異世界を中国拳法でぶん殴る! ~転生したら褐色ショタで人外で、おまけに凶悪犯罪者だったけど、前世で鍛えた中国拳法で真っ当な人生を目指します~

犬童 貞之助

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第八章 帝都壊乱

8-27 神話再現

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 褐色少年が大英雄の青年に対し、八極拳はっきょくけん精髄せいずいを叩き込んでいる頃。

「──申し上げますッ! ユウスケ通り南端、正体不明の魔物群が出現ッ。守備隊の防衛線を突破し、通りを破壊しながら北上しております!」

「報告ッ! 帝都大闘技場付近に魔物が数多あまた! 守備隊と剣闘士が押し止めておりますが、魔物の一部が市街へ流出! 南下し、墳墓ふんぼ方向へ移動中です!」

 帝都の中枢たる大宮殿の謁見えっけんの間は、甲冑かっちゅうきしむ音で満たされていた。

「クッ。機動力のある魔獣騎兵師団の遠征中に、このようなことが起こるとはな……。騎士隊長に告ぐ! 敵増援があった場合はこちらで対処する故、総員で事にあたれ。持ち場については通達する。交戦中の守備隊は防衛線から下げ、警戒や市民の避難誘導を優先させろ!」

「「「ハッ! ただちに!」」」

 次から次へとやってくる連絡役に素早く指示を飛ばすのは、都市防衛のかなめたる師団長。盛りを過ぎ白髪が交じり始めてなお増す威容は、彼が実力で今の地位にあることを示す一要素だ。

「お父様、直轄ちょっかつ近衛このえ騎士団を向かわせることは難しいのでしょうか? 彼らは衛兵の戦力の十倍と言われる騎士の、更に十倍の戦力です。一部隊でも向かわせられるなら、戦況も好転するかと……」

「ならん。近衛騎士団は中枢の盾。魔物がどうやって現れたのかすらつかめぬ現状で、中枢の護りを薄くするなど論外だ。我らに危機が迫れば、事態を正確に把握し指示を下せるものがいなくなる。この帝都を護るためにも、それだけは避けねばならんのだ」

 ひるがえって、玉座では皇族たちが意見を交わす。

 最上段に座すは、金髪に白髪が混じり始めひたいしわが目立ち始めた熟年の男性。

 宝石をこれでもかと散りばめたかんむりを戴く男性は、言わずもがな帝国の主。ヘロデ・ユウスケ・フィリッポス・ランベルトである。

 ヘロデの玉座から一つ下がった段には皇后こうごうと直系の子らが着座する。皇帝へうかがいを立てた皇女ユーディットもこの位置だ。

「わたくしたち皇族は聖獣様の庇護を受けられますけれど、臣下となるとそうはいきません。帝都中枢の機能を麻痺させないためにも、近衛騎士たちは動かせないのですよ、ユーディット」
「ぅっ。お母様まで……いえ、わたくしが浅慮せんりょでした」

「とはいえ、戦力が足りていないことも事実。相手が魔物である以上、冒険者たちの力も借りたいところだが……大規模戦闘の経験のない彼らを統率するなど、不可能であろうな。クレイトス、亜竜騎兵隊は動かせるか?」
「夜のため出撃準備に多少時間がかかりますが、可能です」 

 帝国を帝国たらしめる要素は文化に産業にと様々だが、軍事力は最たるものだ。

 亜竜騎兵隊はその軍事の花形にして象徴である。

 馬とは比べ物にならない機動力と、一騎で一般兵数百にも匹敵する制圧力。それを百数十騎揃える帝都最大戦力が、特殊な訓練を積んだ騎士と翼竜たちで構成される騎兵隊なのだ。

「被害の大きい南へ二十騎、他へは十騎増援として送り込め。後はお前の判断で投入しろ。建物への被害は考えずともよい。優先事項は驚異の排除だ」
「御意!」

 王命を拝した浅黒い肌の師団長──クレイトスは片膝をついて臣下の礼をとり、風のように去っていく。

 そうした一連の流れを、玉座の更に上から眺める者あり。

〈この動乱。先の一件から連なる流れであることは確実か〉

〈我らの『眼』を掻い潜っての同時多発的襲撃となれば、空間魔法による召喚と見てよいだろう。……アノフェレスめ。よもや、帝都中に眷属けんぞくをばら撒いていようとはな。耳が早いはずだ〉

