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第2章 異例の異動

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 これまで所属していた営業部第3課での仕事は、すでに契約を結んでいる顧客へのアフターフォローがメインだった。


 今回、異動になるブランディング戦略部の仕事はまったく未知の世界。社内とはいえ転職するようなものだ。

 しかも上司は鬼沢……
 もー、不安しかない。

 午前中に引き継ぎを終え、午後には新しいオフィスに移動しなければならなかった。


 なんでも部長が明日から海外出張に行くので、今日中がマストなのだそうだ。


 そんな急に言われても、荷造り、大変なのに。

「手伝おうか」

 沙織先輩だった。

「先輩~」
「こら、就業時間内にそんな情けない顔しない。いつクライアントが来られるか、わからないでしょう」

「だって、やってける自信ないです。あの鬼、いえ、木沢部長の下でなんて」

「まあ、昨日みたいに、多少、いや相当難ありだけど、根はそんなに悪い奴じゃないし。それに彼の下で働けばものすごく力がつくはず。大丈夫。花梨ならついていける」


 いや、いくら沙織先輩にそう言われても苦手なものは苦手。でも、いつまでもグズグズ言っているわけにもいかない……

 会社勤めをしてる人間の宿命だ。


「はい。なんとか頑張ってみます……」
「いつでも相談に乗るから、遠慮なく言ってね」

 やっぱ沙織先輩、優しい。

 忙しいのに、わたしを気にかけてわざわざ声かけに来てくれたんだ。


 涙が出そう……
 ますます、ここから離れたくないよー。

 だけど、なんでこんな時期に。
 しかも、異動になったのはわたしだけだし。

 異例すぎるって。


 も、もしかして、これっていわゆる肩叩きってやつ?

 でも、まだ入社して4年だし、大きなミスした覚えもないんだけど……

 重い荷物を持って、どんよりした気分で廊下をとぼとぼ歩いていると、前からずんずんとこちらに向かってくる人影が。

「何、辛気臭い顔してる。辻本花梨」
「わ、鬼……木沢部長」
「ほら、さっさと歩け」
「はい……」


  部長はわたしの手からファイルを詰めこんだ紙袋を奪いとると、大股で廊下を進んでいった。

 迎えに来てくれた?

 まさか、そんなわけ、ないよね。
 戸惑っていると、コンパスの違いで差がどんどん開いていく。

 わたしはあわててその背中を追った。
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