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「それでもきみは事故じゃないと?」

「ええ、そう。事件よ。これはれっきとした殺人なの。じつはね、この事件の真相を突きためてほしくて、そのためにあなたを呼んだのよ」
 
 そういうことか……。肺の内側が毛羽立けばだつような不快感。だがそんな理由でもなければ、俺がこの地にふたたび招かれる理由はない。
 
 学生時代の夢かなえた者、破れた者。二択でいえば、俺は幸運にも、前者に属することになる。

 五作目だったか、六作目だったか、ホームセンターで品出しのアルバイトをしながら、三十歳の時に投じたミステリーの新人賞、そこで俺は大賞を射とめることに成功したのだ。

 最終選考の先生方にいくらボロクソにけなされようとも大賞は大賞。俺は今もミステリー作家の末席にしがみついている。
 
 編集者の伝手つてを頼っての売り込み行脚あんぎゃ。できがよければ年に一、二度、書き下ろしで文庫を出版させてもらえる。

 地元の新聞社で出世している高校、大学の先輩を頼って、小説連載の枠をもらったこともある。

 市や県の自治体や地元の企業がたまに発行する小冊子はエッセイのチャンスだ。

 昨年には苦しまぎれに地元のカルチャーセンターで小説講座も開設した。妻子のいない独り身。だからこそ可能な綱渡りの生存術だった。
 
 それに俺はツイていた。俺の一年後に同じ賞を受賞してデビューした成木鷹男。近年ベストセラーを連発している超売れっ子ミステリー作家の彼が、俺の作品を気に入ってくれているらしいのだ。

 帯の推薦文、文庫本の解説、書評での紹介、自らが編むアンソロジーへの作品掲載。なんやかんやと世話を焼いてくれる。
 
 いまだに一度も顔を合わせたことはないが、後輩作家のありがたい温情だった。
 
 つい先日も、売れに売れている最新の二作を署名つきで送ってくれた。天下の成木鷹男ともなれば、一流の画家や写真家を使えるのだろう。見たこともないようなアングルの街なみの油絵と、おごそかな天の光に満ち満ちた白い氷原ひょうげんの写真を表紙に使った二冊だった。
 
 リアルでも、俺がトラブルに巻き込まれた時、成木さんは手を貸してくれるだろうか? 

「ひょっとして、きみは犯人の目星がついているのか?」
 
 奇妙な不安と予兆を感じて、俺は利奈に訊いた。

「ええ。十文字じゅうもんじくん……。彼だと思っているの……。私はね……」

 若干じゃっかんの迷いを見せつつも、利奈はその名を口にした。
 
 フルネームで十文字省吾じゅうもんじしょうご。まるで特撮ヒーローにでも変身しそうな名前だが本名だ。やはり、かつて、濃密な時間を共にすごした仲間の名だった。
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