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第八章 帝都壊乱
8-34 魔窟
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褐色少年が古き竜に協定を持ち掛けている頃。
「──陛下。延々と湧き出る魔物どもの前では、ここも長くは持ちません。お早いご決断を」
帝都宮殿謁見の間では、呼吸音が際立つほどに空気が張り詰めていた。
報告者は浅黒い肌の師団長。報告を受け取るのは白髪の交じる金髪の皇帝。彼の玉座より一段下がったところでは、皇后が身を震わせ皇女姉妹が固唾を飲む。
他方、皇子たちは鎧兜をつけて彼女たちを護るように傍で立つ。皇族であるというのに護衛騎士のような佇まいだ。
その中には、とうに成人している皇帝の長子も含まれる。他国であれば考えられない配置であるが、これはランベルト帝国の特殊な皇位継承を因としていた。
──大英雄ユウスケを祖霊として崇める帝国では、皇位を継ぐものに対し何よりも血の濃さを求める。彼の力を引き継いでいることこそが重要であり、他の一切を些事と切り捨てたのだ。
故の近親婚であり、史上稀にみるほど資質を持って生まれたのがサロメとユーディットである。彼女たちが生を受けた時点で、皇子たちが皇帝となる道は途絶えていた。
中には皇女姉妹を秘密裏に謀殺せんと画策した皇子もいたが……皇位を継ぐものには聖獣の加護が宿る。
神たる力を有する聖獣が前には、刺客も毒物も児戯同然。この皇子の企ては、皮肉にも聖獣の隔絶した能力と皇女姉妹の揺るがぬ継承権を証明して潰えたのだった。
──さておき、緊迫した空気漂う宮殿内である。
「ならん。玉座を捨て逃走するなど、諸侯に知れ渡ればどうなる? 余の廃位を目論むものどもが活気づくのは自明だ。後の火種となる行いは慎まねばならぬ」
「……」
先を憂いて今の窮地を凌げずどうする──そんな思いが口を衝きかけたが、師団長はなんとか沈黙を貫いた。
「して、ミネルヴァ様、ナーサティヤ様。どうかお力添え頂けませぬか? 此度の騒動は魔神によるものだと仰られておりましたし、今は我らを守護する聖獣様も不在。となれば……」
厳かな態度を一変させ、褐色青年と銀髪美女へ伺いをたてる皇帝。相手が神々となれば、大国の王であっても形無しである。
〈そう強請るな。ケルブたちが不在である以上、我も傍観したままというつもりはない〉
巨大な両刃斧を肩に担ぎ、煩わしげに応じる女神ミネルヴァ。
だがその内面では、事態を把握せんと己が眷属と念話を繰り返していた。
(──未だ空間魔法は使えないのか? グラウクス)
(そのようだよ、己が主。けれども、件の魔神は自在に顕れ己を狩っていく。かの存在がこの状況を創り出したとみてよいだろうね)
(己以外の空間魔法を封じる特殊な結界……。この巨大都市を覆うほどの規模、前もって準備していたとみるのが妥当か。ロウや聖獣を始末するために用意していたのか……?)
動乱が起きる以前より、帝都各地を調査していた女神の眷属。個であり群もである彼らは戦場を飛び回って情報を集めるが、進捗は芳しくない。
(この結界内では己たちの力は減じてしまうけれど、相手方はむしろ増幅している風でもある。話に聞く“魔界”という場に近いものを感じるね)
(……事実、そうらしい。たった今、イルマタルより念話があった。古き竜がこの結界を魔界に近いものと判じたとな)
(! 古き竜がきているということかな? この世の頂点たる彼らがいるならば、魔が蔓延るこの状況もすぐに終わるのだろうか)
(そう単純でもない。なにせ奴らは──っ!)
気ままの化身だ──そう続けようとしていた女神は、突如念話を打ち切り宮殿を揺るがす強烈な踏み込み。
その勢いを乗せた両刃斧を、薪りの如く振り下ろす!
〈!〉
「「「っッ!?」」」
床を割り天井を砕いた剛撃は、謁見の間を易々二分。儀式魔術にも耐えるとされる建材を粉と砕き、大広間を近くの回廊と繋げてしまった。
「ミ、ミネルヴァ様!? ご乱心なされましたか!」
〈なに、まだまだ牽制程度だ──おおぉっ!〉
彫深く美しい顔を歪みに歪め、知恵の女神は力のままに斧を数閃。
人体が吹き飛ぶほどの余波を撒き散らし、巨大な刃を振って振って振りまくる!
「ひいぃぃぃッ!?」「あひゃあっ!?」「うぅっ」
〈動かずに。私が護っているので問題はありません〉
光の結界を創り出す医術神が宥める言葉を放つ最中も、女神の剛刃は猛り狂う。
一振りで壁が消し飛び、次の瞬間天井も消失。六度目が振られる頃には、謁見の間どころか皇居そのものが廃墟となっていた。
降り注ぐ瓦礫に立ち込める粉塵。皇族たちの悲鳴を無視する女神は、瑠璃色の瞳を凝らして虚空を睨む。
〈仕留めましたか?〉
〈……いや、そう甘い相手でもない〉
〈クッハハハッ。やってくれるではないか、ミネルヴァ!〉
「「「!?」」」「きゃあぁぁっ!?」「うくっ!?」
突如、塵埃を切り裂き迸る稲光の束。
石材を溶かし建材を燃え上がらせるそれは、地に落ちた後も光り輝き留まり続け──やがて纏まり肉を模る。
〈……ッ!〉
〈やはり汝は、バエルでもあったか。バアル!〉
紫電を纏い顕れたのは縮れた黒毛を生やす、竜ほどに巨大な蠅の如き存在。
赤き複眼を具える巨大な頭部こそ蠅そのものだが、他は似ても似つかぬ異形。
夥しい数の人の腕が折り重なってできたような、でぷっりとした腹部。
ぼろ布を押し広げたかのような黒き六枚翅。
蠅の頭部に横付けされる猫や蛙の頭部たち。
女神の斬撃を受けて滴り続ける、廃油の如く濁った黒血。
それは虫に見られる機能性は何一つない、悍ましく不合理な要素の集合体だった。
「うッ……!?」「ふぐぅ……」「……っ!」「バ、バエル? ……バアル様ですとッ!?」
顔をしかめる医術神や斧を構える女神と異なり、皇族や騎士たちは雷鳴に慄き魔神に震える。英雄に近い彼らでさえそうなのだから、大臣や宮仕えの貴族らは卒倒寸前だ。
「……皇帝陛下」
〈〈!?〉〉
「……お、おぉッ! その光、先ほどの柱の!?」
そこへ聖なる光を携えた騎士が顕れたならば、もはや救いの主としか映らぬだろう。
「おお……鎧と剣が、光り輝いて……」
「黒髪に黒目、お美しい顔立ち……。伝え聞くユウスケ様のようです」
神話さながらの光景を見れば、誰であれ勘違いしてしまうものだ。後は伝説をなぞるかの如く、この闇が祓われるのだと。
斬り払われるのは、自分たちであるというのに。
〈──っ!〉
薙がれる聖剣。
割り込む大斧。
澄んだ高音が夜空を揺らし、軌跡の残光と衝突の火花が周囲を照らす。
「えっ……?」「ななッ!?」「なにをッ!?」
〈な……!?〉
〈……堕ちたか、ユウスケっ!〉
「違う、俺は……。俺は、正義だ。魔神に騙されているものたちを、間違いを正すものだッ!」
大英雄ユウスケの身を操るカラブリアは子供の様に喚き散らし、英雄としての魔法を乱射。聖なる光を四方八方に乱れ撃つ!
