戦女神の別人生〜戦場で散ったはずなのに、聖女として冷酷王子に溺愛されます!?〜

藤乃 早雪

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第1章 溺愛されても困るんです

1-7 火に油を注ぐだけ

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 湯浴み、化粧、髪の手入れ、ドレス着用。全ての準備が整う頃には、疲れ果て、リアナーレはぐったりしていた。毎日美しく着飾る貴族の女性たちに、敬意を払いたい。

「軍と関連の薄いリアナ様が、いきなりお一人で訪問するのはおかしいです」

 当初、リアナーレは単身で軍事施設に乗り込むつもりだったが、ルーラに阻止された。

「じゃあどうすればいいの」
「えぇ~っと。旦那様に上目遣いでお願いするのが一番ではないでしょうか」

 上目遣いが必要かはさておき、リアナーレは仕方なくセヴィリオの執務室へ向かった。
 
 立場上、彼は軍のトップだが、王宮の向かいに位置する軍の宿舎や施設に顔を出すことは多くない。
 現場のことは基本的に各部隊の指揮官に任せており、セヴィリオが主に行うのは国王との仲介や、重要な意思決定である。

「セヴィリオ様、いくら貴方でもその態度は赦せません!」
「その態度? いつもと同じつもりだが」

 執務室の手前で、軍服を纏った男が二人、揉めているのが見えた。怒鳴り声が、静かな王宮内の廊下に響いている。

 貴族上がりの上品さを漂わす男、フォード=モントレイが、珍しくセヴィリオ相手に逆上していた。フォードは今回、戦場には出ておらず待機組だったはずだ。

「リアナーレ嬢は貴方が殺したようなものだ!」
 
 リアナーレはフォードの口から自分の名前が上がったことに驚き、足を止めた。
 フォード=モントレイはかつての同僚だが、特別仲が良かった訳ではない。

「そうかもしれないな。だが、国としては奇跡的な勝利を納めたわけだ。国のために死ねて本望だろう」

 セヴィリオは相変わらず、聖女様の前以外では冷酷で陰鬱な王子だ。彼は虚ろな目をフォードに向ける。

「セヴィリオ様……! 彼女がどんな想いでいたのか、貴方は知らないのでしょう!! 玉砕覚悟の出兵なら、何故、私に命じなかったのですか!」

 フォードはついに、第二王子の胸ぐらを掴みにかかった。

 戦女神の死を肯定する、セヴィリオの発言に堪えられなかったのだろう。戦女神と同じ役職、立場であるフォードに殴られても文句は言えない。
 王子はわざと火に油を注いだのではないかとすら、リアナーレは思う。

「止めなさい」
「聖女様?」

 フォードはピタリと動きを止め、リアナーレの方を見た。セヴィリオの表情にも、僅かに動揺の色が浮かぶ。

「リアナ、何故ここに」
「帰還兵の様子を見に行こうと思って、貴方にお願いをしに来たの」

 リアナーレは冷たい口調でセヴィリオに返事をすると、フォード=モントレイの目を真っ直ぐ見つめた。
 彼は予期せぬ聖女様の登場により、我に返ったようだ。慌ててセヴィリオの軍服から手を離し、乱れた白銀の髪を撫で付ける。

「モントレイ伯爵、先程の発言は正しくないかと思います」
「確かに言い過ぎました、しかし――」

 私のために怒ってくれてありがとう。

 リアナーレは一瞬表情筋を緩めた後、厳しい顔つきでセヴィリオの方へと向き直る。

「セヴィリオ様。貴方は冷酷すぎる。国の長が兵を駒としか考えていないようでは、兵士たちの国への忠誠も薄れます」
「リアナ、違う。これは……」

 セヴィリオの、リアナへの感情を利用した姑息な手段だとは思った。それでも、リアナーレはこの国の未来のためにも、彼の将来のためにも、進言すべきことだと判断した。

「リアナーレ……様、に対しての態度のことだけではありません。出過ぎた真似とは承知しておりますが、どうか、お考えを改めください」
「リアナ、君は何も分かっていない」
「貴方こそ、何も分かっていないでしょう」

 軍に入る時、女であることは捨てると誓った。誓ったのに、積もりに積もった感情まで捨て去ることができなかった。
 戦女神の弱さを、報われぬ恋への絶望を、セヴィリオは何も知らないのだ。

「モントレイ伯爵、帰還した軍兵への労いに伺いたく。宿舎までご同行願えますか?」 
「喜んでお受け致します」

 フォードは口をぽかんと開けたが、すぐに胸に手を当て、足を一歩引いてお辞儀をしてみせた。軍人ではなく、貴族式の優雅な挨拶だ。

 旦那を差し置いて他の男に同行を願うのはマナー違反だろうが、死者を弔うこともできないような男には頼みたくはない。

 セヴィリオも引き止めはしなかった。立ちすくみ、去りゆく聖女をぼんやりと見つめている姿が視界の端に映った。
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