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第1章 表通りのビューティーサロンと裏通りの本屋

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 服装は仕立ての良いブラックスーツに水色のシャツ、品のいいブラウンの細かい柄のネクタイ。

 彼の店のスタッフの制服は男女問わず、ブラックスーツだ。

 施術するときは、上着を脱いで、ベストにネクタイ姿となる。
 それがワンランク上の高級感を醸し出し、顧客に好評なのだそうだ。

 それに引きかえ、こちらはといえば……

 紺のパーカーにボーダーのカットソーとジーンズ。
 髪は伸ばしっぱなしのロングで、ゴムで耳の後ろ辺りで結んでいるだけ。
 かろうじてファンデーションがわりに下地クリームを塗っただけの、ほぼノーメイクの顔にピンク系メタルフレームの眼鏡。

 ぱっと見は中学生。
 25歳の妙齢の女としては、お恥ずかしい限りの無頓着さだ。

 極めつきは出版社のキャンペーンで配られた、パンダのイラストつきエプロン。

 びしっと決めているセレブな玲伊さんの隣に立てば、お手伝いさんにしか見えない。

「この、新刊のインクの匂いがいいんだよな。なんだか落ち着く」

 わたしが手さげ袋を二枚重ねにして、彼が買ってくれた本を中に入れているあいだ、玲伊さんはレジ前の台に置いてある漫画の雑誌をパラパラめくっていた。

 発売直後の漫画は昔からレジ前が定位置で、子供のころも、祖父の目を盗んで、三人でよく立ち読みしていた。

 雑誌を元の位置に戻した玲伊さんがこっちを見て、言った。

「優ちゃんもたまにはうちの店に顔出せよ。スペシャルオファーでやってあげるから」
「いいです。わたしなんか、どうせ、どんな髪型にしても、たいして変わらないですから」
  
 わたしの返事を聞いた彼は、カウンター越しに人差し指を立てて目の前に差し出した。

 わ、な、なに?

 玲伊さんはその指をわたしの口元に持ってきた。

「『どうせ~』とか『なんか』は口にしたらだめな言葉だよ。百害あって一理なし」
「そんなこと、言われても」

「ここに来るといつも、もったいないって思うんだよ。優ちゃん、髪型やメイクを変えれば、だんぜん可愛くなるのにって」

 そう言いながら、わたしの前髪を長くしなやかな指先で整えてくる。

 だから……そんなふうに触ってくるから困るのだ。
 
 わたしは邪見に彼の手を払った。
「余計なお世話です」

 さすがにきつい言い方だったかなと思ったけれど、玲伊さんは気を悪くする様子もなく、余裕の笑みを浮かべている。

 あー、そんなふうに目を細めて微笑まないで。
 その笑顔、強力すぎる武器なんだって、わかってないのかな、この人。
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