〈手当たり次第とはな。見下げ果てる──っ!?〉
散らばる光線が人へ害なすその前に、斧で全てを掻き消したミネルヴァだったが──斧を振るうその腕が、何の脈絡もなく弾け飛ぶ。
〈ミネルヴァ!?〉
吹き飛んだのはしなやかなる両の二の腕。
瑠璃色の「魔眼」でさえも解析できぬ、不可思議な現象。
〈づっ……アノフェレスかっ!〉
〈ご明察〉
人の記す書の全てが集積された膨大な知識から、彼女が解を導き出すと同時。
宙を舞う腕から突き出した黒槍が、女神の眼窩を貫く。
〈う゛、ぐっ……!?〉
腕の断面より生えるは、強固かつ滑らかな虫の口吻。蚊が吸血の際に突き刺すそれである。
片目を抉られるもすぐさま蹴り上げ、黒き管をへし折るミネルヴァ。
〈……!?〉
しかし、苦痛に歪む表情は唐突に硬直。
豊かな胸をぶるりと震わせ、彼女は血を滴らせるだけの彫像と化した。
〈……これは少々、良くありませんね〉
すぐさま駆け寄り損壊した女神の部位を再生させ、しかし彼女が動き出す様子のないことを確認した医術神は……額に汗して小さく呻く。
知恵の女神といえば、若き己の数倍もの時を生きる上位神。司るものが違うとはいえ、戦闘能力も比にならない。圧倒的に優れた存在だ。
その女神が何する間もなく無力化させられたというのなら、先のことなど見えたようなものである。
「「「な……!?」」」
他方、状況についていけぬは皇族たちとその護衛。
魔神を直接見ていない宮殿のものたちにとって、女神は人智及ばぬ絶対者。倒れ伏す姿など想像だにしないものだ。
ましてや、人と魔神とが共謀して弑するなどとは。
魔神の眷属たちは、そこで生じた隙を突く。
[児戯ですね]
〈ッ!〉
「「「!?」」」
背後より一刺し。
空間魔法で顕れた虫型の眷属たちによる寄生攻撃は、何の瑕疵なく成立。
首筋に刺さった産卵管が対象の自由を奪い、無防備となった宿主へ“子”を産み付ける。
「お父さま、お兄さまっ!?」「サロメ! 動いてはなりません!」
妹を抱き寄せ瞬時に飛びのき、虫たちから距離をとるユーディット。
されども、彼らの包囲に隙間なし。
何より蠅の魔神と蚊の魔神、上位魔神二柱がこの場にいるのだ。若き神と大英雄の末裔といえど、逃げられる道理がない。
〈皇女たちは“駒”としないままでよいのか?〉
〈眷属を産み付けてしまうと、カラブリアが楽しめぬそうでな……クハハ。アレは中々に歪んでいるようだ〉
蠅の魔神と問答しつつ、女神の腕だったものからずるりと這いだす蚊の魔神。
ぬらりと照る黒色の体は、枯れ木の如く細く。無数に生える脚部は針のように鋭く。
腹部だけが異様に膨らむアンバランスな体は、要たる頭部を欠き。
首からは管のような吻がぽつりと伸び。
背部から生える二対四枚黒色の薄翅には、黄色く発光する眼紋がぞろりと並んで皇女を覘く。
上位魔神アノフェレス。その降魔も正しく異形だった。
「ひっ……」
「これが、アノフェレス……! かような事態、死神様や聖獣様が見逃すとお思いか!」
怯えるサロメの前に立ち、ユーディットは咆えながらも時を稼ごうと画策する。
時間さえ稼げば聖獣や死神、そしてあの少年がきてくれるのだと信じて。
〈聖獣ならここにいるぞ。そうら〉
成人男性ほどに巨大な猫頭や蛙頭の口角を吊り上げ、魔神バエルは少女の前へなにかを放る。
ごろりと力なく転がったのは、人面の獅子頭に眼球の埋まる白き翼。
聖獣ケルブとオファニムの残骸だった。
〈……馬鹿な〉
「ぅ、ぁ……」
「ぁああっ!? 聖獣様っ!?」
「……」
〈クハハハッ。……大英雄の末裔の慟哭を、大英雄の肉体を操るものが虚しく聞き届ける。魔を祓った征服者が人の世の転覆に利用されるなど、これほど愉快なことはあるまいて〉
