21 / 59
第三章 溢れる想い、深まる苦悩
四
しおりを挟む
聖堂に入ると、幸いなことに、他に人の姿はなかった。
二人は祭壇からもっとも遠い席に並んで座った。
「誰にも気取られずに来られまして?」
「ああ、そんなヘマはしやしない」
天音の口調はもうすっかりくだけている。
桜子が望んだとおりに。
天音はそっと桜子の手を取り、大きく温かい手で優しく包み込んだ。
「ねえ、天音。『ロメオとジュリエット』というお芝居は御存じ?」
「ああ、知っているよ。英国のシェイクスピアが書いた悲恋ものだろう?」
「二学期にクラスでそのお芝居をすることになったの」
「へえ、桜子は何を演じるんだい? ジュリエットか?」
「わかりません。まだ配役は決まっておりませんから」
天音は少し声を曇らせた。
「ジュリエットだと困るな」
「どうして?」
「美しく着飾った桜子を見られないのはつらいし、他の誰にも見せたくない」
あの日も、天音はそう言っていた。
侯爵様の舞踏会のために着たドレスを他人に見せたくないと。
天音が、それほどの、あからさまな独占欲を示してくれることが、桜子には言いようもなく嬉しい。
「天音はどの場面がお好き?」
「そうだな、ふたりが出会うところ……仮面舞踏会の場面かな」
「わたくしはふたりが行動的なところが好き。こんな教会でしたわね。ふたりきりで結婚式を挙げるのは」
「ああ、そうだな。でもその後はすれ違って、結局、最後は心中だけどな」
心中……
わたくしたちふたりが添うにも、やはりそれしか道はないのだろうか……
とたんに暗く沈む桜子の心を察したのか、天音は手に力を込めた。
「心配しなくてもいい。桜子にそんな憂き目は見せない」
「天音……」
「来年には、おそらく徴兵の知らせが届くはずだ。だが俺は兵士になる気はない。その前に英国に行って、何か仕事を始めようと思う。そうすれば、身に着けた英語も役にたつしね」
二人は祭壇からもっとも遠い席に並んで座った。
「誰にも気取られずに来られまして?」
「ああ、そんなヘマはしやしない」
天音の口調はもうすっかりくだけている。
桜子が望んだとおりに。
天音はそっと桜子の手を取り、大きく温かい手で優しく包み込んだ。
「ねえ、天音。『ロメオとジュリエット』というお芝居は御存じ?」
「ああ、知っているよ。英国のシェイクスピアが書いた悲恋ものだろう?」
「二学期にクラスでそのお芝居をすることになったの」
「へえ、桜子は何を演じるんだい? ジュリエットか?」
「わかりません。まだ配役は決まっておりませんから」
天音は少し声を曇らせた。
「ジュリエットだと困るな」
「どうして?」
「美しく着飾った桜子を見られないのはつらいし、他の誰にも見せたくない」
あの日も、天音はそう言っていた。
侯爵様の舞踏会のために着たドレスを他人に見せたくないと。
天音が、それほどの、あからさまな独占欲を示してくれることが、桜子には言いようもなく嬉しい。
「天音はどの場面がお好き?」
「そうだな、ふたりが出会うところ……仮面舞踏会の場面かな」
「わたくしはふたりが行動的なところが好き。こんな教会でしたわね。ふたりきりで結婚式を挙げるのは」
「ああ、そうだな。でもその後はすれ違って、結局、最後は心中だけどな」
心中……
わたくしたちふたりが添うにも、やはりそれしか道はないのだろうか……
とたんに暗く沈む桜子の心を察したのか、天音は手に力を込めた。
「心配しなくてもいい。桜子にそんな憂き目は見せない」
「天音……」
「来年には、おそらく徴兵の知らせが届くはずだ。だが俺は兵士になる気はない。その前に英国に行って、何か仕事を始めようと思う。そうすれば、身に着けた英語も役にたつしね」
0
あなたにおすすめの小説
十年前の事件で成長が止まった私、年上になった教え子の〝氷の王〟は、私を溺愛しつつ兄たちを断罪するようです
よっしぃ
恋愛
若くして師範資格を得た天才香薬師のルシエル(20)。
彼女は王家の後継者争いの陰謀に巻き込まれ、少年リアンを救う代償に、自らは十年間もの昏睡状態に陥ってしまう。
ようやく目覚めた彼女を待っていたのは、かつて教え子だったはずのリアン。
だが彼は、ルシエルより年上の、〝氷の王〟と恐れられる冷徹な国王(22)へと変貌していた。
「もう二度と、あなたを失わない」
リアンは、世間では「死んだことになっている」ルシエルを王宮の奥深くに隠し、鳥籠の鳥のように甘く、執着的に囲い込み始める。
彼が再現した思い出の店、注がれる異常なまでの愛情に戸惑うルシエル。
失われた記憶と、再現不能の奇跡の香り《星紡ぎの香》の謎。
そして、〝氷の王〟による、彼女を陥れた者たちへの冷酷な粛清が、今、始まろうとしていた。
※一途な若き王様からの執着&溺愛です。
※じれったい関係ですが、ハッピーエンド確約。
※ざまぁ展開で、敵はきっちり断罪します。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
極上の彼女と最愛の彼 Vol.3
葉月 まい
恋愛
『極上の彼女と最愛の彼』第3弾
メンバーが結婚ラッシュの中、未だ独り身の吾郎
果たして彼にも幸せの女神は微笑むのか?
そして瞳子や大河、メンバー達のその後は?
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー
i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆
最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡
バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。
数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)
女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る
小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」
政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。
9年前の約束を叶えるために……。
豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。
「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。
本作は小説家になろうにも投稿しています。
記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛
三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。
「……ここは?」
か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。
顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。
私は一体、誰なのだろう?
声(ボイス)で、君を溺れさせてもいいですか
月下花音
恋愛
不眠症の女子大生・リナの唯一の救いは、正体不明のASMR配信者「Nocturne(ノクターン)」の甘い声。
現実の隣の席には、無口で根暗な「陰キャ男子」律がいるだけ。
……だと思っていたのに。
ある日、律が落としたペンを拾った時、彼が漏らした「……あ」という吐息が、昨夜の配信の吐息と完全に一致して!?
「……バレてないと思った? リナ」
現実では塩対応、イヤホン越しでは砂糖対応。
二つの顔を持つ彼に、耳の奥から溺れさせられる、極上の聴覚ラブコメディ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる