婚約破棄を告げた瞬間に主神を祀る大聖堂が倒壊しました〜神様はお怒りのようです〜

和歌

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王太子の困惑

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 夜会の中止で王宮のエントランスは帰途につく貴族でごった返していた。
 そこに大粒の雨が降り始める。

「ああ、雨はまずいな……」

 夜会服に身を包んだ男は、従者に早馬を指示した。

「そうだな……地震で弛んだ地盤が崩れやすい、我々も気をつけねば」

 それを見ていた別の男も険しい表情で馬車へと乗り込む。

 今宵が神の愛子の披露目の夜会である事は、彼ら多くの貴族らは知るところだった。
 国の未来を照らす祝いの日になるはずだった。

 それが中断されたのだ。
 ざわざわと言い知れぬ不安と澱みが貴族達の胸の内に湧いていた。


◇◆◇


 王宮の東側には古い離宮があり、そこに貴族牢が設けられている。
 王太子レオン・ウル・ゴルドはユージーン・クロヌス司教を伴って貴族牢へと向かっていた。

「面会と護送の許可をいただけた事は感謝いたしますが、立ち会う必要はありませんよ。……貴方は、顔を合わせたくは無いのでは?」

 ユージーンの掛けた言葉に、レオンは眉間に皺を寄せた。

「……猊下に、お尋ねしたい事がある」

 低く響いたレオンの声にユージーンはその表情を一瞥した。
 貴族牢に向かい歩むのはレオンとユージーン、それとやや後方に距離を置いて、ゴルドの近衛兵数名に、ユージーン付きとして教会から派遣された護衛兵が同じ数。

 個人的な会話には都合の良い状況というわけだ。

「何なりと」

「……貴殿の目は、常に神の御業を見るものか、夜会の最初は、その、見えていたのだろうか……?」

「なるほど。をお確かめになりたいのですね」

 レオンは微かに首是する。

「人の目が遠くのものの輪郭が曖昧になるのと同じで、私の目が捉えるものも、距離があればそれだけ曖昧になります。……しかしながら、先ほどの夜会、始まりの時は確かに神気の気配がありました」

「ならば、やはり、地震による大聖堂の倒壊で……」

「それは今の段階ではお答えいたしかねます」

 やんわりと苦笑を浮かべ答えれば、レオンは「そうか」と一言応え、俯くように小さく頷いた。

、何かと思うところもあるのでしょうが、今、答えを出すのは早計というもの」

 含みを持たせた言葉に返答は無い。

「時に……不躾な質問を一つ、しても宜しいですか?」

「……なんだ」

「本来ならば、私は他国の内政に口を出すべき立場ではない。故にこれは私個人のささやかな疑問です」


 ユージーンは呟くように声を潜めて問うた。

「何ゆえ、考えうる手順を踏まずに、彼女をわざわざ蔑み乏しめるような手段を取られたのか、と」

 ぴたりと足を止めた気配がした。


 流石に踏み込むには些か礼を欠く問いだったかと、自省しつつ振り返れば、レオンの顔に浮かぶのは不快感でも怒りでも無かった。

 呆然と、目を見開いて、口元は何事か言葉を発するように微かに動くが、それは音にならない。

 ユージーンはレオンのその様に、訝しむように目を細めた。

「私を含め賓客も大勢居る、国王陛下を始め国の重責が揃う場で、まるで余興か見せしめのような扱い──あれが何某かの罰を兼ねるのだとしても──……いえ、失礼、やはり部外者の踏み込むべき領域では無いな」

 問い掛けの言葉をしりすぼみに独り言じみた弁解へと変え、ユージーンは失言だったと肩を竦めて見せる。しかしレオンは微動だにしない。

「……わからない」

「わからない、とは……?」

 掠れたような声で漏れたレオンの呟きに問い返せば、沈黙が降りる。

「なぜ、俺は……」

 しばらくして零れた言葉と、遠くを見たまま呆然と考え込んでしまっている様子に、ユージーンは眉間に皺を寄せ首を傾げた。

 会話を切り上げて歩き出せば、レオンもまた、心ここに在らずといった表情のまま歩みを進める。

(これは、かもしれないな……)

 ユージーンは悟られぬように溜息をついた。



 長い回廊を抜けると、庭木の向こうに古めかしい造りの東の離宮が顔を覗かせる。

「この先は私と護衛兵で参りましょう。ご心配なら近衛兵をお借りしますが」

 ユージーンが立ち止まって振り返り、努めて穏やかに提案すれば、レオンは少しの間を置いて口を開いた。

「クロヌス猊下、彼女を、アリシアを、どうか……」

 音にならず途切れた言葉を待つことなく、ユージーンは頷いてみせる。

「ラーヴェ修道院は私どもの管轄です。幸い私はしばらく貴国に滞在しなければならない、必然的に教会から来ている護衛兵もだいぶ手が空きます。彼らに任せれば、アリシア嬢を送り届けてくれますよ」

 そう告げれば、返ってきたのはどこか縋るような眼差しだった。

 敢えてそれ以上は踏み込むこと無く、ユージーンはアリシア・フィルハーリスの連行された貴族牢へと向った。
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