嵐の夜空を舞ったのは俺の右腕。白炎に包まれ灰となるおまけ付きだ。

(ロウっ!)
(この状況は不味い。一旦引け!)

 動じる相棒たちの声を聞きつつ魔法を構築。骨を生やして肉を巻き付かせ、まばたきする間に腕部を再生。並行して、視界の端で周囲の状況を確認する。

 地に伏し血と泥にまみれる少女。
 焦げた身体から白煙を上げ、爆ぜたような裂傷を幾つも残す美女。
 潰され扁平へんぺいとなり血の泡を吹く肉塊。

「……クソッ」

 仲間は全滅。

 優位だったはずの形勢が、訳の分からんまま一息でくつがえされてしまったわけか。

〈クハハ。流石は大英雄だ、カラブリア。汝の真なる力をもってすれば、魔神なんぞ物の数ではないな〉

「光栄です、豊穣神様。ですが、この魔神のしぶとさは尋常ではありません。早く息の根を止め、陛下や殿下の下へ参じましょう。女性たちは生け捕りですかね」

 輝く聖剣についた血を払い、ほんのりと丸い切っ先をこちらに向けるカラブリア。その構えは、俺の知覚を振り切った時のそれと同様だ。

 ──脳裏をよぎるのは、窮状きゅうじょうに至る切っ掛けとなった先の出来事。

 全員でバアルを袋叩きにしている最中さなかに突き立つ謎の光柱。

 その中心で浮遊していたのは、俺が叩きのめしたはずの黒髪青年。

 あの状態から復活したのか──そう思った刹那、コマを飛ばしたかのような速度で戦場に顕れたその男。

 奴の力は、正しく理外だった。

 バアルへ迫っていた大魔法の嵐を、剣の一振りで掻き消して。

 そこから繋がる聖剣斬撃で、剣の間合いにいた俺の腕を斬り飛ばし、余波の光波でニグラスを圧し潰し。

 灼熱の大槍で迎え撃とうとしたエスリウに対しては、一刀幹竹割からたけわりで大魔法ごと切って捨て。

 乱戦にまぎれ背後を獲ったウィルムには、振り返りもせずに後ろ手を構え、白き雷撃を浴びせて征す。

 魔神の障壁も竜の鱗も、容易く貫くるつぎと魔法。それは俺が叩きのめした時とは次元の違う力だ。

 つまるところ、本気のカラブリアは俺の知る最強たちと同等にある。

 こんなぽっと出の野郎が、だ。

「冗談じゃねえぞ……。どういうことだ」

 聖剣を構える黒髪の青年が発する魔力は、息遣いさえ聞こえてきそうなほどに濃い虹色。
 琥珀竜こはくりゅう海魔竜かいまりゅう、そして神なる獣。あいつらのそれと変わらない。

 撃退した時から、明らかに変質している。

「俺の力に驚いたかい? 実は俺も、まだこの身体に慣れていなくてね。……一度君におくれを取ったことで、覚醒する契機を得たようなんだ。コケにしてくれたこと、感謝しているよ」

「そっすかあ。覚醒ね……そんじゃあ感謝ついでに、俺たちのこと見逃すってのはどう? こう見えても人畜無害なんだよ、俺」
「いいや。君は殿下をたぶらかしているだろう?──この場で殺すッ!」

 大英雄にあるまじき発言をぶち上げた男は、聖なる剣を無尽に振るう。

「ぐぅぅッ!?」

 袈裟けさ斬り薙ぎ斬り、突き込み斬り上げ叩きつけ。

 先ほどの正道の剣技はそのままに、暴力的な速度で光る剣が荒れ狂う!

 聖剣を捌こうとした手首が、軌道の変化でやすやす飛ばされ。

 ならばと弾きだそうとする逆手の拳も、返す刃ですぐさま斬られ。

 ヤバいと躱そうと動かす足が、連続斬撃で細切れにされ──。

「ぬぁらぁッ!」

「ッ!」

 ──半降魔はんごうまでもって肉体再生。

 欠損部位を“虚無”でおおって再構築。背面から生える触腕と両の腕を合わせ、六本腕となって聖剣連斬と向かい合うッ!