 慌ただしい空気を見やり嘆息するのは、銀髪黒メッシュな美女と人面有翼の獅子。知恵の女神ミネルヴァと聖獣ケルブだ。

 市街各地でうごめく魔物たちに、墳墓ふんぼで激闘を繰り広げる魔神たち。人ならざる力を有する彼らはいずれも把握しているが、それ故に動けずにいる。

〈──時折我らが感知範囲に顕れては消える、巨大な臙脂色えんじいろの魔力。見え透いた挑発だが、中々に腹立たしいな。アスモデの所在が知れぬ以上、駆除には出向けぬ。口惜しいものだ〉

 いつでも襲撃できるぞと空間転移を繰り返す魔神の気配に、姿を見せないもう一柱の魔神。下手に相手の戦力が判明しているため、彼らは攻めるに攻められない状況となっていた。

 成人男性の倍する丈の両刃斧を振り回し、誰はばかることなく苛立ちを発散するミネルヴァ。皇帝や皇后が斧の唸りに表情を青くしたが、気にも留めない彼女である。

〈これ、ミネルヴァ。アカイアを出すのは構わんが、そう振り回すな。苛立っている汝は手元が狂いやすいだろう〉
〈はっ。“戦神”でもある我が手元が狂うものかね。仮に狂おうとも、ここにはナーサティヤがいる。首が飛ぼうが胴が分かたれようが問題とはなるまい〉

「「「……」」」

〈命に別状はなくとも、精神に大きな傷を負うことは確実でしょう。人の信仰が揺らぐようなことをおっしゃらないで下さい、ミネルヴァ〉
〈──〉

 いよいよ皇族たちの血の気がなくなってきたところで、救いの神が顕れる。話題に上った黒髪で褐色肌な美青年、医術神ナーサティヤ。翼の聖獣を連れての登場だ。

〈戻ったか。奴らの眷属けんぞくどもは始末できたか?〉
〈ええ、感知できるものは全て。臣民に取りついた個体に、魔物へ取りついた個体、寄生せず独立して暗躍する個体……。様々な種がいましたが、目的は共通していました。大英雄の墳墓へ向かい、阻むものの全てを排除する。これだけです〉

〈大英雄の墳墓への侵攻、か。しかし、妙なことだ。連中には空間魔法があり、現に魔物を召喚している。にもかかわらず、何故墳墓付近からではなく外縁から侵攻する?〉

 神でさえ容易に侵入できない強力な結界が展開されている墳墓だが、あくまで周辺に限る。

 どこでも召喚できるのならば、その近隣で召喚するのが合理的だろう。女神が指摘したのはその点だった。

〈召喚に何らかの制限があるのか、それともこうやって侵攻を見せつける必要があったからなのか。暗躍する魔神のことを考えれば後者でしょうか──〉
〈──あら。珍しい組み合わせね?〉

〈〈〈!〉〉〉

 謁見の間に突如広がる銀光と芳香ほうこう

 花の蜜を数倍濃くした香りを振りまき登場したのは、銀のショートヘアが煌めく美少女。大胆にあらわとなる背からは、人ならざる存在であることを示す金の薄翅が小さくはためく。

 妖精神イルマタル。知恵の女神の知己ちきにして褐色少年を転がすことを趣味とする、古き女神の降臨だった。

◇◆◇◆

 人族至上主義国家に妖精の祖が顕れるという、建国以来の珍事に見舞われた聖獣たち。

 ところが、予期せぬ邂逅かいこうを果たしているのは彼らだけではなかった。

「──ヌゥ。よもや汝らが出張ってこようとは。一体どういう風の吹き回しだ?」

 場所は褐色少年の仲間たちが宿泊する高級宿「水の宮殿」、その一室。

 魔神が犬歯けんしを剥き魔物たちが恐れおののく中、人へと変じる枯色竜かれいろりゅうが来訪者たちへかけた言葉である。

 来訪者は老齢に差し掛かろうかというしわを刻んだ黒髪の男性に、それよりも一回り年老いたような琥珀色こはくいろの髪を流す老人。彼らの孫娘ほどの年齢と見える、赤髪をふわりと一つ結びにした美少女。

