49 / 77
治療がこわい
しおりを挟む蒼「りさ、ベッド動くね」
りさはこの日も治療室のベッドの上だった。
治療を再開してから3回目の治療になる。
再開した日は蓮に治療をやってもらったが、それ以降は今まで通り蒼がやっている。
蒼「りさ、今日も指1本入れるの頑張ってみようか」
りさ「はい……」
前は入るようになっていたのに、今はまた指1本すら入らなくなっている。
傷はすっかり治っているので、処女膜の状態は決して悪くないのだが、りさは指を入れられることの恐怖心がまだ消えていない。
蒼「そしたら、まずいつもみたいに深呼吸するよ。吸って~……」
りさ「すぅ~……」
蒼「はい、吐いて~……」
りさ「ふぅ~……」
蒼「うん、そうそう。力抜けてるよ」
力む癖がついてしまったりさのために、蒼は最初にりさをリラックスさせるようにしていた。
蒼の優しい声と一緒に深呼吸するこの時間は、りさも心地よく感じて自然と体の力が抜けていった。
蒼「じゃあ、そのまま呼吸続けててな」
りさの力が抜けたことを確認すると、蒼は呼吸に合わせて指をゆっくりとりさの中に沈めていく。
りさ「んんっ……痛い……っ」
まだ半分も入る手前だが、指が入った瞬間にりさは体をこわばらせ痛がって、蒼はすぐに指を抜いた。
1ヶ月治療できなかったとはいえ、これまでに頑張っていた分、ちゃんと力を抜いていれば、本当は痛みなく指1本入る状態なのだが、どうしても恐怖心がりさを邪魔をして痛みすら与えてしまう。
またできなかったという罪悪感でりさは涙を流した。
蒼「りさ、泣かないで。また来週頑張ってみよう、ね」
りさ「先生、ごめんなさい……」
蒼「こら、謝らない。蓮にも言われたでしょ?先生こそごめんな。今日も痛い思いさせちゃったな」
蒼の治療を頑張りたいのに頑張れない。
なかなか前に進むことができない治療に、りさは心が折れかけていた。
りさ「先生……?わたしのこと嫌いになってない……?」
蒼「りさ……」
そうか……前にもこうやって聞いてきたのは俺のこと好きだったから不安だったんだな……。
蒼は思わずりさを抱きしめた。
蒼「嫌いになんかなってないよ。いつもりさは頑張っててえらいし、かわいいし、むしろ俺りさのこと好きだよ」
りさ「ぇ……?」
りさは蒼の好きが本気だとは思ってない。
でも、蒼の口から好きという言葉が出てきただけで、ドキドキでうれしかった。
りさ「せ、先生、苦しい……」
頑張るりさにこんな苦しい思いをさせてると思うと、蒼も胸が苦しくて、思わず勢い余って強く抱きしめすぎていた。
蒼「あ、ごめん……」
***
治療後、りさを一旦家まで送って医局に戻った蒼は、ため息をついて自分のデスクに向かった。
豪「蒼、大丈夫か?珍しくため息なんかついて……」
蓮「りさのこと?」
豪と蓮が蒼を気にかける。
蒼「あぁ……どうしてあげたらいいのかなって」
蓮「今どんな感じなの?」
蒼「力は上手に抜けるようになってるんだけど、指入れられるのがどうしても怖いみたいで、入れた瞬間痛がる。本当は痛くなく入ってもおかしくないなんだけど、よっぽどトラウマなんだろうな……」
蓮「あの時最初にみた傷の感じだと、恐らくこわばる体にいきなり指2本突っ込まれてたからね。りさが走って帰ってきたのが信じられないくらい、相当痛かったと思うよ……。しかも汚い場所で汚い手だったせいで、しばらく炎症も起こしてたし」
豪「何度考えても許せない。一発殴らせて欲しい……」
蒼「豪?気持ちは同じだけど、もう退学になったし、やつらに怒りを向けるよりもりさのこと考えよう」
そう言って、蒼はりさにもらったボールペンを手に取って眺めた。