「ハハハッ! 六本腕に山羊やぎの角か? その邪悪な姿、魔神らしくなったじゃないか、なあ山羊頭やぎあたま!」

「ぐ、の、やろ……ッ!」

 いなすも斬られ、逸らすも薙がれ。

 人の腕をかたどる我が触腕たちは、“虚無”の護り空しく削り取られていく。

 現状、劣勢。

 こいつが確かに最強ならば、俺が中途半端な状態で渡り合えるはずもなし。当然でもある。

「……くそッ」

 それでも奥の手──降魔ごうまに踏み切れない理由は、豊穣神にある。

〈……〉

 もじゃつく黒ひげを撫でる奴は、加勢に乗り出さずにこちらの観察を続けていた。分析に注力してこちらの能力をつまびらかにしようとしているらしい。

 ぶっ倒れたままのウィルムたちに止めを刺されるよりはましだが……他の魔神が控えている以上、手札はなるべく隠しておきたい。

 とはいえ、出し惜しんで死ねば馬鹿そのものだし、判断を誤らないようにしなければいけないが。

 ──などと考えていれば、聖剣連撃に加えて光魔法が混ざりだす!?

「のわぁッ!?」
「チッ、避けるか。だが、じき終わりだなッ!」

 基本は先と変わらぬ隙潰しの魔法ながら、浮かぶ光は十倍以上。数十個もの光球が俺とカラブリアの周りを飛び回り、今度は俺の隙を突くタイミングで光魔法を撃ちだした。

 一発であれば小指程度の穴があくだけだが、当たり所によっては致命となる。そうでなくても束ねられれば大穴だ。再生できる身とはいえ、無視などできようはずがない。

 かといって光魔法の対処に意識を割けば、空間ごと断ち切る聖剣の圧力が増していく。

 あちらを立てればこちらが立たず。苦境そのものだ。

 これはもう、手札の切り時か──そう考えた直後。

〈──覚えのある魔力だとは思いましたが。まさか、大英雄本人がこの場にいるとは。ロウ、よく生き残れましたね?〉

〈フクク。これは腐っても上位魔神。降魔状態となってのらりくらりとやり過ごしたのだろう。外聞がいぶんもなく逃げに徹する、実に魔神らしく卑劣な手だよ〉

 雷雨に似つかわしくない甘い香りが場を満たし、吹き荒れる強風で白き羽毛が舞い踊る。

「!?」

 この場にきたのは如何いかなる理由か。

 顕れた上位者たちは俺もよく知る存在たち。妖精神イルマタルと死神サマエルだった。

◇◆◇◆

〈──イルマタルかッ!〉
「死神様!?」

 闖入者ちんにゅうしゃに反応したのはそれぞれ別々。

 死神のことしか知らないであろうカラブリアは置いておくとして、豊穣神は妖精神と何かしらの関係にあるようだ。自信満ち溢れていたしわだらけの顔に、少しゆがみが生まれているし。

 まあ、至極どうでもよい。

 今ここで重要なのは彼らの関係性などではなく、彼らの意識が逸れたという事実なのだから。

 空間魔法構築。座標三点、異空間開門。

〈〈〈!?〉〉〉

 重傷者三名を収容完了。仲間の安全は確保完了だ。

 治療できていないので不安が残るが……彼女たちも上位存在。身体に穴が開いたり脳天から潰されたじゃ死ぬまい。

(……。いや、エスリウたちも魔神やら竜やらだし、何も間違っちゃいないんだが)
(こういうところは妙に冷静ですよね、ロウって)

 馬鹿言えよ。俺だって苛立っているし怒ってもいる。それはそれってだけだ。

「仲間を逃がしたか? だが、君は逃がさないよ。死神様も来たんだ、観念するといい」
〈……気を抜くな、カラブリア。顕れた者どもは、神でありながら魔神に協調する愚物ぐぶつ。この魔神にそそのかされている側だ〉
「……なッ!?」

〈神をかたり信仰を集めるあなたが言いますか、バアル。……よく今まで、その魔の気配を隠していたものです〉
〈力に取り憑かれているとは思っていたがね。魔神であればその気質も納得というものだ。何故大英雄がこの場にいるのか、カラブリアの意識が宿っているのかは知らないが……排除させてもらうとしよう〉

 俺がこそこそと身体を再生させていく間に会話が進む。

 イルマタルはともかく、サマエルもこちら側につくらしい。いけ好かない奴だが力は本物、有難い助力だ。

「つまりアレか。形勢逆転ってわけだな? ガハハハ! おいこらカラブリア、観念しろ」

〈ハァ……流石は浅慮せんりょを極めし魔神だ。貴様はそこの大英雄に圧倒されていたというのに、もう忘れたのかね? 全くもって度し難い。これを援護せねばならんとは眩暈めまいがするよ〉
「うるせえ馬鹿。ちょっと盛り上げようとしただけだよ。で、いいんですよね? イル」
〈ええ。他の魔神と合流される前に叩き潰してしまいましょう〉