〈汝は変わらず悪辣だな、バエル〉
響く悲鳴を肴に語らう魔神と魔神。
これが現実なのかと、虚ろな面持ちで佇む大英雄。
帝都中枢は魔窟と化した。
「──陛下。延々と湧き出る魔物どもの前では、ここも長くは持ちません。お早いご決断を」
帝都宮殿謁見の間では、呼吸音が際立つほどに空気が張り詰めていた。
報告者は浅黒い肌の師団長。報告を受け取るのは白髪の交じる金髪の皇帝。彼の玉座より一段下がったところでは、皇后が身を震わせ皇女姉妹が固唾を飲む。
他方、皇子たちは鎧兜をつけて彼女たちを護るように傍で立つ。皇族であるというのに護衛騎士のような佇まいだ。
その中には、とうに成人している皇帝の長子も含まれる。他国であれば考えられない配置であるが、これはランベルト帝国の特殊な皇位継承を因としていた。
──大英雄ユウスケを祖霊として崇める帝国では、皇位を継ぐものに対し何よりも血の濃さを求める。彼の力を引き継いでいることこそが重要であり、他の一切を些事と切り捨てたのだ。
故の近親婚であり、史上稀にみるほど資質を持って生まれたのがサロメとユーディットである。彼女たちが生を受けた時点で、皇子たちが皇帝となる道は途絶えていた。
中には皇女姉妹を秘密裏に謀殺せんと画策した皇子もいたが……皇位を継ぐものには聖獣の加護が宿る。
神たる力を有する聖獣が前には、刺客も毒物も児戯同然。この皇子の企ては、皮肉にも聖獣の隔絶した能力と皇女姉妹の揺るがぬ継承権を証明して潰えたのだった。
──さておき、緊迫した空気漂う宮殿内である。
「ならん。玉座を捨て逃走するなど、諸侯に知れ渡ればどうなる? 余の廃位を目論むものどもが活気づくのは自明だ。後の火種となる行いは慎まねばならぬ」
「……」
先を憂いて今の窮地を凌げずどうする──そんな思いが口を衝きかけたが、師団長はなんとか沈黙を貫いた。
「して、ミネルヴァ様、ナーサティヤ様。どうかお力添え頂けませぬか? 此度の騒動は魔神によるものだと仰られておりましたし、今は我らを守護する聖獣様も不在。となれば……」
厳かな態度を一変させ、褐色青年と銀髪美女へ伺いをたてる皇帝。相手が神々となれば、大国の王であっても形無しである。
〈そう強請るな。ケルブたちが不在である以上、我も傍観したままというつもりはない〉
巨大な両刃斧を肩に担ぎ、煩わしげに応じる女神ミネルヴァ。
だがその内面では、事態を把握せんと己が眷属と念話を繰り返していた。
(──未だ空間魔法は使えないのか? グラウクス)
(そのようだよ、己が主。けれども、件の魔神は自在に顕れ己を狩っていく。かの存在がこの状況を創り出したとみてよいだろうね)
(己以外の空間魔法を封じる特殊な結界……。この巨大都市を覆うほどの規模、前もって準備していたとみるのが妥当か。ロウや聖獣を始末するために用意していたのか……?)
動乱が起きる以前より、帝都各地を調査していた女神の眷属。個であり群もである彼らは戦場を飛び回って情報を集めるが、進捗は芳しくない。
(この結界内では己たちの力は減じてしまうけれど、相手方はむしろ増幅している風でもある。話に聞く“魔界”という場に近いものを感じるね)
(……事実、そうらしい。たった今、イルマタルより念話があった。古き竜がこの結界を魔界に近いものと判じたとな)
(! 古き竜がきているということかな? この世の頂点たる彼らがいるならば、魔が蔓延るこの状況もすぐに終わるのだろうか)
(そう単純でもない。なにせ奴らは──っ!)
気ままの化身だ──そう続けようとしていた女神は、突如念話を打ち切り宮殿を揺るがす強烈な踏み込み。
その勢いを乗せた両刃斧を、薪りの如く振り下ろす!
〈!〉
「「「っッ!?」」」
床を割り天井を砕いた剛撃は、謁見の間を易々二分。儀式魔術にも耐えるとされる建材を粉と砕き、大広間を近くの回廊と繋げてしまった。
「ミ、ミネルヴァ様!? ご乱心なされましたか!」
〈なに、まだまだ牽制程度だ──おおぉっ!〉
彫深く美しい顔を歪みに歪め、知恵の女神は力のままに斧を数閃。
人体が吹き飛ぶほどの余波を撒き散らし、巨大な刃を振って振って振りまくる!
「ひいぃぃぃッ!?」「あひゃあっ!?」「うぅっ」
〈動かずに。私が護っているので問題はありません〉
光の結界を創り出す医術神が宥める言葉を放つ最中も、女神の剛刃は猛り狂う。
一振りで壁が消し飛び、次の瞬間天井も消失。六度目が振られる頃には、謁見の間どころか皇居そのものが廃墟となっていた。
降り注ぐ瓦礫に立ち込める粉塵。皇族たちの悲鳴を無視する女神は、瑠璃色の瞳を凝らして虚空を睨む。
〈仕留めましたか?〉
〈……いや、そう甘い相手でもない〉
〈クッハハハッ。やってくれるではないか、ミネルヴァ!〉
「「「!?」」」「きゃあぁぁっ!?」「うくっ!?」
突如、塵埃を切り裂き迸る稲光の束。
石材を溶かし建材を燃え上がらせるそれは、地に落ちた後も光り輝き留まり続け──やがて纏まり肉を模る。
〈……ッ!〉
〈やはり汝は、バエルでもあったか。バアル!〉
紫電を纏い顕れたのは縮れた黒毛を生やす、竜ほどに巨大な蠅の如き存在。
赤き複眼を具える巨大な頭部こそ蠅そのものだが、他は似ても似つかぬ異形。
夥しい数の人の腕が折り重なってできたような、でぷっりとした腹部。
ぼろ布を押し広げたかのような黒き六枚翅。
蠅の頭部に横付けされる猫や蛙の頭部たち。
女神の斬撃を受けて滴り続ける、廃油の如く濁った黒血。
それは虫に見られる機能性は何一つない、悍ましく不合理な要素の集合体だった。
「うッ……!?」「ふぐぅ……」「……っ!」「バ、バエル? ……バアル様ですとッ!?」
顔をしかめる医術神や斧を構える女神と異なり、皇族や騎士たちは雷鳴に慄き魔神に震える。英雄に近い彼らでさえそうなのだから、大臣や宮仕えの貴族らは卒倒寸前だ。
「……皇帝陛下」
〈〈!?〉〉
「……お、おぉッ! その光、先ほどの柱の!?」
そこへ聖なる光を携えた騎士が顕れたならば、もはや救いの主としか映らぬだろう。
「おお……鎧と剣が、光り輝いて……」
「黒髪に黒目、お美しい顔立ち……。伝え聞くユウスケ様のようです」
神話さながらの光景を見れば、誰であれ勘違いしてしまうものだ。後は伝説をなぞるかの如く、この闇が祓われるのだと。
斬り払われるのは、自分たちであるというのに。
〈──っ!〉
薙がれる聖剣。
割り込む大斧。
澄んだ高音が夜空を揺らし、軌跡の残光と衝突の火花が周囲を照らす。
「えっ……?」「ななッ!?」「なにをッ!?」
〈な……!?〉
〈……堕ちたか、ユウスケっ!〉
「違う、俺は……。俺は、正義だ。魔神に騙されているものたちを、間違いを正すものだッ!」
大英雄ユウスケの身を操るカラブリアは子供の様に喚き散らし、英雄としての魔法を乱射。聖なる光を四方八方に乱れ撃つ!