 彼らのいずれの眼も、灼熱を宿す瞳──ガーネットの輝きが灯っている。

 それすなわち、万事一切を見通す「竜眼」の証。竜たるドレイクの同族だ。

「あんガキが調子に乗っとうみたいやけんのう。ちいとを入れたろう思うてな」
「なはははっ。そういうことや、ドレイク。遠路えんろはるばるやってきたあてに感謝しい!」
「ラハブとヴリトラはこう言うが、汝らのことを気に掛け様子を見にきたのだ。そう邪険じゃけんにしてくれるな、ドレイク」

「……きさんもウィルム同様魔神にそそのかされとるみたいやけんな。ガキをついでに、きさんも叩き直した方がいいかと思うたわけや」

「それはいらぬ節介というものだ、ヴリトラ。我はウィルムに付き添っているだけであり、ロウに従っているわけではない故にな。であるから、金の魔力で威圧するのはやめよ」

 琥珀色の長髪が美しい老人に対し、玉の汗を浮かべて応じる枯色の青年。彼らの力関係の一端が垣間見える場面である。

 他方、竜たちのやり取りを見守る周囲の反応は様々だ。

「……あれが、お兄ちゃんと戦ったっていう古き竜。若い竜とは格が違うみたいだね」
「気をつけよ、フォカロル。アレは同族さえも拳で打ちのめすやから迂闊うかつな言葉を吐けば灼熱の息吹が飛んできかねんぞ」

 等々、警戒感をあらわにする者たちや──。

「あばばばー。どうしようお姉ちゃん!? あのお爺さん、ヴリトラって呼ばれてたよ? 砂漠でとんでもない大魔法放った、あの竜の名前だよ!」
「……」
「固まってる場合じゃないよう!」
「琥珀竜、ヴリトラ。大陸そのものを揺るがす化け物が、この場に……」

 ──かつてその脅威を味わったが故に、大きく狼狽うろたえ青ざめる者たち。

[──、──?][──……][──っ]

 更には、身振り手振りを興奮気味に繰り返し、おたおたと動き回る者たちなど。それぞれの立場で受け止め方も多様である。

 そうした反応に関心を示さずにいた琥珀色の老人だったが、魔神の美女たちを視界に入れると眉間みけんしわを深めた。

「これがあんクソガキの血縁か。魔力の色も顔立ちもよう似とるな。腹立たしい」

「ご挨拶だね? 琥珀竜。お兄ちゃんに叩きのめされたって聞いたけど、陰ではそういう事言ってるんだ。古き竜も案外ちっちゃいんだね」
「カハハ。神獣にも勝てんガキがさえずりよる。アレは儂らと同格。敗れたきさんなんぞ取るに足らんわ」

「無理しちゃって。眉毛痙攣けいれんしてるよ?」
「ぶちくらす!」
「なはは。生意気な魔神なんぞやってまえ、ヴリトラっ!」

「「「……」」」

 売り言葉に買い言葉で、あっという間に臨界状態となる両者。

 ののしり合う褐色少女と琥珀色の老人の相性は最悪である。

「これ、じゃれ合いにきたのではないぞ」

 “渇き”の魔力と“影”の魔力のぶつかり合いが本格化する寸前、黒髪の男性が嘆息と共に本題を提示。上位者以外が蒸発する悪夢は避けられた。

「訪れた理由はドレイクたちの様子を見るためでもあるが、別件もある。つい先日、ティアマトがこの地に奇妙な魔力を感知したようでな──」

 ──この星に生命が芽吹いた当初より生きるいにしえの存在、大地竜ティアマト。

 彼女は世界というものを見続けてきた存在である。

 天空神がたわむれで生み出した神々や、その反作用として出現した魔神たちに、星の地脈より稀に生じる同族たち。力ある存在を「竜眼」でもって見つめ続けてきた。

 その彼女をして特異と言わしめるのが今回発生した魔力である。調査しない道理がない。

 もっとも、自身は動かず同族をあごで使うあたり、怠惰たいだな本性が表出していたが。

 さておき、ティアマトはヴリトラたちを呼び寄せ調査を依頼した。

 片や気ままを極めたような琥珀竜こはくりゅう、片やものぐさの極致にあるような深淵竜。かじ取り役を任され使命感に燃える若き竜がいるとはいえ、調査に不向きなことは明らか。彼らでさえ自認している。