 罵倒ばとうばっかりのクソ死神と異なり、話の分かる銀髪美少女は魔力を解放。雨粒を吹き飛ばす暴風を撒き散らし、神たる力を発現させる。

 その圧力は半降魔の俺以上。銀なる魔力で街をおおい尽くす様は正しく神。上位神らしい尋常ならざる力をまざまざと感じる、天が震えるほどの奔流だ。

「馬鹿なッ。死神様も妖精神様も、正気ですか? そのガキは魔神なんですよ!?」

 その神たる力を見ておののくのはカラブリア。

 俺の見立てでは、彼の魔力はイルマタルと同等か、それ以上の域にある。格としては上位神どころか古き竜並みだと感じた。

 けれども彼の場合、その力に意識が付いていっていない。全容を把握しようとせず、降って湧いた力をそのまま振るっているといった雰囲気だ。

 あるいは先の覚醒のように、今その力を慣らしている真っ最中なのか……。

 何にしても、叩くなら今というやつだ。

「とりあえず作戦。バアルはぶちのめしてカラブリアは生け捕り。こんな感じでどうですか?」

〈作戦にもならないただの方針ではないですか、もう〉
〈魔神の指図など受けられるものかね。我は己が判断で動く。足を引っ張ってくれるなよ? 妖精神、魔神〉

〈フム……〉
「ほ、豊穣神様。この状況は不味いのでは。それにその、妖精神様がおっしゃっていた魔の気配というのは、一体……?」

 豊穣神が豊かな顎鬚あごひげを撫でつけ、聖なる鎧を纏う青年が右往左往する中、こちらの準備は万端となる。

「そんじゃあ、反撃開始といきますか!」
〈数で優位とはいえ、豊穣神に大英雄。寸毫すんごうたりとも気を抜かぬように〉

〈当然だ。まずは削っていくとしよう──〉

 珍しく死神から返答があった──そう思うと同時に、炎の大刃と氷の刃が突き出した。

 妖精神の、胸元から。

「……は?」
「!?」

〈ぐ、っ!?〉
〈こうも容易く背を許すなど、妖精神も老いたものだね。それともまさか、我を本気で信用していたのかね?〉

 刃の主は背後の死神。

 何言う間もなく腕を振るったそいつは、イルを炎と氷の一刀で切り開き、少女の身体を炭化した氷像へと創り変えた。

「て、めえッ! 何ッ、考えてやがる!?」

〈魔神にくみする神をほふる。疑問の余地などない行動だろう? さあバアル、大英雄。魔神狩りを始めるぞ〉

「えッ? あ、はい!」
〈残る強者といえばフォカロルだけか? アレもこやつがいなければ大きな問題となるまいな。クハハッ、もう少し楽しみたいところであったが〉

 突発的に裏切ったのか? 最初からてのひらの上だったのか?

 イルは、完全に殺されてしまったのか?

 全く分からないことだらけだが、窮地きゅうちということだけは間違いない。

 咄嗟に空間魔法で距離を取るも、僅かしか移動できない。墳墓ふんぼの結界か、はたまた奴らの魔法によるものか。

 なんにせよ、この状況は流石に不味い。体勢を立て直すために一旦逃げなければ。

 でもどこへ? 聖獣たちの下? フォカロルたちのところ?

 様々な考えが濁流のように流れていく中、不意に雷鳴。

 ほとばしった雷がイルの氷像を粉砕し、その断面から炎を吹き上がらせる。

〈念を入れておこう。粉と砕けば再生もできまい〉
〈我が炎と氷で滅ばぬとは思えぬがね〉

「……」

 炭化した状態で凍り付き炎上する彼女に、復活する気配などない。

 花はしおれ月が隠れるほど美しかった顔は、見る影もないほどに黒変こくへんし。

 夜空で瞬く星のように輝いていた金の薄翅も、焼け焦げ照りが焼失し。

 しなやかだった指先も、毛先までつややかだった銀糸も。彼女を形作っていた何もかもが、もう……。

〈……上等だ。お前ら全員、ぶっ殺してやるよ〉

 権能全開、降魔移行。
 雷雨吹き荒れる夜の闇を、漆黒の魔力でもっておおい尽くす。

「うッ!?」
〈〈!〉〉

 イルの残骸を魔法で保護し、みなぎる虚無を異形の肉体に纏わせ固め──殺意でそれを補強する。

 出し惜しみなんてもうしない。

 てめえら纏めて殺処分だ。
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