蓮「蒼兄、大丈夫……?相当ダメージ受けてるように見えるけど……?」
蒼はしばらく考えて、自分の気持ちを吐露した。
蒼「正直、りさの治療してると嫌われないか怖くて仕方ないんだ。痛いって泣かれると胸が苦しい」
蓮「それはきっとりさも同じだろうね。今日もできなくて先生に嫌われちゃうって」
蒼「あぁ。今日、言われたよ。『先生、わたしのこと嫌いになってない?』って……。そんなことりさに思わせたくないのにな」
蓮「う~ん。2人とも恋しちゃって……って言ってる場合じゃないよな……。ねぇ蒼兄、今度ちょっとりさと2人で話していい?」
蒼「あぁ、別に構わないけど。って、いちいち俺に許可取らなくても普通に今まで通りしたらいいだろ……変な気遣うなよ」
蓮「一応聞いとこうと思って。了解。じゃあ、今度家帰るときにりさと話すよ」
蓮は珍しく自分の気持ちも素直に漏らす蒼の様子に、これはなんとかしなければと思っていた。
***
——数日後
蓮「りさおかえり~」
りさ「あれ、にぃに今日帰ってきてたの?ただいま~」
学校から帰ってくると、家に蓮がいてりさはうれしそうに笑った。
蓮「学校平気だった?」
りさ「うん。ゆきちゃんと一緒だし、帰りも途中まで一緒に帰ってきたの」
蓮「そうか、ゆきちゃんいたら安心だね。りさ、手洗って着替えておいで。温かいもの作っとくから」
りさ「はーい」
10分後、りさは部屋着に着替えて蓮の待つリビングに降りてきた。
蓮「りさ~、おいで~」
蓮は作っておいたココアをりさに渡して、一緒にソファーへ座った。
りさ「あ、ココアにマシュマロいれてくれたの?ありがとう」
りさは甘い物が大好きで、普段は砂糖を取り過ぎると、特に蒼から……怒られる。
蓮「特別ね。蒼兄には秘密で」
りさ「へへっ。にぃにありがとう」
蓮の今日の目標は、りさの治療に対する恐怖心をなくすこと。
いきなり治療の話はできないので、まずは少し雑談してから本題に入った。
蓮「あ、そうだ。りさ、最近治療はどう?にぃにが診てから3回くらいしたでしょ?」
りさ「うん……」
治療の話をした途端、りさの表情は明らかに暗くなった。
蓮「突然暗い顔してどうしたの。治療つらい?痛いのがやだ?」
りさ「うーん……」
りさは蓮に打ち明けるのを悩んでいるようだった。
蓮「りさ?悩みがあったらにぃにに相談しておいでって前に行ったでしょ?話してごらんよ。蒼兄もさ、この前の治療の後なんて、りさとお揃いのボールペンずーっと眺めて悩んでたんだよ……」
りさ「え……?ちょっと待って、にぃになんでボールペンお揃いのこと知ってるの……?」
蓮はりさが口を開かない時、蒼の話をすれば反応することを知っている。
こういう時のために、ボールペンがお揃いだとは全く知らないフリをしていた。
ボールペンの話にりさが反応したのは作戦通りだ。
蓮「ふふっ。なんでか話したらりさも話す~?」
ずるい……。
いつもそう思うのに蓮には敵わない。
りさは渋々頷いた。
蓮「ほら、前にりさの部屋で蒼兄が好きって打ち明けたとき。あの時、りさの机の上にボールペン飾ってたからさ。蒼兄がお土産でもらったって見せてくれたボールペンと同じだったから、りさお揃いにしたんだ~って思ってた」
りさ「見ないでよ……恥ずかしい……」
蓮「あんな大事に飾られてたら見えるでしょ。蒼兄には秘密にしとくからさ。さぁ、そしたら今度はりさの番だよ」
りさ「わかったよ……」
りさはゆっくりと話始めた。
りさ「治療ができないの。怖くて、全然進まないの……」
蓮「治療はなんで怖いの?どう怖い?」