〈手当たり次第とはな。見下げ果てる──っ!?〉
散らばる光線が人へ害なすその前に、斧で全てを掻き消したミネルヴァだったが──斧を振るうその腕が、何の脈絡もなく弾け飛ぶ。
〈ミネルヴァ!?〉
吹き飛んだのはしなやかなる両の二の腕。
瑠璃色の「魔眼」でさえも解析できぬ、不可思議な現象。
〈づっ……アノフェレスかっ!〉
〈ご明察〉
人の記す書の全てが集積された膨大な知識から、彼女が解を導き出すと同時。
宙を舞う腕から突き出した黒槍が、女神の眼窩を貫く。
〈う゛、ぐっ……!?〉
腕の断面より生えるは、強固かつ滑らかな虫の口吻。蚊が吸血の際に突き刺すそれである。
片目を抉られるもすぐさま蹴り上げ、黒き管をへし折るミネルヴァ。
〈……!?〉
しかし、苦痛に歪む表情は唐突に硬直。
豊かな胸をぶるりと震わせ、彼女は血を滴らせるだけの彫像と化した。
〈……これは少々、良くありませんね〉
すぐさま駆け寄り損壊した女神の部位を再生させ、しかし彼女が動き出す様子のないことを確認した医術神は……額に汗して小さく呻く。
知恵の女神といえば、若き己の数倍もの時を生きる上位神。司るものが違うとはいえ、戦闘能力も比にならない。圧倒的に優れた存在だ。
その女神が何する間もなく無力化させられたというのなら、先のことなど見えたようなものである。
「「「な……!?」」」
他方、状況についていけぬは皇族たちとその護衛。
魔神を直接見ていない宮殿のものたちにとって、女神は人智及ばぬ絶対者。倒れ伏す姿など想像だにしないものだ。
ましてや、人と魔神とが共謀して弑するなどとは。
魔神の眷属たちは、そこで生じた隙を突く。
[児戯ですね]
〈ッ!〉
「「「!?」」」
背後より一刺し。
空間魔法で顕れた虫型の眷属たちによる寄生攻撃は、何の瑕疵なく成立。
首筋に刺さった産卵管が対象の自由を奪い、無防備となった宿主へ“子”を産み付ける。
「お父さま、お兄さまっ!?」「サロメ! 動いてはなりません!」
妹を抱き寄せ瞬時に飛びのき、虫たちから距離をとるユーディット。
されども、彼らの包囲に隙間なし。
何より蠅の魔神と蚊の魔神、上位魔神二柱がこの場にいるのだ。若き神と大英雄の末裔といえど、逃げられる道理がない。
〈皇女たちは“駒”としないままでよいのか?〉
〈眷属を産み付けてしまうと、カラブリアが楽しめぬそうでな……クハハ。アレは中々に歪んでいるようだ〉
蠅の魔神と問答しつつ、女神の腕だったものからずるりと這いだす蚊の魔神。
ぬらりと照る黒色の体は、枯れ木の如く細く。無数に生える脚部は針のように鋭く。
腹部だけが異様に膨らむアンバランスな体は、要たる頭部を欠き。
首からは管のような吻がぽつりと伸び。
背部から生える二対四枚黒色の薄翅には、黄色く発光する眼紋がぞろりと並んで皇女を覘く。
上位魔神アノフェレス。その降魔も正しく異形だった。
「ひっ……」
「これが、アノフェレス……! かような事態、死神様や聖獣様が見逃すとお思いか!」
怯えるサロメの前に立ち、ユーディットは咆えながらも時を稼ごうと画策する。
時間さえ稼げば聖獣や死神、そしてあの少年がきてくれるのだと信じて。
〈聖獣ならここにいるぞ。そうら〉
成人男性ほどに巨大な猫頭や蛙頭の口角を吊り上げ、魔神バエルは少女の前へなにかを放る。
ごろりと力なく転がったのは、人面の獅子頭に眼球の埋まる白き翼。
聖獣ケルブとオファニムの残骸だった。
〈……馬鹿な〉
「ぅ、ぁ……」
「ぁああっ!? 聖獣様っ!?」
「……」
〈クハハハッ。……大英雄の末裔の慟哭を、大英雄の肉体を操るものが虚しく聞き届ける。魔を祓った征服者が人の世の転覆に利用されるなど、これほど愉快なことはあるまいて〉
〈汝は変わらず悪辣だな、バエル〉
響く悲鳴を肴に語らう魔神と魔神。
これが現実なのかと、虚ろな面持ちで佇む大英雄。
帝都中枢は魔窟と化した。
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回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。
フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
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