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第八章 帝都壊乱
8-32 血の轍
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仲間の治療と軽い休憩を終え、すべきこともなくなった。長居するわけにもいかないし、仲間の下へ向かうとしよう。
そうした判断のもとイルを伴い異空間を出ていけば、外の世界は変わらず真っ暗闇。森の中では星の明かりさえ届かない。
それでも、入る前とは明確な変化がある。
「──爆発音に悲鳴……。あいつら、何か行動を始めたのか?」
木々を揺らし動物をざわめかせる、悲鳴や破砕音の大合唱。只事ではない空気が立ち込めている。
「気になるところですが、今のわたしたちは消耗しています。ミネルヴァのいる中枢からは離れてしまいましたし、まずはあなたの仲間たちと合流しましょう」
「合点承知です」
翅や銀毛を引っ込め人間状態となったイルマタルに頷きを返しつつ、俺は都市東側の宿を目指した。
◇◆◇◆
「──なんで、なんで魔物が!?」
「いいから逃げるんだよっ!」
「聖獣様、どうかお助け下さい。聖獣様……」
「ガアアァァァッ」[ギギギッ]
通りに溢れる人、モノ、獣。魔物に魔獣、そして魔神の眷属。
帝都市街は、混沌の極みにあった。
「ぼ、坊やたち!? こっちは駄目だ。奴らが、魔物がもうそこまで──っ!?」
「──そぉいやッ!」
四肢を太くして直立させた牛といった風体の魔物を、両の足で蹴り飛ばし──ご婦人の安全を確保。
次いで、迫る魔物たちを手当たり次第に殴って粉砕、蹴って殺傷、体当たりで肉の塊へと変えていく。
「……へ? なあっ!?」
「さあ、ここはあの子に任せて避難なさいな。南側は魔物の被害も穏やかでしたから、向かうならそちらがよいでしょう」
「あ、ありがとうよ、お嬢ちゃん。坊やによろしく伝えとくれ!」
イルに避難誘導を放り投げ、闘争本能を全開。
人に仇なす魔のものたちとひたすらに向かい合う。
「グラァァ──!?」
都市を貫く運河から這いあがってきた、首の長い鮫のような魔物──黒刀を一閃。首を刈り取り命を絶つ。
溢れる血潮に広がる臭気。血なまぐささが場を満たす。
「ガガガッ」
気を抜く間もなく壁を蹴破り現れた、複数の頭部を持つ獅子型の魔物──大陸拳法で瞬時に殺す。
「──哧ッ!」
土煙を引き裂き飛び掛かってきたその魔物へ、連続貫き手で頸部を打ち貫き、おまけで肘打ち。
八極拳金剛八式・探馬掌で二つの頭の喉を裂き……続く小八極・頂心肘でゾウ並みの巨体をミンチに変える。
「グル……」「グゥッ」
肉塊となり宙を舞う魔物。
それを見ての、同系統の魔物が慄く気配。
「……顔の血痕に足の肉片。お前らも散々やってきたみたいだが……まさか今更、逃げられるなんて思ってないよな?」
怯もうが震え上がろうが容赦はしない。てめえら全員肉袋だ。
「グ、ガアアァァッ!」
「おおおぉぉぉッ!」
退路無しと見るやがむしゃらな突進をみせた、牛と虎頭の魔物──側面へと回り込みながら牛頭の角を絡め捕り、首をねじ折りながらの背負い投げ。魔神の力で投げ殺す。
「オ゛オ゛ォ──!?」
歴然たる力量差に背を見せ逃げようとした、人面獅子型で蠍の尾を持つ奇妙な魔物──足を凍り付かせて逃走阻止。
もがき暴れるところへ潜り込み、土手っ腹へ渾身の体当たり──八極拳六大開“靠”・貼山靠をぶちかます!
「嗄啊ッ!」
「ゴェッ……」
縫い留められていた脚が千切れとび、穴という穴から血が噴き出る魔物。
これが大陸拳法に伝わる伝説、七孔噴穴というやつか。当の魔物は痙攣すらせず横たわった。
「ギギッ」[ギギギッ!]
