苺の誘惑 ～御曹司副社長の甘い計略～

第８章 覚めてしまった夢

４

〈In Singapore〉

　母から電話をもらって、すぐエリカに連絡した。

　ぼくは仕事を切り上げて、すぐにでも帰国するつもりだった。
　でも、仕事を優先しなくてはいけないとエリカに諫められ、出張の予定をすべて終え、２日後、帰路についた。

　早く、エリカをこの手に抱きしめたい。
　そして、安心させてやりたい。
　
　でも、自宅でぼくを待っていたのは、婚約指輪のケースと、簡単な置き手紙だけだった。
『さようなら。お世話になりました』

　あのエリカのことだ。
　結婚を反対されて、ぼくが家を出ると言い出すことを恐れたんだろう。

　馬鹿だよ。
　もう、ぼくたちふたりは離れて生きていけるはずがないのに。

　すぐに連れ戻さなければ。

　スマホを手にして、湊に車の用意をさせようとしたとき、先に母から着信があった。
『宗太、すぐ来てちょうだい。お父様が危篤なのよ』　

　病院で合間を見ては、エリカのスマホに連絡を入れたけれど、電源が切れたままだった。

　湊も不在で行く先しれず。
　この場を離れるわけにもいかない。

　病室の前の椅子に座って、ぼくは頭を抱えた。
　八方ふさがりだった。

　すると目の前のエレベーターが開き、叔父が降りてきた。

「あの女は？」

「……出て行ったよ」
「は、随分、ふてぶてしい女だったが、さすがにあきらめたらしいな。お前、女を見る目がなかったんだよ。これに懲りたら、もう勝手なことはするな。いいな」

　ぼくは何も言わず、叔父をにらみつけた。
「なんだ、その目は」

「もう、ふたりとも。ここは病院なのよ。やめてちょうだい」
　病室から出てきた母が間に入った。

「先生からお話があるそうなの」
　叔父とぼくは顔を見合わせ、それから病室に急いだ。