狐家奇譚

FeneCh

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《狐野 椛》編

『謎の登山家』②

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「とうさん!かあさん!みてみて!」
 3歳の頃。とある秋の日、私は家族と公園の砂場で、砂山を作って遊んでいた。私の身長ほど大きくなった砂山を、お父さんとお母さんに自慢げに見せていた。
「おー!すごいね、椛!とてもおっきなお山ができたねー!」
「うん!もみじ、がんばったよ!このお山は『もみじやま』っていうの!」
「きれいなお山だね。すごく立派だ」
 お母さんとお父さんは笑顔で私を褒めてくれた。ちょっと照れくささも感じたが、とても嬉しかった。
「じゃあ、もっとキラキラさせてみよう!」
 そう言って、お母さんはまわりに落ちている落ち葉やどんぐりを、山に飾り付け始めた。
「こうやって、お山をしてみよっか!」
「うん!!」
 砂山は、落ち葉や色とりどりの木の実でますます煌びやかになっていく。ただ一回り大きいだけの砂山が、次第に1つの作品へと変わっていく。
「できた!!」
 その山は、最初と見違えるほど、キラキラと輝いていた。家族で一緒に作った、とても小さいけれど、とても大きな山。世界に一つだけの、特別な山。ただ見ているだけで、なんだかとても心が温かくなった。
「よし、じゃあ椛。ちょっとこっちにおいで」
「……うん?」
 私がお父さんに近づくと、お父さんは私の手を握って、こう言った。
「この『もみじやま』に登ってみてごらん。お父さんが手伝ってあげる」
「でも……せっかくがんばって作ったのに、足でふんじゃったら、かわいそうだよ……」
「ふふっ、大丈夫だよ。このお山は絶対に崩れない。家族3人でつくったからね。だから、安心して、この山のてっぺんに登ってごらん」
 私は恐る恐る、山に足をかけた。途中で崩れてしまわないか、足を滑らせてしまわないか、とても不安だったけれど、握ったお父さんの手がとても頼もしくて、心強かった。
 私は、山の頂上に立った。父の支えはあろうと、やっぱり足元が不安で、顔を上げるのが少し怖かった。
「周りを見てごらん、椛」
 お父さんが低く、優しい声でそう言う。勇気を出して、視線をゆっくりと持ち上げた。


その時、その瞬間、私の世界はがらっと変わった。


 私の知らない景色が、そこにはあった。あれほど近かった地面は遠ざかり、地を這うアリの姿がとても小さかった。赤く染まり始めた太陽に照らされた自分の影は、はるか遠くに寝そべっている。生垣で見えなかった公園の外の景色も、今ならはっきりと見える。頭上でざわめく真っ赤な木の葉も、手が届きそうなほど近く感じた。
「どうだ、椛。高い所は気持ちいいだろ?」
「────!!」
 言葉が出なかった。頷くのがやっとだった。今考えてみれば、目線の高さがただ数十cm上がっただけで、それほど大したことはないように思えるけれど、幼い私の心を揺さぶるには、それだけで十分だった。
「あらら、ずいぶん感動しちゃってるみたい」
 お母さんは私を見てくすっと笑った。
「……すごい、すごいよお父さん!なにこれ!すごい!」
 興奮気味の私を見て、お父さんはとても嬉しそうな顔をしていた。
「ははっ、それは良かった。高いところの景色というのは、そこにたどり着いた人だけが目にすることが出来る、特別なものだ。自分の目で、肌で、心で直接感じることで得られるものは、ただ人から聞くよりも、何倍も、何十倍も大きい。わかるかな?」
「……うーん、椛にはまだむずかしいお話かもしれないね」
 私は、繋いだお父さんの手を強く握りしめた。

「もみじ、もっともっと高いお山にのぼりたい!!」

 お父さんとお母さんは、私が突然発したその言葉に、とても驚いた表情をしていた。
「いっぱいいっぱいお山にのぼって、いっぱいいっぱいすごいの見る!いちばんさいごは、いちばん高いのにのぼる!!」
 私のあまりの熱意に、お父さんたちはお互いを見つめあっていた。そして、何かが通じあったように、頷きあい、再び優しい笑顔を浮かべると、お母さんは私の頭を優しく撫でた。
「うん、いい夢だね!椛なら、きっとできる!もっともっと高みを目指して、つよい子になろう!」
「うん!やくそく!もみがてっぺんにのぼったら、お父さんとお母さんにおしえてあげるね!」
「ああ、楽しみにしてるよ」
 大きな小指と小さな小指が、かたくかたく結びつく。


 ゆーびきーりげーんまーん────♪


「……ずいぶんと遊び疲れてしまったみたいだな」
 帰り道の途中、すやすやと眠る私をやさしく抱きかかえて、お父さんが小さな声で呟いた。
「ふふっ、そうね。本当に楽しそうだった」
「約束、叶えてあげないとな」
 お母さんは静かに頷き、眠った私の顔を幸せそうに見つめていた。


 とある秋の日。公園の砂場に、小さくて煌びやかな砂山がひとつ、夕焼けの光に照らされていた。
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