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 ナツとは幼馴染である。小学校一年生の頃から知っている。当時は家が近所でお姉さんとも顔馴染みだった。綺麗で優しくてよく一緒に遊んでくれた。
 お姉さんが死んでからのナツの不運は子供のチカでも胸が痛むほどで神様を信じそうになった。何か悪いことをして天罰が下っているのかと思わせるほどの過酷な仕打ちだった。
 とどめはバスのあの事故。乗客の殆どが死んだあの地獄のバスに一緒に乗っていて自分がほぼ無傷で済んだのはナツが咄嗟に庇ってくれたからだった。
 鉄材で串刺しにされたナツを見て激情を感じて泣いた。神様がいるなら自分がナツの代わりに殺してやると思った。ナツが幸せになる為なら自分は何でもする。
 あの事故の後遺症でナツはたまに脚を引き摺る。チカが気にすると思ったのかもう滅多に見ることはない。

 春になってナツが店に来た。
「チカ、何聴いてんの?」
「絶交は? もういーの?」
 ナツは無視してチカの頭のヘッドホンを取る。自分の首に引っ掛けて聴く。
「レイ・チャールズ。今凝ってるんだよ」
 チカが言うとナツは頷いた。
 気心の知れたチカに対して不愛想なのは変わらない。だけどナツの表情は憑き物が落ちたみたいに優しくなった。
「綾乃ちゃんは? 一緒じゃないの?」
「嫌われてるから会えないって」
「あの子、仲良くしてたら私に会いにどんな所でも行っちゃうから危なっかしいんだよ」
 ナツがカウンターの上に御守りを置く。『病気平癒』の文字がある。
「ありがとう」
 泣きそうになった。
「今どこにいんの?」
「遠く。役所に用があって帰ってきたけどもう来ない」
「綾乃ちゃんと上手くいってるの?」
「滅茶苦茶可愛い。好き」
「マジか。でも復讐にはなったんじゃない? 一人娘連れてっちゃったんだから」
 ナツはにこりともしないで言う。
「そんなのどうでもいいんだよ」
「これ餞別にあげる。ナツのお姉さんが好きだった曲でしょ?」
 カウンターの下に入れておいたレコードを取って差し出す。ラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』。
「いらない」
 ナツは首を振って踵を返す。足取りが軽い。ドアの外で誰かが待っているんだろう。








                                    了
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