べっとりと着いた血を拭う間もなく出現する、どでかい蜘蛛型の魔物の群れと、統率個体と見られる異形の魔物──力のままに丸ごと殴殺。
向かい来るモノは、打ち下ろす裏拳で頭部胴部をまとめて叩き潰し。
回り込むモノには、回し蹴りで手足丸ごと叩き折り。
屍を超えてくるモノへは、掌打で頭部をもぎ千切る。
一挙手一殺、かけるの十動作。
成人男性並みはあろうかという巨大な蜘蛛たちは、瞬きする間に痙攣するだけのオブジェと化した。
[……!?]
「逃がすかよ」
寸秒で起きた惨殺劇にたじろぐ統率個体を、当然逃がさず魔法で拘束。
石畳が捲れ剥き出しとなった土壌から石の巨腕を生やし、異形の肉体を握り潰し……最後の個体の息の根を止める。
[ギッ……]
「……随分と荒れていますね、ロウ。思うところでもありましたか?」
巨石の隙間から勢いよく噴出する黒い血を避けていると、銀髪美少女が遠方の魔物を微塵切りにしながらやってきた。
「街が壊され人が襲われてますから。こうもなります。……それに、嫌なものも見ました」
「アレですか。……確かに、趣味が悪いですね」
イルの視線の先にあるのは、槍や剣が幾つも刺さる人間の遺体。
その頭部は吹き飛んでいるが、首から別のものが顔を出す。
「アノフェレスの眷属だっていう、寄生する“虫”。これ、兵士でもなんでもない、一般市民ですよね」
壁にもたれかかっている男性の遺骸は鎧や鎖帷子など着ておらず、身につけるのは血に塗れ焦げ付いた衣服だけ。防具の残骸さえないし、戦闘中に脱げたとは考えにくい。
何より、地肌が見えるほどに靴が簡素だ。兵士であれば革なり金属なりでしっかり保護できるものを履くだろう。
「間違いないでしょう。それに、突き刺さっている夥しい数の武器……。宿主に戦いを強いたことは疑いようがありません。恐らく、その死後も。……魔神アノフェレス。悪辣ですね」
寄生されて操られ、意志と無関係に人を襲い街を破壊させられてしまう。操られた男性の心境は如何ばかりか。
それを討つ兵士の……護るべき臣民へ槍を突き立て、死後もなお遺体を損壊し続けねばならない心境は、一体如何ばかりか……。
亡骸の下へ歩み寄り、合掌して瞑目。
思いを馳せた後に死者の安寧を祈る。
そうして静かに祈りを捧げ──ふいに、言い知れない不快感がこみ上げた。
「これは、違うか」
「ロウ?」
魔神である俺が、一体何に祈るというのか。
この地で信仰されている神、死神や豊穣神と敵対したこの俺が。人が混じっているとはいえ、人類の大敵であるこの俺が。
この惨状を創り出した奴らを始末して、世に巣食う禍根を断つ。それこそが俺に相応しい役割であろう。
死者の安らかなることを願うなど、そういった力の一切を持たない俺では他神任せも甚だしい。
そんなことは医術神にでも任せておけば良いのだ。
まあ、これがあの神の領分かどうかは分からんが……。
「名前も人生も何一つ知らないが……あんたの仇は、必ずとる」
決意新たに目を開き、祈りをやめて……ふと気付く。
物を言わぬ男の拳が、固く深く握りこまれていることに。
死後の硬直かとも思ったが、もう片方の手は開いていた。握っている腕は殴りつけようと固めたというより、何かを零してしまわないよう守っている風にも見える。
「……」
小さな抵抗を感じつつ、男性の手をとり固められている拳を開く。
握りこまれていたのは、見覚えのある小さな木象嵌のペンダント。
瞬間、吹き飛んでしまっている男の頭部が鮮明に思い浮かぶ。
愛する妻の形見だと優しく語る表情が。
その形見を、才ある娘のために露店に並べていると漏らした寂しい瞳が。
皇女サロメのささやかな支援を受け、将来の展望を饒舌に語る弾んだ声が。
「……反吐が出る」
開いた手の平をそっと戻し、もう一度遺骸を眺める。
