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公爵令嬢と毒
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東の離宮は随分と古びた建物で、夜間に雨模様も相まって陰鬱な雰囲気を醸し出していた。
雨足は勢いを増し、雷鳴が轟き始めている。
ユージーンは護衛兵と共に足早に離宮の玄関に駆け込んだ。
「うっへぇ、王宮の建物の割に、古いせいか、ちょーっとカビ臭いですね~」
場にそぐわないような、底抜けに明るい、若い男の声が離宮のエントランスに響いた。
レオンや近衛兵達と別れて、見知った仲間だけになったからか、護衛であるその男は気安い口調で文句を言いながら先陣を切り前へと進む。
「アル、声を抑えて。流石に使用人くらい居るはずよ」
続いて後方から女性の潜めた声がする。
男の名はアルフレッド、女の名はジュノー。
大教会から遣わされたユージーンの護衛兵であり、長く行動を共にする旧知の友でもあった。
「……妙だな。静か過ぎる」
エントランスの重い扉が閉じ外の雨音や雷鳴が遮られた時、館内は奇妙な静寂に包まれた。
「貴族牢って、いくら何でもメイドや使用人の一人や二人、つくもんですよねぇ。公爵家の姫君なんでしょ?」
「それどころか、見張りの兵すら見当たらないわね」
護衛の二人は声を潜めつつも館を見回した。人の気配が無い。
「アルフレッド、ジュノー、彼女が居るのは二階奥の部屋だ、急ごう」
ユージーンの声を合図に三人は駆け出した。
鉄格子で区切られた廊下の先、目的の部屋に辿り着き扉を開ける。奇妙な事に鍵の類は全て解錠されていた。
ここに至るまで使用人や人影はまるで見当たらず、部屋の中には、連行されたドレス姿のままの公爵令嬢──アリシア・フィルハーリスと思しき少女が長椅子にくったりと横たわっている。
様子を検めるために近寄ったジュノーが息を飲んだ。
駆け寄ると素早く首すじに指先を押し当てて脈を取り、それから意識のないアリシアの身体を起こすと上半身を前傾姿勢にして、顎を掴み指先を捻じ入れて口を開かせる。
「毒か……?」
背後からのユージーンの声に、ジュノーは険しい表情で頷いた。
長椅子の足元には砕けたティーカップの残骸、それから紅茶らしき液体とは別に、吐瀉物が広がっている。
ジュノーがアリシアの口の中を検めると、口内には引っ掻いたような擦り傷が出来ていた。
「自分で吐き出したのね、偉いわ……」
ジュノーは慈しむように髪のほつれた頭をそっと撫でると、ナイフでアリシアの背中からドレスをコルセットごと切り裂いた。続いて自身の胸元から小型のケースを取り出し、中に収めらていたアンプルに針をセットして、首すじから注射する。
意識はなく手足も顔も唇も青ざめ、体温は低い。だが胸は弱々しくも規則正しく上下し始めた。
「まだ息はあります。毒の応急処置はしたわ。アル、治癒もお願い」
室内を検分していたアルフレッドは、頷くとすぐさま駆け寄って治癒術式を展開した。
「猊下、知っての通り俺の治癒術式では限界があります。医者か治癒士を呼びますか?」
アルフレッドは多彩な術式を扱う事が出来るが、それぞれの効力は本職に劣る。
「……いや、この王宮が信に足るとは思えない。予定を早め、ラーヴェへ向かわせ治療した方が確実だろう。移動には耐えられそうか?」
ユージーンの問い掛けに二人は頷いた。
王宮の敷地内で、如何に咎人とは言えど公爵家の令嬢が、付き人も見張りもなく一人で毒を盛られているなど、異常としか思えなかった。
毒を自ら吐き出していた形跡から、自害とも思えない。
ラーヴェ修道院送りになるアリシアの護送は、当初は民間の護衛に依頼するという杜撰なものだった。ならばと教会側の立場であるユージーンが引き受けたばかりだ、予定を早めたところで支障は無いだろう。
「ゴルド国への報告はどうします……?」
一通り治癒を終えたアルフレッドが、物言いたげに問うた。
「誰が何の目的で彼女に毒を盛ったのか、わからないからな。事を詳らかにした上で、大教会の庇護下にあると知らしめた方が、安全だろう」
低く告げたユージーンの声音にはゴルド国への不審が滲んでいる。
先の夜会でのアリシア・フィルハーリスの扱いは異様だった。ユージーンが未だ与り知らぬ罪が彼女にあるのだとしても。
「筋書きに初めから折り込まれていた企みなのか、そうでないのか、それすらもまだ定かで無いからな……」
「猊下、もしかして、ご自身が告げた事実が巡り巡って彼女の身を危険に晒したかもとか、考えちゃってたりします?」
ユージーンの呟きに、場にそぐわないおどけた口調で、アルフレッドが問う。
神の愛子という存在は、時に人の心に盲信を駆り立て、思いもよらぬ事態を引き起こす事があるのだ。
