婚約破棄を告げた瞬間に主神を祀る大聖堂が倒壊しました〜神様はお怒りのようです〜

和歌

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神の愛子と呼ばれた少女

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 王宮の窓辺から、リリア・ウィルハートは西の大聖堂の残骸を泣きそうな面持ちで眺めていた。

「あそこで、結婚式、挙げたかったな……」

 ぽつりと呟いた声に、傍に控えていた侍女が静かに首是し、慰め気を紛らわすように、遅い朝食を案内した。

 何度も王太子と共に立ち入った事のある場所だ。外観は荘厳ながら、内装は王国の栄華を神に捧げるがこどく煌びやかで、凝った意匠のステンドグラスは、絢爛でありながら神秘的な光景を造り出していた。

 王都教会の一派に神の愛子として見出され、国王からも力を認められ、リリアはこの国で最も崇高な大聖堂で祈りを捧げられるようにと、半年ほど前から王城に部屋を与えられそこで暮らしている。

 ほんの数日前まで、祈りの声は確かに届いていた。そう確信していた。


 それでも、昨晩ユージーン・クロヌス司教の発した言葉が何度も頭を過ぎる。

『今、この場に、神の寵愛を受ける者は居りません』

 打ち消そうとしても何度も甦る彼の人の声は、今この場にいる自分の足元を揺らす。昨日の地震がずっと止まずに続いているように錯覚する。

 神の愛子であると正式に大教会から認められれば、出自や立場の憂いは遂に消え去り、最愛の恋人と何の障害もなく結ばれるのだと、昨日の夜会の直前までは希望に満ちていた。

「でもっ、国王陛下の言った通り、地震のせいであの人の力が不調なんだよね、きっと」

 自分に言い聞かせるように独りごちて、朝食に出されたミルクティーを飲み干した。

 王宮で過ごすようになってから、いつしか毎朝顔を見せてくれていた恋人は、今日はまだ一度も顔を合わせていない。
 リリアが心を痛めた時は真っ先に駆け付けてくれる人物が、今日に限って来ない事も、言い様のない不安を駆り立てた。


 不安を打ち消す為に、と祈りたかったが、大聖堂は今や瓦礫の山だ。



 食器や茶器を脇によけ、テーブルに肩頬を載せるようにして頭を乗せて、ため息をつく。

『祈る時は、誰かの幸福を祈りなさい。そうすれば、祝福は巡り巡って自分も幸せにしてくれるのよ』

 随分と昔の、幼い頃に亡くなった母の言葉をふいに思い出す。

 最初に祈りが届いたのは、隣の家に住む少年が大怪我をした時だ。
 リリアが祈った翌日には怪我が治って立ち上がれるようになっていた。

 それからというもの、難病に侵された青年や、川で溺れた親子、野犬の群れの対処で怪我をした村の自警団、不作に苦しむ村、疫病に襲われた街、リリアが祈れば数日で状況は好転する。

 次々と起こる、リリアの祈りが齎す奇跡と等しい所業は、やがて評判とやって王都教会の司祭であるウィルハート伯爵の耳に届いた。

 養女として迎えられ、豪勢な食事に綺麗なドレスや宝飾品を用意された時、事が嬉しかった。

 請われるまま数々の奇跡を重ね、王城に召し上げられて、美しく優しい王子と出会い恋をした。

 母が言っていた通り、巡り巡った祝福が今度は自分自身に訪れて、これから幸福な未来を迎えるのだと、昨日まで何の疑いも無くそう思っていた。

「……たくさんの人を、幸せにしたのにな」

 呟いて、またため息をつく。



 部屋の扉が開く音がして顔を上げると、養父であるアダム・ウィルハートがにこやかに入室して来た。

「おはよう、リリア。我が愛しの娘よ、昨晩はよく眠れたかい?」

 錦糸で飾りの入った豪奢な司祭服に恰幅の良い身を包む養父は、常に穏やかな笑みを湛え優しい。
 昨晩の件を慰め励ましに来たのだと思い笑みを返す。

「ああ、元気そうで安心したよ。昨日の司教の言葉は何かの間違いだ、気にする事は無い」

「はい、地震のせいだって、陛下も言ってましたし」

 気丈に答えれば、養父は満面の笑みでうんうんと頷く。

「ところで、その地震のせいで民が不安がっていてね。そこで、提案なんだが、群衆の前で祈りを捧げてみないかい?」

「え……、聖堂じゃないところで、ですか?」

 養父の提案に僅かに動揺する。
 これまで、祈りは全て、大小の差はあれど聖堂で捧げてきた。何も無いところで祈った事は一度も無かった。

「使える聖堂がんでね。だが、心配は要らないさ、聖堂でなくともリリアの祈りの声は神に届く」

 迷いなく断言する養父の言葉に、リリアは憂いが薄まった気分で安堵の息を吐いた。

「それで、ええっとー、何を祈りますか?」

「それはこれから考えよう。まぁ、間もなく各地の被害の報告も集まるはずだ、その中にのが見つかるよ」

 微笑みながら告げる養父に、リリアはこくりと頷いた。

 困っている人を探して、助ける事は善い行いで、それを成すことが自分の力の証明になる。
 それによって昨日の司教の男もリリアを認めてくれて、憂いは無くなる。

 そう信じた。
 
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