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第八章 帝都壊乱
8-35 万魔殿
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野太い断末魔に、硬いものを無理やり砕く咀嚼音。常人であれば耳を塞がずにはいられない、悍ましい音が響き続ける帝都中枢。
もはや廃墟となったその一角で、十二の翼を持つ青年は臓物と消化物のすえた臭いやを吸い込み、周囲を眺める。
石畳の幾何学的な配置と手入れの行き届いた草木が調和し、噴水が煌めいていた庭園は……石材と肉片が散らばり樹木の悉くが燃え上がり。
柔らかな色合いで可愛らしい佇まいをみせた、皇女姉妹のために建てられたピンク色の別邸は……赤黒い炎と黒煙が渦巻く巨大な炉となって煮え滾る。
〈ああ、なんと嘆かわしい……〉
見ていられないと目を覆い嘆きをこぼす死神は、ふるふると身を震わせ……喉を鳴らし、哄笑に至った。
〈フクク……クハハハッ! 脆い。あまりにも! 身につける武具も戦う術も大戦期より豊かになったというのに、魔を見て慄き蹂躙されるばかりか!〉
死骸の脂肪が爆ぜる音、加熱された木材の水分が弾ける音。それらを掻き消すほどの笑い声が、虚しく廃墟に木霊する。
〈……ハァ〉
ひとしきり続いた青年の声は不意に止み──辺りの音もまた消える。
炎上地獄から一転、何物も動かぬ氷結地獄と化した廃墟。サマエルが時をも凍り付かせる“冷気”の権能を発した故だ。
〈下らん。やはりこれが、人の現状か〉
音の消えた世界に響く、失意に沈んだ嘆息。
その言葉に答えるものはいないはずだったが──。
〈──人は安寧を貪りすぎたのだよ、サマエル〉
うら寂しい氷原に突如として稲妻が弾け、黒き異形が肉を模る。
蠅に猫に蛙、異なる種族がひしめく頭部。
人の腕が渦を巻くように重なる奇怪な胴体。
不吉を体現したような黒きぼろ布の六枚翅。
それは竜の如き巨体だが、彼らと異なり厳かな空気はまるでない。調和の対極、混沌の化身である。
紫電を迸らせて氷を砕くその異形は、黒光りする細長い脚部でかさりと着地。その前脚を蠅顔の前でこすりつけ、言葉を続ける。
〈やはり汝には、この醜態は許しがたいか?〉
〈感情のままに叫び、背を向け、最期は神に縋って無様に死ぬ。自らが局面を切り開こうという気概の見えんこの様を、正義を示し悪を裁く我が許容できると思うかね?〉
〈クックック。正義……そうであったな。神たる汝が人の醜態を許せる道理がないか〉
異形の魔神と神の青年は上位者の論理で人を語る。
いずれも種族全体の在り方だけに注目し、個々人の人生など一切斟酌しない。絶大なる力を持ちながら人の視点に立つ褐色少年とは対にあると言えよう。
〈そうだとも。もはや悪を裁くという都度の対処では導けぬほどに、人という種は怠惰に微睡んでいる。根幹を変えねばならんのだよ。……正義を示す死神が激情の魔神へと変貌し、人の世の基盤を揺るがすことでね〉
全ては世のため人のため──そう嘯く青年は、拳を握り込んで魔法を構築。凍った時を元へと戻し、氷原氷塊の全てを砕く。
積み上げた死神としての信仰を、一切の未練なく断ち切るかの如く。
夜空に広がるけたたましい破砕音。それに聞き入っていた蠅の魔神は死神を誘う。
〈クハハ。広く信仰される死神と豊穣神が魔神と知れれば、世は大層な混沌となろうな。……では、仕上げといくか?〉
〈しくじってくれるなよ? バエル〉
降魔を解除し、老人の姿へと戻る魔神。
彼に応じて翼を広げ、サマエルは廃墟を飛び立った。
◇◆◇◆
サマエルたちの移動先は帝都の上空五百メートル地点。黒煙なびく街を一望できる高所である。
〈さて──小さきものたちよ、魔に怯え震えるものたちよ。豊穣神バアルである。雷光轟く空を見よ!〉
帝都全域へ念話を発する老神は、雷雲を生み出し雷撃を奔らせ──光魔法で像を投影。自らを巨大な像として映し演説を始めた。
〈都市に魔が蔓延ろうが、案ずることはない。そなたらには豊穣神たる我や魔を裁く死神、この帝国を守護する聖獣の加護がある。何より──神すらも超える、大英雄がいるのだ!〉
力強く言い切ったバアルは像を切り替え、輝く聖騎士カラブリアを投射。夜空を切り裂き雷雲を払うかのような勇姿でもって、世に差す光明を演出する。
「お……おおぉぉぉ……」「輝く騎士様。伝え聞くユウスケ様のようだ」「カラブリア様ではない? いや、この状況ならだれでもいいか」
「そうだ。俺たちには神様がいるんだ」「神様、大英雄様! どうぞお力を振るい下さい!」
頭に響く不思議な声に、神たる威光や大英雄の雄々しき姿。
それらを全身で感じた人々は等しく手を止め足を止め、姿勢を正して続きを待ち──。
〈さあ目に焼き付けよ。汝らが敬愛する聖獣の登場だ!〉
──首だけとなった聖獣や翼をむしり取られた聖獣を見て、絶望の淵へと叩き込まれた。
「……は?」
「何の首……ッ!?」
「あ、あああ!? 聖獣様っ!?」
「なッ……!? 何故神様が、聖獣様をッ!?」
天まで届く有象無象の反応ぶりに、黒々とした歯を剥いて笑むバアル。
〈負の感情を煽るためとはいえ、汝は中々に趣味が悪い。帝都臣民の心の支柱を叩き折るなどと〉
〈なに、まだまだこれからだ──やれ、カラブリア〉
「……」
およそ現実感というものが感じられない表情で宙に佇むカラブリアは、唯々諾々と神の言葉に従い──神殺しの光を縦断させた。
「──ッ!?」「──っ!」「──……」
雲の切れ目から生じる美しき光芒──。
神聖さそのものといったその斬撃は、人も物も一切丸ごと呑み込み消える。
「「「……!?」」」
照らされた箇所は、深淵なる裂け目が残るのみ。
優しく温かい光の波だったというのに、創り出された破壊痕はどこまでも深淵。
光波が衝撃波を伴わなかったため全容を知りえないが、被害を免れた人々は直感的に理解した。
あの英雄──光り輝く騎士が、人類に対し牙を剥いたのだと。
〈クハハ。良い、良いぞ。力が満ちる〉
人々の間で無音の恐怖が膨れ上がる中、その負の感情を力へと変換する神たちは次なる一手を構築する。
〈これから起こることを思うと心苦しいが、これも世のため人のため。帝都臣民よ──死んでくれたまえよ〉
純白の翼を生やす青年が、虚空へ向けて氷と炎の剣を差し出し。
応じるように、黒髪を縮れさせる老人も鈍色の杖を掲げて魔力を集中。
切っ先と杖先から生じた膨大なる力の塊が、夜よりも暗い黒点と化し──。
〈〈〈オ゛オ゛オ゛ォォォ!〉〉〉
──押し広げられ扁平となったそこから、異形の存在たちが溢れこぼれる。
黒煙煙る夜の帝都が、混沌の魔都と化す。
◇◆◇◆
竜にも迫る巨体にフジツボの如き結晶を付着させる、眼球だらけの黒い蜘蛛。
長大な尾羽に幾つもの眼紋を瞬かせる、極彩色に輝く巨鳥。
金銀宝石を纏いに纏う、鞠のように肥えた長腕の大猿。
更には、巨大なそれらの周りを飛び交う、大小様々な有翼の存在たち。
人の世に零れ落ちた魔の権化たちは、歓喜にむせび──蹂躙を開始した。
〈なんだ、間抜け面で呆けてからに〉
生きとし生けるものを尾羽の眼紋で捕捉する巨鳥が、風と音とを織り交ぜた波動を発振。羽ばたきと共に撒き散らし、建物生き物の悉くを破壊して。
〈余の美貌にあてられ魂が抜けてしまったのだろう。となると、逃げ惑う者たちは理解できぬ者たちか……哀れなことだ〉
「……魔神だ。魔神が出たぞ!?」「に、逃げ……」
破滅の波動から逃げ伸びた者たちには、眩い赤光操る大蜘蛛が慈悲なき鉄槌。天に浮かべた光球によって、獲物の頭部を射貫き臓腑を撃ち貫き止めを刺して。
「ひぎッ……」「ひっ、いやあああっ!?」「ああ!? 神様。どうかお助け下さい!」
〈げっげっげ。その神がわいらを呼び寄せたんに、この期に及んで神頼みかえ。度し難いのォ〉
血を流して救いを求める声には、丸い腹をさする巨猿が大地をうねらせ刃を創出。鉱脈より生み出した剣山地獄で殺し尽くし、血河を創る。
「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁッ!」
「助けて……誰かぁ……」
「おお……神よ。なにゆえ捨て置かれるのか……」
暗き夜空は魔神の魔法で真っ赤に色づき、対する地面もまた同様。炎に溶岩、金銀熔鉄が噴き出し燃えて、赤々と輝き全てを染める。
人が思い描く終末そのもの。
そんな眼下の光景に目を細める老神バアルは、噛みしめるようにぽつりと零す。
〈……ようやくだ。ようやく、この地上に魔の大地が戻ってきたか〉
九百年前まで確かにあった魔の領域。大英雄の進撃により、地上から姿を消してしまった魔の楽園。それをようやく取り戻せたのだと、彼はひと時の余韻に浸る。
〈散々手間をかけてここら一帯だけか。何とも甲斐のない話だよ〉
〈クハハッ。地上を人族どもの血で染め上げれば大陸をも飲み込もう。血肉を食らい成長する結界故にな〉
死神から水を差されようとも、バアルは笑って受け流す。
〈そうかね。我としては、来た連中の中にゲリュオンやケルベロスの姿が見えぬことが気にかかるが……今ばかりは浸らせてやるとするかね〉
〈クハッ。その通り、かようなことは後で思案すればよい。今は魔神としての本能に身を委ねるだけだ〉
黒き歯を剥いた豊穣神は蠅頭の異形へと変容する。
轟く雷鳴、吹き荒れる暴風。
魔神の出現で虫の息となっていた人々を、紫電が貫き焼き尽くす。
嵐神バエルと化した異形の存在は、人を食らい建物を崩し……魔の本懐を遂げていった。
────────────────
今話で第八章「帝都壊乱」が終了となります。お付き合いありがとうございました。
次章「魔神と人と」は現在執筆中のため、今後しばらく更新が停止します。
投稿サイト「小説家になろう」では次章を先行して公開中ですので、「章の途中まででも読みたい!」という方はそちらへお越しください。
もはや廃墟となったその一角で、十二の翼を持つ青年は臓物と消化物のすえた臭いやを吸い込み、周囲を眺める。
石畳の幾何学的な配置と手入れの行き届いた草木が調和し、噴水が煌めいていた庭園は……石材と肉片が散らばり樹木の悉くが燃え上がり。
柔らかな色合いで可愛らしい佇まいをみせた、皇女姉妹のために建てられたピンク色の別邸は……赤黒い炎と黒煙が渦巻く巨大な炉となって煮え滾る。
〈ああ、なんと嘆かわしい……〉
見ていられないと目を覆い嘆きをこぼす死神は、ふるふると身を震わせ……喉を鳴らし、哄笑に至った。
〈フクク……クハハハッ! 脆い。あまりにも! 身につける武具も戦う術も大戦期より豊かになったというのに、魔を見て慄き蹂躙されるばかりか!〉
死骸の脂肪が爆ぜる音、加熱された木材の水分が弾ける音。それらを掻き消すほどの笑い声が、虚しく廃墟に木霊する。
〈……ハァ〉
ひとしきり続いた青年の声は不意に止み──辺りの音もまた消える。
炎上地獄から一転、何物も動かぬ氷結地獄と化した廃墟。サマエルが時をも凍り付かせる“冷気”の権能を発した故だ。
〈下らん。やはりこれが、人の現状か〉
音の消えた世界に響く、失意に沈んだ嘆息。
その言葉に答えるものはいないはずだったが──。
〈──人は安寧を貪りすぎたのだよ、サマエル〉
うら寂しい氷原に突如として稲妻が弾け、黒き異形が肉を模る。
蠅に猫に蛙、異なる種族がひしめく頭部。
人の腕が渦を巻くように重なる奇怪な胴体。
不吉を体現したような黒きぼろ布の六枚翅。
それは竜の如き巨体だが、彼らと異なり厳かな空気はまるでない。調和の対極、混沌の化身である。
紫電を迸らせて氷を砕くその異形は、黒光りする細長い脚部でかさりと着地。その前脚を蠅顔の前でこすりつけ、言葉を続ける。
〈やはり汝には、この醜態は許しがたいか?〉
〈感情のままに叫び、背を向け、最期は神に縋って無様に死ぬ。自らが局面を切り開こうという気概の見えんこの様を、正義を示し悪を裁く我が許容できると思うかね?〉
〈クックック。正義……そうであったな。神たる汝が人の醜態を許せる道理がないか〉
異形の魔神と神の青年は上位者の論理で人を語る。
いずれも種族全体の在り方だけに注目し、個々人の人生など一切斟酌しない。絶大なる力を持ちながら人の視点に立つ褐色少年とは対にあると言えよう。
〈そうだとも。もはや悪を裁くという都度の対処では導けぬほどに、人という種は怠惰に微睡んでいる。根幹を変えねばならんのだよ。……正義を示す死神が激情の魔神へと変貌し、人の世の基盤を揺るがすことでね〉
全ては世のため人のため──そう嘯く青年は、拳を握り込んで魔法を構築。凍った時を元へと戻し、氷原氷塊の全てを砕く。
積み上げた死神としての信仰を、一切の未練なく断ち切るかの如く。
夜空に広がるけたたましい破砕音。それに聞き入っていた蠅の魔神は死神を誘う。
〈クハハ。広く信仰される死神と豊穣神が魔神と知れれば、世は大層な混沌となろうな。……では、仕上げといくか?〉
〈しくじってくれるなよ? バエル〉
降魔を解除し、老人の姿へと戻る魔神。
彼に応じて翼を広げ、サマエルは廃墟を飛び立った。
◇◆◇◆
サマエルたちの移動先は帝都の上空五百メートル地点。黒煙なびく街を一望できる高所である。
〈さて──小さきものたちよ、魔に怯え震えるものたちよ。豊穣神バアルである。雷光轟く空を見よ!〉
帝都全域へ念話を発する老神は、雷雲を生み出し雷撃を奔らせ──光魔法で像を投影。自らを巨大な像として映し演説を始めた。
〈都市に魔が蔓延ろうが、案ずることはない。そなたらには豊穣神たる我や魔を裁く死神、この帝国を守護する聖獣の加護がある。何より──神すらも超える、大英雄がいるのだ!〉
力強く言い切ったバアルは像を切り替え、輝く聖騎士カラブリアを投射。夜空を切り裂き雷雲を払うかのような勇姿でもって、世に差す光明を演出する。
「お……おおぉぉぉ……」「輝く騎士様。伝え聞くユウスケ様のようだ」「カラブリア様ではない? いや、この状況ならだれでもいいか」
「そうだ。俺たちには神様がいるんだ」「神様、大英雄様! どうぞお力を振るい下さい!」
頭に響く不思議な声に、神たる威光や大英雄の雄々しき姿。
それらを全身で感じた人々は等しく手を止め足を止め、姿勢を正して続きを待ち──。
〈さあ目に焼き付けよ。汝らが敬愛する聖獣の登場だ!〉
──首だけとなった聖獣や翼をむしり取られた聖獣を見て、絶望の淵へと叩き込まれた。
「……は?」
「何の首……ッ!?」
「あ、あああ!? 聖獣様っ!?」
「なッ……!? 何故神様が、聖獣様をッ!?」
天まで届く有象無象の反応ぶりに、黒々とした歯を剥いて笑むバアル。
〈負の感情を煽るためとはいえ、汝は中々に趣味が悪い。帝都臣民の心の支柱を叩き折るなどと〉
〈なに、まだまだこれからだ──やれ、カラブリア〉
「……」
およそ現実感というものが感じられない表情で宙に佇むカラブリアは、唯々諾々と神の言葉に従い──神殺しの光を縦断させた。
「──ッ!?」「──っ!」「──……」
雲の切れ目から生じる美しき光芒──。
神聖さそのものといったその斬撃は、人も物も一切丸ごと呑み込み消える。
「「「……!?」」」
照らされた箇所は、深淵なる裂け目が残るのみ。
優しく温かい光の波だったというのに、創り出された破壊痕はどこまでも深淵。
光波が衝撃波を伴わなかったため全容を知りえないが、被害を免れた人々は直感的に理解した。
あの英雄──光り輝く騎士が、人類に対し牙を剥いたのだと。
〈クハハ。良い、良いぞ。力が満ちる〉
人々の間で無音の恐怖が膨れ上がる中、その負の感情を力へと変換する神たちは次なる一手を構築する。
〈これから起こることを思うと心苦しいが、これも世のため人のため。帝都臣民よ──死んでくれたまえよ〉
純白の翼を生やす青年が、虚空へ向けて氷と炎の剣を差し出し。
応じるように、黒髪を縮れさせる老人も鈍色の杖を掲げて魔力を集中。
切っ先と杖先から生じた膨大なる力の塊が、夜よりも暗い黒点と化し──。