それを否定してしまった事で、盲信していた者の心を歪ませ、何某かの凶行の引き金を引いてしまう事も、当然起こりうる。
ユージーンは無言で、ただ首を横に振った。真相など、この場でわかるものでは無い。
雨足は勢いを増し、雷鳴が轟き始めている。
ユージーンは護衛兵と共に足早に離宮の玄関に駆け込んだ。
「うっへぇ、王宮の建物の割に、古いせいか、ちょーっとカビ臭いですね~」
場にそぐわないような、底抜けに明るい、若い男の声が離宮のエントランスに響いた。
レオンや近衛兵達と別れて、見知った仲間だけになったからか、護衛であるその男は気安い口調で文句を言いながら先陣を切り前へと進む。
「アル、声を抑えて。流石に使用人くらい居るはずよ」
続いて後方から女性の潜めた声がする。
男の名はアルフレッド、女の名はジュノー。
大教会から遣わされたユージーンの護衛兵であり、長く行動を共にする旧知の友でもあった。
「……妙だな。静か過ぎる」
エントランスの重い扉が閉じ外の雨音や雷鳴が遮られた時、館内は奇妙な静寂に包まれた。
「貴族牢って、いくら何でもメイドや使用人の一人や二人、つくもんですよねぇ。公爵家の姫君なんでしょ?」
「それどころか、見張りの兵すら見当たらないわね」
護衛の二人は声を潜めつつも館を見回した。人の気配が無い。
「アルフレッド、ジュノー、彼女が居るのは二階奥の部屋だ、急ごう」
ユージーンの声を合図に三人は駆け出した。
鉄格子で区切られた廊下の先、目的の部屋に辿り着き扉を開ける。奇妙な事に鍵の類は全て解錠されていた。
ここに至るまで使用人や人影はまるで見当たらず、部屋の中には、連行されたドレス姿のままの公爵令嬢──アリシア・フィルハーリスと思しき少女が長椅子にくったりと横たわっている。
様子を検めるために近寄ったジュノーが息を飲んだ。
駆け寄ると素早く首すじに指先を押し当てて脈を取り、それから意識のないアリシアの身体を起こすと上半身を前傾姿勢にして、顎を掴み指先を捻じ入れて口を開かせる。
「毒か……?」
背後からのユージーンの声に、ジュノーは険しい表情で頷いた。
長椅子の足元には砕けたティーカップの残骸、それから紅茶らしき液体とは別に、吐瀉物が広がっている。
ジュノーがアリシアの口の中を検めると、口内には引っ掻いたような擦り傷が出来ていた。
「自分で吐き出したのね、偉いわ……」
ジュノーは慈しむように髪のほつれた頭をそっと撫でると、ナイフでアリシアの背中からドレスをコルセットごと切り裂いた。続いて自身の胸元から小型のケースを取り出し、中に収めらていたアンプルに針をセットして、首すじから注射する。
意識はなく手足も顔も唇も青ざめ、体温は低い。だが胸は弱々しくも規則正しく上下し始めた。
「まだ息はあります。毒の応急処置はしたわ。アル、治癒もお願い」
室内を検分していたアルフレッドは、頷くとすぐさま駆け寄って治癒術式を展開した。
「猊下、知っての通り俺の治癒術式では限界があります。医者か治癒士を呼びますか?」
アルフレッドは多彩な術式を扱う事が出来るが、それぞれの効力は本職に劣る。
「……いや、この王宮が信に足るとは思えない。予定を早め、ラーヴェへ向かわせ治療した方が確実だろう。移動には耐えられそうか?」
ユージーンの問い掛けに二人は頷いた。
王宮の敷地内で、如何に咎人とは言えど公爵家の令嬢が、付き人も見張りもなく一人で毒を盛られているなど、異常としか思えなかった。
毒を自ら吐き出していた形跡から、自害とも思えない。
ラーヴェ修道院送りになるアリシアの護送は、当初は民間の護衛に依頼するという杜撰なものだった。ならばと教会側の立場であるユージーンが引き受けたばかりだ、予定を早めたところで支障は無いだろう。
「ゴルド国への報告はどうします……?」
一通り治癒を終えたアルフレッドが、物言いたげに問うた。
「誰が何の目的で彼女に毒を盛ったのか、わからないからな。事を詳らかにした上で、大教会の庇護下にあると知らしめた方が、安全だろう」
低く告げたユージーンの声音にはゴルド国への不審が滲んでいる。
先の夜会でのアリシア・フィルハーリスの扱いは異様だった。ユージーンが未だ与り知らぬ罪が彼女にあるのだとしても。
「筋書きに初めから折り込まれていた企みなのか、そうでないのか、それすらもまだ定かで無いからな……」
「猊下、もしかして、ご自身が告げた事実が巡り巡って彼女の身を危険に晒したかもとか、考えちゃってたりします?」
ユージーンの呟きに、場にそぐわないおどけた口調で、アルフレッドが問う。
神の愛子という存在は、時に人の心に盲信を駆り立て、思いもよらぬ事態を引き起こす事があるのだ。
それを否定してしまった事で、盲信していた者の心を歪ませ、何某かの凶行の引き金を引いてしまう事も、当然起こりうる。
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