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ラルフ様編6
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翌朝、学園の門前――
澄み渡る空に、朝の光がやさしく降り注ぐ中、わたくしはゆっくりと馬車から降りお姉さまと別れて歩きだしました。
「アンリ嬢。」
その声に、わたくしははっと顔を上げました。
そこに立っていたのは、燃えるような赤髪を朝日に輝かせた、ランゼ様。
「ランゼ様……おはようございます。」
「昨日は、ありがとう。」
彼女は直立の姿勢のまま会釈をし、でもその目には柔らかな光が宿っていて。
「いえ、こちらこそ。ご一緒できてとても嬉しゅうございましたわ。」
「……その色、気に入ったんだね。」
一瞬、何のことかと思いましたが、ランゼ様の視線がわたくしのドレスに向いていることに気づきました。
昨日選んだターコイズブルーのドレス――。
「はい。少し勇気がいりましたけれど、皆様のおかげで選べた色ですの。」
「似合ってる。昨日よりも今日の方が、もっと。」
「ありがとうございます。ランゼ様もとてもお似合いですわ。」
いつものランゼ様だったら黒いドレスなのに、今日は昨日選んだミントグリーンの色。
「ラルフは家門の長の嫡子であり、分家の我々は嫡子が着実に子をなすために夫人になれるよう教育を受けてきたんだ。ただ、学園に入りラルフがいろいろな女性と声をかわしているととても心が苦しくなった。それ以降黒のドレスを着用することで自分の心を守ってきたように思う。婚約も家門の中で決められるし分家には選択する力はないが、自分を変えて選ばれるように努力してもいいのではないかと昨日思えたんだ。心を殺すのはとても苦しいから。」
ランゼ様の声は淡々としていましたが、そのひと言ひと言が、まるで彼女の奥底に積もっていた哀しみの層をそっと剥がしていくようで――わたくしは思わず、息を飲みました。「心を殺すのはとても苦しいから。」
その言葉が胸に響いて、何も返すことができませんでした。
ただ、わたくしは黙って、ランゼ様の横顔を見つめることしかできなかったのです。
その時――
「ランゼ……。」
どこか息を切らしたような声が、学園の方から届きました。
振り向くと、そこにラルフ様が立っていました。
彼の視線は、ただまっすぐにランゼ様へと向けられていて――けれど、すぐには言葉にならないようで、わずかに口を開いては閉じ、また開きかけて。
ミントグリーンのドレスに身を包んだランゼ様は、その視線を正面から受け止めながら、微動だにせず静かに佇んでおられました。
まるで、ずっとこの瞬間を待っていたかのように。
「……似合ってる。その色……すごく、綺麗だ。」
ようやく絞り出されたラルフ様のその言葉には、どこか戸惑いと驚き、そして――感動が滲んでいました。
ランゼ様は、わずかに目を伏せ、それからゆっくりと微笑みました。
その微笑みは、これまでの彼女からは想像できないほど、やわらかく、やさしいもの。
「ありがとう。」
たったそれだけのやりとりなのに、わたくしはそこに、何か大きなものが静かに動いた気配を感じました。
そして、思いました。
――もう、わたくしがこの場に立ち会うべき役目は終わったのだと。
「それでは、わたくしはそろそろ失礼いたしますわね。」
静かに一礼し、二人から少し距離を取るように歩き出しました。
その背後で続くかもしれない会話は、もう耳に入れぬ方がよろしいでしょう。
この朝、学園の門の前で起きた変化は、ほんのわずかな色の違いから始まりました。
けれど、その小さな勇気が誰かの心を動かし、想いの道を繋いでいく――
そう、色はただの装いではなく、心そのものを語る言葉になるのだと、わたくしは改めて感じたのでした。
澄み渡る空に、朝の光がやさしく降り注ぐ中、わたくしはゆっくりと馬車から降りお姉さまと別れて歩きだしました。
「アンリ嬢。」
その声に、わたくしははっと顔を上げました。
そこに立っていたのは、燃えるような赤髪を朝日に輝かせた、ランゼ様。
「ランゼ様……おはようございます。」
「昨日は、ありがとう。」
彼女は直立の姿勢のまま会釈をし、でもその目には柔らかな光が宿っていて。
「いえ、こちらこそ。ご一緒できてとても嬉しゅうございましたわ。」
「……その色、気に入ったんだね。」
一瞬、何のことかと思いましたが、ランゼ様の視線がわたくしのドレスに向いていることに気づきました。
昨日選んだターコイズブルーのドレス――。
「はい。少し勇気がいりましたけれど、皆様のおかげで選べた色ですの。」
「似合ってる。昨日よりも今日の方が、もっと。」
「ありがとうございます。ランゼ様もとてもお似合いですわ。」
いつものランゼ様だったら黒いドレスなのに、今日は昨日選んだミントグリーンの色。
「ラルフは家門の長の嫡子であり、分家の我々は嫡子が着実に子をなすために夫人になれるよう教育を受けてきたんだ。ただ、学園に入りラルフがいろいろな女性と声をかわしているととても心が苦しくなった。それ以降黒のドレスを着用することで自分の心を守ってきたように思う。婚約も家門の中で決められるし分家には選択する力はないが、自分を変えて選ばれるように努力してもいいのではないかと昨日思えたんだ。心を殺すのはとても苦しいから。」
ランゼ様の声は淡々としていましたが、そのひと言ひと言が、まるで彼女の奥底に積もっていた哀しみの層をそっと剥がしていくようで――わたくしは思わず、息を飲みました。「心を殺すのはとても苦しいから。」
その言葉が胸に響いて、何も返すことができませんでした。
ただ、わたくしは黙って、ランゼ様の横顔を見つめることしかできなかったのです。
その時――
「ランゼ……。」
どこか息を切らしたような声が、学園の方から届きました。
振り向くと、そこにラルフ様が立っていました。
彼の視線は、ただまっすぐにランゼ様へと向けられていて――けれど、すぐには言葉にならないようで、わずかに口を開いては閉じ、また開きかけて。
ミントグリーンのドレスに身を包んだランゼ様は、その視線を正面から受け止めながら、微動だにせず静かに佇んでおられました。
まるで、ずっとこの瞬間を待っていたかのように。
「……似合ってる。その色……すごく、綺麗だ。」
ようやく絞り出されたラルフ様のその言葉には、どこか戸惑いと驚き、そして――感動が滲んでいました。
ランゼ様は、わずかに目を伏せ、それからゆっくりと微笑みました。
その微笑みは、これまでの彼女からは想像できないほど、やわらかく、やさしいもの。
「ありがとう。」
たったそれだけのやりとりなのに、わたくしはそこに、何か大きなものが静かに動いた気配を感じました。
そして、思いました。
――もう、わたくしがこの場に立ち会うべき役目は終わったのだと。
「それでは、わたくしはそろそろ失礼いたしますわね。」
静かに一礼し、二人から少し距離を取るように歩き出しました。
その背後で続くかもしれない会話は、もう耳に入れぬ方がよろしいでしょう。
この朝、学園の門の前で起きた変化は、ほんのわずかな色の違いから始まりました。
けれど、その小さな勇気が誰かの心を動かし、想いの道を繋いでいく――
そう、色はただの装いではなく、心そのものを語る言葉になるのだと、わたくしは改めて感じたのでした。
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