 だから適役ではないのだと不平不満を垂れるも、大地竜の一睨みで閉口してしまった彼ら。

 尻に敷かれる竜たちは結局言いなりとなり、渋々しぶしぶ帝国へとやってきた。

 のだが──。

「──いざ来てみればこの動乱ぶり。更には、我らに並びうる虹なる魔力を有する存在。ティアマトが我らに頼み込んだのも、納得というものであったな」

 そう話を締めくくったのは黒髪の男性──深淵竜エレボス。

 しかし、共に来た赤き美少女は懐疑的かいぎてきだ。

「頼み込んだゆーより押し付けたよーやったけんど。ティアマトは単に面倒がったんやないかえ?」

「ハン。あの婆は無精者ぶしょうものやから、そん側面もあろう。儂らが引き受けんかったら、シュガールの青瓢箪あおびょうたんあたりに投げとったろうよ。……やけど、この濃い気配。儂らに頼み込んだんは、奴の手に余ると考えたんもあるやろうな」

 いぶかしむ少女に対し、灼熱の瞳孔を散大させて答えるヴリトラ。視線の向かう先は大英雄の墳墓、ロウたちのいる方角である。

「汝らが出張ってきた理由は理解したが。結局のところ、汝らは我らに加勢するのか?」
「カハハ。儂が魔神に加勢やと? 笑わせる。天地が捩じ切れようがあり得んな」
「なはは。仮にあの悪漢あっかんが倒れるよーなら、むしろ歓迎すべきことやんな。加勢なんぞ論の外よって」

「はぁ。つまり遊びに来たってだけってことね。本当、嫌になるくらい竜らしい。どうする? セルケト」

 胸を反らして笑う二柱を見て、付き合いきれないと肩をすくめるフォカロル。放置を決め込んだ彼女は隣の魔神に意見をあおぐ。

「ふむ。あの大地竜が事態を重く見たほどであるし、ロウの様子を見に行きたいところだが……あやつからはヤームルたちのことを頼まれている。敵対する魔神が跳梁ちょうりょうしている以上、我らはここを動けまいな」

「んー。それもそっか。さっきからアノフェレスがうろちょろしてるし、アスモデってやつはまだ姿を見せてないみたいだし……いや、あの物凄い魔力がアスモデっていう可能性もあるか」

「あの虹なる魔力を持つ者が魔神だと? それは薄かろうよ。様々な魔力が混在しているようではあるが、いずれも神に類する銀系統。魔神の赤は見出せん」
「そんなことも分からんのか。カハハハ、所詮は『魔眼』やな」
「『竜眼』は頂点たる証やもん。当然やね」

「はいはい。あの魔力が魔神だろうがそうでなかろうが、結局アノフェレスが暗躍してる以上──」

 ──身動きできない。褐色少女がそう繋げようとした矢先。

「「「!?」」」

 激震。次いで、轟音。

 家具が軒並み転倒するほどの揺れと、窓が粉砕されるほどの烈風が街を襲う。

「うひゃあっ!?」「くぅ」「無事か?」「ぅぐ。ありがとうございます、セルケトさん」

「この奔流ほんりゅうは……」「見覚えのある魔力やな」「……むっ!」

 庇う者、庇われる者。懐かしむ者に硬直する者。それぞれの反応を示す者たちはしかし、等しく墳墓へ視線を向ける。

 その先にあったのは、闇夜を切り裂く光の柱。昼夜逆転したかのような光量を放つ、とある伝説の冒頭にも似た光景。

 大英雄ユウスケ召喚の儀。その再現であった。
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