〈〈〈オ゛オ゛オ゛ォォォ!〉〉〉
──押し広げられ扁平となったそこから、異形の存在たちが溢れこぼれる。
黒煙煙る夜の帝都が、混沌の魔都と化す。
◇◆◇◆
竜にも迫る巨体にフジツボの如き結晶を付着させる、眼球だらけの黒い蜘蛛。
長大な尾羽に幾つもの眼紋を瞬かせる、極彩色に輝く巨鳥。
金銀宝石を纏いに纏う、鞠のように肥えた長腕の大猿。
更には、巨大なそれらの周りを飛び交う、大小様々な有翼の存在たち。
人の世に零れ落ちた魔の権化たちは、歓喜にむせび──蹂躙を開始した。
〈なんだ、間抜け面で呆けてからに〉
生きとし生けるものを尾羽の眼紋で捕捉する巨鳥が、風と音とを織り交ぜた波動を発振。羽ばたきと共に撒き散らし、建物生き物の悉くを破壊して。
〈余の美貌にあてられ魂が抜けてしまったのだろう。となると、逃げ惑う者たちは理解できぬ者たちか……哀れなことだ〉
「……魔神だ。魔神が出たぞ!?」「に、逃げ……」
破滅の波動から逃げ伸びた者たちには、眩い赤光操る大蜘蛛が慈悲なき鉄槌。天に浮かべた光球によって、獲物の頭部を射貫き臓腑を撃ち貫き止めを刺して。
「ひぎッ……」「ひっ、いやあああっ!?」「ああ!? 神様。どうかお助け下さい!」
〈げっげっげ。その神がわいらを呼び寄せたんに、この期に及んで神頼みかえ。度し難いのォ〉
血を流して救いを求める声には、丸い腹をさする巨猿が大地をうねらせ刃を創出。鉱脈より生み出した剣山地獄で殺し尽くし、血河を創る。
「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁッ!」
「助けて……誰かぁ……」
「おお……神よ。なにゆえ捨て置かれるのか……」
暗き夜空は魔神の魔法で真っ赤に色づき、対する地面もまた同様。炎に溶岩、金銀熔鉄が噴き出し燃えて、赤々と輝き全てを染める。
人が思い描く終末そのもの。
そんな眼下の光景に目を細める老神バアルは、噛みしめるようにぽつりと零す。
〈……ようやくだ。ようやく、この地上に魔の大地が戻ってきたか〉
九百年前まで確かにあった魔の領域。大英雄の進撃により、地上から姿を消してしまった魔の楽園。それをようやく取り戻せたのだと、彼はひと時の余韻に浸る。
〈散々手間をかけてここら一帯だけか。何とも甲斐のない話だよ〉
〈クハハッ。地上を人族どもの血で染め上げれば大陸をも飲み込もう。血肉を食らい成長する結界故にな〉
死神から水を差されようとも、バアルは笑って受け流す。
〈そうかね。我としては、来た連中の中にゲリュオンやケルベロスの姿が見えぬことが気にかかるが……今ばかりは浸らせてやるとするかね〉
〈クハッ。その通り、かようなことは後で思案すればよい。今は魔神としての本能に身を委ねるだけだ〉
黒き歯を剥いた豊穣神は蠅頭の異形へと変容する。
轟く雷鳴、吹き荒れる暴風。
魔神の出現で虫の息となっていた人々を、紫電が貫き焼き尽くす。
嵐神バエルと化した異形の存在は、人を食らい建物を崩し……魔の本懐を遂げていった。
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神様の次は大英雄狩りか(笑)
ロウ…此奴ら存在すら残さず消し飛ばせよ?
神二柱+大英雄V.S.完全にぶっちぎれているロウ君。数的不利は明らかで、立て続けの戦闘でロウ君も消耗中。
この苦境、果たしてくつがえせるのか……結末や如何に。
神獣の次は聖獣と神様狩りですか(笑)
登場種族をコンプリートしそうな勢いで戦いを吹っ掛けまくっているロウ君。
ある意味、登場した魔神の中で一番“らしい”のかもしれません。……なんつー主人公だ('ω`)
一瞬ムスカがいたような気がしたが
気のせいか?
うへへへ。ムスカ好きなんですよね。ザ・魅力的な悪役といいますか('ω')
「見ろ! 獣人がゴミのようだ!」なんてセリフも入れようと思ったんですが、雰囲気が壊れそうだったので流石に自重しました('A`)