りさ「痛いのが怖い。指が入ってくるとき、あの時みたいに痛いかもと思っちゃって……もし痛かったら、あのことも思い出して今度はまた先生まで怖くなったらどうしようって、それもまた怖くて治療が受けられない……」
蓮「う~ん、ということは、もし、蒼兄の指が入って痛くなかったら大丈夫?」
りさ「たぶんだけど、大丈夫だと思う。とにかくあのことを思い出したくないだけなの……でも、すごく痛かったから……痛みが思い出すきっかけにならないかなって不安で……」
蓮は微かに震えるりさの手を握った。
蓮「なるほどね……あの時はりさが怖がると思って言わなかったけど、傷も酷かったからすごく痛かったのはにぃにもわかるよ。そりゃ怖くなるよね」
蓮は考えながら言葉を繋いでいった。
蓮「ねぇりさ、ひとつアドバイスしてもいい?」
りさ「なに?」
蓮「もっと蒼兄を信じてごらん」
キョトンとした顔でりさは蓮を見つめた。
蓮「りさは、蒼兄の治療が乱暴だとか、りさのことなにも考えずにやってるって思う?」
りさは首を横に振った。
りさ「そんなことない……先生はいつもすごく優しくて、わたしのこと考えてくれる。どんなにできなくても、頑張ろうって励ましてくれるの……」
りさの目から涙が溢れ出した。
蓮「うん、そうだよね?りさの大好きな蒼兄は、いつでもりさのこと考えてくれてるよね。治療の時も、りさが少しでも痛くないようにしてくれてるよね。そしたらさ、あの時りさに手をかけた、あんな乱暴で最低な奴らと一緒にしないで、蒼兄のこともっと信頼してごらん。蒼兄なら大丈夫だって、身を委ねてごらんよ。そしたら恐怖心もなくなるんじゃないかな」
にぃにの言うとおり……本当にそのとおりだ。
『あんな奴らと一緒にしないで、蒼兄を信じてごらん』
って、わたし、全然先生のこと信頼できてなかった。
治療だってあんなに優しくしてくれてたのに、いつまでもわたしが怖がって、わたしが先生のこと拒否し続けてた。
先生は最高の人なのに、最低な人間と一緒にしちゃって、わたしバカだ。
先生に会いたい……
治療も頑張りたい……
ごめんなさいって謝りたい……
大好きな先生のこと、もっとずっと信じたい……。
蓮のアドバイスを聞いて、りさはなにも言えずただただ泣いていた。
蓮「りさ~、ほらまた泣いたらかわいい顔が台無しでしょ?蒼兄は笑顔のりさが好きなんだよ?もちろん、にぃにも笑ってるりさが好きだな~」
りさ「うん……ごめんなさい。でも、先生のこと信じれてなくてわたし自分が最低で涙が出るの……」
蓮「こら、またそうやって自分を責めないの。にぃにそんなつもりで話したんじゃないよ。これで次の治療は少し前向きに頑張れそうでしょ?そう思えただけでいいんだよ」
りさ「うん。にぃにありがとう……なんでにぃにはそんなにわたしのことわかるの?うぅ、うわ~ん……」
蓮「も~、りさなんで泣くの~(笑)ほら、ぎゅーする?あ、でもぎゅーは蒼兄としたほうがいいか……」
りさ「ううん……にぃにともするぅぅ」
りさは天然の小悪魔だな……。
惚れない男いないだろこりゃ。
蓮「いいよ、ほら、おいで~?」
蓮が手を広げると、りさは蓮の胸に顔を埋めて子どもみたいに泣き続けた。
17
あなたにおすすめの小説
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
医者兄と病院脱出の妹(フリー台本)
在
ライト文芸
生まれて初めて大病を患い入院中の妹
退院が決まり、試しの外出と称して病院を抜け出し友達と脱走
行きたかったカフェへ
それが、主治医の兄に見つかり、その後体調急変
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる