黒翼の檻

°ー°

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おまえは、黙って待ってればいい

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「……帰ったよ」

クロが帰ってきたのは、夜の9時を過ぎていた。夕方のうちに食卓に並べた料理は、すでに冷めている。

遥はテーブルに座って、読みかけの文庫本を伏せる。

「おかえり。今日は少し遅かったね」

「んー。ちょっと長引いちゃってさ」

クロは羽をばさりと広げ、無造作にソファに座った。コートを脱ぎ捨て、だるそうに髪をかき上げる。
その首筋に、小さなキスマークがあった。

遥はそれを見て、目を伏せた。

「……夕飯、温めなおすね」

「いいって。疲れたから、酒だけくれればいいや」

遥は静かに立ち上がり、台所へ向かった。冷蔵庫から瓶ビールを取り出し、グラスに注いで差し出す。

クロはグラスを受け取ると、無造作に一口。

「……はぁ、やっぱお前がいると楽だな」

「……どういう意味?」

「家事とか全部やってくれるじゃん。俺、そういうの苦手なんだよね」

クロの言葉に、遥は小さく笑った。

「……そっか。でも俺は、便利な家政婦じゃないよ?」

「なに? 拗ねてる?」

「……拗ねてなんか、ないよ」

けれど、その目はあきらかに寂しげだった。
クロはグラスを置き、遥の髪を指で絡めるように撫でた。

「可愛い顔、してるくせに。なんで俺のモノにならないの?」

遥は一瞬、言葉を失う。

「……え?」

「ほら、ずっと俺の世話して、待ってて、文句も言わないくせに。なんで“恋人にして”とか言わないんだ?」

「……そんなの、言ったら嫌われそうだから」

クロが一瞬、目を細めた。
その声には、自分でも気づかない棘が刺さっていた。

「……おまえ、バカだな」

「……うん。バカだよ」

遥は俯きながら、ぽつりと続ける。

「浮気しても、嘘ついても、俺を見なくても……俺は“帰ってくる場所でいたい”って思っちゃうんだ。
でも……たまに、限界が見える時があるんだよ。自分の中に」

沈黙が落ちる。

クロはしばらく遥を見つめていたが、ふっと立ち上がり、遥の肩を掴んだ。

「だったら、やめりゃいいじゃん。俺のとこにいるの。そんなに辛いなら」

「……言ったでしょ。俺は、飛べない。追えない。ただ、ここにいるしかないんだよ」

その言葉に、クロの中で何かがチクリと痛んだ。

(……俺がいなくなったら、この男は、壊れるんじゃないか)

理解できない不安が、喉元にせり上がる。

「……だったら、おまえは黙って、俺の帰りを待ってろよ。な?」

クロは、遥の顎を掴んで唇を重ねた。
乱暴でも優しくもない、支配するようなキス。

遥は目を閉じて、そのキスを受け入れた。
苦くて、熱くて、でもどこか寂しい味がした。
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