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第一章 樹下の接吻
七
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「おお桜子、迎えに来てくれたのか」
「お父様ぁ」
彼女は吉田伯爵に飛びついた。
伯爵は桜子を抱き上げると、その柔らかそうな頬にキスした。
くすぐったそうに身をよじりながら、彼女は一生懸命、伯爵に話しかけた。
「あの子が桜子のお帽子を拾ってくれたの」
伯爵は、彼女を地面にそっと下ろし、言った。
「天音だよ。英国から連れてきた。屋敷で働いてもらうんだ」
彼女はぱっと顔を輝かせた。
「お父様、桜子に王子様を連れてきてくれたの? わたし、王子様とお友達になれるの?」
「ははっ、残念ながらお友達にはなれんな」
「どうして?」
「桜子にふさわしい王子様は、お前が結婚する年になったら、わしが連れてきてやるから心配いらんよ」
彼女は小さな頭を左右に思い切り振った。
「いや! 桜子、この王子様がいい」
そう言って、桜子は天音の腕を掴んで、にっこり笑った。
まったく邪気のない笑顔。
真直ぐ見つめてくる、キラキラ輝く瞳。
魔法をかけられたように、天音の気持ちは明るくなった。
この子のいる家で働けるのなら、悪くはないか、と。
でも、屋敷で天音が桜子に会える機会はほとんどなかった。
伯爵付の家丁である天音は、女性たちが暮らす奥向きに足を踏み入れることはできず、庭への立ち入りも厳重に禁じられていた。
桜子との接点といえば、姉の梅子とふざけ合って笑う声をはるか遠くで聞くぐらいだった。
たったそれだけのことでも、彼女の存在は天音を慰めた。
慣れない異国での、きつい家丁の仕事も、彼女の可愛い笑顔を想って耐え続けた。
けれど月日が経つうちに、天音は自分の立場をしっかりと理解するようになった。
使用人の中でも、地位の低い家丁の自分は、令嬢の桜子と、たった一言の言葉を交わす機会さえ、この先訪れることはないであろうと。
いくらお嬢様を想ったところで詮ないことだ。
天音はそう自分に言い聞かせ、それからは努めて桜子のことを忘れようとした。
けれど、忘れるなんて無理だった。
園遊会で間近に見た桜子は、あまりにも美しく成長していて、雷に打たれたように、ふたたび恋に堕ちてしまった。
可憐な花のような彼女の姿が脳裡にしっかり焼きついて、離れなくなった。
たまたま廊下や玄関などですれ違うと、目で追わずにはいられなくなった。
でも彼女は主筋。
さらに自分を救ってくれた恩人の愛娘。
この恋が許されようはずもない。
自分はちゃんとわきまえている、と思っていた。
だから、付文などしてはいけないと、ただ諭すつもりでクスノキの下に行った。
桜子が本気のはずはない、お嬢様の気まぐれな火遊びに付き合うのはごめんだ、とも思っていた。
でも、抱きしめてしまった。
彼女の真剣で熱い想いと柔らかい肌の感触を知ってしまった今、もう後戻りなんてできやしない。
たとえ、身の破滅を招こうとも。
「お父様ぁ」
彼女は吉田伯爵に飛びついた。
伯爵は桜子を抱き上げると、その柔らかそうな頬にキスした。
くすぐったそうに身をよじりながら、彼女は一生懸命、伯爵に話しかけた。
「あの子が桜子のお帽子を拾ってくれたの」
伯爵は、彼女を地面にそっと下ろし、言った。
「天音だよ。英国から連れてきた。屋敷で働いてもらうんだ」
彼女はぱっと顔を輝かせた。
「お父様、桜子に王子様を連れてきてくれたの? わたし、王子様とお友達になれるの?」
「ははっ、残念ながらお友達にはなれんな」
「どうして?」
「桜子にふさわしい王子様は、お前が結婚する年になったら、わしが連れてきてやるから心配いらんよ」
彼女は小さな頭を左右に思い切り振った。
「いや! 桜子、この王子様がいい」
そう言って、桜子は天音の腕を掴んで、にっこり笑った。
まったく邪気のない笑顔。
真直ぐ見つめてくる、キラキラ輝く瞳。
魔法をかけられたように、天音の気持ちは明るくなった。
この子のいる家で働けるのなら、悪くはないか、と。
でも、屋敷で天音が桜子に会える機会はほとんどなかった。
伯爵付の家丁である天音は、女性たちが暮らす奥向きに足を踏み入れることはできず、庭への立ち入りも厳重に禁じられていた。
桜子との接点といえば、姉の梅子とふざけ合って笑う声をはるか遠くで聞くぐらいだった。
たったそれだけのことでも、彼女の存在は天音を慰めた。
慣れない異国での、きつい家丁の仕事も、彼女の可愛い笑顔を想って耐え続けた。
けれど月日が経つうちに、天音は自分の立場をしっかりと理解するようになった。
使用人の中でも、地位の低い家丁の自分は、令嬢の桜子と、たった一言の言葉を交わす機会さえ、この先訪れることはないであろうと。
いくらお嬢様を想ったところで詮ないことだ。
天音はそう自分に言い聞かせ、それからは努めて桜子のことを忘れようとした。
けれど、忘れるなんて無理だった。
園遊会で間近に見た桜子は、あまりにも美しく成長していて、雷に打たれたように、ふたたび恋に堕ちてしまった。
可憐な花のような彼女の姿が脳裡にしっかり焼きついて、離れなくなった。
たまたま廊下や玄関などですれ違うと、目で追わずにはいられなくなった。
でも彼女は主筋。
さらに自分を救ってくれた恩人の愛娘。
この恋が許されようはずもない。
自分はちゃんとわきまえている、と思っていた。
だから、付文などしてはいけないと、ただ諭すつもりでクスノキの下に行った。
桜子が本気のはずはない、お嬢様の気まぐれな火遊びに付き合うのはごめんだ、とも思っていた。
でも、抱きしめてしまった。
彼女の真剣で熱い想いと柔らかい肌の感触を知ってしまった今、もう後戻りなんてできやしない。
たとえ、身の破滅を招こうとも。
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