名も知らぬ男。確かにそうだ。
昼間に会って話した時は、聞きもしなかったのだから。
だがそれでも。俺はこの人の人生の一部を、確かに知った。知っていたのに……。
「ふざけやがって」
皇女ユーディットの首を刎ねた、灰と墨が入り混じった長髪をもつ魔神。
衃神アノフェレス。あいつはクソだ。
必ず殺す。
「ロウ……。先を急ぎましょう」
眉をハの字としたイルに無言で頷き、宿への道を突き進む。
道を阻む魔物眷属どもを、肉の塊へと変えながら。
そうした判断のもとイルを伴い異空間を出ていけば、外の世界は変わらず真っ暗闇。森の中では星の明かりさえ届かない。
それでも、入る前とは明確な変化がある。
「──爆発音に悲鳴……。あいつら、何か行動を始めたのか?」
木々を揺らし動物をざわめかせる、悲鳴や破砕音の大合唱。只事ではない空気が立ち込めている。
「気になるところですが、今のわたしたちは消耗しています。ミネルヴァのいる中枢からは離れてしまいましたし、まずはあなたの仲間たちと合流しましょう」
「合点承知です」
翅や銀毛を引っ込め人間状態となったイルマタルに頷きを返しつつ、俺は都市東側の宿を目指した。
◇◆◇◆
「──なんで、なんで魔物が!?」
「いいから逃げるんだよっ!」
「聖獣様、どうかお助け下さい。聖獣様……」
「ガアアァァァッ」[ギギギッ]
通りに溢れる人、モノ、獣。魔物に魔獣、そして魔神の眷属。
帝都市街は、混沌の極みにあった。
「ぼ、坊やたち!? こっちは駄目だ。奴らが、魔物がもうそこまで──っ!?」
「──そぉいやッ!」
四肢を太くして直立させた牛といった風体の魔物を、両の足で蹴り飛ばし──ご婦人の安全を確保。
次いで、迫る魔物たちを手当たり次第に殴って粉砕、蹴って殺傷、体当たりで肉の塊へと変えていく。
「……へ? なあっ!?」
「さあ、ここはあの子に任せて避難なさいな。南側は魔物の被害も穏やかでしたから、向かうならそちらがよいでしょう」
「あ、ありがとうよ、お嬢ちゃん。坊やによろしく伝えとくれ!」
イルに避難誘導を放り投げ、闘争本能を全開。
人に仇なす魔のものたちとひたすらに向かい合う。
「グラァァ──!?」
都市を貫く運河から這いあがってきた、首の長い鮫のような魔物──黒刀を一閃。首を刈り取り命を絶つ。
溢れる血潮に広がる臭気。血なまぐささが場を満たす。
「ガガガッ」
気を抜く間もなく壁を蹴破り現れた、複数の頭部を持つ獅子型の魔物──大陸拳法で瞬時に殺す。
「──哧ッ!」
土煙を引き裂き飛び掛かってきたその魔物へ、連続貫き手で頸部を打ち貫き、おまけで肘打ち。
八極拳金剛八式・探馬掌で二つの頭の喉を裂き……続く小八極・頂心肘でゾウ並みの巨体をミンチに変える。
「グル……」「グゥッ」
肉塊となり宙を舞う魔物。
それを見ての、同系統の魔物が慄く気配。
「……顔の血痕に足の肉片。お前らも散々やってきたみたいだが……まさか今更、逃げられるなんて思ってないよな?」
怯もうが震え上がろうが容赦はしない。てめえら全員肉袋だ。
「グ、ガアアァァッ!」
「おおおぉぉぉッ!」
退路無しと見るやがむしゃらな突進をみせた、牛と虎頭の魔物──側面へと回り込みながら牛頭の角を絡め捕り、首をねじ折りながらの背負い投げ。魔神の力で投げ殺す。
「オ゛オ゛ォ──!?」
歴然たる力量差に背を見せ逃げようとした、人面獅子型で蠍の尾を持つ奇妙な魔物──足を凍り付かせて逃走阻止。
もがき暴れるところへ潜り込み、土手っ腹へ渾身の体当たり──八極拳六大開“靠”・貼山靠をぶちかます!
「嗄啊ッ!」
「ゴェッ……」
縫い留められていた脚が千切れとび、穴という穴から血が噴き出る魔物。
これが大陸拳法に伝わる伝説、七孔噴穴というやつか。当の魔物は痙攣すらせず横たわった。
「ギギッ」[ギギギッ!]
べっとりと着いた血を拭う間もなく出現する、どでかい蜘蛛型の魔物の群れと、統率個体と見られる異形の魔物──力のままに丸ごと殴殺。
向かい来るモノは、打ち下ろす裏拳で頭部胴部をまとめて叩き潰し。
回り込むモノには、回し蹴りで手足丸ごと叩き折り。
屍を超えてくるモノへは、掌打で頭部をもぎ千切る。
一挙手一殺、かけるの十動作。
成人男性並みはあろうかという巨大な蜘蛛たちは、瞬きする間に痙攣するだけのオブジェと化した。
[……!?]
「逃がすかよ」
寸秒で起きた惨殺劇にたじろぐ統率個体を、当然逃がさず魔法で拘束。
石畳が捲れ剥き出しとなった土壌から石の巨腕を生やし、異形の肉体を握り潰し……最後の個体の息の根を止める。
[ギッ……]
「……随分と荒れていますね、ロウ。思うところでもありましたか?」
巨石の隙間から勢いよく噴出する黒い血を避けていると、銀髪美少女が遠方の魔物を微塵切りにしながらやってきた。
「街が壊され人が襲われてますから。こうもなります。……それに、嫌なものも見ました」
「アレですか。……確かに、趣味が悪いですね」
イルの視線の先にあるのは、槍や剣が幾つも刺さる人間の遺体。
その頭部は吹き飛んでいるが、首から別のものが顔を出す。
「アノフェレスの眷属だっていう、寄生する“虫”。これ、兵士でもなんでもない、一般市民ですよね」
壁にもたれかかっている男性の遺骸は鎧や鎖帷子など着ておらず、身につけるのは血に塗れ焦げ付いた衣服だけ。防具の残骸さえないし、戦闘中に脱げたとは考えにくい。
何より、地肌が見えるほどに靴が簡素だ。兵士であれば革なり金属なりでしっかり保護できるものを履くだろう。
「間違いないでしょう。それに、突き刺さっている夥しい数の武器……。宿主に戦いを強いたことは疑いようがありません。恐らく、その死後も。……魔神アノフェレス。悪辣ですね」
寄生されて操られ、意志と無関係に人を襲い街を破壊させられてしまう。操られた男性の心境は如何ばかりか。
それを討つ兵士の……護るべき臣民へ槍を突き立て、死後もなお遺体を損壊し続けねばならない心境は、一体如何ばかりか……。
亡骸の下へ歩み寄り、合掌して瞑目。
思いを馳せた後に死者の安寧を祈る。
そうして静かに祈りを捧げ──ふいに、言い知れない不快感がこみ上げた。
「これは、違うか」
「ロウ?」
魔神である俺が、一体何に祈るというのか。
この地で信仰されている神、死神や豊穣神と敵対したこの俺が。人が混じっているとはいえ、人類の大敵であるこの俺が。
この惨状を創り出した奴らを始末して、世に巣食う禍根を断つ。それこそが俺に相応しい役割であろう。
死者の安らかなることを願うなど、そういった力の一切を持たない俺では他神任せも甚だしい。
そんなことは医術神にでも任せておけば良いのだ。
まあ、これがあの神の領分かどうかは分からんが……。
「名前も人生も何一つ知らないが……あんたの仇は、必ずとる」
決意新たに目を開き、祈りをやめて……ふと気付く。
物を言わぬ男の拳が、固く深く握りこまれていることに。
死後の硬直かとも思ったが、もう片方の手は開いていた。握っている腕は殴りつけようと固めたというより、何かを零してしまわないよう守っている風にも見える。
「……」
小さな抵抗を感じつつ、男性の手をとり固められている拳を開く。
握りこまれていたのは、見覚えのある小さな木象嵌のペンダント。
瞬間、吹き飛んでしまっている男の頭部が鮮明に思い浮かぶ。
愛する妻の形見だと優しく語る表情が。
その形見を、才ある娘のために露店に並べていると漏らした寂しい瞳が。
皇女サロメのささやかな支援を受け、将来の展望を饒舌に語る弾んだ声が。
「……反吐が出る」
開いた手の平をそっと戻し、もう一度遺骸を眺める。
名も知らぬ男。確かにそうだ。
昼間に会って話した時は、聞きもしなかったのだから。
だがそれでも。俺はこの人の人生の一部を、確かに知った。知っていたのに……。
「ふざけやがって」
皇女ユーディットの首を刎ねた、灰と墨が入り混じった長髪をもつ魔神。
衃神アノフェレス。あいつはクソだ。
必ず殺す。
「ロウ……。先を急ぎましょう」
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